2013/05/29 - 2013/06/03
449位(同エリア6434件中)
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ウィーンに5泊 (内1日はブラチスラヴァへ日帰り観光).
正味3日間でいろいろ行きました.多数の方が行っている場所が多いですが,フロイト博物館,リヒテンシュタイン公爵家ウィーン離宮あたりが珍しいところでしょうか.
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【旅行の全日程】
(航空機は全てトルコ航空)
2013.5.20 成田 ==> イスタンブール
イスタンブール 5泊
2013.5.25 イスタンブール ==> ウィーン
ウィーン空港からバスでブダペスト
ブダペスト 4泊
2013.5.29 ブダペストからバスでウィーン
ウィーン 5泊
6.2 ブラチスラヴァへ日帰り旅行
2013.6.3 ウィーン ==> イスタンブール
==> 成田 (6.4着)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ブダペストからウィーンへ移動したバス.
鉄道を使う予定だったが,駅を見ると寂しそうだったので,バスにした次第. -
バスは60%程の乗車率で2人席で空いている席がなかった.探していると,一番前の席にジャケットが置いてあるのだが,それはドライバの物で,そこに座ることが出来た.前方の景色がよくラッキー.
このような平原が続く.ハンガリーとオーストリア国境の検問所はあったが,バスは停車することなく素通り.
ウィーン,ブダベスト,ブラチスラヴァ一帯は中央ヨーロッパの大平原で繋がっている.普通,国境は山や大河が自然な境となるのだが,それらは何もない.民族,言葉の違いで分かれているようだ(歴史的には勿論,色々あった). -
オーストリアに入ると発電風車が多数.(ブダペスト行きのバスの写真コメントでも書きました.)
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ブダペストの国際バスターミナルは立派だったが,ウィーンの国際バスターミナルはこのようにやや場末の雰囲気.地下鉄には接続している.
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ホテルはまだ新しいこの Star Inn Hotel.
U4 & U6 のLangenfeld駅のすぐ近く.
(U6で西駅から2つ目,U4でシェーンブルン駅へ2つ目の駅)レオナルドホテルウィーンシェーンブルン ホテル
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部屋は新しく十分な広さで満足.
シャワーでバスタブはなし. -
朝食ビュフェ・レストラン.
早くてまだ来ている人は少ない. -
朝食.
別料金12ユーロだったので,5泊だったが2回食べただけ. -
カールス広場駅近くのウィーン工科大学本部.
(関心のない方が大多数でしょうが,私には関係ありです.)
後で知ったら音楽に関係もありました.
アントニオ・ヴィヴァルディ(ヴェニス生まれ)は62歳の1740年に自作オペラ上演のためウィーンに来たが,果たせずに翌1741年に死亡し,ここの墓地に葬られた.
ブラームス(1833-1897)の亡くなった家もこの場所にあった.ブラームスはハンブルグ生まれだが,1862年からウィーンに住んだ.(ブラームスの銅像はこの前のレッセル公園にあったのだが,見逃した.)
この墓地やブラームスの家の跡に,このウィーン工科大学本部建物が建っている.
建物の外壁にヴィヴァルディとブラームスの銘板があるというが,分からなかった. -
ウィーン工科大学はまとまったキャンパスでなく,この案内図のように,カールス広場駅周辺に建物が分散してます.(観光に関係ないことで済みません.)
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ウィーン工科大学本部建物に隣接してあるカールス教会.
カール6世(女帝マリア・テレイザの父)が,ペストの流行を鎮める祈願で建造し,1739年に完成した.
見たのは外観だけだったが,内部は立派なようです.カールス教会 寺院・教会
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カールス広場駅の近くにある金色ドームが特徴的な分離派会館(Secession).
分離派は1897年頃からウィーンで起こった芸術運動で,クリムトはその中心人物だった(フランスではポスト印象派の時代).ここにクリムトの壁画があるが入らなかった(クリムトについては後にも出てきます.)セセッシオン 劇場・ホール・ショー
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オペラ座.ヨーロッパ3大オペラ劇場の一つ.
ウィーン国立歌劇場 劇場・ホール・ショー
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モーツアルト時代の服装をしたオペラ座の切符売り.
ほぼ毎日公演があり,人気番組でなければ当日でも切符が買えるようです.
【訂正】オペラ座チケット売り場の前でしたので,オペラ座チケットかと思いましたが,この人たちは別のチケット売りであると連絡をもらいました. -
オペラ座の隣のザッハー・ホテル.有名ホテルです.
ホテル ザッハー ホテル
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ザッハー・ホテル内の Cafe Sacher.
サッハートルテ(チョコレートケーキ)の本家.
高級カフェですが,メニューを見ると驚くほどの値段ではなかったです.
日本には限らず,特に女性には人気です. -
ザッハー・ホテルの建物にはこの Cafe Mozart もあります.こちらも高級Cafeです.
朝でしたので,まだ客は少なかったです.
下の写真のモーツァルト像は,かつてはこの前に建っていたとのことです.カフェモーツァルト カフェ
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モーツァルト像(新王宮に隣接の公園).
モーツァルト記念像 建造物
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中心地にあるシュテファン教会.
南塔(写真の右)の高さは137mで,市庁舎の塔(107m)より高い.
ウィーンではこの塔より高いものは建てられないとのことで,一番高く,遠くからでもよく目立つ.シュテファン大聖堂 寺院・教会
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シュテファン教会の内部.
カラー光線で照明しており,ちょっとやり過ぎの感じ. -
シュテファン教会すぐ裏手にモーツァルト・ハウスがあるので行ったが,最初この看板を見逃したため大分探すことになった.
路地を入っていかなければならなかった. -
モーツァルト・ハウスの入口.
モーツァルト(1756-1791)はザルツブルグから1781年(25歳)にウィーンに移り住んだ.モーツァルトハウス ウィーン 建造物
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中央がモーツァルトが住んだ家.
ウィーンでの11年間に13回も家を替えたとのこと.
この家は一番長く2.5年住んだ.
5階建てを全部使用なので,かなり大きいです.
作曲家としてよりも,ピアニストとしての収入の方が多かったとのことです.モーツァルトハウス ウィーン 建造物
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内部は撮影禁止なので,これは入口にあった看板です.
楽譜や手紙をはじめ生活の様子など,多くの資料が残され展示されています.
日本語音声ガイドが付いており,音楽も聴けるので,好きな人には嬉しい場所でしょう.
以下Webに幾分かの紹介があります.
http://www.arukikata.co.jp/webmag/2006/0604/sp/060400sp_03.html
あとモーツァルトはフリーメイソンのメンバーでした. -
ケルトナー通りのカフェテラス・レストランで,私にしてはちゃんとしたランチでした.
実はウィーン名物のシュニツェル(Shunitzel)を指差して頼んだつもりだったのですが,これが魚フライだったのです.(シュニツェルについては後で出ます.)
魚フライは川魚でしょうか,タルタルソースで美味しかったです. -
なるほど,魚マークのNORDSEEレストランでした.
結構知られているようで,一品だけで言うことは出来ないでしょうが,美味しくてリーゾナブル価格です.上のランチで12.5ユーロだったと思う.ノルドゼー (ウィーン) シーフード
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ギリシャ風の国会議事堂.
立派ではありますが,高さでは近くの市庁舎に負けてます. -
市庁舎(Rathaus). ゴシック建築で塔が高いです.
塔の高さは98mだが,その上に騎士像と手に持つ旗を合わせると107m.ウィーン市庁舎 現代・近代建築
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ウィーン大学の本部建物.
こちらは裏側で,正面は反対側でした.
理工系について,ウィーン大学とウィーン工科大学との差異は,前者が基礎寄り,後者が実学重視ということです.ウィーン大学 現代・近代建築
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ウィーン大学のすぐ近くの交差点角にあった Cafe Einstein.
アインシュタインがウィーン大学にいたかと思い調べたら,講演したことはあったが在職したことはないようだ.(アインシュタインが教授職に就いたのはチューリッヒ大学とチューリッヒ連邦工科大学(卒業した母校).) -
ヴォティーフ教会で,これを目印にして次の目的地へ.
ヴォティーフ教会は,1853年フランツ・ヨーゼフ皇帝がテロに遭ったが全く無傷で助かったため,神に感謝して建てられた.
この頃,雨に加えて風も出てきて,丈夫でない折り畳み傘が反転してしまい,傘を差せずに困った.フードを被って傘なしで歩いた.
(数日後にドナウ川が洪水となる大雨となった.)ヴォティーフ教会 寺院・教会
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目標のフロイト博物館.大きな標識があって見つけ易かった.
フロイトが診療所と住居にしていた建物です.この建物全部を使っていたのではなく,2階だけです.
私は若い頃フロイトの本を読み,よく勉強をしました.
昨年11月に映画「危険なメソッド」を観ましたが,ユングとフロイトの交友関係が出てくる映画で,この診療所も出てきました.ジークムント フロイト博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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ウィーンの歴史的建造物(観光スポット)であることを示す看板と旗.
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フラッシュなし撮影は許可でした.
これはフロイトが使っていた椅子でしょう. -
銅像と写真や資料.
一般的には非常にマイナーな博物館ですが,私にはウィーンで是非行く場所でした.
訪問者はオーストリア人と,よくは判別できませんがユダヤ系の人が多い感じでした. -
フロイトの本を売っていました.
ユングの本も混じっています.
フロイトの研究機関も付随しています. -
マリア・テレジア像.
1717-1780, ハプスブルグ家の皇帝フランツ1世シュテファン(ロートリング家出身)の皇后にして共同統治者.マリア・テレジアの方がハプスブルグ家の娘.オーストリア大公,ハンガリー大公も兼務(1740-1780)した女帝.
戦争も戦った強い女帝だったが,すごいのは1737-1759の19年間に16人の子供を生んでいること(マリー・アントワネットは15人目の子供).
これだけ子供を生めば当然だろうが,後のエリザベート皇妃と比べると,大変恰幅がよい.マリア テレジア広場 広場・公園
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これは恰幅のよいのが分かる看板にあった女帝マリア・テレジアの絵.
(シェーンブルン宮殿への道にあった.) -
エリザベート皇妃像.
1837-1898,ハプスブルグ家(オーストリア=ハンガリー帝国)の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の皇后.愛称Sisi. 16歳でフランツ・ヨーゼフ(ハブスブルグ家の実質的な最後の皇帝(在位1848-1916))に嫁いだ.
女帝マリア・テレイザが良妻賢母であったのに対し,エリザベートは皇后,母の役目を嫌い,奔放な生活をした.でも美貌の皇妃として人気はあった.
子供は4人いたが唯一の息子のルドルフ皇太子は1889年に愛人と自殺してしまった.1898年,ジュネーブで無政府主義者に暗殺された. -
これは看板にあったエリザベート皇妃の絵.
美貌の皇妃だが,顔立ちは可愛いというよりも高貴だが気が強いといった感じです.顔立ちよりも容姿がすごく,身長172cmでウェスト50cm,体重50kgなのです.まさにウエストが締まった当時の服装に映える体形でした.
この体形を維持するため,寝室には運動器具があり,また豪華であった食事も少なくしたはずです.
(この看板はシェーンブルン宮殿への道にあった.)
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【追記】 9月にANA機内で「Sisi(エリザベート 愛と悲しみの皇妃)」映画を観た.ウィーンでHofburg王宮,その中のSisiミュージアム,そしてシェーンブルン宮殿に行った人にはこの映画は是非お勧め.
http://spokaidra.jp/sisi/ にtrailerや配役などあり.
Sisi(エリザベート)とフランツ・ヨーゼフ皇帝の生活が,戦争などを含む19世紀の外交,ハンガリーとの関係を横糸にして,割と忠実にお金をかけて描かれている.シェーンブルン宮殿はロケも行われており,よく出てくる.皇帝,皇妃の本物の部屋を見ている訳だが,映画は室内はロケではないかもしれないが,忠実を目指して再現されている.2009制作.機内で観たのは元のドイツ語版(日本語字幕).ドイツ語はいかつい感じで普通は女性には似合わない感じがするが,この映画のドイツ語はなめらかで綺麗だった.
Sisiについては可愛いというより気が強そうと5月に書いたが,Sisiの女優クリスティアーナ・カポトンディは美しく可愛いく魅力的(ドイツ人女優かと思ったらイタリア人だった).Sisiを演じるためウエストを絞るのに大変だったと思う.Sisiは母の役目を嫌って奔放な生活をしたと書いたが,映画によるとこれはいささか間違えだった.ドイツ貴族の娘だったSisiは,宮廷作法,しきたりをあまり学んでおらず,それに馴染めず,しきたりを重んじるゾフィー皇太后(フランツ・ヨーゼフ皇帝の母)との確執が生じ,国外に出ることが多くなった.子供は4人(男はルドルフ一人)だが,母親としての愛は強いのものの宮廷のしきたりで自分の思うように育てられず悩み,宮廷生活が息苦しくなってきてしまった.
ウィーン旅行記では皇帝はSisi皇妃を愛していたが,皇妃はそうでもなかったと書いた.しかし,映画によるとSisiも若いうちはフランツ・ヨーゼフ皇帝を深く愛し,その後もハンガリー貴族との関わりもあるものの,基本的には皇帝を愛していたとして描かれていた.
映画はオーストリア=ハンガリー2重帝国の皇帝,皇妃の戴冠(1967年)で終わっているが,この後,一人息子ルドルフの情死(1889)という悲しみがあるのでした. -
これは南西側の王宮への裏門に当たるブルグ門.
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こちらは新王宮で19-20世紀に建造された.
新王宮内には甲冑博物館,古楽器博物館,民俗学博物館などがあるが,入らなかった.
騎馬像は英雄ブリンツ・オルゲン公(ベルヴェデーレ宮殿のところで登場します).新王宮 城・宮殿
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カール大公の騎馬像.
1771-1847,フランス革命戦争の1809年アスペルンの戦いでナポレオンを破ったオーストリア帝国の軍人,皇族.ハプスブルク家の神聖ローマ皇帝レオポルト2世と皇后マリア・ルドヴィカの第3子.神聖ローマ皇帝フランツ2世(オーストリア皇帝としてはフランツ1世)の弟.両足を上げているので戦死.
http://ja.wikipedia.org/wiki/カール・フォン・エスターライヒ=テシェン
(カール大帝(742-814)は別人) -
こちらが旧王宮(Hofburg)正面のミヒャエル門.
前がミヒャエル広場.
Sisi博物館入口はこのミヒャエル門を入った右側.ホーフブルク宮殿 (王宮) 城・宮殿
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旧王宮(Hofburg)を中庭から見たところ.
ここの2階(窓ですと下から3番目の階)に皇帝,皇妃の住居やサロンがあり,1階は今は宮廷銀器コレクションがある.
中庭中央の銅像はフランツ1世(神聖ローマ帝国皇帝としてはフランツ2世,1806年の神聖ローマ帝国消滅後はオーストリア皇帝としてフランツ1世)(マリア・テレジアの孫になる.)ホーフブルク宮殿 (王宮) 城・宮殿
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こういった観光客を乗せた馬車が多数走っている.
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Sisi博物館入口.
Sisiはエリザベート皇妃の愛称.
正確には1階が宮廷銀器コレクション,2階がSisi博物館と皇帝住居.
2階の皇帝住居は,主にフランツ・ヨーゼフ1世(在位1848-1916; 実質的なハプスブルグ朝最後の皇帝)とエリザベート皇妃の使用していた部屋と家具調度品がある.ホーフブルク宮殿 (王宮) 城・宮殿
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1階の宮廷食器コレクションには本当に豪華な食器が多数並んでいる.
1階のみフラッシュなし撮影可(2階の住居やサロンは撮影不可).
まずは磁器コレクションから幾つか. -
磁器コレクション2−緑が鮮やかです.
中央の石膏像はマリー・アントワネットのようで,この磁器セットはフランス・ブルボン朝からの贈答品のようです. -
磁器コレクション3−芸術的な絵皿.
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磁器コレクション4−花の絵皿.
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磁器コレクション5−金箔多用の皿とカップ.
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磁器コレクション6−ワイングラスでしょうか.
ハプスブルグ家の歴代支配者が絵付けされているハプスブルグ・セット. -
陶器コレクション7−東洋から持ってきたと思われる陶磁器もありました.
これ,日本の平安朝の絵なのですが,伊万里焼きのようです. -
銀器コレクション1
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銀器コレクション2
(金器コレクションもありましたが写真なしでした.) -
大晩餐会用と思われるナイフ,フォーク,スプーン
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王宮のSisi博物館の出口にあった建物だが,後でみると連邦首相府だった.
この時,小雨だった. -
この2階(窓でいうと下から3番目の階)がサロンや政治関連の部屋,フランツ・ヨーゼフ1世とエリザベート皇妃の住居なのですが,撮影禁止です.
右の王宮に皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の部屋があり,エリザベート皇妃の部屋は左の王宮の方でした.
エリザベート皇妃の部屋で注目は体操器具が備わっていることです.
ウェスト50cm,体重50g (身長は172cmです) をキープする努力が垣間見られました.豪華な食事も量を控えたと思われます.
それ故に食事でなく毎日異なる豪華なテーブルウェアを楽しんだ(気を紛らわした?)のではないでしょうか. -
正面は宮廷図書館(国立図書館)(入場せず).
右は宮廷のスペイン式乗馬学校.
騎馬像は皇帝ヨーゼフ2世 (マリア・テレジアの長男).
図書館の建造を命じたのはカール6世(マリア・テレジアの父). -
王宮付近の劇場でモーツァルト演奏会が行われており,チケットを売っています.他所でもモーツァルト演奏会が行われていて,特別な希望がなければ,当日でもチケット購入できるようです.
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王宮付近でのモーツァルト服装のチケットの売り.
可愛いと思ったら,この人は女性でした(他は厳つい男です). -
ケースが古いヴァイオリン.
ヴァイオリン自体は磨いているので新しく見えるが,モーツァルト時代のものかも知れません. -
王宮前のコールマルクト通り.
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王宮前のコールマルクト通りにあるデーメル(Demel).
宮中御用達だった老舗のカフェでケーキが有名.デメル カフェ
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食べた訳ではないですが,有名なケーキを撮らせてもらいました.
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郊外の離宮である広々とした庭をもつシェーンブルン宮殿へ.これは入口の門.
シェーンブルン宮殿と庭園群 城・宮殿
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8:30am開場でチケット売場は込むと聞いていた.遅れて9am頃到着だったので行列待ちを覚悟していたら,雨のためかこのようにガラ空きだった.(チケット事前購入済みのグループはチケット売場は通過.)
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帰りの11:30amのチケット売場はこのような状態だった.
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雨のシェーンブルン宮殿. 横幅180m. 内部は撮影禁止.
豪華な大広間,サロン,政治関連の部屋,皇帝と皇妃の住居など,多くの部屋が公開されている.
最後はフランツ・ヨーゼフ1世とエリザベート皇妃が使っていたので,基本的に旧王宮 (Hofburg)と似ている.
マリー・アントワネットもこの宮殿で育った.6歳のモーツァルトがマリア・テレジアの前で演奏した部屋(鏡の間)もあり.
御前演奏の後,床に足を滑らせて転んだ6歳のモーツァルト.彼を起こしてくれたのが当時7歳のマリー・アントワネットだった.これに感謝し 「大きくなったらボクのお嫁さんにしてあげる」 と言ったという有名なエピソードがある.シェーンブルン宮殿と庭園群 城・宮殿
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フランツ・ヨーゼフ1世の看板からの写真.
右側にあるように,決まった時間にまじめに執務する皇帝だった.
部屋にはエリザベート皇妃の絵を掲げ,愛していたようだ.
1898年のエリザベートの暗殺は大きな悲しみだった.
これに対しエリザベート皇妃は宮廷での結婚生活に満足してなかった.
姑(フランツ・ヨーゼフ1世の母)ゾフィー大公妃との確執もあり,ウィーンでの宮廷生活を好まず,旅に出ていることが多かった.(ハンガリーは好きで,よく行っていた.皇帝の大型豪華ヨットでの航海も多かった.)
皇帝・皇后の最初のダブルベットの部屋もあったが,すぐに別にしたようだ. -
広い庭の奥の石像と泉(ネプチューンの泉).
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庭の奥の丘の上の建物グロリエッテ.
1757年,マリア・テレジアがプロイセン戦の戦没者の慰霊のため建てた.グロリエッテ カフェ
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丘の上のグロリエッテ中央部はカフェになっている.
マリア.テレジアはよくここで朝食をとったという. -
広い庭の奥の丘の上からのシェーンブルン宮殿.
(フランス式庭園でヴェルサイユ宮殿を見本にした.私はヴェルサイユ宮殿には行ったことなしですが,ここより広いようです.庭はやや小粒になりますがストックホルム郊外の離宮,トロットニングホルム宮殿もフランス式庭園で,似てます.)シェーンブルン宮殿と庭園群 城・宮殿
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広い庭の一角にある迷路庭園.
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ベルヴェデーレ宮殿は,オーストリア軍総司令官として各地の戦闘を戦った英雄ブリンツ・オイゲン公の夏の離宮として1723年に建てられた.
ブリンツ・オイゲン公はオスマン帝国軍と戦い,これを破ってオーストリアを救い,ハンガリーを取り戻した.
ブリンツ・オイゲンWiki:
http://ja.wikipedia.org/wiki/オイゲン・フォン・ザヴォイエン
フランツ・ヨーゼフ1世皇帝とエリザベート皇妃の息子であったルドルフ皇太子が自殺したため,後継の皇太子となった甥のフランツ・フェルディナント大公は,このベルヴェデーレ宮殿を住まいとしていた.このフランツ・フェルディナント皇太子夫妻が1914年にサラエボで暗殺されたのが契機で,第1次世界大戦が勃発した.ベルヴェデーレ宮殿 城・宮殿
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ベルヴェデーレ宮殿には上宮と下宮があり,これは下宮側から見た上宮.
クリムトをはじめとするウィーン分離派の作品を多く集めたオーストリア・ギャラリーとして美術館になっている.
ベルヴェデーレとは「美しい眺め」の意味とのこと.ベルヴェデーレ宮殿 城・宮殿
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下宮はこのように本当に傾斜を下ったところに建てられ,ブリンツ・オイゲン公居室などあるというがパスした.
左手遠方の塔は中心地のシュテファン教会.
(この時はまだ小雨だったが,数日後に大雨となり,ドナウが洪水となった.) -
上宮の美術館はクリムト作品の最高の美術館です.「接吻」,「ユディットI」などを見ることが出来ます.クリムトは金細工職人の息子として生まれたので,これらは金箔が鮮やかな模様を生んでいる傑作ですが,金箔を使用しない婦人肖像画(クリムト流ディフォルメあり),風景画,花畑などの作品も見ることができます.これらから,クリムトは印象派,ポスト印象派から影響を受け,まったく独自の画風を確立したことが薄々と分かります.独自であり後に続く者がない画風です.エロティックな絵も結構あります.ゴッホの絵がタッチが似たクリムト作品と並べて展示されており,ゴッホの影響もあったことが分かります.1862-1918で65歳まで生きましたが,生涯独身でした.
クリムトの弟子になるが画風は全くことなるシーレの絵も多数ありますが,こちらは後のレオポルド美術館の方で記します.印象派,ポスト印象派の作品としてはマネ,モネ,ルノアール,ピサロ,ゴッホがあります.その他,知らなかったオーストリア画家の良い作品を含め,展示作品多数です.
内部撮影禁止のため,これは売店でクリムト作品の絵を撮ったものです. -
展示作品が多くとても覚え切れないので,ギャラリーガイドブック(左)とクリムト作品集(右)を買いました.
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中日の午後は知人をカールス広場駅から3‐4分のビル最上階のオフィスに訪ね,仕事関係をしました.これはオフィスからのウィーン市街の眺め.
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この知人が予約してくれたレストランで夕食.
込んでいたので地元では人気があるのでしょうが,分かりにくい場所なので参考にはならないでしょう. -
この薄く平べったいカツレツがウィーン名物シュニツェッル(Schnitzel)です.レモンをかけて食べます.(皿からはみ出る大きさのレストランもあり.) 味は悪くはなくokayです.しかし日本人には,厚いトンカツをキャベツ付きでソースをかけて食べるのが美味しいようです.
[シュニツェッル(Schnitzel)について: 日本では「仔牛のカツレツウィーン風」と訳されるが,豚肉を使うのが主流です.高級レストランなどでは牛肉を使っているところもあるようだが,ウィーンの人に言わせると「豚肉の方が美味しい」とのこと.]
向こう側のは平べったいシュニツェッルとは違い,中にチーズなどを挟んだカツレツです.ハンガリー国籍の知人はこれのが好みとのこと.私も一口だけ食べさせてもらいました.
オーストリア・ビールはrich tastで,ドイツ・ビールに近いです. -
普通ウィンナ・コーヒーはコーヒーにホップクリームを浮かべたものだが,これはウィーンの人が日常飲む,エスプレッソと温かいミルクの上にミルクの泡を載せたメランジェ.
ウィーンでのコーヒーのはじまりは,実はオスマン帝国軍が残していった豆が起源です.
ウィーンのビールやコーヒーが美味しいのは水が良いからとのこと.ウィーンは水道水が飲める稀有な都市(日本では当たり前ですが).私もガブガブとはいかないが,幾分飲みました.でもペットボトル水も買ってました. -
ウィーン・ミッテ鉄道駅に近くに広い市立公園(Stadtpark)があり,ここにオーストリアの音楽家(作曲家)の像があります.(モーツァルト像は王宮に隣接の公園にあるので,ここにはなしです.)
これは市立公園マップ.
ウィーン・ミッテ鉄道駅はこの右下.
後に出るベートベン像はこの左約100m. -
これはシューベルト像.
1797-1828,31歳でチフスで死去と短命だったが,残した作品は多い.市立公園 広場・公園
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ブルックナー像.
1824-1896,大器晩成型で,交響曲作曲家としては60歳を過ぎてから活躍. -
黄金色に輝くヨハン・シュトラウス像.
市立公園 広場・公園
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市立公園南端のサロンの建物−演奏会が行われる.
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これはベートーベン像なのですが,市立公園から100m程離れた外にあるのです.市立公園内にはいくらでもスペースがあるのに,何故そこに置かないのか不思議です.別格だからでしょうか.あるいはベートーベン(1770-1827)はボン生まれのドイツ人で,1792年にウィーンに移住でしたので,ウィーンでは外者として疎外されているのでしょうか.
ところで,ベートーベンは16歳の1787年にウィーンに旅し,モーツァルトを訪問したとなっているのですが,この正確な資料がないため,今日でも事実について議論があるようです. -
ブダペストやブラチスラヴァではドナウ川は街の中心ですが,ウィーンではやや北東側となり,市街にいるだけですと見る機会を失します.
(市街地で見られるのはドナウ川から引かれた運河です.)
そこでドナウ川へ行ってみることにしました.
観光船はいますが,ブダペストやブラチスラヴァのような賑わいのあるところではないです. -
ドナウ川ほとりの外観が美しい教会.
調べたら,Franz-von-Assisi(アッシジの聖フランシスコ)教会です.
以下に内部の写真あります.
http://de.wikipedia.org/wiki/Franz-von-Assisi-Kirche_(Wien)アッシジの聖フランチェスコ教会 寺院・教会
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実はウィーンのドナウ川は2本に分流しており,これは支流の方です.
支流でも本流の7割ほどの川幅があります.
本流と支流の間の中州の島(この写真の右側)は静かな公園です. -
ザッハー・ホテルの裏手にこのRosenbergerレストランがあります.
階段を下りて地下に行くと大変メニューが充実したカフェテリア・レストランがあります.ケーキやデザート類も豊富です.
各国からの観光客によく知られているらしく,大勢きています.
ウィーンに行くならお勧めでしょう.ローゼンベルガー 地元の料理
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Rosenbergerレストランでの私のランチはこれです.
味はよいですが16.5ユーロと必ずしも安い訳ではなかったです. -
レオポルド美術館に行くときに通ったマリア・テレジア像の広場で,マーチングバンドが演奏してました.
後ろは美術史美術館.マリア テレジア広場 広場・公園
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マーチングバンドには少女も多く含まれてます.
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こちらの民族服の少女は楽器担当でないので,一休みのようです.
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こちらも一休みのようです.
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幾つかの美術館が集まるMuseum Quarter.
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このレオポルド美術館に行きます.
レオポルト美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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こちらはクリムトもありますが,シーレが主の美術館です.
フラッシュなしの写真撮影可でした. -
シーレ(1890−1918)は若い頃から独特の才能を見せクリムト(1862-1918)に認められ,弟子ではありますが,画風は全く違います.(共通点はエロスを感じる作品が多いことか.) 独特のデフォルメ,よじった体形,独特の色使いで,他にない独自な才能は感じ,心の叫びといったものを感じますが,美的にどう鑑賞すればよいのが,いまひとつ掴めない状態です.28歳でスペイン風邪で夭折してます.
以下に幾つかのシーレ作品です.これは自画像. -
シーレ作品2
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シーレ作品3
もっとエロチックな作品もありますが,ここでは控えます. -
シーレ作品4
こういった人物でない風景画にも独特の造形と色彩があります. -
レオポルド美術館のクリムト作品「死と生」
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レオポルド美術館のクリムト作品「医学(Medicine)」
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レオポルド美術館のゴッホ作品: 「サン=レモの精神療養所:Pine Trees with Figure in the Garden of the Hôpital Saint-Paul」
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売店で売っていたクリムト画のスカーフ.
これを身に着けたら目立つと思う. -
近くにウィーンで一番大きな美術史美術館があったのですが,絵画鑑賞はいささか食傷気味となってきたので,パスしました.
ルーベンスやブリューゲル,ラファエロ,デューラー,ティッツィアーノ,ベラスケス,ムリーリョなどがあるようです.
後で知ったらフェルメール「絵画芸術」もあったので,行っておくべきだった.美術史美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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ウィーンに来て行く人はいないでしょうが,リヒテンシュタイン公爵家離宮を訪れることにしました.昨年12月,東京・六本木での「リヒテンシュタイン公爵家展」に行ったのですが,その幾分かの展示作品はウィーンの離宮の美術館から来たものでした.この離宮の美術館は閉館中とは知ってましたが,東京での展示会で綺麗な離宮と知ったので,行くことにしました.
これは入口の門です.リヒテンシュタイン庭園宮殿 博物館・美術館・ギャラリー
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リヒテンシュタイン公爵家ウィーン離宮・本館
リヒテンシュタイン庭園宮殿 博物館・美術館・ギャラリー
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庭園側からの離宮・本館.
大きい訳ではないですが,綺麗な離宮です.リヒテンシュタイン庭園宮殿 博物館・美術館・ギャラリー
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美術館として東京で展示のあった作品などが公開されているのですが,前述のように閉館中です.
これは窓から1階ロビーにある馬車を撮ったもの. -
庭園を挟んでこの分館があります.本館の8割くらいの大きさがあり,こちらも綺麗です.
本館・分館が正しい呼称かどうか知りませんが,シェーンブルン宮殿,ベルヴェーデーレ宮殿(ここでは上宮・下宮)でも庭園を挟んで分館を置く構成です.宮殿の様式でしょうか.リヒテンシュタイン庭園宮殿 博物館・美術館・ギャラリー
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リヒテンシュタイン公爵家ウィーン離宮の見取り図.
ここでは分館(この図で上部の建物)も本館と変わらないくらいの大きさです.
★ウィーンはこれで終了です.翌日に日帰りでブラチスラヴァへ行き,翌々日にイスタンブール経由で成田です.★ -
ある都市に何日か滞在しメトロやトラムを利用して巡る際,毎回切符を買うのは面倒で不経済にもなります.都市によって違うので,どうするのが良いか迷うのですが,参考のため今回の私の経験を紹介します.
上段は「イスタンブールカード」でプリペイドカードです.最初に300円程で買う必要があり,後はチャージします.Suica/PASMO と違いよい点は,これを使うと1回切符(約150円)の2/3 の割引料金になることです.あと(原始的な方法で)複数人でも使用可能です.(私のこのカードにはまだ300円程残っています.)
中段はブダペストで買った10枚の回数券の残りです.自由橋辺りに徒歩で行った日は1枚も使わなかったので,結局3枚余ることになってしまいました.2枚はホテルでチェックアウトする際にカップルにメトロ切符を買うのかと聞いたら,買うというので2枚あげました.それでも最終的に1枚余ってしまいました.
下段は「ウィーンカード」で3日間公共交通乗り放題.19.9ユーロという値段で1回切符が2ユーロなので10回分になるのですが,これを見せると美術館などで 1−1.5ユーロの割引を受けられます.写真では消去しましたが,記名して使用します.私はホテルで買えました.
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この旅行記へのコメント (2)
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- ebi1088さん 2013/06/24 18:42:13
- 残念ながら
- 売っているのはオペラ座のチケットではありません。
- empenguinさん からの返信 2013/06/25 02:12:16
- RE: 残念ながら
- > 売っているのはオペラ座のチケットではありません。
オペラ座チケット売り場の前でしたので,オペラ座チケット売りかと思いましたが,違うのですね.訂正しておきます. -- Empenguin
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