2010/01/01 - 2010/01/01
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ドクターキムルさん
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鎌倉市長谷坂ノ下にある御霊神社は(鎌倉)権五郎神社として知られている。権五郎神社の創建年代は不詳ではあるが、平安時代後期と推定される。もとは関東平氏五家の始祖、鎌倉氏、梶原氏、村岡氏、長尾氏、大庭氏の5氏(坂東八平氏とは平安時代中期に坂東(関東地方)に土着して武家となった桓武平氏流の平良文(平将門と同時代の人)を祖とする諸氏で、八つの氏族に大別されていたため、「八平氏」と呼ばれた。秩父氏、上総氏、千葉氏、中村氏、三浦氏、鎌倉氏の他、これらの諸氏から派生した土肥氏、梶原氏、大庭氏、長尾氏などが入るが、数え方はその時々の各氏族の勢力により、様々である)の霊を祀った神社であったとされ、五霊から転じて御霊神社と通称されるようになった。後に、平良文(村岡五郎)の曾孫にあたる鎌倉権五郎景政の一柱のみに祭神が集約され、権五郎神社と呼ばれるようになった。鎌倉同人会が建てた東郷平八郎書「村岡城址」石碑がある藤沢市村岡東(村岡城址)や二伝寺などが鎌倉権五郎景政や平良文(村岡五郎)の縁の地であるようだ。
境内には石碑が建ち、境内社もとりわけて多く祀っている。稲荷社、秋葉神社、第六天社、地神社、祖霊社、御嶽神社、石上神社、金毘羅社である。2010年の正月、元旦祭の日に参拝したが、境内には多くの人が来ていた。一番込んでいたのは七福神福禄寿を祀る社で、例祭が9月18日にある面掛行列面掛行列(めんかけぎょうれつ)でかぶる面が祀られていた。
本殿横に2棟の御輿舎があり、漆塗りの本御輿と白木の御輿(2基)がしまわれていた。白木の御輿は海に入るものである。
境内鳥居の前が江ノ電の踏み切りがあり、腰越満福寺や北鎌倉円覚寺などと同じだ。しかし、その距離間がないのが御霊神社の特徴か。また、江ノ電のトンネルも境内から見える。電車(江ノ電)と神社が共存している、そんな神社が御霊神社だ。
(表紙写真は御霊神社前の江ノ電の踏み切り)
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境内入り口にある「八紘一宇」石碑。戦中・戦前に建てられたものであろう。
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御霊神社(鎌倉権五郎神社)由緒。
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御霊神社説明板。
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御霊神社前踏み切りを通過する江ノ電電車。
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御霊神社横の江ノ電トンネル。
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御霊神社横のトンネルを抜ける江ノ電電車。
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御霊神社の「奉納」石碑(大正2年)。
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御霊神社の「奉納」石碑(大正2年)。
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御霊神社本殿。
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御霊神社本殿の木鼻。
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御霊神社本殿の彫刻。
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御霊神社本殿の木鼻。
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神輿庫(本神輿)。
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本神輿。
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本神輿に説明板。
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神輿庫(白木神輿)。
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白木神輿。
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白木神輿。
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下の境内七福神福禄寿を祀る社の前には人だかりが。
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「鎌倉・江ノ島 七福神 面掛 福禄寿 御霊神社」の説明板。
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石上神社、地神社、御嶽神社の境内社。
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御嶽神社の境内社。
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石上神社、地神社の境内社。
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庚申塔(文政8年銘)。
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庚申塔(延宝元年銘)。
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庚申塔。
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庚申塔。
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袂石(小)と手玉石(大)。
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袂石・手玉石の石碑。
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袂石(たもといし)16貫(約60Kg)と手玉石26貫(約105Kg)の説明板。
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大黒さまと福禄寿。
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境内社務所前のタブノキ。注連縄が張られている。
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手水舎の木鼻。
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