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 鎌倉市二階堂にある鎌倉宮は大塔宮とも呼ばれ、護良親王(もりながしんのう)を祀る神社であり、明治2年(1869年)になってから、明治天皇の命により、建武中興に尽力した護良親王を祀る神社として鎌倉宮が東光寺跡の現在地に創建された。<br /> 大塔宮(おおとうのみや)護良親王は後醍醐天皇の第三皇子で、天皇とともに鎌倉幕府を倒し建武中興を実現したが、その後、足利尊氏と対立し、捕えられて東光寺に幽閉され、建武2年(1335年)の中先代の乱のさなか、混乱の中で足利直義(尊氏の弟)の命により、家来(淵辺義博)によって殺害された。大塔宮と呼ばれたのは、京都東山岡崎の法勝寺九重塔(大塔)周辺に門室を置いたとみられることに因るとも、11歳で比叡山延暦寺の大塔に入室したことに因るとも伝えられている。<br />(表紙写真は鎌倉宮の鳥居)

鎌倉宮(大塔宮)-2010年秋

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2010/11/20 - 2010/11/20

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 鎌倉市二階堂にある鎌倉宮は大塔宮とも呼ばれ、護良親王(もりながしんのう)を祀る神社であり、明治2年(1869年)になってから、明治天皇の命により、建武中興に尽力した護良親王を祀る神社として鎌倉宮が東光寺跡の現在地に創建された。
 大塔宮(おおとうのみや)護良親王は後醍醐天皇の第三皇子で、天皇とともに鎌倉幕府を倒し建武中興を実現したが、その後、足利尊氏と対立し、捕えられて東光寺に幽閉され、建武2年(1335年)の中先代の乱のさなか、混乱の中で足利直義(尊氏の弟)の命により、家来(淵辺義博)によって殺害された。大塔宮と呼ばれたのは、京都東山岡崎の法勝寺九重塔(大塔)周辺に門室を置いたとみられることに因るとも、11歳で比叡山延暦寺の大塔に入室したことに因るとも伝えられている。
(表紙写真は鎌倉宮の鳥居)

  • 鎌倉宮鳥居前の店のベンチ。

    鎌倉宮鳥居前の店のベンチ。

  • 鎌倉宮の鳥居。

    鎌倉宮の鳥居。

  • 鎌倉宮境内。

    鎌倉宮境内。

  • 鎌倉宮境内。

    鎌倉宮境内。

  • 鎌倉宮拝殿。

    鎌倉宮拝殿。

  • 鎌倉宮境内。

    鎌倉宮境内。

  • 鎌倉宮。

    鎌倉宮。

  • 鎌倉宮鳥居。

    鎌倉宮鳥居。

  • 鎌倉宮横の紅葉した木。

    鎌倉宮横の紅葉した木。

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