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芭蕉が黒羽の13泊14日の滞在中、那須神社も訪れているが、それは黒羽滞在11日目の事であった。<br /><br />那須神社は大田原市の南西に位置し、今回の旅程では黒羽の入り口に相当し、そこには昼食会場の道の駅「那須与一の郷」もあり、この旅では黒羽最初の訪問地となった。<br /><br />那須神社は屋島での戦功により那須の総領となった那須与一が、1187年社殿を再建し、1577年には黒羽藩主大関氏によって本殿・拝殿・楼門が再興されている。<br /><br />源義経にも多大の愛着があったと思われる芭蕉の事だから、源平屋島の合戦の那須与一の故事は当然知っていたであろうと思われるが、奥の細道には特段の記載は無い様だ。<br /><br />我々は長い参道の途中から本殿を目指したが、1639年再建されたと云われる本殿入り口の楼門の美しさに引き換え、本殿前の石塔楼の地震での崩れを目にすると、本殿自体がよくぞ耐えたと思えるほどいかにも危うく見えた。<br /><br />那須与一の郷の昼食レストランの前に広がる池の対岸の一角に、馬上で弓を引く那須与一のブロンズ像が建っていた。<br />

奥の細道を訪ねて[第4回]②平家方の翳す扇の的を射た那須与一が念じた「那須神社」

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2011/06/26 - 2011/06/26

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WT信

WT信さん

芭蕉が黒羽の13泊14日の滞在中、那須神社も訪れているが、それは黒羽滞在11日目の事であった。

那須神社は大田原市の南西に位置し、今回の旅程では黒羽の入り口に相当し、そこには昼食会場の道の駅「那須与一の郷」もあり、この旅では黒羽最初の訪問地となった。

那須神社は屋島での戦功により那須の総領となった那須与一が、1187年社殿を再建し、1577年には黒羽藩主大関氏によって本殿・拝殿・楼門が再興されている。

源義経にも多大の愛着があったと思われる芭蕉の事だから、源平屋島の合戦の那須与一の故事は当然知っていたであろうと思われるが、奥の細道には特段の記載は無い様だ。

我々は長い参道の途中から本殿を目指したが、1639年再建されたと云われる本殿入り口の楼門の美しさに引き換え、本殿前の石塔楼の地震での崩れを目にすると、本殿自体がよくぞ耐えたと思えるほどいかにも危うく見えた。

那須与一の郷の昼食レストランの前に広がる池の対岸の一角に、馬上で弓を引く那須与一のブロンズ像が建っていた。

同行者
一人旅
交通手段
観光バス JRローカル
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)

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