2017/02/20 - 2017/02/20
411位(同エリア1017件中)
mingさん
ゴールデンロックの迫力やバガンの幾千ものパゴダが並ぶスケールに感動した。一方でミャンマーで人々が毎日真剣に祈っている姿に、いつか願いが届く日が訪れることを思う旅であった。
【生活費】1万円
【飛行機】7万円
【ツアー】16万円
【通貨単位】10チャット=1円
【英語通用度】5人に4人
【旅程】5日間
2/18成田→ヤンゴン
2/19チャイティーヨ
2/20バガン
2/21ヤンゴン
2/22帰国
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- エス・ティー・ワールド
-
(1)『ミャンマーに到着』
2/18 16:00ミャンマーのヤンゴン国際空港に到着した。
乾季となる11月から2月は、ミャンマー旅行のベストシーズンである。
翌日のゴールデンロックへの日帰り旅行のため、早めに休むことにした。 -
(2)『中継地キンプン』
2/19 7:00にヤンゴンのホテルを出発し、10:00に中継地のキンプンに到着した。
ゴールデンロックのあるチャイティーヨーの街への移動手段は、自家用車による渋滞防止のため専用トラック(2,000チャット=200円)のみである。
50人ほどの乗客が寿司詰め状態となり、山道を猛スピードで駆け上がる様はちょっとしたアトラクションのようであった。 -
(3)『ゴールデンロックに到着』
標高1,100mの山頂にあるゴールデンロックの上に、高さ7mほどの仏塔が建てられている。
数度の大地震の際にもゴールデンロックが落ちなかったのは、仏塔の中に納められたブッダの聖髪による浮力のためだとも言われている。 -
(4)『落ちそうで落ちない聖なる岩』
ゴールデン・ロックには信仰上の理由で男性のみが触れることができる。
また、金箔は売店で5枚セットが1,500チャット(=150円)で販売されている。
信者も観光客も思い思いの場所に金箔を貼り、祈りを捧げていた。
どの角度から見ても、落ちそうで落ちない不安定さに、理解を超えてただただ不思議に思うばかりであった。 -
(5)『バガンに到着』
2/20 8:30バガン空港に到着した。
バガンの歴史は1057年に初代アノーヤター王が隣国のモン族を征服し、バガン王朝がビルマ最初の統一王朝として誕生した。
バガンには11世紀から13世紀にかけて、2,000を超える仏塔や寺院が建造された。
仏教への強い信仰心を見せ、「良い王」と呼ばれるために、歴代の王は競うようにパゴダの建築を推進した。
結果的に国家財政は逼迫し、強い信仰心が国の経済を揺るがす要因となった。 -
(6)『シュエズィーゴン・パゴダ』
10:00 空港近くのニャウンウー村にあるシュエズィーゴン・パゴダに到着した。
1087年に初代アノーヤター王と次王のチャンスィッター王の2代・約30年をかけて完成したパゴダである。
シュエ(=金)、ズィーゴ(=勝利)とタトゥン国に勝利した喜びが溢れている。
ビルマ型パゴダの原型となっており、金色に輝く覆鉢部(写真は工事中)と、大きな三層の基壇部がバガン王朝の勢いを象徴する造りとなっている。
パゴダ(=仏塔)と寺院の違いは、パゴダは御釈迦様を安置する場所で、寺院は瞑想する場所とガイドが簡潔に説明してくれた。 -
(7)『ティーローミィンロー寺院』
10:40 ティーローミィンロー寺院に到着した。
1215年のバガン王朝後期に建造され、外壁に残る細かい装飾などバガンの円熟期を代表する大寺院である。
ティーローミィンローは第8代のナンダウンミャー王の別名である。
前王が5人の王子の中から後継者を選ぶ際、傘が倒れた方向に座っていた者を選んだというエピソードに由来している。 -
(8)『タラバー門』
11:00 849年に建立されたオールド・バガン城壁の東の城門であるタラバー門に到着した。
20世紀後半に、歴史的な町を保護するために、オールド・バガンの住民は強制的にニュー・バガンに移動させられた。
馬車に乗った観光客を見かけると、約千年前のバガンにタイムスリップしたような感覚になった。 -
(9)『アーナンダ寺院』
12:00 バガン遺跡の中でも最も美しい寺院だと言われるアーナンダ寺院に到着した。
1090年に2代目のチャンスィッター王によって建造され、一辺が53mの正方形の基盤の上に、高さ51mの塔がそびえており、均整の取れた建築美はバガン随一と讃えられている。
東西南北に9.5mの立像が4体配置されている。
南と北の2体は創建当時のままで、少し離れて眺めると微笑んでいるかのように見え、足元から見上げると厳しい表情にもとれる。
東と西は約200年前に火事で焼けてしまい、再建されたものである。 -
(10)『マヌーハ寺院の仏像』
14:30 昼は気温が高いため、ニュー・バガンのホテルで休憩と昼食をとった後、道中のミィンカバー村にあるマヌーハ寺院に到着した。
マヌーハはタトゥン国の王であったが、バガン国のアノーヤター王に敗れ、捕虜として連行された。
1059年にマヌーハがこの寺院を建立したが、狭い空間の窮屈そうな仏像は、捕虜として幽閉されたマヌーハ王のが自身の憂いが投影されている。 -
(11)『タビニュイ寺院』
15:00 オールド・バガンで最も高いタビニュイ寺院に到着した。
1144年に建立され、高さ65mの4階建ての寺院である。
レンガの上に漆喰や石灰を塗り、外観も美しい寺院である。
「タビニュイ」とは全知者を指し、神通力を得るために造ったとも言われている寺院である。 -
(12)『ダマヤンヂー寺院』
16:00 ピラミッド型のダマヤンヂー寺院に到着した。
バガン最大の寺院だが、ある逸話を残している。
12世紀にナラトゥ王が建設した。王位に就くため父王と兄を暗殺した。
その贖罪のために寺院を建設するが、王自身も暗殺されてしまう。
そのため、建設途中の寺院もそのまま残され、現在も未完成のままである。
英語しか喋れないガイドが笑いながら、「コレガ、インガオーホー。」と仏教の教えを日本語でわかりやすく教えてくれた。 -
(13)『シェサンドー・パゴダ』
16:30 シュエサンドー・パゴダに到着した。
1057年初代アノーヤター王によって建造された。
五層の基壇をの上に、八角形の台座と円筒形のストゥーパを乗せた高さ45mの仏塔である。
征服したタトォン国から持ち帰った釈迦の聖髪(=サンドー)が納められている。 -
(14)『シェサンドー・パゴダからの景色』
シェサンドー・パゴダの立派なテラスは、夕陽を見るポイントとして人気の場所である。
夕方になると、バスやタクシーでなどで一斉にシェサンドー・パゴダに押し寄せる。
パゴダ周辺は、お祭り会場のようにざわめき立っていた。 -
(15)『シェサンドー・パゴダからの夕陽』
18:00 あいにくの曇り空で夕陽が霞んでしまったが、幾千ものバガン王朝時代の遺跡に光を灯して夕陽のショーは終了した。
約250年もの栄華を極めたバガン王朝の崩壊はあっけないものであった。
1277年から1287年にかけて、フビライ・ハーン率いる元の4回の侵攻によってバガン王朝は終焉を迎えた。
その後、バガンは忘れ去られた存在となり、自然崩壊や盗掘などによる破壊に遭遇していた。
さらに1975年7月のM6.5、2016年8月のM6.8の2度の大地震で多くのパゴダが倒壊の被害に遭っているが、ユネスコの協力により修復が進んでいる。 -
(16)『チャウッターヂー・パゴダ』
2/21 11:30ヤンゴンに戻り、チャウッターヂー・パゴダに到着した。
全長70m、高さ17mの巨大な寝釈迦像が祀られている。
1907年、初代の仏像はイギリスの支配下でインド人職人のよって建立された。
そのため、顔がインド風(表情がなく)で姿勢も座っており、ミャンマー人の間で不評であった。
1966年、ミャンマー人によって、寝ている姿勢の寝釈迦像が優雅に微笑んでいる姿に造り直された。 -
(17)『現役で走るJR列車』
13:30 ボーヂョーアウンサン・マーケットに到着した。
その裏手の駅で、今も現役で動き続けているJRの列車に遭遇した。
たぶん動かないであろう「回送」のプレートやそのまま使われている「JR」の文字など、思いがけず癒される瞬間であった。 -
(18)『日本人ジャーナリスト銃撃現場』
15:00 日本人ジャーナリスト長井健司氏が銃撃された現場に到着した。
2007年9月27日、長井氏は軍事政権下で民主化を求める活動を伝えるため、デモ隊の最前線に立って取材をしていた。
軍事政権の治安部隊が近づき、「バンッ!」という銃声が響くと同時に長井氏の体が倒れた。
この出来事の後、軍主導の政治はいったん終わり、民主化への光が差したように見えたが、依然として不安定な状態が継続している。
日本では個人の自由が制限されることは想像できないことである。
ミャンマーが平和で民主的な社会となることを願うばかりである。 -
(19)『シュエダゴン・パゴダ』
16:00 市街地北の小高い丘に位置するシュエダゴン・パゴダに到着した。
塔の高さは約100m、基底部の周囲は433mと広大で、塔には5,000個を超えるダイヤモンド等が飾られている。
東西南北の門にはエレベータがあり、南門は外国人専用となっている。
参拝者は観光客よりも市民の方が多く、自分の誕生日の守護神の前で熱心に祈りをささげている。
ミャンマーの仏教は上座部仏教で、日本の大乗仏教と大きく異なる。
上座部仏教は、厳しい修行と禁欲によって選りすぐられた者だけが救済されるという教えである。
ミャンマーは国民皆僧制度を行っており、1週間程度の期間、僧侶として修行することが義務づけられている。
日本の仏教は大乗仏教で、利他の行いにより多くの人を救済するという教えであり、同じ仏教でも根本にある考え方が大きく異なっている。 -
(20)『祈りが届く日を願って』
軍事政権が長かったミャンマーは、経済発展や海外旅行の行きやすさにおいて、東南アジア最後の国と言われることがある。
ミャンマーの人々が毎日真剣に祈っている姿に、いつか願いが届く日が訪れることを思いつつ帰国の途に就いた。
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