2012/06/02 - 2012/06/02
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ドクターキムルさん
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鎌倉市十二所にある光触寺は時宗の寺で岩蔵山光触寺という。創建は弘安2年(1279年)、開基は一遍上人(時宗の開祖)、開山は作阿上人である。元は真言宗のお寺であったが、一遍上人が弘安5年 (1282年)に遊行の途上に鎌倉に入ったとき、作阿上人が一遍上人に帰依し、時宗に改めたといわれている。
本尊は運慶作といわれる頬焼阿弥陀(ほほやけあみだ)(重要文化財)である。最初に訪れたときは修理のために京都にお出ましであった。修理後は、鎌倉国宝舘で展示されたが見逃してしまった。10人以上の団体で電話予約しないと拝めないご本尊が、年に2日だけ一般公開される。出かけてみることにした。
本堂内部は彩色されている。安政6年(1895年)に大修理を行った際に彩色された。光明寺のようだ。厨子も彩色され、柱には金箔が貼られている。その中の中央に両脇侍を従えて頬焼阿弥陀が安置されている。国指定文化財等データベースには「木造阿弥陀如来及両脇侍立像」、「鎌倉時代の作品。」とあるが、運慶作とは明記されてはいない。また、厨子も後世の修繕があり、重要文化財の附にはなっていない。
伝運慶作の頬焼阿弥陀は80cm程度の立像で、目前で見たが頬焼の傷は分からなかった。本堂裏手には3代将軍源実朝が建立した大慈寺の本尊の仏頭があった。建保4年(1215年)、実朝は、宋の能仁寺から仏舎利を請来し、勝長寿院に安置した後、弘安8年(1285年)大慈寺に納められた。この仏舎利(釈迦の歯)は、北条貞時によって円覚寺に移され、現在は、正続院の舎利殿(昭堂)に納められている。
ご本尊をフェーステゥフェース(face-to-fase)で見られ、ようやく思いを果たせた。公開時間は13:00〜14:00とのことになっていたが、私が着いたのは2時前であり、2時半くらいまでは本堂内に居た。本堂の扉は閉められていたが、私が本堂から出ると3人がご朱印をいただきに訪れていた。「せっかく来られたのですから、ご本尊を拝まれたらいかかですか?」と私が言うと、「もう2時はとっくに過ぎていますから。」と言う。住職の息子さんが、「朱印を書く間は開けていますから、どうぞ参拝してください。」というと、皆本堂に上がって行った。3時半くらいに通ると本堂から出て来たようで、結局は随分と長い一般公開時間となったようだ。
(表紙写真は光蝕寺本堂)
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