2003/10/07 - 2003/10/28
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kojikojiさん
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フィレンツェからローマ経由でナポリに着いたのは夜遅くになっていました。ホテルは港と駅の中間にあるので、まずは駅前のトラットリアに飛び込みました。この店がまた美味しい上に安いのです。知っている限りのイタリア語でおじいさんに讃辞を贈るとリモンチェッロをサービスしてくれました。残念ながら3年後に訪ねるとこの店は無くなっていました。おじいさんがリタイアしたのでしょうか?
ネットで予約したホテルはここも正解で、下町にありながら上品なブティックホテルでした。やはりナポリは初めてだった妻を案内して廻りましたが、行きたかった国立考古学博物館は金曜日なのに休みでした。初めて行った時から3回連続閉館日だったり、改修工事だったりで見学できません。この旅の次の4回目でようやくアレキサンダー大王のモザイクにも会えました。午後になってポンペイに向かおうとするとストライキの列に出会いました。その中にはヴェスビオ周山鉄道の人達もいました。マンマミーア!とりあえず駅に行くとちょうどストライキが終わって運行が開始されたところでした。そういえば町中に「10月24日金曜日 ストライキ!」と張り紙がしてありましたっけ。考古学博物館はストライキで入れませんでしたが、鉄道のストライキが午後から回避されたので大きな影響は受けませんでした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
フィレンツェからローマを経由して、夜遅くになってナポリ駅に着きました。ホテルまで行ってしまうとまた食事に出掛けなければならないので、駅前で食事することにしました。ナポリで1泊した後はアマルフィとカプリを周るので、荷物は駅で預けました。
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ナポリの町はほとんどが坂道で、ホテルは鉄道駅から港へ向かって下る坂の途中にあります。駅前に戻るには上り坂を歩かなければなりません。
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駅前食堂のような「Ciro alla Stazione」に入りました。シーフードの前菜は見た目はそんなに美味しそうではないのに食べてみると新鮮で、レモンとオリーブオイルと塩味が混ざって絶品です。
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美味しいものを食べたときは表情ですぐに分かります。
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レモンが練り込まれたペンネはソースもレモン味でした。これもナポリならではの味だと思います。
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写真を撮っていて目を離すとボンゴレ・ビアンコのアサリがどんどん減ってしまいます。
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シンプルな料理は素材が肝心です。もちろん美味しかったです。
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このエビは新鮮なので頭からバリバリ食べられました。店のおじいさんもビックリの食欲です。
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普通の駅前食堂の風情ですが、さすがナポリの街は侮れないです。
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「そんなに旨いか!」とおじいさんがリモンチェッロをサービスで出してくれました。
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満腹のまま駅前から港への一本道を下り、途中にあるスイートエスカーダというホテルにチェックインします。メインストリートから1本入った裏通りでした。
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小さなデザイナーホテルは12部屋しかないようでした。我々の部屋はてんびん座の名前がついていました。
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おしゃれな部屋でくつろげました。お風呂に入ろうと思ったらタオルが一人分しかありません。
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かわいいメイドさんかと思っちゃいました。妻がフロントまで取りに行ってくれました。
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とても感じの良いホテルでした。お値段もお手頃で場所も良いのですが。
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部屋から見た周辺の道路はこんな感じです。通りから一本入っているので静かではあります。
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翌朝の通りはゴミだらけです。イタリアの中でも魅力はあるのですが一番汚い街だと思います。昔スパッカ・ナポリを歩いたら注射器とか落ちていましたから。
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最初に国立考古学博物館に行きましたが休館日でした。なんで金曜日なのに博物館が休みなのだろうと不思議でした。仕方ないので坂道を海の方に向かって下ってゆくと大聖堂に着きました。教会内の小聖堂はナポリの守護聖人である聖ヤヌアリウス(聖ジェナーロ)に捧げて建てられたものです。聖堂にはヤヌアリウスの血液が入った小瓶納められ、年2回の祝祭日には乾ききっているはずのヤヌアリウスの血液が瓶の中で液状化すると言われます。
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更に海に向かって下ると広場に出ました。イタリアの広場は思い思いに楽しそうな人が見られるので好きです。
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トレド通りのダンテ広場のダンテ像です。ダンテとナポリの関係が良く分からないのですが、サンドロ・ボッティチェッリの肖像画がもとになっているので、見た瞬間にダンテとわかる姿です。
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裏路地の喧騒も楽しいです。ずっと坂になっています。ケーブルカーが無いと大変ですね。クァルティエーリ・スパニョーリ(スペイン人街)と呼ばれるエリアで、治安は良くありません。以前歩いているときに注射器が落ちていたのもこの辺りです。
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ウンベルト1世のガッレリアは、1884年のコレラ流行の後に荒廃した街の美化を目的として、1887年~1890年にかけて造られました。ミラノの「ヴィットリオ・エマニュエーレ2世のガレリア」を模して建設されました。
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ここに来るとジュゼッペ・トルナトーレ監督の映画「みんな元気」(Stanno tutti bene)を思い出します。マルチェロ・マストロヤンニが演じる父親が息子に電話をすると留守番電話になってしまうシーンです。父親は留守番電話の声を聞くと世界が止まってしまうと思っています。引いたアングルで電話が繋がり、留守電になった瞬間周囲にいた数百人の人が一斉に止まるシーンが印象的です。
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実際はこのガレリアに公衆電話は置かれていません。
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ミラノのガレリアでは雄牛のモザイクの股間に踵を置いて1周すると再訪出来ると言うジンクスがありますが、私はここで自分の星座である蟹の上でクルッと廻ります。美味しい蟹が食べられますように。
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ガレリアを抜けてプレビシート広場方面に向かいます。
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イタリアのおじさんたちはどこでも楽しそうです。
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大きなプレビシート広場に出ました。1814年から1815年にかけて開かれたウィーン会議で、両シチリア王にブルボン家が復位したのを記念して建設されています。「会議は踊る、されど進まず」で有名ですね。
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弓なりになったサン・フランチェスコ・ディ・パオラ聖堂の姿が美しい広場です。大聖堂はローマのパンテオンに似た新古典様式で、ピエトロ・ビアンキによる設計です。
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聖堂に対峙するように立つ建物はブルボン家の王宮です。建物は16世紀初頭からスペイン副王の古い住居があった場所に建てられますが、18世紀に入ると宮廷は内陸にあって海からの攻撃が及ばないカゼルタ宮殿に移ってしまいます。
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丘の上のサンテルモ城辺りからの眺めも良いのですが、今回はケーブルカーで上がっている時間がありません。
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この後はポンペイの見学をしてから、ソレント経由でアマルフィまで移動します。
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本島はアマルフィ・コーストで数日ゆっくりする予定でしたが、妻に「あなたと1か月一緒に旅行する自信がない。」と言われて1週間ほど割愛してしまいました。
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なのでヌォーヴォー城も外観だけで中には入りません。二つの塔に挟まれた凱旋門にはルネッサンス様式のリリーフで描かれた行進画が設けられ、何ともいえない重厚感と華やかさがあります。
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この辺りでストライキの人たちと出会いました。
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10月24日金曜日はショーペロ。エッ!ストライキだったの?
ポンペイやソレントへ行くヴェスビオ周山鉄道も運休しているようです。 -
とりあえず警官隊の間を抜けて駅に向かいます。
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色々な団体の人たちがシュプレヒコールを上げながら行進しています。最近日本では交通機関のストライキはやらなくなりましたね。
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この語もナポリではストライキは続いているようで、ゴミ収拾の団体が長期にストライキを行い、町中がゴミだらけになった話を聞くようになりました。マフィアなんかも関係していろいろ複雑な問題があるようです。
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交通機関が泊まってしまっていると予定を変えなければならないので少し焦ってきます。
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一度駅に行って確認するとソレントまでの電車は運転を再開し、その先のサレルノまでのバス路線も大丈夫だと分かりました。
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と言う事で昨日のおじいさんの駅前食堂で遅いランチにしました。
ナポリなのでやはりピザは外せません。シンプルなマルゲリータとクワトロフロマッジョは外せません。お腹がいっぱいになったところでポンペイへ向かいましょう。
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