2009/01/25 - 2009/01/28
656位(同エリア1964件中)
mingさん
「ウソつき多し」と地球の歩き方にあったが、噂に違わずインド人のほら吹きには驚かされた。インドでは英語が通じたので、「ニセ旅行代理店」に突入し、その手口を探って遊んでみた。
【生活費】5万円
【飛行機】22万円
【通貨単位】1ルピー=2円
【英語通用度】5人に4人
【旅程】10日間
1/23シェムリアップ
1/24シェムリアップ
1/25シェムリアップ→デリー
1/26デリー
1/27デリー→アーグラー
1/28デリー→アウランガーバード
1/29アウランガーバード→エローラ
1/30アウランガーバード→アジャンター
1/31アウランガーバード→デリー
2/1帰国
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- タイ国際航空
-
(1)『デリー到着』
1/25 23:00インディラー・ガーンディー国際空港に到着した。この空港は、タクシーの運転手が勝手に提携しているホテルに連れて行ったり、法外な運賃を請求されたりと、トラブルが多い場所である。
飛行機で乗り合わせた日本人に、「プリペイドタクシーなら、指定したホテルまで連れて行ってくれるから安心だよ。」と教えてもらい、310ルピー(=620円)でパハール・ガンジまで行くことにした。 -
(2)『メトロポリス・ツアリスト・ホーム』
タクシーの中では、当然のごとく「ホテルは予約したか?」「いいホテルを教えてやるよ。」とお決まりの質問に、「本の通りだ。」と少し感心してしまった。「ネットで予約したので、パハール・ガンジ(宿泊地)に向かってくれ。」と頼んだ。
30分ほどして、バックパッカーの聖地として知られているパハール・ガンジに到着した。聖地と言われる割には、道は荒れており、汚らしい通りであった。「やばい。変な所に連れてこられてしまったか?」と不安に思い、「ここはどこだ?」と運転手に問いかけた。「大丈夫だ。あそこの角を曲がれば、メトロポリスに到着する。」とのことで、0:30になりようやくホテルに到着した。 -
(3)『近くて遠いコンノート・プレイス』
翌日、繁華街のコンノート・プレイスへ向かった。昼間に見るパハール・ガンジは、野良ウシ・野良ヤギとスタートから衝撃的であった。歩いていると、どこからともなくインド人が寄ってきて、勝手に会話を始める。暇なので、適当に話しつつそのまま歩くことにした。
そのインド人は、「今日は共和国記念日で祝日だから、コンノート・プレイスは休みだ。DTTDC(旅行代理店)に行って、日本語の地図をもらうといい。」と言っていた。いつまでもついて来て、コンノート・プレイスに着かないので、一旦そのDTTDCに入ることにした。 -
(4)『ニセ旅行代理店を直撃』
扉には、「DTTDC(デリー観光開発公団)」といかにも後付けの貼り紙がしてあった。こういった旅行代理店では、法外な値段のツアーを強引に組んだり、そのチケットは使えないなどと嘘でだましたりと、トラブルが後を絶たない。
中に入ると、「明日はどんな予定だ?」と言うので、「アーグラーへ行く予定だ。」と応えた。「アーグラー行きのチケットはあるのか?」と聞くので、「ネットでeチケットを買ったから、大丈夫だ。」と応えると、「電車はテロがあるから危ない。バスツアーに変えた方がいい。」と怪しい雰囲気を醸し出し始めてきた。
さらに、「ジャイプルのツアーはどうだ?」としつこく聞くので、「2日後には、飛行機でアウランガーバードへ行くので、無理だ。」と断った。
万策尽きた代理店は、「明日アーグラーの運転手をつけて、1500ルピー(=3000円)でどうだ?」と言っていたが、相場は370ルピー(=740円)で、ツアーの押し売りとなってきたので、その場を立ち去ることにした。 -
(5)『ニューデリー駅』
コンノート・プレイス周辺では、インド人がしつこくついてくるので、オートリクシャーで街を回ることにした。
どこからともなく現れた、オートリクシャーの運転手に、「3時間50ルピー(=100円)で、駅とみやげ物屋と寺を案内してくれ。」と頼むと、「OKだ。」交渉が成立した。
まずはニセ旅行代理店で、「そのeチケットは使えない。」と言われたので、確認のためニューデリー駅へと向かった。結局、「パスポートと一緒に見せればOKだ。」とのことであった。
「ヒンドゥー教は嘘を容認しているのか?」と思うくらいインド人の嘘にはうんざりしていた。 -
(6)『デリー観光』
途中で運転手が、「ショッピングセンター(民芸品のみやげ物屋)へ行くか?」とさかんに言うので、「なぜ、そんなにショッピングセンターへ連れていきたがるのだ?」と尋ねると、「提携しているショッピングセンターへ客を連れていくだけで、20ルピー(=40円)のクーポンがもらえるんだ。」とのことだった。道中の景色を見せてもらうかわりに、4つのショッピングセンターを回り、チップ代わりとした。
近場で行く場所がなくなり、少し離れたインド門へ行った。帰り際に予想以上に距離を走ったので、運転手が「料金は50ルピー(=100円)か?50ドル(=4500円)か?」と言ってきたので、「何を今さら言っているんだ。クーポンもたくさんもらったのだから、50ルピーで十分だ。」と、50ルピーを払い、そのオートリクシャーを降りた。
インドでは、一般的な人の日収は100ルピー(=200円)ほどである。50ルピーでも、その日の半分の収入なので、そこそこの収入ということであった。 -
(7)『チキンカレー&ラッスィー』
パハール・ガンジの食堂で、夕食をとった。チキンカレー110ルピー(=220円)、ナン20ルピー(=40円)、ラッスィー30ルピー(=60円)で、計160ルピー(=320円)であった。
チキンカレーはチキンがよく煮込まれており、どの食堂でもおいしかった。ナンは日本で食べた30cmほどある巨大なナンより、薄く小さかった。
問題なのは、ラッスィーであった。味は飲むヨーグルトそのものであった。水・コーラ以外の冷たい飲み物といえばラッスィーが1番手であるが、水と混ぜているため、必ずお腹の調子が悪くなった。それでもおいしかったので、ホテルの近くの場所に限ってのみ飲むことにした。 -
(8)『夜のパハール・カンジ』
夜のパハール・カンジもすごい賑わいであった。ニューデリー駅まで徒歩20分ほどの通りであるが、雑貨に食堂にネットカフェと一通りのものは揃っていた。宿は1泊100ルピー(=200円)の安宿もあった。
宿泊しているメトロポリスの周辺でも、クラクションや犬の鳴き声がいつまでも騒々しかった。ホテルの部屋を通り沿いから奥の部屋に変更してもらうほどであった。
翌日は旅のメインであるタージ・マハルへの電車のために5:00起きなので、おとなしく寝ることにした。 -
(9)『シャタブディ・エクスプレス』
デリーから日帰りでアーグラーへ向かった。チケットは本を片手に、ネットで予約をした。ニューデリー駅のチケット売場の場所がわかりにくかったり、そこに行くまでにインド人の間違った情報に惑わされたりといった、トラブルを未然に防ぐことができた。
シャタブディ・エクスプレスはインド最速の特急列車にも関わらず、2時間食事付きでも390ルピー(=780円)であった。アーグラーを朝8:12着で夜20:30に出発するまで10時間の日帰り旅行が可能であった。 -
(10)『シャタブディの日の出』
出発してから1時間ほどすると、左側の車窓に朝日が昇り始めた。もやなのか、ちりなのかわからないが、車窓の10mほど先は白くかすみ景色はよく見えなかった。 -
(11)『アーグラー駅』
8:25にアーグラー・カント駅に到着した。駅周辺はボッタクリリクシャーもいるため、少し歩いてからリクシャーを探すことにした。
アーグラーの街を見つつ歩いていると、少年2人が「Hello」と声をかけてきた。見た目はまだ小学生っぽかったが、シューズ工場で働く14歳の少年たちであった。電車で出されたアメを2つ渡すと、うれしそうに「サンキュー」と言って仕事場へと向かっていった。 -
(12)『タージ・マハル正門』
タージ・マハル西門に到着すると、どこからともなく「私は政府公認のオフィシャル・ガイドだ。」というインド人が現れた。「テロ対策のため、iPodなどの電化製品は荷物預り所に一旦預けなければならない。」と教えてくれた。
「政府公認だから、ボランティアでやってくれるのか?」と尋ねると、「写真を撮ったり、案内をしたりして300ルピー(=600円)だ。」との答えだった。別に1人で回れるので、丁重にお断りした。 -
(13)『快晴のタージ・マハル』
正門をくぐると、高さ95mの巨大なタージ・マハルが現れた。均整のとれた形と純白の大理石はとても美しかった。
旅のメインであるタージ・マハルを前に2時間ほどベンチに座って眺めることにした。
タージ・マハルは、1653年にムガル帝国の時代に王妃の墓として建設された。膨大な大理石と職人を世界各地から集め、22年をかけたが、ムガル帝国の国力を傾けるほどであった。 -
(14)『タージ・マハルに接近』
タージ・マハルに近づくと、本当にすべてが大理石で作られていることに改めて驚いた。本殿の中には棺が2つだけ置かれていた。
タージ・マハルを建てたムガル帝国は、イスラム教であったことと、ムガルの語源がモンゴルであることからも、タージ・マハルが現在のインドとは異質な物のようにも思えた。 -
(15)『シャンティ・ロッジより』
13:30に昼食を取るために、東門から5分の所にあるシャンティ・ロッジへ向かった。タージ・マハルが見える屋上は、宿泊客以外でも利用でき、ムトン・カレーも100ルピー(=200円)と景色もよく見え値打ちであった。 -
(16)『ムサンマン・ブルジュ』
14:30にタージ・マハルからアーグラ城まで歩くことにした。2kmの距離なので、徒歩20分ほどであった。夕方にタージ・マハルへ戻る予定だったので、のんびり歩くことにした。しばらくすると、どこからともなくサイクル・リクシャーのおじさんが現れた。
「アーグラー城まで20ルピー(=40円)でどうだ?」と運転手が言った。「アーグラー城まで散歩しているから、乗らないよ。」と答えた。「いや、一緒に歩いているだけだ。」と結局、運転手は城までついてきた。 -
(17)『アーグラー城から見たタージ・マハル』
22年の歳月をかけてタージ・マハルを建設し国家の財政を傾けたため、当時の皇帝のシャー・ジャハーンは晩年アーグラー城に幽閉されていた。
皇帝は、ムサンマン・ブルジュ(囚われの塔)から遠くタージ・マハルを眺め、7年の幽閉生活を過ごした。川の左対岸には、黒い大理石で皇帝自らの墓を建てる計画もあったそうだが、結局幻に終わった。 -
(18)『夕陽とタージ・マハル』
「夕陽のタージ・マハルは美しい。」とリクシャーの運転手が言っていたので、再びタージ・マハルへ向かった。
道端にいたインド人は、「再入場するには、もう1度チケットを買う必要がある。」と言っていたが、観光チケットを見せたら問題なく再入場できた。
17:00に太陽が西に傾き、昼間とは違ったタージ・マハルを見ることができた。 -
(19)『デリーのメトロ』
デリー最終日は、メトロに乗ってオールドデリーへ行った。メトロの入口では、テロを警戒して銃を持った軍人が厳重に荷物チェックをしていた。
メトロは6ルピー(=12円)から乗車でき、車内はインドのものとは思えないほどきれいであった。路線によっては景色も見え、時間があれば1日乗車券であてもなくデリーを回ってみるのも面白いと思った。 -
(20)『オールドデリー』
13:00にアウランガーバード行きの飛行機に乗るため、駆け足でオールドデリーを見ることにした。
通りでマックを発見し、昼食をとることにした。インドでは牛肉が食べられないので、インド風チキンバーガーが60ルピー(=120円)で販売されていた。さっぱりしたドレッシングがいい味を出していた。カレーの連続だったので、余計においしく感じた。
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