2013/09/15 - 2013/09/15
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ドクターキムルさん
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源氏山は、後三年の役(1083〜1087年)の際に、奥羽へ出陣する八幡太郎義家が、この山上に源氏の白旗を立てて戦勝を祈願したことが名の由来であり、「旗立山」、「御旗山」とも言われたとされる。壽福寺あたりは義家(頼朝・義経は玄孫(やしゃご))が最初に館を建てた場所とされ、この地にはその後も源頼朝の父・義朝が館を建て、長男・義平に引き継がれていたようだ。
したがって、壽福寺から源氏山公園に登る山道は平安時代にはあったはずで、今の登山道もそれを引き継いでいるところが多いのであろう。また、源氏山公園の源頼朝像がある区域は化粧坂上の横にあり、平地を行けば壽福寺から化粧坂までは結構な距離がある。すなわち、英勝寺墓地上から壽福寺墓地までの源氏山登山道でもそれなりの距離になる。さらに、源氏山山頂は英勝寺墓地上から登った山の頂上にある。
源氏山公園は比較的広い道であったが、壽福寺に下りる山道は鎌倉ならどこにでもある普通の狭さである。山道のそこここにスズメバチに注意を喚起する貼り紙が多くあるが、なるほど、中腹の斜度が緩いあたりには多くのスズメバチが地上すれすれを飛び交い、あるいは、山道に降りている。おそらくは近くにスズメバチの巣があるのだろう。
山道は壽福寺の墓地に出る。石段を登った尾根にある墓地だ。その墓地の横を通る山道は岩の間の狭い隙間から民家のある壽福寺境内に出るのが源氏山登山道だ。登り口は境内の隧道跡の脇であり、階段が設らえてあるが、五大堂明王院から天園ハイキングコースへの登り口よりもこちらの狭い切通の方が難所に思える。墓地を通り抜けて石段を下りる手もあるが、この狭い岩の間を通って境内に出た。
(表紙写真は源氏山登山道入口付近の切通)
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ハイキングコース内禁煙とスズメバチに注意の貼り紙。
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壽福寺への道標。
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壽福寺へ下りる道。びっくりするほど広い。
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壽福寺へ下りる道。緩やかに下っている。
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英勝寺墓地。
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「この先 通行注意」の看板。
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この看板の下からは普通の山道になる。
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墓所か供養塔か?
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「大慈寺殿」。大慈寺殿正二位丞相公神は源実朝の戒名 。
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山道。
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枯れ木の下に山道。
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山道に倒木。鎌倉ではありふれた光景だ。
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山道にスズメバチ。
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スズメバチがいる山道。
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山道。
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山道に柵。
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山道の柵。
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山道の脇の木立。ようやくスズメバチの山道が終わる。
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壽福寺墓地上の山道。
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「立入禁止」。眼下には壽福寺墓地。
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二股の木立。
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壽福寺墓地手前の山道。
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「通行注意」の看板。
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尾根にある壽福寺墓地が見えてくる。
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壽福寺墓地。
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壽福寺南側の家。
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壽福寺南側の家と鎌倉の町。
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急な降り口への道。
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尾根にある壽福寺墓地。
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急な降り口への道。
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狭い切通で急な降り口への道。
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狭い切通で急な降り口への道。
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藪の道。
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隧道跡。
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源氏山の登り口の階段。
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壽福寺境内の道標。平場の道路に設置されているタイプだ。
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スズメバチに注意の貼り紙。山道にも何枚もあった。
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やぐらを刳り抜いた隧道前の道標。
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