2013/02/23 - 2013/02/23
5303位(同エリア7080件中)
ドクターキムルさん
- ドクターキムルさんTOP
- 旅行記7517冊
- クチコミ134件
- Q&A回答247件
- 6,208,354アクセス
- フォロワー38人
鎌建築倉市扇ガ谷2にある旧中村光夫邸は昭和7年(1932年)に建てられた木造平屋建ての洋館である。建築当初の住人の名は分からなかった。門にはローマ字で「A&B」とA、Bの2つの苗字が記されている。旧中村光夫邸は、かつては谷戸の幅一杯の区画であったようだ。しかし、今は東側が掘削・造成されて2区画になっているようだ。後ろの奥の田丸邸は谷戸の幅は広く、幅一杯の区画であり、庭が広くゆったりとしている。
また、「鎌倉の西洋館−昭和モダン建築をめぐる」(柴田泉)にも掲載されている10棟のうちの1棟である。この本のサブタイトルは「昭和モダン建築をめぐる」であるが、この10棟には明治から大正に建てられた4棟、あるいは5棟が含まれており、およそ相応しくない。この本の編集者がたった10棟の建築年をチェックしなかったからであろう。編集者が2名もいたにも関わらず、その力量のなさがこの本を台無しにしてしまっている。残念なことだ。
この本に掲載されている昭和30年(1965年)代頃の写真を見ると、泉ガ谷に6棟あったという洋館のうち、このあたりには5棟の洋館が纏まって建てられていたことが分かる。しかし、真中に建てられた狭い敷地には2階建ての洋館が2棟見えるが、他は平屋建てに見える(。奥の田丸邸は実際は平屋一部2階建てである)。これらに次いで敷地が狭い旧中村光夫邸はぎりぎり平屋建てになっている。それにしても、扇ガ谷には以外と多くの平屋建ての洋館が建てられたことに驚く。
中村光夫(明治44年(1911年)〜昭和63年(1988年)は評論家、小説家である。東京生まれであるが、昭和8年(1933年)から二階堂、16年(1941年)に稲村ガ崎に移り、32年(1957年)から没年(1988年)までの30年間余り、ここ扇ガ谷に居住した。旧中村光夫邸と呼ばれる所以である。
(表紙写真は旧中村光夫邸)
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ドクターキムルさんの関連旅行記
鎌倉(神奈川) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
7