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尾張四観音の一つ、笠寺観音紹介の続きです。普段の参拝者は多くないようですが、縁日や、境内で『六の市』の露店が開く日には賑わうようです。

2009秋、尾張四観音・笠寺観音(3/4):鐘楼、本殿、玉照姫社、多宝塔、弁財天

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2009/11/15 - 2009/11/15

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

尾張四観音の一つ、笠寺観音紹介の続きです。普段の参拝者は多くないようですが、縁日や、境内で『六の市』の露店が開く日には賑わうようです。

交通手段
私鉄
  • 境内の光景です。正面に見える建物は、西門です。本堂が右手方面になります。

    境内の光景です。正面に見える建物は、西門です。本堂が右手方面になります。

  • 境内の光景です。尾張の古刹だけに古木の葉が茂っていました。

    境内の光景です。尾張の古刹だけに古木の葉が茂っていました。

  • 境内の銀杏の大木のアップ光景です。剪定されていない枝が根元から噴き出していました。

    境内の銀杏の大木のアップ光景です。剪定されていない枝が根元から噴き出していました。

  • 慶長3年(1251年)の建設とされる鐘楼です。阿願在銘の梵鐘は、尾張三名鐘の一つに数えられます。定説かどうか分かりませんが、笠寺観音、甚目寺観音と野間大坊の鐘が尾張三名鐘と呼ばれているようです。

    イチオシ

    慶長3年(1251年)の建設とされる鐘楼です。阿願在銘の梵鐘は、尾張三名鐘の一つに数えられます。定説かどうか分かりませんが、笠寺観音、甚目寺観音と野間大坊の鐘が尾張三名鐘と呼ばれているようです。

  • 鐘楼の上の部分のアップ光景です。鳥除けのネットがありますので、細かいところは見えません。

    鐘楼の上の部分のアップ光景です。鳥除けのネットがありますので、細かいところは見えません。

  • 鐘楼の屋根の部分のアップ光景です。大晦日には鐘が撞かれるようです。

    鐘楼の屋根の部分のアップ光景です。大晦日には鐘が撞かれるようです。

  • 本堂の右側の光景です。スロープの脇に、お御籤の棚がありました。

    本堂の右側の光景です。スロープの脇に、お御籤の棚がありました。

  • 本堂の屋根です。正面に向かって右側です。中々立派な造りですが、痛みが目立ちました。

    本堂の屋根です。正面に向かって右側です。中々立派な造りですが、痛みが目立ちました。

  • 本堂に向かって左手の破風部分のアップ光景です。かなり傷みが目立ちました。

    本堂に向かって左手の破風部分のアップ光景です。かなり傷みが目立ちました。

  • 玉照姫の石碑です。石碑の上には笠が彫られています。笠覆寺から、笠寺になったキ―ワードの笠です。

    玉照姫の石碑です。石碑の上には笠が彫られています。笠覆寺から、笠寺になったキ―ワードの笠です。

  • 玉照姫を祀った小さな祠です。創建から1世紀以上を経て堂宇は朽ち、観音像は雨露にさらされるままになっていた時、この地を訪れた藤原兼平と、後にその妻となった玉照姫との物語が笠寺観音の縁起にあります。

    玉照姫を祀った小さな祠です。創建から1世紀以上を経て堂宇は朽ち、観音像は雨露にさらされるままになっていた時、この地を訪れた藤原兼平と、後にその妻となった玉照姫との物語が笠寺観音の縁起にあります。

  • 玉照姫を祀った小さな祠のアップ光景です。藤原基経の子、藤原兼平が旅の途中でこの地に立寄り、雨の日にこの観音像を笠で覆った娘を見初め、都へ連れ帰り玉照姫と名付け、妻としました。笠寺はその笠に因みます。

    玉照姫を祀った小さな祠のアップ光景です。藤原基経の子、藤原兼平が旅の途中でこの地に立寄り、雨の日にこの観音像を笠で覆った娘を見初め、都へ連れ帰り玉照姫と名付け、妻としました。笠寺はその笠に因みます。

  • 玉照姫が、雨の日に自分の笠を外して覆ったとされる、観音様に因む文様です。尾張の地に伝わるシンデレラ・ストーリです。

    イチオシ

    玉照姫が、雨の日に自分の笠を外して覆ったとされる、観音様に因む文様です。尾張の地に伝わるシンデレラ・ストーリです。

  • 銅板葺きの屋根とその奥に見える多宝塔です。逆光での撮影になりました。

    イチオシ

    銅板葺きの屋根とその奥に見える多宝塔です。逆光での撮影になりました。

  • 銅板葺きの屋根の破風部分のアップ光景です。中々立派な造りです。笠寺観音が隆盛の時の建設でしょうか。

    銅板葺きの屋根の破風部分のアップ光景です。中々立派な造りです。笠寺観音が隆盛の時の建設でしょうか。

  • 笠寺観音の創建から、玉照姫の物語、荒廃、再建を繰り返したお寺の縁起が記されていました。藤原兼平と玉照姫の御夫妻は、930年にこの地を訪れ、観音様を安置したお寺を寄進しました。

    笠寺観音の創建から、玉照姫の物語、荒廃、再建を繰り返したお寺の縁起が記されていました。藤原兼平と玉照姫の御夫妻は、930年にこの地を訪れ、観音様を安置したお寺を寄進しました。

  • 立派な造りは、清めの水があった建物でした。その木組みのアップ光景です。

    立派な造りは、清めの水があった建物でした。その木組みのアップ光景です。

  • 同じく建物の彫刻部分のアップ光景です。年代を経ているようです。

    同じく建物の彫刻部分のアップ光景です。年代を経ているようです。

  • 少しだけ角度を変えて撮影した、寄進をされた建物に屋根のアップ光景です。

    少しだけ角度を変えて撮影した、寄進をされた建物に屋根のアップ光景です。

  • 昭和8年5月の寄進の文字が記された柱です。篤志家の寄進による建物のようでした。

    昭和8年5月の寄進の文字が記された柱です。篤志家の寄進による建物のようでした。

  • 被写体の建物が代わります。左側には、見ざる、聞かざる、言わざる、の三猿像が見えました。

    被写体の建物が代わります。左側には、見ざる、聞かざる、言わざる、の三猿像が見えました。

  • 多宝塔の上の階の屋根飾りのアップ光景です。宝珠がありました。相輪を支える線の支持を兼ねていました。

    多宝塔の上の階の屋根飾りのアップ光景です。宝珠がありました。相輪を支える線の支持を兼ねていました。

  • 寺社に付き物の庭木が蘇鉄です。その蘇鉄の先に銅板葺きの建物がありました。清めの水の建物とは別の建物です。

    寺社に付き物の庭木が蘇鉄です。その蘇鉄の先に銅板葺きの建物がありました。清めの水の建物とは別の建物です。

  • 一通り境内の見学を終えましたので、一旦、境内を出ることにしました。その途中でもう一度撮影した多宝塔です。

    一通り境内の見学を終えましたので、一旦、境内を出ることにしました。その途中でもう一度撮影した多宝塔です。

  • 西門に向かう途中、振り返って眺めた境内の光景です。

    西門に向かう途中、振り返って眺めた境内の光景です。

  • 笠覆寺の縁起を記した立看板です。天平年間(709年頃)の縁起などが記されていました.

    笠覆寺の縁起を記した立看板です。天平年間(709年頃)の縁起などが記されていました.

  • 一旦境内の外に出ました。外周の道路から眺めた石碑です。馬頭観世音菩薩の石像です。

    一旦境内の外に出ました。外周の道路から眺めた石碑です。馬頭観世音菩薩の石像です。

  • 池に架かる石橋です。かなり濁っていました。推測ですが、夏場は蚊に悩まされそうです。

    池に架かる石橋です。かなり濁っていました。推測ですが、夏場は蚊に悩まされそうです。

  • 同じく笠寺観音の一角を取り巻く池の光景です。散った紅葉が浮かんでいました。

    同じく笠寺観音の一角を取り巻く池の光景です。散った紅葉が浮かんでいました。

  • 境内にあった建物のアップ光景です。弁財天の新しい石碑が見えました。

    境内にあった建物のアップ光景です。弁財天の新しい石碑が見えました。

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