2012/09/24 - 2012/09/24
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ドクターキムルさん
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鶴岡八満宮横から巨福呂坂切通に向かう途中に巨福呂坂庚申塚がある。青梅聖天社社殿の直下にあたる巨福呂坂に面している。明治31年(1898年)に新道を拓いた折りに巨福呂洞門の上にあった切通部分は失われ、聖天坂の部分だけが残っているが、この旧道にある庚申塚である。現在では、中心碑は「道造供養塔」(天明8年(1788年)銘)であり、他にも「道祖神」(嘉永4年(1851年)銘)もあり、道祖神塚なのかも知れない。しかし、一番古いものは庚申塔(宝歴6年(1756年)銘)であるので庚申塚としておく。
巨福呂洞門の横には旧海軍水道のトンネル(大正7年(1918年)に通水)があり、横須賀市上下水道局が管理している。少し時代が下がるとトンネルで峠を貫通できたことになる。今では行止りの坂道であるために通る人もなく、側の青梅聖天社の境内法面に咲く彼岸花の存在すら知られていない。
(表紙写真は巨福呂坂庚申塚)
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青梅聖天社の鳥居と石段。社殿直下に庚申塚がある。氏子が昔から塚を守ってきたという。
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巨福呂坂庚申塚。
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「青面金剛」(天保12年(1841年)銘)。
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「猿田彦大神」(弘化3年(1846年)銘)。
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「庚申塔」。横書きは珍しいだろう。
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石碑(文政7年(1824年)銘)。
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石碑(庚申塔)の台座(文政12年(1829年)銘)のようだ。
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「道造供養塔」(天明8年(1788年)銘)。この塚の中心碑だ。
道造供養塔は道路整備の工事中に事故で不幸にも命を落とした人びとを供養するもので、朝夷奈切通にも建っている。 -
「百番供養塔」。石仏は観音像だ。
百番供養塔は西国三十三ヶ所・坂東三十三ヶ所・秩父三十四ヶ所を巡礼してきた人達が記念に建てたもので、江戸時代後期に全国に広まっった。村の体の弱い人やお年寄り達が地元にある百番供養塔で巡礼をしたと伝えられている。 -
庚申塔(宝歴6年(1756年)銘)。
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「庚申供養塔」(寛政11年(1799年)銘)。
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「大国立大神」(明治13年(1880年)銘)。
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「道祖神」(嘉永4年(1851年)銘)。
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「猿田彦大神」(萬延元年(1860年)銘)。
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