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名護屋城の東部に位置する尾張四観音の一つ、甚目寺観音紹介の続きです。

2009秋、尾張四観音・甚目寺観音(2/4):本堂、六角堂、仁王門、塗部神社

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2009/11/15 - 2009/11/15

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旅人のくまさん

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名護屋城の東部に位置する尾張四観音の一つ、甚目寺観音紹介の続きです。

交通手段
私鉄
  • 手前の建物は、六角堂と呼ばれているようです。中に小さな仏像がぎっしりと飾られていました。

    イチオシ

    手前の建物は、六角堂と呼ばれているようです。中に小さな仏像がぎっしりと飾られていました。

  • 篤敬三宝の題字がある石碑です。甚目寺の縁起が記されているようです。敏達天皇の時代、海に投げられた三体の仏像の内の一つが漁師の網に掛かり、お寺の起源となった寺伝の記述です。

    篤敬三宝の題字がある石碑です。甚目寺の縁起が記されているようです。敏達天皇の時代、海に投げられた三体の仏像の内の一つが漁師の網に掛かり、お寺の起源となった寺伝の記述です。

  • 小さな祠ですが、屋根の造り等がしっかりした建物です。神社の分祀のようです。

    小さな祠ですが、屋根の造り等がしっかりした建物です。神社の分祀のようです。

  • 鐘楼の脇にあった石灯篭です。台座に観世音菩薩の文字が刻んでありました。

    鐘楼の脇にあった石灯篭です。台座に観世音菩薩の文字が刻んでありました。

  • 連台の上で座禅を組まれた仏像です。頭の飾りは観音様のようにも見えます。

    連台の上で座禅を組まれた仏像です。頭の飾りは観音様のようにも見えます。

  • 観音様とも思える仏像のお顔のズームアップ光景です。頭の被り物にも小さな仏像が彫ってありました。

    観音様とも思える仏像のお顔のズームアップ光景です。頭の被り物にも小さな仏像が彫ってありました。

  • 『南無阿弥陀仏』の文字が刻まれた石碑です。それ程年代は経ていないようです。鳳凰山甚目寺は、真言宗智山派に属します。

    『南無阿弥陀仏』の文字が刻まれた石碑です。それ程年代は経ていないようです。鳳凰山甚目寺は、真言宗智山派に属します。

  • 漆部神社の鳥居です。鎮守として、式内社の漆部神社(元、八大明神社)がありましたが、神仏分離令の後、境内が分けられました。

    漆部神社の鳥居です。鎮守として、式内社の漆部神社(元、八大明神社)がありましたが、神仏分離令の後、境内が分けられました。

  • 本殿脇の建物です。人が住まわれている建物のようです。庫裏でしょうか。

    本殿脇の建物です。人が住まわれている建物のようです。庫裏でしょうか。

  • 真偽のほどは分かりませんが、寺伝に基づく新しい顕彰碑です。漁師の甚目龍磨(甚目龍麻呂)が網で観音様を拾い上げたとされる、推古天皇5年(597年)の日付です。

    真偽のほどは分かりませんが、寺伝に基づく新しい顕彰碑です。漁師の甚目龍磨(甚目龍麻呂)が網で観音様を拾い上げたとされる、推古天皇5年(597年)の日付です。

  • 左の少し古い石碑には、善光寺如来御遷座記念碑の文字があります。右の新しい石碑は本堂完成記念のようです。

    左の少し古い石碑には、善光寺如来御遷座記念碑の文字があります。右の新しい石碑は本堂完成記念のようです。

  • 小さなお社です。白山神社の御分祀のようです。左側に立った石碑に白山の文字がありました。

    小さなお社です。白山神社の御分祀のようです。左側に立った石碑に白山の文字がありました。

  • 小さな社に飾ってあった白いユリ(百合)の花です。カサブランカかも知れません。

    小さな社に飾ってあった白いユリ(百合)の花です。カサブランカかも知れません。

  • 本堂近くから、仁王門を振り返っての撮影です。年代を感じさせる檜皮葺の屋根のようです。

    イチオシ

    本堂近くから、仁王門を振り返っての撮影です。年代を感じさせる檜皮葺の屋根のようです。

  • 本堂の全景です。本堂は明治6年(1873年)二全焼し、仮堂が建設されていました。明治24年(1891年)の濃尾地震による被害も受け、平成4年(1992年)に再建された建物です。

    イチオシ

    本堂の全景です。本堂は明治6年(1873年)二全焼し、仮堂が建設されていました。明治24年(1891年)の濃尾地震による被害も受け、平成4年(1992年)に再建された建物です。

  • 左斜め前から眺めた、本堂の正面辺りの屋根の光景です。

    左斜め前から眺めた、本堂の正面辺りの屋根の光景です。

  • 本殿に向かって左手にあった建物の光景です。一回り小さな建物でした。

    本殿に向かって左手にあった建物の光景です。一回り小さな建物でした。

  • 本堂の屋根の左側部分の光景です。明治6年(1873年)の焼失からは、1世紀以上、120年ほど経っての再建です。

    本堂の屋根の左側部分の光景です。明治6年(1873年)の焼失からは、1世紀以上、120年ほど経っての再建です。

  • 右斜め前から眺めた、本堂の正面辺りの屋根の光景です。

    右斜め前から眺めた、本堂の正面辺りの屋根の光景です。

  • 唐風の屋根と、その背後の一段高い本堂の屋根です。昔見学した時にはなかった、本堂の建物です。

    唐風の屋根と、その背後の一段高い本堂の屋根です。昔見学した時にはなかった、本堂の建物です。

  • 唐風の屋根の背後に見えていた、大屋根のアップ光景です。破風の部分に、金色の金属製の飾りがありました。

    唐風の屋根の背後に見えていた、大屋根のアップ光景です。破風の部分に、金色の金属製の飾りがありました。

  • 唐風の造りの建物正面の光景です。建築されて15年程ですから、色彩も鮮やかです。

    唐風の造りの建物正面の光景です。建築されて15年程ですから、色彩も鮮やかです。

  • 本殿の内部の光景です。お賽銭を上げてから撮影しました。

    本殿の内部の光景です。お賽銭を上げてから撮影しました。

  • 本堂前にあったブロンズ製の灯篭です。本堂の再建に合わせて奉納されたもののようです。飾りも立派な造りです。

    本堂前にあったブロンズ製の灯篭です。本堂の再建に合わせて奉納されたもののようです。飾りも立派な造りです。

  • 灯篭と一対になった造りのような線香立です。同じブロンズ製です。

    灯篭と一対になった造りのような線香立です。同じブロンズ製です。

  • 小枝に結び付けられたお御籤です。寺社でのお馴染みの光景です。

    小枝に結び付けられたお御籤です。寺社でのお馴染みの光景です。

  • 前にも紹介した六角堂です。ガラス張りでしたが、中の仏像の撮影は諦めました。

    前にも紹介した六角堂です。ガラス張りでしたが、中の仏像の撮影は諦めました。

  • こんもりとした樹木の上から、少しだけ頭を覗かせた三重塔の相輪です。

    こんもりとした樹木の上から、少しだけ頭を覗かせた三重塔の相輪です。

  • 小さな社や石碑が建っていた一角です。背後には鎮守の杜がありました。

    小さな社や石碑が建っていた一角です。背後には鎮守の杜がありました。

  • 境内の樹木です。常緑樹は松の樹、紅葉や黄葉した樹もありました。

    境内の樹木です。常緑樹は松の樹、紅葉や黄葉した樹もありました。

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