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「常光寺」も黒羽城の築造に伴い、余瀬から移築された。<br /><br />その後火災で焼失したが、1665年黒羽向町在の豪商高橋源左衛門が独力で再建。<br /><br />山門の左手前に、芭蕉が余瀬を発ち、殺生石へ向かう途上の那須野ヶ原の情景を詠んだ句で、芭蕉直筆の書と目されている碑が建っている。<br /><br /> 野を横に馬牽き向けよほととぎす<br /><br />又この碑の建立者は、芭蕉黒羽滞在13日中8日の宿泊を自宅に招いて歓待した、黒羽城城代家老であり、芭蕉の門人でもあった、浄法寺翠雪、(本名:高勝、通称;図書(ずしょ))と云われる。<br />

奥の細道を訪ねて[第4回]④芭蕉が黒羽を発つ朝の情景の句碑の建つ「常光寺」

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2011/06/26 - 2011/06/26

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WT信

WT信さん

「常光寺」も黒羽城の築造に伴い、余瀬から移築された。

その後火災で焼失したが、1665年黒羽向町在の豪商高橋源左衛門が独力で再建。

山門の左手前に、芭蕉が余瀬を発ち、殺生石へ向かう途上の那須野ヶ原の情景を詠んだ句で、芭蕉直筆の書と目されている碑が建っている。

 野を横に馬牽き向けよほととぎす

又この碑の建立者は、芭蕉黒羽滞在13日中8日の宿泊を自宅に招いて歓待した、黒羽城城代家老であり、芭蕉の門人でもあった、浄法寺翠雪、(本名:高勝、通称;図書(ずしょ))と云われる。

同行者
一人旅
交通手段
観光バス JRローカル
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)

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