2009/01/23 - 2009/01/25
4961位(同エリア8874件中)
mingさん
「アンコール・ワットは美しい。」10年前に友人から聞いた言葉を思い出した。日の出とともに5つの塔のシルエットが徐々に姿を現すアンコール・ワットはとても神聖に感じた。
【生活費】5万円
【飛行機】22万円
【通貨単位】1ドル=92円
【英語通用度】5人に4人
【旅程】10日間
1/23シェムリアップ
1/24シェムリアップ
1/25シェムリアップ→デリー
1/26デリー
1/27デリー→アーグラー
1/28デリー→アウランガーバード
1/29アウランガーバード→エローラ
1/30アウランガーバード→アジャンター
1/31アウランガーバード→デリー
2/1帰国
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- タクシー
- 航空会社
- タイ国際航空
-
(1)『シェムリアップ到着』
1/23 20:00にシェムリアップ空港に到着した。気温は日本の7月並みで、草むらでは鈴虫らしき鳴き声がして、近くで盆踊りでもやっていそうな雰囲気であった。 -
(2)『ディスカバー・イン』
ホテルはディスカバー・インをネットで予約した。空港に無料ピックアップが来ているはずであったが、手違いで1時間待っても来なかった。
しばらくすると、タクシーやトゥクトゥクの運転手が7人ほどに「街まで$2でどうだ?」、「ホテルは決まっているか?」と囲まれた。結局、待合所から離れて所にいたトゥクトゥクの運転手と交渉し、$1でホテルまで送ってもらうことにした。
運転手が、「翌日のアンコール・ワットからプノン・バケンの夕陽までのツアーを$12でどうだ?」と言うので、「アンコール・ワットの日の出もつけるなら$12でOKだ。」と答えると、「朝早いがOK。」と交渉が成立した。 -
(3)『アンコールワットの日の出』
翌朝5:00に起床し、日の出を見るために30分かけてアンコール・ワットへ出発した。早朝にも関わらず、左側の池の前には200人ほどの人だかりがすでにできていた。
残念ながら、その日は曇りで日の出は見ることができなかった。6:00を過ぎた頃、日の出だけを見にきた人たちはため息をつきながら帰っていった。 -
(4)『アンコール・ワットへ』
アンコール・ワットは12世紀初頭に建築されたアンコール王朝の都であり、19世紀中頃にフランス人学者によって再発見されるまで密林の奥深くに眠り続けていた遺跡である。
創始者のスールヤヴァルマン二世は、中央祠堂にヒンドゥー教の三大神の中のヴィシュヌ神が降臨し、王と神が一体化することによって王権の神格化を図るという政治的意図を含んでいる。 -
(5)『神話の世界』
アンコール・ワットの第一回廊は、100m前後の巨大なレリーフ8枚に周囲を囲まれている。
アンコール・ワット創始者のスールヤヴァルマン二世の行軍の他、「マハーバーラタ」、「ラーマーヤナ」の叙事詩、ヒンドゥー教の天地創世神話の「乳海攪拌」等の戦争や神話を中心としたレリーフが展開されていた。 -
(6)『フライドライス』
2時間ほど廻った後、8:00に食堂で朝食をとった。無難にフライドライス($2=184円)を注文した。食べている途中も、アンコール・ワットのシルクや絵ハガキを売る子供たちが、気の毒に思われるほどしつこい売り込みをしていた。 -
(7)『アンコール・トムへ』
アンコール・ワットからトゥクトゥクで20分走り、アンコール・トムの中心であるバイヨンに到着した。アンコール・トムは「大きな町」を意味し、四方を3kmの城壁に囲まれた巨大な遺跡である。
アンコール・トムは、12世紀末にアンコール地域を占領していたベトナムのチャンパ軍から王都を開放したジャヤヴァルマン七世によって建設された。国内の精神統一を目指したアンコール・ワットに対し、恒久の平和を望んだアンコール・トムは、どこか落ち着いた雰囲気の遺跡であった。 -
(8)『ハスの上で踊るアプサラ(天女)』
アンコール・トムのレリーフは、屋根がないため保存状態が悪い点が残念であった。アンコール・ワットと比較すると、アンコール・トムのレリーフは、庶民や貴族の暮らしが描かれたものが多かった。 -
(9)『バイヨン内部』
アンコール・トムの建設時は、国内に平和と安定をもたらすために、「仏陀による救済」を意図した大乗仏教が取り入れられた。バイヨンのどこからも菩薩の温かい眼差しが感じられる空間設計となっている。
アンコール・トムを1時間見た後、王宮やバプーオンなどの周辺にある遺跡を2時間ほど徒歩で見て回り、12:30に次の遺跡へと向かった。 -
(10)『タ・プロームへ』
タ・プロームは、自然と時間の驚異を見せつけられる遺跡であった。寺院があたかも巨大な榕樹によって、踏みつけられ、飲み込まれるのではないかと思わせられるような印象を受けた。タ・プロームの前で運転手のお兄ちゃんは、「モンスターテンプルに到着したよ。」と言っていた。
中央祠堂の近くでは榕樹の根の上に別の植物の根が張り巡らされ、毛細血管のようになっていた。場所によっては樹木によって壁が崩されたりと、自然の力をそのまま残すために、樹木の除去や本格的な修復はあえて据え置かれていた。 -
(11)『血管のようにからまる木』
タ・プロームを1時間ほど見て回り、14:00に運転手と合流すると、「17:00からパーティがあるんだ。」と運転手が突然言い始めた。
自分も18:00頃のプノン・バケンの夕陽を見れば十分であったので、その後の予定を調整することにした。
「夕食はどうするんだ?」と尋ねられ、「夕陽を見た後、街で適当に食べる予定だ。」と答えた。「それならディナーショーの安い所を紹介するよ。」との提案があり、予約をするために街へ一旦戻ることにした。 -
(12)『シヴォタ通り』
15:00にシヴォタ通りにある「クーレン?」でディナーショーを予約した。$12(=1104円)でアプサラ・ダンス・ショーと夕食付はお値打ちであった。
クーレン?の向かいにあったスーパーで、ネスカフェの缶コーヒー($0.4=36円)を買った。レジで1ドル札を出すと、おつりで2500リエルが返ってきた。他の買い物でもそうであったが、現地通貨リエルを使うことは少なく、自国通貨を他国通貨の補助として使う国は初めてで驚いた。 -
(13)『プノン・バケンの丘より』
ダウンタウンから30分かかり、16:30にプノン・バケンに到着した。19:30のディナーショーとの両方は難しいと思ったが、カンボジアで日が沈むスピードは早いとのことだった。17:00を過ぎると徐々に人が集まり始め、周りに200人ほどの人だかりができていた。 -
(14)『プノン・バケンの夕陽』
17:50に日が沈み始めたが、雲の合間からの夕陽を確認したところで、皆が山を降り始めた。日の出も日の入も厚い雲に覆われたが、景色と雰囲気が味わえたので満足であった。
18:00に山を降りた待ち合わせ場所で、パーティの終わった運転手と合流し、再度ダウンタウンへ向かった。 -
(15)『アプサラディナーショー』
19:00過ぎにシヴォタ通りのクーレン?に到着した。会場には、すでに250人ほどの人が集まっていた。バイキングの料理を食べているうちに、ディナーショーが始まった。10分のショーが5本で構成され、どれも美しい踊りであった。
9世紀に生まれた宮廷舞踊の「アプサラ(天女)の踊り」は、15世紀にシャム(タイ)軍によって宮廷舞踊団が連れ去られたり、20世紀末にはポル・ポト政権に弾圧されたりと、幾度の危機を乗り越えてクメール文化を今に伝えていた。
長かった1日を終え、翌日に備えてその日は休むことにした。 -
(16)『バンテアイ・スレイへ』
お金でもめることもなく、感じのいい人だったので、翌日も案内を頼むことにした。運転手はサルーという名前である。2日目は郊外のバンテアイ・スレイへ行くため、前日より$10プラスの$22で交渉がまとまった。
バンテアイ・スレイは、前日プノン・バケンで隣にいたカンボジア人が、「バンテアイ・スレイは美しい遺跡で、機会があれば是非見てください。」と薦めてくれたので、9:00スタートの半日ツアーで郊外へと向かった。 -
(17)『炎のバンテアイ・スレイ』
途中でプレ・ループとバンテアイ・サムレに立ち寄った後、11:00にバンテアイ・スレイに到着した。紅色砂岩を使用したレリーフが美しく、太陽の光があたると赤く燃えているように見える遺跡であった。
アンコール遺跡を2日で10ヵ所ほど廻ったが、どの遺跡も東西南北の方向を正確に示していた。また、空中回廊や中央祠堂との連結など多くの実験的過程の上に、アンコール・ワットが完成していたことに改めて驚かされた。 -
(18)『東洋のモナリザ』
バンテアイ・スレイをより一層有名にしているのが、「東洋のモナリザ像」と呼ばれるデバター(女神)である。
遺跡の右奥にある北塔から「モナリザ像」の写真を撮っていた時、警備員から声をかけられた。「実はモナリザ像はそこに見えるものではないんだ。内側でここからは見えないので、こっそり本物を撮ってきてあげるよ。」と言うのでお願いすることにした。
その警備員は口笛を吹きながら、DO NOT ENTERのロープをくぐり、2枚の写真を撮ってきてくれた。わざわざ2時間かけて来た甲斐があったと思いつつ、その警備員に「サンキューソーマッチ」と言ってその遺跡を出ることにした。 -
(19)『アモック・チキン』
バンテアイ・スレイのそばの食堂で昼食をとることにした。運転手のサルーに、「どの料理がおいしい?」と聞くと、「いつもはアモックを食べるよ。」と言うので試しに食べてみることにした。
チキンをココナッツミルクで蒸した人気のメニューである。味は甘めで、親子丼のココナッツ風味のよう感じであった。 -
(20)『さよならアンコール・ワット』
14:30から1時間、最後にもう1度アンコール・ワットを見た後、シェムリアップ空港へと向かった。45時間ほどの滞在であったが、親切で効率のよい運転手のおかげでたくさんのアンコール遺跡を見ることができた。
アンコール・ワットで遊ぶ子供たちやそのすぐそばでニワトリが鳴いていたりと、遺跡が生活の一部として今もまだ生きているような印象を受けた。
17:00発の飛行機でバンコクを経由し、次の目的地ニューデリーへと向かった。
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