2001/05/08 - 2001/06/23
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kojikojiさん
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楽しかったドゥブロヴニクの旅も終わり、アナさんに部屋の鍵を返しバスで港へ向かいます。ターミナルに行って最初に並んでいたのにヤドロリニアのカウンターで手続きをするのを忘れていて事務所に戻る羽目になりました。よく考えたらこの航路は国際線ですからね。この頃から気が抜けていて、イタリアからギリシャに渡って数々の失敗をしていました。夕刻の出航はいつももの寂しいものがあります。誰の見送りも無くクロアチアを後にしました。一路西へ進路を取りイタリアのバーリに向かいます。レストランで食事を済ませデッキに出ると満天の星空でした、まるで天球儀の中にいるようでした。昔の船乗りが星を目印に航海をしたのは理にかなっていると思いました。そして星の並ぶ形を星座として共通言語としたのでしょう。寝付けないままデッキでそんな事を考えながら過ごしました。翌早朝にはバーリへ入港、時間もあるのでブラブラ荷物を引きながら駅へ向かいました。懐かしいバーリの町並みを散歩しながら、1991年10月に駅前のホテルに泊まってドブロヴニクへ行こうと考えていたのを思い出しました。バーリ市内を少し観光してから列車でブリンディジへ移動しました。駅に荷物を預けるとコインロッカーの画面表示が日本語だったのに驚きました。ホテルを探してからコルフ島行のフェリーのチケットを購入してから街の中を散歩しました。ここで1泊してギリシャのコルフ島までの旅の記録です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 3.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 船
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
前日の夜にクロアチアのドブロヴニクを出航したヤドロリニアのフェリーは早朝のバーリの港に着きました。イタリアのヴェネツイアをスタートしてスロヴェニアを経由してクロアチアに入り、またイタリアに戻ってきました。
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モンテネグロからのフェリーのようです。1991年当時はこんなフェリーのマストの上まで人が溢れるくらい難民が満載されていました。
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キプロスのリマソル船籍のフェリーがありました。コルフ島の後はアテネからロードス島経由でキプロスのリマソル迄フェリーの移動の予定でしたので、ここからでも行けたのかもしれません。
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国際航路なのにパスポートコントロールらしきものも税関も無く、荷物を引いて港を後にします。船名のイヴァン・ザイツ (Ivan Zajc)はリエカ生まれの19世紀の音楽家の名前です。
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リエカからの香炉でも船体の全体を撮った写真が無かったのでここで納めておきます。
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埠頭からダラダラ表に出ると小さな市場の脇を通りました。ドウロヴニクの市場に比べると野菜も何も量も種類も豊富です。思わず目が止まりますが、もうキッチンは無いので料理は出来ません。
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でも美味しそうなアーティチョークでした。この頃妻と一緒にペニンシュラに泊まって、建て替える前のハイアットリージェンシーあった「凱悅軒」によく通っていました。周中さんという伝説のシェフがいらしたころで、(現在はプライべートレストランをされている)アーティチョークの上にアワビが乗った料理が大好きで何度か食べに行っていたので中華料理を思い出していました。
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満開のブーゲンビリアが中世の石積の壁によく似あいます。洗濯ものの。
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サンニコラ聖堂にも通りかかったので旅の無事をお祈りしました。誰もいないので入り口の脇に荷物は置いておきました。
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小学校の登校時間のようです。同じ制服を着た女の子がたくさんいました。
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このおばさんは何十年とこの場所で商売を続けて子供を育てているのでしょうね。
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ノルマン朝時代にバーリの町を守る要塞として建てられノルマン・スヴェヴォ城に出ました。ようやく半分くらい歩いたでしょうか?旧市街の曲がりくねった道を過去の記憶を頼りに歩いています。
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バルセロナのようなグリッド状に区画分けされた新市街まででてくると鉄道駅までの半分は歩いたと思います。10年前に来た時は安宿が全部満室で1泊18,000円くらいの豪華なパレス・ホテルに泣く泣く泊まった覚えがあります。
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バーリの鉄道駅まで到着しました。駅前の噴水が懐かしいです。2日目からの数日は駅を左に進んだ安ホテルに泊まりながらアルベロベッロやレッチェやマテーラに通いました。
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荷物を駅に預けて午後発のブリンディジ行きの切符を買ってから市内の散歩を続けました。
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軽くお昼を済ませて列車でブリンディジへ向かいます。
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列車は町を出ると延々と続くオリーブ畑の中を走ります。10年前に行ったアルベロベッロやマテーラやレッチェの旅を思い出しました。時折見える青い海やトゥルッリの建物が見えると懐かしい気持ちに囚われます。
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ブリンディジ駅で荷物を預けようとすると隣のロッカーを使えと言われました。驚いたのはロッカーの使い方の表記は日本語画面までありました。ここはユーレイルパスが使える航路があるので小さい港町の割には国際的な所です。メインストリートの午後は人っ子一人歩いていない閑散とした焼け付くような暑い時間でした。
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ホテルをあたりましたが2軒は満室で3軒目のバルソッティという安宿に部屋が取れました。フェリーは明日の早朝に出航なので、ブリンディジはこの午後しか時間がありません。とりあえず海の方へ向かって坂道を下りました。
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海岸線に出ると風があるせいか気持ち涼しく感じます。
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Monument to Italian Sailorsというイタリアの水兵讃える記念碑です。エレベーターで上まで上がれるようです。下を通り過ぎるヨットと比べるとその巨大さが分かります。
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ブリンディジはローマから続くアッピア街道の終点です。階段と円柱はフェンスで覆われて近くまでは行けませんでした。
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森鴎外の小説「舞姫」はブリンディジ港から航路で帰国の途に就いた主人公が旅の途中で書いた回想録という形式で物語が描かれています。そんなことも思い出しました。
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ブリンディジは歴史ある街なのでたくさんの教会がありました。こちらはローマカトリックの
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レッチェのバロック様式の屋敷を思い出させるようなバルコニーはかろうじて原形をとどめています。
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今回の旅行ではイタリア最後の晩なのでレストランへ食事に出掛けました。街の広場で小学生の女の子の野外劇が開催されていました。
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手作り感が何ともいえません。観客はおとうさんにおかあさん、おじいちゃんおばあちゃんに通りすがりの地元の人だけです。
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駅前通りは夜も閑散としていました。港の近くの高級なレストランに入りました。サーモンのカルパッチョに赤貝の刺身とフリットミストに水とカラフェでワインを飲んで、コーヒーにデザートまで食べて40,000リラでした。だいたい2,800円くらいでしたが、ユーロが入る前のイタリアは本当に安く旅が出来ました。
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翌朝に旅行会社に言われた場所に行くとセルヴィッソ・ポルタバガーリ行きのバンに乗せられました。目の前の港だと思っていたらかなり離れた港まで連れて行かれました。途中歩いている連中もいましたが、後で調べたら7キロ離れていたそうです。港でバンを降ろされると目の前にブルーフェリーが停まっていました。
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ヴェレッタ船籍の船も停泊していました。ここからヴァレッタへ行けるのでしょうか???この当時はトーマスクックの赤い時刻表の一番後ろに掲載されている十数ページの航路マップと時刻表だけの情報しかありませんでした。
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ギリシャのコルフ島経由イグメニツッア行きのブルー・ブリッジ号です。ここも国際航路ですが、パスポートのチェックもスタンプもありませんでした。
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これから出航だと言うのにペンキ塗りに余念がありません。荷物はデッキへ上がる階段の下に置いておけと言われました。後で見に降りてみると他の人の荷物が2メートルくらい積まれていました。
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良い天気だったので一番良い場所にデッキチェアを置いて日光浴の準備です。この日は高校生の移動教室のような連中がたくさん乗っていました。隣のフェリーもギリシャの島に行くのでしょう。何年か前にクレタ島のクノッソス宮殿で見たフレスコ画が煙突に描かれていました。
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タグボートに水先案内人が乗ってやってきました。そろそろ出航の時間です。
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タグボートに見送られて湾を出ます。コルフまで10時間近いクルーズです。
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アルバニアの海岸線が見えてきました。写真の右手がギリシャ、左手に行けばモンテネグロとクロアチアです。ドゥブロヴニクから真直ぐ南下するフェリーがあれば早いのですがフェリー乗継ぎが今回の目的なので仕方ありません。
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夕方にはコルフ島に到着です。海が玄関だった町には絶対に海から入った方が印象に残ります。ヴェネツィアやドブロヴニクやアマルフィそしてコルフ島もそんな所だと感じました。
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ミノアンラインのフリーを見掛けるとギリシャを感じます。ここから東の海はこの会社のフェリーを見掛けないところはありません。朝バーリで隣に停泊していたフェリーと同じかどうかは分かりません。
さあコルフ島のバカンスが始まります。
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