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 嘉禎3年(1237年)の創建の常楽寺は「常楽は建長の根本なり」とされる古刹で、裏には崖もあるが、やぐらは1つしか見付からなかった。もう、大船あたりになれば鎌倉在郷で北条泰時墓、南浦紹明墓などの墓も平地に建っている。<br /> 玉泉寺にはやぐらが2つ見えるが武将一族の墓などとして祀られている。<br /> 竜宝寺トンネル手前の十字路の玉泉寺通り側にやぐらが見える。アパートの管理人らしき人がいたので断って写真を撮らせて頂いた。やぐらは2つ見え、いづれも物置になっている。<br /> 龍宝寺にも1つやぐらがあり、その中に新井白石の碑が建っている。しかし、龍宝寺の創建は文亀3年(1503年)であり、この地に移ったのは天正3(1575年)であるから、やぐらがないのも当然である。<br /> また、玉縄トンネルを越えた城廻の関谷側の崖にはやぐらが見られる。<br /> こうしたやぐらが鎌倉時代から南北朝時代に造られたかどうかは怪しいが、鎌倉中を真似たやぐらなのだろう。<br />(表紙写真は竜宝寺トンネル手前の玉泉寺通りのやぐら)

大船界隈のやぐら

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2010/01/09 - 2010/01/09

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 嘉禎3年(1237年)の創建の常楽寺は「常楽は建長の根本なり」とされる古刹で、裏には崖もあるが、やぐらは1つしか見付からなかった。もう、大船あたりになれば鎌倉在郷で北条泰時墓、南浦紹明墓などの墓も平地に建っている。
 玉泉寺にはやぐらが2つ見えるが武将一族の墓などとして祀られている。
 竜宝寺トンネル手前の十字路の玉泉寺通り側にやぐらが見える。アパートの管理人らしき人がいたので断って写真を撮らせて頂いた。やぐらは2つ見え、いづれも物置になっている。
 龍宝寺にも1つやぐらがあり、その中に新井白石の碑が建っている。しかし、龍宝寺の創建は文亀3年(1503年)であり、この地に移ったのは天正3(1575年)であるから、やぐらがないのも当然である。
 また、玉縄トンネルを越えた城廻の関谷側の崖にはやぐらが見られる。
 こうしたやぐらが鎌倉時代から南北朝時代に造られたかどうかは怪しいが、鎌倉中を真似たやぐらなのだろう。
(表紙写真は竜宝寺トンネル手前の玉泉寺通りのやぐら)

  • 玉泉寺のやぐらの中の武将一族の墓。

    玉泉寺のやぐらの中の武将一族の墓。

  • 玉泉寺のやぐらの中の墓。

    玉泉寺のやぐらの中の墓。

  • 交差点角のアパート裏のやぐら。左奥にも穴が掘られている。

    交差点角のアパート裏のやぐら。左奥にも穴が掘られている。

  • 交差点角のアパート裏のやぐら。梯子などが置かれた物置になっている。

    交差点角のアパート裏のやぐら。梯子などが置かれた物置になっている。

  • 龍宝寺の新井白石碑。やぐらは江戸時代のものであろう。

    龍宝寺の新井白石碑。やぐらは江戸時代のものであろう。

  • 城廻のやぐら。3つ見える。新築工事で更地になっているので道路から見える。

    城廻のやぐら。3つ見える。新築工事で更地になっているので道路から見える。

  • 城廻のやぐら。

    城廻のやぐら。

  • 城廻のやぐら。

    城廻のやぐら。

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