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岩手県庁所在地の盛岡は、これまでに訪れたことはあっても、いつも桜とは縁の無かったSUR SHANGHAIとその旦那。<br />ただ通り過ぎるだけのこともあったしね…。<br /><br />今回は、ちょうど盛岡市内の桜が見頃になる頃の訪問になったから、やっと花の咲いた石割桜も見られそう。(*^。^*)<br /><br />以前はいつもJR盛岡駅近辺に取っていたホテルも、今回は盛岡城跡公園や石割桜がある裁判所が楽々徒歩圏内の場所に予約済み。<br />朝一番に、桜もその周辺も見に行けて得した気分。<br /><br />石割桜を見に行った時、たまたま地元のおじさんに教えてもらった龍谷寺のモリオカシダレや、鬼の手形伝説のある三ツ石神社、それにプラスアルファの桜たちをご紹介しようと思います。<br /><br /><br />表紙の画像は、岩手県庁向かいにある内丸緑地のお堀。ここは水面に映る桜並木がきれい。<br />裁判所前の石割桜もすぐ近くです。<br /><br />※備忘録: 盛岡に着いた5月1日夜から盛岡を出る5月3日朝までに撮った桜関連画像は、まとめてこの旅行記にアップします。

★盛岡の桜と、鬼の手形伝説のある三ツ石神社

13いいね!

2013/05/01 - 2013/05/03

480位(同エリア1090件中)

旅行記グループ 花見 花景色

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46

SUR SHANGHAI

SUR SHANGHAIさん

岩手県庁所在地の盛岡は、これまでに訪れたことはあっても、いつも桜とは縁の無かったSUR SHANGHAIとその旦那。
ただ通り過ぎるだけのこともあったしね…。

今回は、ちょうど盛岡市内の桜が見頃になる頃の訪問になったから、やっと花の咲いた石割桜も見られそう。(*^。^*)

以前はいつもJR盛岡駅近辺に取っていたホテルも、今回は盛岡城跡公園や石割桜がある裁判所が楽々徒歩圏内の場所に予約済み。
朝一番に、桜もその周辺も見に行けて得した気分。

石割桜を見に行った時、たまたま地元のおじさんに教えてもらった龍谷寺のモリオカシダレや、鬼の手形伝説のある三ツ石神社、それにプラスアルファの桜たちをご紹介しようと思います。


表紙の画像は、岩手県庁向かいにある内丸緑地のお堀。ここは水面に映る桜並木がきれい。
裁判所前の石割桜もすぐ近くです。

※備忘録: 盛岡に着いた5月1日夜から盛岡を出る5月3日朝までに撮った桜関連画像は、まとめてこの旅行記にアップします。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
交通
4.0
同行者
一人旅
交通手段
徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 盛岡に着いたのは、夕刻を回ってから。<br /><br />今回予約していたホテルは、菜園(さいえん)にあるホテルニューカリーナ。<br />岩手県庁、裁判所前の石割桜、盛岡城跡公園などへは徒歩10分程度。<br />デパートやお土産屋さん、飲食店が多い通りへも徒歩数分圏内で超便利。<br />ホテルの施設や朝食ブッフェも、お値段の割りに充実していてよかったですよ。<br />盛岡市街地向こうの岩手山がバッチリ見えるお部屋にすると気分よし。<br /><br />旦那は歩くのがあんまり好きなタイプではないんですが、すっかり夜桜の時間帯になった石割桜も、ホテルニューカリーナなら「ちょっと行ってみようか。」と言える距離で、一緒に見に行けました。(*^。^*)

    盛岡に着いたのは、夕刻を回ってから。

    今回予約していたホテルは、菜園(さいえん)にあるホテルニューカリーナ。
    岩手県庁、裁判所前の石割桜、盛岡城跡公園などへは徒歩10分程度。
    デパートやお土産屋さん、飲食店が多い通りへも徒歩数分圏内で超便利。
    ホテルの施設や朝食ブッフェも、お値段の割りに充実していてよかったですよ。
    盛岡市街地向こうの岩手山がバッチリ見えるお部屋にすると気分よし。

    旦那は歩くのがあんまり好きなタイプではないんですが、すっかり夜桜の時間帯になった石割桜も、ホテルニューカリーナなら「ちょっと行ってみようか。」と言える距離で、一緒に見に行けました。(*^。^*)

  • 日本気象協会tenki.jpの桜開花情報で、盛岡周辺の桜状況も前もって調べていたSUR SHANGHAI。<br /><br />最初は、「5月始めは、盛岡市内の石割桜はもう散りかけになりそうだけど、郊外の小岩井牧場の一本桜なら見られるかも。」だったのが、その後の天候不順で、「あれ、小岩井牧場は5月中旬になってからのようだけど、石割桜はちょうど満開位に見られそう。」に逆転。<br /><br />お花見前には下記のサイトで要チェック。<br />日本全国、都道府県別の有名な桜開花情報も載っていて便利です。<br />この旅行記を書いている2013年5月下旬も、東北の一部、それに北海道ではまだまだ見頃だったりしてびっくり。<br />http://season.tenki.jp/season/sakura/<br /><br />上記のサイト情報のお陰で、初めて花の咲いた(しかも満開!)の石割桜が見られて感激! (^◇^)

    日本気象協会tenki.jpの桜開花情報で、盛岡周辺の桜状況も前もって調べていたSUR SHANGHAI。

    最初は、「5月始めは、盛岡市内の石割桜はもう散りかけになりそうだけど、郊外の小岩井牧場の一本桜なら見られるかも。」だったのが、その後の天候不順で、「あれ、小岩井牧場は5月中旬になってからのようだけど、石割桜はちょうど満開位に見られそう。」に逆転。

    お花見前には下記のサイトで要チェック。
    日本全国、都道府県別の有名な桜開花情報も載っていて便利です。
    この旅行記を書いている2013年5月下旬も、東北の一部、それに北海道ではまだまだ見頃だったりしてびっくり。
    http://season.tenki.jp/season/sakura/

    上記のサイト情報のお陰で、初めて花の咲いた(しかも満開!)の石割桜が見られて感激! (^◇^)

  • これまでに見た石割桜は、花の無い時期のもの。<br /><br />木自体の老齢化が進んでいるらしいから、まだ花の咲くうちに見ておきたいと思っていたのがついに実現。(^◇^)<br />最初のご対面はこのとおり夜桜だった。<br /><br />SUR SHANGHAIたちと同じように、石割桜の周りをそぞろ歩きする人たちもちらほら。<br /><br /><br />すぐそばを通っている中央通りを行き交う車のライトや街の明かりがちょっと気になるかな?<br />でも、盛岡には二泊するし、SUR SHANGHAIたちが泊まったホテルからはお散歩程度の距離で来れるから、朝になったらまた会おう。

    これまでに見た石割桜は、花の無い時期のもの。

    木自体の老齢化が進んでいるらしいから、まだ花の咲くうちに見ておきたいと思っていたのがついに実現。(^◇^)
    最初のご対面はこのとおり夜桜だった。

    SUR SHANGHAIたちと同じように、石割桜の周りをそぞろ歩きする人たちもちらほら。


    すぐそばを通っている中央通りを行き交う車のライトや街の明かりがちょっと気になるかな?
    でも、盛岡には二泊するし、SUR SHANGHAIたちが泊まったホテルからはお散歩程度の距離で来れるから、朝になったらまた会おう。

  • 一夜明けた盛岡の朝。<br /><br />曇っているのが惜しいけれど、お散歩代わりにまたテクテクと行ってみた石割桜。<br />朝早く起きるのが苦手な旦那は、例のごとく「石割桜〜?昨日の夜、見に行ったじゃないか〜。(-_-)zzz」<br />よって、SUR SHANGHAI一人で行ってみます。<br /><br />石割桜の所在地は、盛岡地方裁判所と同じ盛岡市 内丸(うちまる)9−1で、裁判所前の庭にあります。<br />最寄のバス停は、でんでんむし号(盛岡の見所を巡回するバス)なら右回りの中央通一丁目で、すぐそこ。<br /><br />内丸周辺は、裁判所のほか、岩手県庁、公会堂、合同庁舎、県警本部、岩手銀行本店、岩手日報、テレビ岩手などもある一画。<br />石割桜は、そんなお堅い場所の硬〜い花崗岩を割って見事に成長したエドヒガンザクラ。<br />近くには盛岡城跡公園もあるので、併せて見学して行くのがお勧めです。<br /><br />上段の画像のように、裁判所のゲートが開いていれば、自由に入って石割桜の見学が無料でできますよ。<br />画像左手に見える茶色い建物が盛岡地方裁判所、右手に見えている白い建物が岩手県庁になります。<br />

    一夜明けた盛岡の朝。

    曇っているのが惜しいけれど、お散歩代わりにまたテクテクと行ってみた石割桜。
    朝早く起きるのが苦手な旦那は、例のごとく「石割桜〜?昨日の夜、見に行ったじゃないか〜。(-_-)zzz」
    よって、SUR SHANGHAI一人で行ってみます。

    石割桜の所在地は、盛岡地方裁判所と同じ盛岡市 内丸(うちまる)9−1で、裁判所前の庭にあります。
    最寄のバス停は、でんでんむし号(盛岡の見所を巡回するバス)なら右回りの中央通一丁目で、すぐそこ。

    内丸周辺は、裁判所のほか、岩手県庁、公会堂、合同庁舎、県警本部、岩手銀行本店、岩手日報、テレビ岩手などもある一画。
    石割桜は、そんなお堅い場所の硬〜い花崗岩を割って見事に成長したエドヒガンザクラ。
    近くには盛岡城跡公園もあるので、併せて見学して行くのがお勧めです。

    上段の画像のように、裁判所のゲートが開いていれば、自由に入って石割桜の見学が無料でできますよ。
    画像左手に見える茶色い建物が盛岡地方裁判所、右手に見えている白い建物が岩手県庁になります。

  • 盛岡地方裁判所前の庭に立つ石割桜。<br />この画像だと、奥に見える茶色い建物が裁判所。<br /><br />石割桜の周りは柵で囲まれていますが、ぐるりと一回りして、違った角度からも見学できますよ。<br />説明書きも出ているので、お見落としの無いように。<br /><br />まずは、全体の雰囲気をパチリ。<br />この画像でも、岩がパックリ割れて、幹がそこから出ているのが分かります。

    盛岡地方裁判所前の庭に立つ石割桜。
    この画像だと、奥に見える茶色い建物が裁判所。

    石割桜の周りは柵で囲まれていますが、ぐるりと一回りして、違った角度からも見学できますよ。
    説明書きも出ているので、お見落としの無いように。

    まずは、全体の雰囲気をパチリ。
    この画像でも、岩がパックリ割れて、幹がそこから出ているのが分かります。

  • 出ていた説明書きによると、石割桜はエドヒガンザクラ。<br />花の色が白いので、シロヒガンザクラとも呼ぶそうです。<br /><br />石割桜の推定樹齢は350〜400年。<br />幹の周囲は4.6m、樹高は11m、枝張りは東西16m、南北が17.1mあるそうです。<br />画像に写っている人と比べると、その大きさがよく分かるのでは?<br />

    出ていた説明書きによると、石割桜はエドヒガンザクラ。
    花の色が白いので、シロヒガンザクラとも呼ぶそうです。

    石割桜の推定樹齢は350〜400年。
    幹の周囲は4.6m、樹高は11m、枝張りは東西16m、南北が17.1mあるそうです。
    画像に写っている人と比べると、その大きさがよく分かるのでは?

  • 盛岡地方裁判所を背にした石割桜。<br /><br />出ていた説明によると、この敷地は元々は盛岡藩の家老だった北家の屋敷跡。<br />庭石にしていた花崗岩の割れ目から芽を出し、割れ目を押し広げつつ成長したのがこの石割桜なんだそう。<br /><br />推定350〜400歳の石割桜。<br />今では自分で自分の枝を支えるのが難しくなったようで、支え棒が何本も。<br />その棒も年とともに増えているようで、まだ新しい木の肌を見せているものも混じっています。<br />2000年には、50年ぶりに樹木医による治療が施されたそうです。<br /><br />ぐるぐる巻きにされた枝もあるし、花だけみると美しい石割桜も、時を経た今では満身創痍…。<br />こうして見てみると、結構凄まじい。<br /><br />ちょっと前に、「よくこんな所に生えた!」という植物に、ど根性○○なんて名前をつけるのが流行った(?)ことがあったけど、その命名方法に従うと、この桜は≪ど根性桜≫になりそう。(;^ω^)<br />いやいや、やっぱり石割桜の方が風雅でよし!

    盛岡地方裁判所を背にした石割桜。

    出ていた説明によると、この敷地は元々は盛岡藩の家老だった北家の屋敷跡。
    庭石にしていた花崗岩の割れ目から芽を出し、割れ目を押し広げつつ成長したのがこの石割桜なんだそう。

    推定350〜400歳の石割桜。
    今では自分で自分の枝を支えるのが難しくなったようで、支え棒が何本も。
    その棒も年とともに増えているようで、まだ新しい木の肌を見せているものも混じっています。
    2000年には、50年ぶりに樹木医による治療が施されたそうです。

    ぐるぐる巻きにされた枝もあるし、花だけみると美しい石割桜も、時を経た今では満身創痍…。
    こうして見てみると、結構凄まじい。

    ちょっと前に、「よくこんな所に生えた!」という植物に、ど根性○○なんて名前をつけるのが流行った(?)ことがあったけど、その命名方法に従うと、この桜は≪ど根性桜≫になりそう。(;^ω^)
    いやいや、やっぱり石割桜の方が風雅でよし!

  • 1923年(大正12年)3月7日には国の天然記念物に指定された石割桜。<br /><br />朝の逆光で見てみると、黒々とした大枝が四方八方に広がって、優しげなイメージがある桜とは思えない猛々しさがあった。<br /><br /><br /><br />

    1923年(大正12年)3月7日には国の天然記念物に指定された石割桜。

    朝の逆光で見てみると、黒々とした大枝が四方八方に広がって、優しげなイメージがある桜とは思えない猛々しさがあった。



  • 盛岡に滞在した二日間は、冬に戻ってしまったかのような曇り空。<br /><br />それでも、ふとした雲の切れ目からは薄青い空も覗いて、急に春めいた雰囲気に。<br /><br />そんな光の中の中で見る石割桜。<br />一つ一つの花の形が小さいし、色も薄い。<br />上の方に出した幹の様子とは裏腹に、ずいぶん儚げで優しげ。<br /><br />

    盛岡に滞在した二日間は、冬に戻ってしまったかのような曇り空。

    それでも、ふとした雲の切れ目からは薄青い空も覗いて、急に春めいた雰囲気に。

    そんな光の中の中で見る石割桜。
    一つ一つの花の形が小さいし、色も薄い。
    上の方に出した幹の様子とは裏腹に、ずいぶん儚げで優しげ。

  • 石割桜の北側(盛岡地方裁判所が立っている側)に回り込んでみる。<br /><br /><br />枝が縦横無尽に張っていて、見る角度によってずいぶん雰囲気が変わりますよ。

    石割桜の北側(盛岡地方裁判所が立っている側)に回り込んでみる。


    枝が縦横無尽に張っていて、見る角度によってずいぶん雰囲気が変わりますよ。

  • 支え棒に枝を任せた姿の石割桜。<br /><br />石割桜は、350〜400歳。<br />杖をつくシルバーエイジなのよね。<br /><br />健気に花を咲かせる姿がちょっと痛々しくもあり。

    支え棒に枝を任せた姿の石割桜。

    石割桜は、350〜400歳。
    杖をつくシルバーエイジなのよね。

    健気に花を咲かせる姿がちょっと痛々しくもあり。

  • 石割桜のすぐ北側に立つ盛岡地方裁判所。<br /><br />1932年(昭和7年)にこの裁判所が火災に遭った時には、庭師さんが体を張って守り抜いたお陰で石割桜は全焼を免れ、翌年にはまた花を咲かせてくれたそうです。

    石割桜のすぐ北側に立つ盛岡地方裁判所。

    1932年(昭和7年)にこの裁判所が火災に遭った時には、庭師さんが体を張って守り抜いたお陰で石割桜は全焼を免れ、翌年にはまた花を咲かせてくれたそうです。

  • 石割桜の枝ぶり。<br /><br />蛇のようにとぐろを巻きながら直立し、天空を目指す枝もあった。<br />ちょっと桜とは思えない。

    石割桜の枝ぶり。

    蛇のようにとぐろを巻きながら直立し、天空を目指す枝もあった。
    ちょっと桜とは思えない。

  • 石割桜の北側(盛岡地方裁判所が立っている側)だと、元は盛岡藩の家老だった北家の庭石だったという花崗岩の割れ目も一層鮮明。<br /><br />こうして見ると、石割桜が南側と北側に二本あるように見えるんですが、大元の幹から二手に分かれた大枝がそれぞれに成長した姿なんでしょうね。

    石割桜の北側(盛岡地方裁判所が立っている側)だと、元は盛岡藩の家老だった北家の庭石だったという花崗岩の割れ目も一層鮮明。

    こうして見ると、石割桜が南側と北側に二本あるように見えるんですが、大元の幹から二手に分かれた大枝がそれぞれに成長した姿なんでしょうね。

  • 上の方で言ったように、石割桜のある盛岡地方裁判所のこの敷地は、元々は盛岡藩の家老だった北家の屋敷跡。<br /><br />庭石にしていた花崗岩の割れ目から350〜400年前に芽を出したのが、現在の石割桜になっているわけですが、じゃ、その岩の割れ目はどうやってできたのかと言うと、落雷によるものという伝説があるそうです。<br /><br />周囲が21mあるというこの岩も、この画像に写っている人物と比べるとその大きさがよく分かるんじゃないでしょうか。

    上の方で言ったように、石割桜のある盛岡地方裁判所のこの敷地は、元々は盛岡藩の家老だった北家の屋敷跡。

    庭石にしていた花崗岩の割れ目から350〜400年前に芽を出したのが、現在の石割桜になっているわけですが、じゃ、その岩の割れ目はどうやってできたのかと言うと、落雷によるものという伝説があるそうです。

    周囲が21mあるというこの岩も、この画像に写っている人物と比べるとその大きさがよく分かるんじゃないでしょうか。

  • 石割桜の北側(盛岡地方裁判所がある側)から見た、花崗岩の割れ目と石割桜の幹。<br />ゴツゴツと荒れた樹皮は、これだけ見たら桜の木とは思えない。<br /><br />落雷で出来た割れ目に種が落ち、そこで芽吹いたとも言われるエドヒガン。<br />大岩に締め付けられながらも、よくもここまで押し広げて育ったもの!<br /><br />もし今この大岩を取り除いたら、とても自立は出来ないでしょうね。

    イチオシ

    石割桜の北側(盛岡地方裁判所がある側)から見た、花崗岩の割れ目と石割桜の幹。
    ゴツゴツと荒れた樹皮は、これだけ見たら桜の木とは思えない。

    落雷で出来た割れ目に種が落ち、そこで芽吹いたとも言われるエドヒガン。
    大岩に締め付けられながらも、よくもここまで押し広げて育ったもの!

    もし今この大岩を取り除いたら、とても自立は出来ないでしょうね。

  • 盛岡二泊後の朝。<br />この朝も、起きたがらない旦那を部屋に残し、SUR SHANGHAI一人で朝のお散歩。<br />前日、石割桜の写真を撮っていた時、地元のおじさんに教えてもらった龍谷寺(りゅうこくじ)のモリオカシダレという枝垂桜を見に行ってみます。<br /><br />あの時のおじさん、急に話しかけられた時にはびっくりしたけど、わざわざ教えてくださって、ありがとうございました〜。&lt;(_ _)&gt;<br /><br />さて、その龍谷寺へは、石割桜がある盛岡地方裁判所脇の国道455号線を北上。<br />最初は岩手医大前を通り、歩いて行くこと10数分。<br /><br />まだ朝早〜い街を歩いて行くと、途中の道端に小本街道(おもと・かいどう)と書いてある石碑があった。<br />小本街道と言うのは、岩手県内陸部にある盛岡と、岩手県沿岸の三陸海岸北部にある小本を結んでいた街道だそうです。<br />現在では国道455号線という味気無い数字だけの道になっています。

    盛岡二泊後の朝。
    この朝も、起きたがらない旦那を部屋に残し、SUR SHANGHAI一人で朝のお散歩。
    前日、石割桜の写真を撮っていた時、地元のおじさんに教えてもらった龍谷寺(りゅうこくじ)のモリオカシダレという枝垂桜を見に行ってみます。

    あの時のおじさん、急に話しかけられた時にはびっくりしたけど、わざわざ教えてくださって、ありがとうございました〜。<(_ _)>

    さて、その龍谷寺へは、石割桜がある盛岡地方裁判所脇の国道455号線を北上。
    最初は岩手医大前を通り、歩いて行くこと10数分。

    まだ朝早〜い街を歩いて行くと、途中の道端に小本街道(おもと・かいどう)と書いてある石碑があった。
    小本街道と言うのは、岩手県内陸部にある盛岡と、岩手県沿岸の三陸海岸北部にある小本を結んでいた街道だそうです。
    現在では国道455号線という味気無い数字だけの道になっています。

  • 前述のとおりに、石割桜がある盛岡地方裁判所脇の国道455号線(小本街道)を徒歩で10分ほど北上。<br /><br />行く手にお寺さんがたくさん見えてきた。<br />朝のお勤めで焚いたらしい香の香りが漂う街。<br />こんなしっとりした雰囲気、久しぶりに出会った気がする。<br /><br />道に出ていた地図看板を見てみると…、<br /><br />

    前述のとおりに、石割桜がある盛岡地方裁判所脇の国道455号線(小本街道)を徒歩で10分ほど北上。

    行く手にお寺さんがたくさん見えてきた。
    朝のお勤めで焚いたらしい香の香りが漂う街。
    こんなしっとりした雰囲気、久しぶりに出会った気がする。

    道に出ていた地図看板を見てみると…、

  • …ここは名須川町(なすかわちょう)と言うあたりで、宗派の違うお寺さんが国道455号線周辺にいくつも並んでいる地区でした。<br />よって、このあたりは北山寺院群とも呼ばれています。<br /><br />そのうちの一つのお寺さんが、モリオカシダレのある龍谷寺(りゅうこくじ)。<br />近くには、五百羅漢像で有名な報恩寺(ほうおんじ)、鬼の手形伝説で有名な三ツ石神社などがあるので、お時間のある方はまとめて回ってみるのがいいですよ。<br />ただし、報恩寺の五百羅漢像見学は9時かららしいので、8時までにホテルに戻らなければならないSUR SHANGHAIは、龍谷寺のほかには三ツ石神社だけに行ってみます。<br /><br />●注: 報恩寺はこの画像外ですが、すぐ上方(北側)にあります。

    …ここは名須川町(なすかわちょう)と言うあたりで、宗派の違うお寺さんが国道455号線周辺にいくつも並んでいる地区でした。
    よって、このあたりは北山寺院群とも呼ばれています。

    そのうちの一つのお寺さんが、モリオカシダレのある龍谷寺(りゅうこくじ)。
    近くには、五百羅漢像で有名な報恩寺(ほうおんじ)、鬼の手形伝説で有名な三ツ石神社などがあるので、お時間のある方はまとめて回ってみるのがいいですよ。
    ただし、報恩寺の五百羅漢像見学は9時かららしいので、8時までにホテルに戻らなければならないSUR SHANGHAIは、龍谷寺のほかには三ツ石神社だけに行ってみます。

    ●注: 報恩寺はこの画像外ですが、すぐ上方(北側)にあります。

  • 国道455号線沿いに宗派の違うお寺さんがずらりと並ぶ名須川町(なすかわちょう)。<br />あとで三ツ石神社でいただいたパンフレットによると、お寺さんが20近くも密集していて、北山寺院群とも呼ばれているようでした。<br /><br />岩手県交通の北山というバス停もありましたが、盛岡駅や盛岡バスセンターを行き来する便ともにずいぶん少ないのが難。<br /><br />石割桜がある盛岡地方裁判所からだと、徒歩でも10数分程度なので、お散歩気分で歩いてくるのがよし。<br />アップダウンの無い道で、歩きやすかったですよ。<br />

    国道455号線沿いに宗派の違うお寺さんがずらりと並ぶ名須川町(なすかわちょう)。
    あとで三ツ石神社でいただいたパンフレットによると、お寺さんが20近くも密集していて、北山寺院群とも呼ばれているようでした。

    岩手県交通の北山というバス停もありましたが、盛岡駅や盛岡バスセンターを行き来する便ともにずいぶん少ないのが難。

    石割桜がある盛岡地方裁判所からだと、徒歩でも10数分程度なので、お散歩気分で歩いてくるのがよし。
    アップダウンの無い道で、歩きやすかったですよ。

  • さて、ここが、地元のおじさんに教えてもらった龍谷寺(りゅうこくじ)。<br />盛岡市名須川町7−2にあります。<br /><br />禅寺のこの龍谷寺は、実は石川啄木ゆかりの場所でもありました。<br />啄木の母方の伯父葛原対月(かつらはら・たいげつ)が、明治4年から28年まで、この寺の住職を務めていたのだそうです。<br /><br />対月の弟子で、啄木の父となった石川一禎と、啄木の母となった対月の妹カツとの縁が結ばれたのもここだったのだそう。<br />少年時代の啄木は、よく龍谷寺を訪れ、対月から詩歌の手ほどきを受けていたそうです。

    さて、ここが、地元のおじさんに教えてもらった龍谷寺(りゅうこくじ)。
    盛岡市名須川町7−2にあります。

    禅寺のこの龍谷寺は、実は石川啄木ゆかりの場所でもありました。
    啄木の母方の伯父葛原対月(かつらはら・たいげつ)が、明治4年から28年まで、この寺の住職を務めていたのだそうです。

    対月の弟子で、啄木の父となった石川一禎と、啄木の母となった対月の妹カツとの縁が結ばれたのもここだったのだそう。
    少年時代の啄木は、よく龍谷寺を訪れ、対月から詩歌の手ほどきを受けていたそうです。

  • 龍谷寺(りゅうこくじ)の山門をくぐるSUR SHANGHAI。<br />まだ朝の7時前でしたが、山門はこのとおり開いていました。<br /><br />入口脇には、『禁葷酒入山門』と書かれた碑がある禅寺なので、肉類やお酒は持って入れません。<br /><br />向こうに見えるのが龍谷寺の本堂?

    龍谷寺(りゅうこくじ)の山門をくぐるSUR SHANGHAI。
    まだ朝の7時前でしたが、山門はこのとおり開いていました。

    入口脇には、『禁葷酒入山門』と書かれた碑がある禅寺なので、肉類やお酒は持って入れません。

    向こうに見えるのが龍谷寺の本堂?

  • 龍谷寺境内に入ったSUR SHANGHAI。<br /><br />朝の7時前には本堂らしきお堂は閉まっていましたが、SUR SHANGHAIのお目当ては境内にあると言うモリオカシダレ。<br /><br />何だ、ここに写っているのは枝垂桜じゃないじゃないか!と思うのは早計。<br />本堂らしきお堂に向かって右手にあるんですよ。

    イチオシ

    龍谷寺境内に入ったSUR SHANGHAI。

    朝の7時前には本堂らしきお堂は閉まっていましたが、SUR SHANGHAIのお目当ては境内にあると言うモリオカシダレ。

    何だ、ここに写っているのは枝垂桜じゃないじゃないか!と思うのは早計。
    本堂らしきお堂に向かって右手にあるんですよ。

  • これが、地元のおじさんが教えてくれた龍谷寺(りゅうこくじ)のモリオカシダレ。<br /><br />出ていた説明によると、この桜は1920年(大正9年)に、国の天然記念物調査員によって発見された新種で、エドヒガンオオシマザクラの雑種なんだそうです。<br />1993年(平成5年)の測定によると、根元周りは2.2m、樹高6.1m、枝張りは8mで、樹齢は約150年。<br />国の天然記念物に指定されたのは、1936年(昭和11年)9月3日だったそうです。

    これが、地元のおじさんが教えてくれた龍谷寺(りゅうこくじ)のモリオカシダレ。

    出ていた説明によると、この桜は1920年(大正9年)に、国の天然記念物調査員によって発見された新種で、エドヒガンオオシマザクラの雑種なんだそうです。
    1993年(平成5年)の測定によると、根元周りは2.2m、樹高6.1m、枝張りは8mで、樹齢は約150年。
    国の天然記念物に指定されたのは、1936年(昭和11年)9月3日だったそうです。

  • 龍谷寺(りゅうこくじ)のモリオカシダレ。<br />花の色は薄く儚げ。<br /><br />離れて見ると、禅寺にふさわしい物寂びた風情ですが、見る角度によっては花が盛大について枝垂れている枝ぶりが楽しめますよ。<br />

    龍谷寺(りゅうこくじ)のモリオカシダレ。
    花の色は薄く儚げ。

    離れて見ると、禅寺にふさわしい物寂びた風情ですが、見る角度によっては花が盛大について枝垂れている枝ぶりが楽しめますよ。

  • 龍谷寺(りゅうこくじ)のモリオカシダレの根元には、静かな笑みをたたえた子安地蔵尊が置かれていた。<br />また巡ってきた花の季節を楽しんでいるかのよう。<br /><br />子安地蔵尊像の前に枝を垂れるモリオカシダレ。<br />その枝ぶりはシダレヒガンに近く、葉の形はソメイヨシノに近いんだそう。

    龍谷寺(りゅうこくじ)のモリオカシダレの根元には、静かな笑みをたたえた子安地蔵尊が置かれていた。
    また巡ってきた花の季節を楽しんでいるかのよう。

    子安地蔵尊像の前に枝を垂れるモリオカシダレ。
    その枝ぶりはシダレヒガンに近く、葉の形はソメイヨシノに近いんだそう。

  • 龍谷寺(りゅうこくじ)のモリオカシダレ越しに見た山門。<br /><br />朝の静かなひとときが心地いい。<br /><br />

    龍谷寺(りゅうこくじ)のモリオカシダレ越しに見た山門。

    朝の静かなひとときが心地いい。

  • 龍谷寺(りゅうこくじ)のモリオカシダレも、周りは柵で囲まれていますが、ぐるりと一回りするのは可能。<br /><br />モリオカシダレ前に置かれている子安地蔵尊の背後に回りこむと、幹がぐるぐる巻きになっていて痛々しい。<br />実はモリオカシダレの主幹はすでに大部分が朽ちていて、残った部分がいまも成長し続けているんだそう。

    龍谷寺(りゅうこくじ)のモリオカシダレも、周りは柵で囲まれていますが、ぐるりと一回りするのは可能。

    モリオカシダレ前に置かれている子安地蔵尊の背後に回りこむと、幹がぐるぐる巻きになっていて痛々しい。
    実はモリオカシダレの主幹はすでに大部分が朽ちていて、残った部分がいまも成長し続けているんだそう。

  • 曇り空にも一瞬の晴れ間ができた龍谷寺(りゅうこくじ)上空。<br /><br />見上げると、モリオカシダレのほかにもある桜の枝との競演。

    曇り空にも一瞬の晴れ間ができた龍谷寺(りゅうこくじ)上空。

    見上げると、モリオカシダレのほかにもある桜の枝との競演。

  • さ、そろそろ龍谷寺(りゅうこくじ)を出て、今度は近くにある三ツ石神社にも行ってみようっと。<br /><br /><br />龍谷寺のモリオカシダレも、これからも花を咲かせ続けますように。(-人-)

    さ、そろそろ龍谷寺(りゅうこくじ)を出て、今度は近くにある三ツ石神社にも行ってみようっと。


    龍谷寺のモリオカシダレも、これからも花を咲かせ続けますように。(-人-)

  • 龍谷寺(りゅうこくじ)を出た後は、今度は三ツ石神社に行くべく、国道455号線(小本街道)を石割桜のある盛岡地方裁判所方向へ。<br /><br />その途中にあったのは、真宗大谷派の専立寺というお寺さん。<br />表に停めてあったシトロエン2CV6と、外観のデザインがシンクロしているように見えた。

    龍谷寺(りゅうこくじ)を出た後は、今度は三ツ石神社に行くべく、国道455号線(小本街道)を石割桜のある盛岡地方裁判所方向へ。

    その途中にあったのは、真宗大谷派の専立寺というお寺さん。
    表に停めてあったシトロエン2CV6と、外観のデザインがシンクロしているように見えた。

  • 三ツ石神社へ向かうべく歩いていた国道455号線(小本街道)。<br /><br />今度は、≪塩の道≫と書かれた碑を発見。<br /><br />ここで言う塩の道というのは、岩手県の内陸部にある盛岡と、岩手県沿岸にある野田(のだ)を結ぶ野田街道のこと。<br />かつては沿岸で作られた塩を運ぶ道筋になっていたんだそう。<br /><br />小本街道とは一部重複してる箇所もあるようなので、ルートについては次のウィキペディアのページを見てみるといいですよ。<br />野田街道: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E7%94%B0%E8%A1%97%E9%81%93<br />小本街道: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9C%AC%E8%A1%97%E9%81%93

    三ツ石神社へ向かうべく歩いていた国道455号線(小本街道)。

    今度は、≪塩の道≫と書かれた碑を発見。

    ここで言う塩の道というのは、岩手県の内陸部にある盛岡と、岩手県沿岸にある野田(のだ)を結ぶ野田街道のこと。
    かつては沿岸で作られた塩を運ぶ道筋になっていたんだそう。

    小本街道とは一部重複してる箇所もあるようなので、ルートについては次のウィキペディアのページを見てみるといいですよ。
    野田街道: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E7%94%B0%E8%A1%97%E9%81%93
    小本街道: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9C%AC%E8%A1%97%E9%81%93

  • 鬼の手形があることで有名な三ツ石神社は、国道455号線からちょいと外れて、東顕寺(とうけんじ)の脇にあるんですが、道の分かれ目にはこんな標識が出ていてすぐに分かります。<br /><br />その表示に従って行くと…、<br /><br />

    鬼の手形があることで有名な三ツ石神社は、国道455号線からちょいと外れて、東顕寺(とうけんじ)の脇にあるんですが、道の分かれ目にはこんな標識が出ていてすぐに分かります。

    その表示に従って行くと…、

  • …まずは曹洞宗の東顕寺前を通って行きます。<br /><br />わ、ずいぶん立派。<br /><br /><br />ここを通り過ぎると、周りは民家。

    …まずは曹洞宗の東顕寺前を通って行きます。

    わ、ずいぶん立派。


    ここを通り過ぎると、周りは民家。

  • そして、ありました! 鬼退治伝説と鬼の手形があると言う三ツ石神社。<br />所在地は、盛岡市名須川町2−1。<br /><br /><br />あれ? (・・? 思っていたより小さい。<br /><br />でも、この位の方が見学しやすくていいな、とSUR SHANGHAIは境内へ入って行きます。

    そして、ありました! 鬼退治伝説と鬼の手形があると言う三ツ石神社。
    所在地は、盛岡市名須川町2−1。


    あれ? (・・? 思っていたより小さい。

    でも、この位の方が見学しやすくていいな、とSUR SHANGHAIは境内へ入って行きます。

  • 鬼退治伝説と鬼の手形で有名な三ツ石神社の境内。<br /><br />砂利をザッザッザッと踏んで行くと、三ツ石神社の名の通り、そこには三つの大岩がある…はずなんですが、はじめは二つしか見えません。<br />最後の一つは、中段・下段の画像右手にある岩の陰に隠れているんですよ。<br />この三つの大岩は、大昔に岩手山が噴火した時に飛んで来たと言われ、三ツ石様として拝まれていたそうです。<br /><br />そして、この三ツ石神社の鬼退治伝説と鬼の手形というのは、昔、このあたりに住んでいた乱暴者の羅刹と言う鬼を退治しようと三ツ石様に願掛けをしたところ、三ツ石様は羅刹をここの岩に縛り付けてしまったので、羅刹が「もう悪さはせずに、この地を去る。」と誓ったことから、約束の印として岩に手形を押させて逃がしてやったと言うお話がまず一つ。<br />鬼の退散を喜んだ村人たちが捧げた感謝の踊りが、さんさ踊りの起源にもなっているそうです。<br /><br />別の説としては、坂上田村麻呂が東夷東征の際に蝦夷の首領3人を捕らえたところ、「朝廷に服従しこの地を去る。」と誓ったため、やはりここの岩に約束の印として手形を押させたというお話があるのだそう。<br /><br />どちらにしても、岩に手形を押させたと言うことで、現在の岩手県の名もそこから来ているそうです。<br />ただし、これにも別のいわれがあって、大和物語によれば、みちのくの国から平城天皇(へいぜいてんのう)に贈られた鷹に岩手という名が付けられたから、という説もあるんだそう。<br /><br />どのお話にしても、それぞれに趣のある伝承で、歴史のミステリーを感じさせてくれます。<br />

    鬼退治伝説と鬼の手形で有名な三ツ石神社の境内。

    砂利をザッザッザッと踏んで行くと、三ツ石神社の名の通り、そこには三つの大岩がある…はずなんですが、はじめは二つしか見えません。
    最後の一つは、中段・下段の画像右手にある岩の陰に隠れているんですよ。
    この三つの大岩は、大昔に岩手山が噴火した時に飛んで来たと言われ、三ツ石様として拝まれていたそうです。

    そして、この三ツ石神社の鬼退治伝説と鬼の手形というのは、昔、このあたりに住んでいた乱暴者の羅刹と言う鬼を退治しようと三ツ石様に願掛けをしたところ、三ツ石様は羅刹をここの岩に縛り付けてしまったので、羅刹が「もう悪さはせずに、この地を去る。」と誓ったことから、約束の印として岩に手形を押させて逃がしてやったと言うお話がまず一つ。
    鬼の退散を喜んだ村人たちが捧げた感謝の踊りが、さんさ踊りの起源にもなっているそうです。

    別の説としては、坂上田村麻呂が東夷東征の際に蝦夷の首領3人を捕らえたところ、「朝廷に服従しこの地を去る。」と誓ったため、やはりここの岩に約束の印として手形を押させたというお話があるのだそう。

    どちらにしても、岩に手形を押させたと言うことで、現在の岩手県の名もそこから来ているそうです。
    ただし、これにも別のいわれがあって、大和物語によれば、みちのくの国から平城天皇(へいぜいてんのう)に贈られた鷹に岩手という名が付けられたから、という説もあるんだそう。

    どのお話にしても、それぞれに趣のある伝承で、歴史のミステリーを感じさせてくれます。

  • 三ツ石神社のお社のすぐ脇まで来ると、確かに上記の伝説に出て来る岩が三つあるのが分かります。<br /><br />どれにも、注連縄のほかに鎖が巻かれているのは、この巨石が三ツ石様と拝まれたというほかに、鬼の約束を忘れないように封印したと言う意味もあるのかも?<br />

    三ツ石神社のお社のすぐ脇まで来ると、確かに上記の伝説に出て来る岩が三つあるのが分かります。

    どれにも、注連縄のほかに鎖が巻かれているのは、この巨石が三ツ石様と拝まれたというほかに、鬼の約束を忘れないように封印したと言う意味もあるのかも?

  • 三ツ石神社境内にある大岩。<br /><br />高さは6mほどあるというそれらの岩の周りをグルグル。<br /><br />鬼が手形を押したと言う部分は、コケが生えずに長らく残っていたそうですが、今では消えてしまったのかどうか、SUR SHANGHAIには見つけられませんでした。(;^ω^)<br /><br />岩にはよく見ると細い亀裂がいくもあって、一円玉が無数に差し込まれていましたよ。<br />お参り記念に残していったコイン?

    三ツ石神社境内にある大岩。

    高さは6mほどあるというそれらの岩の周りをグルグル。

    鬼が手形を押したと言う部分は、コケが生えずに長らく残っていたそうですが、今では消えてしまったのかどうか、SUR SHANGHAIには見つけられませんでした。(;^ω^)

    岩にはよく見ると細い亀裂がいくもあって、一円玉が無数に差し込まれていましたよ。
    お参り記念に残していったコイン?

  • 注連縄や鎖が巻かれた三ツ石神社の巨岩。<br /><br />よくホラー小説や映画では、その土地の言い伝えをバカにする若者たちがやって来て、信仰の対象になっているものにいたずらをすると…、<br /><br />あら、怖ろしや〜〜〜!! ヒィー(&gt;ω&lt;ノ)ノ <br /><br />…という展開になる。<br /><br /><br />もし、三ツ石神社のこれらの岩を巻く注連縄や鎖が故意に外されるようなことがあったら…、 昔ここを立ち去った羅刹という鬼が戻ってくるんだろうか。((;゚ェ゚;)) <br /><br />なんだかホラー小説の題材になりそう。<br />…と言ったら罰当たりですね。 

    イチオシ

    注連縄や鎖が巻かれた三ツ石神社の巨岩。

    よくホラー小説や映画では、その土地の言い伝えをバカにする若者たちがやって来て、信仰の対象になっているものにいたずらをすると…、

    あら、怖ろしや〜〜〜!! ヒィー(>ω<ノ)ノ 

    …という展開になる。


    もし、三ツ石神社のこれらの岩を巻く注連縄や鎖が故意に外されるようなことがあったら…、 昔ここを立ち去った羅刹という鬼が戻ってくるんだろうか。((;゚ェ゚;))

    なんだかホラー小説の題材になりそう。
    …と言ったら罰当たりですね。 

  • 三ツ石神社のお社。<br /><br /><br />あ!(◎◇◎) 外壁に、伝説の鬼の手形!  <br /><br /><br /><br />…が描かれてありました。(笑)<br /><br />昔は岩の上にこんな風に手形が残っていました、と言う様子かな。<br /><br /><br />お社前には、三ツ石神社を紹介するパンフレットが置いてあって、1986年に撮影された鬼の手形という写真も載っていましたよ。<br />そのパンフレットには、さっき見てきた龍谷寺(りゅうこくじ)を含む北山寺院群も一緒に紹介されてありました。<br />パンフレットの見所紹介を元に、お寺さん巡りをしてみるのもいいかも。<br />観光インフォなどで見かけたら、是非いただいて行きましょう。

    三ツ石神社のお社。


    あ!(◎◇◎) 外壁に、伝説の鬼の手形!  



    …が描かれてありました。(笑)

    昔は岩の上にこんな風に手形が残っていました、と言う様子かな。


    お社前には、三ツ石神社を紹介するパンフレットが置いてあって、1986年に撮影された鬼の手形という写真も載っていましたよ。
    そのパンフレットには、さっき見てきた龍谷寺(りゅうこくじ)を含む北山寺院群も一緒に紹介されてありました。
    パンフレットの見所紹介を元に、お寺さん巡りをしてみるのもいいかも。
    観光インフォなどで見かけたら、是非いただいて行きましょう。

  • 北山寺院群の龍谷寺(りゅうこくじ)や、三ツ石神社があった国道455号線(小本街道)から、またテクテクと盛岡地方裁判前の石割桜を通り過ぎたSUR SHANGHAI。<br /><br />ホテルニューカリーナへは、内丸緑地のお堀や、桜山神社、盛岡城跡公園をかすめて帰ろうと思います。<br /><br />ここは、内丸緑地のお堀。<br />ちょっとした桜並木があって、盛岡のミニ千鳥が淵と言った風情。<br />風の無い春の朝は、水鏡に映る桜や周辺の風景がきれいです。

    イチオシ

    北山寺院群の龍谷寺(りゅうこくじ)や、三ツ石神社があった国道455号線(小本街道)から、またテクテクと盛岡地方裁判前の石割桜を通り過ぎたSUR SHANGHAI。

    ホテルニューカリーナへは、内丸緑地のお堀や、桜山神社、盛岡城跡公園をかすめて帰ろうと思います。

    ここは、内丸緑地のお堀。
    ちょっとした桜並木があって、盛岡のミニ千鳥が淵と言った風情。
    風の無い春の朝は、水鏡に映る桜や周辺の風景がきれいです。

  • 内丸緑地のお堀。<br /><br />風の無い春の朝。<br />満開の桜と民家の倒影が水に落ちる。<br /><br />SUR SHANGHAIと同じように、カメラを下げてこのお堀に来ている人もいましたよ。

    内丸緑地のお堀。

    風の無い春の朝。
    満開の桜と民家の倒影が水に落ちる。

    SUR SHANGHAIと同じように、カメラを下げてこのお堀に来ている人もいましたよ。

  • 立ち木に寄せて止めた自転車があった内丸緑地のお堀。<br /><br />なんとなくいい雰囲気。

    立ち木に寄せて止めた自転車があった内丸緑地のお堀。

    なんとなくいい雰囲気。

  • 内丸緑地を抜けて大通りを渡った所にあるのが桜山神社。<br /><br />盛岡城三の丸跡にある神社で、かつては南部藩の総鎮守として信仰を集めていたそうです。<br /><br />う〜ん、ここは以前にも来た事があるし、今日はこれから旦那と朝ご飯の約束をしているから、残念ながら見学はパス。<br />境内には、三ツ石神社で見たような巨岩があって、烏帽子岩と呼ばれているんですよ。

    内丸緑地を抜けて大通りを渡った所にあるのが桜山神社。

    盛岡城三の丸跡にある神社で、かつては南部藩の総鎮守として信仰を集めていたそうです。

    う〜ん、ここは以前にも来た事があるし、今日はこれから旦那と朝ご飯の約束をしているから、残念ながら見学はパス。
    境内には、三ツ石神社で見たような巨岩があって、烏帽子岩と呼ばれているんですよ。

  • 盛岡城跡公園の石垣に沿って、ホテルニューカリーナ方向へ。<br /><br />今回は公園内部までは行かなかったけれど、石垣を背にした桜がピンクの春霞。<br /><br />お日様が出ていたら、もう少し春らしい感じだったね。惜しい!

    イチオシ

    盛岡城跡公園の石垣に沿って、ホテルニューカリーナ方向へ。

    今回は公園内部までは行かなかったけれど、石垣を背にした桜がピンクの春霞。

    お日様が出ていたら、もう少し春らしい感じだったね。惜しい!

  • これも、盛岡城跡公園の石垣を背にした桜。<br />これはまた、ピンクのレースのような趣。<br /><br />ああ、今回の盛岡ではいろんな桜を見たなあ。<br />一口に桜って言っても、花の色も枝ぶりもさまざま。<br />花の時期に出会えた石割桜もよかったし、地元のおじさんに教えてもらった龍谷寺(りゅうこくじ)のモリオカシダレも、そのほかの場所で見た桜たちも、みんな春の到来を喜ぶ姿だった。<br /><br />来年の春は、どこでどんな桜を見ることになるだろう。<br />

    これも、盛岡城跡公園の石垣を背にした桜。
    これはまた、ピンクのレースのような趣。

    ああ、今回の盛岡ではいろんな桜を見たなあ。
    一口に桜って言っても、花の色も枝ぶりもさまざま。
    花の時期に出会えた石割桜もよかったし、地元のおじさんに教えてもらった龍谷寺(りゅうこくじ)のモリオカシダレも、そのほかの場所で見た桜たちも、みんな春の到来を喜ぶ姿だった。

    来年の春は、どこでどんな桜を見ることになるだろう。

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