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今回のパリ滞在での旅のテーマは、 <br /><br />1. 画家が描いた風景を見に行く!<br />1. パリで中世にタイムスリップ!<br />1. ノエルの町を楽しむ! <br /><br />今回の旅行記は、パリで中世にタイムスリップ!<br />の気分で見て歩いた ルーヴル美術館 編です。 <br /><br />2年前(2006年12月)のパリ滞在中に、 <br />【芸術新潮2006年3月号~パリ 中世の美と出会う五日間】 を参考に、<br />ノートルダム大聖堂 と サント・シャペル を見学したのですが、<br />今回も、 この本 を参考に、<br />ルーヴル美術館の中世部門(絵画/工芸品/彫刻)を見学しました。<br /><br />Musee du Louvre<br />99, rue de Rivoli, 75001 Paris FRANCE<br />開館: 9:00 - 18:00 ( 水・金 9:00 - 21:45 )<br />休館日: 火曜、1/1、5/1、12/25<br />入館料: 常設12EUR( 第一日曜日無料 )<br />web: http://www.louvre.fr/

■中世にタイムスリップ! ルーヴル美術館 Musee du Louvre

28いいね!

2008/12/03 - 2008/12/07

2349位(同エリア16385件中)

旅行記グループ 中世美術を巡る旅

4

66

wiz

wiz さん

今回のパリ滞在での旅のテーマは、 

1. 画家が描いた風景を見に行く!
1. パリで中世にタイムスリップ!
1. ノエルの町を楽しむ! 

今回の旅行記は、パリで中世にタイムスリップ!
の気分で見て歩いた ルーヴル美術館 編です。 

2年前(2006年12月)のパリ滞在中に、 
【芸術新潮2006年3月号~パリ 中世の美と出会う五日間】 を参考に、
ノートルダム大聖堂 と サント・シャペル を見学したのですが、
今回も、 この本 を参考に、
ルーヴル美術館の中世部門(絵画/工芸品/彫刻)を見学しました。

Musee du Louvre
99, rue de Rivoli, 75001 Paris FRANCE
開館: 9:00 - 18:00 ( 水・金 9:00 - 21:45 )
休館日: 火曜、1/1、5/1、12/25
入館料: 常設12EUR( 第一日曜日無料 )
web: http://www.louvre.fr/

旅行の満足度
4.0

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  • ルーヴル美術館の 『 館内案内図(見取り図) 』は、ルーヴル美術館公式ホームページからダウンロードもできます。<br /><br />http://bit.ly/QOOYfe <br />( ルーヴル美術館公式サイトへ飛びます。 * URLに日本語が入っていてURLをそのままここに貼り付けてもサイトに飛ばないので、URL短縮しています。)

    ルーヴル美術館の 『 館内案内図(見取り図) 』は、ルーヴル美術館公式ホームページからダウンロードもできます。

    http://bit.ly/QOOYfe 
    ( ルーヴル美術館公式サイトへ飛びます。 * URLに日本語が入っていてURLをそのままここに貼り付けてもサイトに飛ばないので、URL短縮しています。)

  • メトロ1・7号線パレ・ロワイヤル=ミュゼ・デュ・ルーヴル駅で下車し、そのまま地下道を歩き ルーヴル美術館(ナポレオンホール) へと向かいます。 <br />

    メトロ1・7号線パレ・ロワイヤル=ミュゼ・デュ・ルーヴル駅で下車し、そのまま地下道を歩き ルーヴル美術館(ナポレオンホール) へと向かいます。

  • メトロ駅からの地下道を歩くと、途中、地下ショッピングアーケード『カルーゼル・デュ・ルーヴル』内の『シャルル5世ホール hall du fosse charles Ⅴ』や『逆さピラミッド』を通ります(無料エリア)。<br /><br />パリは、中世の時代、城壁で囲まれていましたが、12-13世紀に城壁をつくったのがフィリップ・オーギュスト(フィリップ2世)、それを14世紀に拡張したのがシャルル5世で、この写真は、シャルル5世時代の城壁(防壁)の跡で、残っている部分が275メートルとのこと。 ここはギャラリーとしても使われることもあるそうです。 ※ fosse は堀(濠)の意。 城壁の外側は堀(濠)になっていました。<br />https://goo.gl/zdpxCe<br />https://www.carrouseldulouvre.com/centre<br /><br />あとで、フィリップ・オーギュスト時代の城壁跡もルーヴル美術館(有料エリア)内で見ることにします。

    メトロ駅からの地下道を歩くと、途中、地下ショッピングアーケード『カルーゼル・デュ・ルーヴル』内の『シャルル5世ホール hall du fosse charles Ⅴ』や『逆さピラミッド』を通ります(無料エリア)。

    パリは、中世の時代、城壁で囲まれていましたが、12-13世紀に城壁をつくったのがフィリップ・オーギュスト(フィリップ2世)、それを14世紀に拡張したのがシャルル5世で、この写真は、シャルル5世時代の城壁(防壁)の跡で、残っている部分が275メートルとのこと。 ここはギャラリーとしても使われることもあるそうです。 ※ fosse は堀(濠)の意。 城壁の外側は堀(濠)になっていました。
    https://goo.gl/zdpxCe
    https://www.carrouseldulouvre.com/centre

    あとで、フィリップ・オーギュスト時代の城壁跡もルーヴル美術館(有料エリア)内で見ることにします。

  • カルーゼル・デュ・ルーヴル館内図<br />Plan du Carrousel du Louvre<br /><br />下のピンクの矢印がルーヴル美術館(有料エリア)への入口=『ガラスのピラミッド』の下(東方向)で、図の中央下が『逆さピラミッド』。 図の上がチュイルリー公園方向(西方向)です。<br /><br />ちなみに、カルーゼル・デュ・ルーヴルは、ルーヴル美術館のレセプションエリアを拡張するため、1993年にオープン。 その建設中に、考古学者によって、シャルル5世の城壁跡(上の写真)がみつかったそうです。

    カルーゼル・デュ・ルーヴル館内図
    Plan du Carrousel du Louvre

    下のピンクの矢印がルーヴル美術館(有料エリア)への入口=『ガラスのピラミッド』の下(東方向)で、図の中央下が『逆さピラミッド』。 図の上がチュイルリー公園方向(西方向)です。

    ちなみに、カルーゼル・デュ・ルーヴルは、ルーヴル美術館のレセプションエリアを拡張するため、1993年にオープン。 その建設中に、考古学者によって、シャルル5世の城壁跡(上の写真)がみつかったそうです。

  • 上のカルーゼル・デュ・ルーヴルの館内図を地図にあてはめるとこのあたり。 上の図は、90度左にたおすと東西南北が合う感じですね。<br /><br />カルーゼル・デュ・ルーヴルへは、メトロ駅から直通のほか、リヴォリ通り側からの入口、カルーゼル凱旋門のあたりにも地下への入口あり、そこから ~ 逆さピラミッド ~ ガラスのピラミッド ~ ルーヴル美術館へと地下で繋がっています。 ガラスのピラミッドあたりまで囲むコの字型の建物すべてがルーヴル宮殿(美術館)。<br /><br />ルーヴルへの入口は、この旅行記の1枚目の館内図を見てくださいね~。 ガラスのピラミッドの入口がいつも行列になっているところです。 私は、カルーゼル凱旋門近くの地下への入口とか、メトロ駅から地下を歩きルーヴルへ入っています。

    上のカルーゼル・デュ・ルーヴルの館内図を地図にあてはめるとこのあたり。 上の図は、90度左にたおすと東西南北が合う感じですね。

    カルーゼル・デュ・ルーヴルへは、メトロ駅から直通のほか、リヴォリ通り側からの入口、カルーゼル凱旋門のあたりにも地下への入口あり、そこから ~ 逆さピラミッド ~ ガラスのピラミッド ~ ルーヴル美術館へと地下で繋がっています。 ガラスのピラミッドあたりまで囲むコの字型の建物すべてがルーヴル宮殿(美術館)。

    ルーヴルへの入口は、この旅行記の1枚目の館内図を見てくださいね~。 ガラスのピラミッドの入口がいつも行列になっているところです。 私は、カルーゼル凱旋門近くの地下への入口とか、メトロ駅から地下を歩きルーヴルへ入っています。

  • カルーゼル・デュ・ルーヴル内『逆さピラミッド』<br /><br />ここは、映画ダ・ヴィンチ・コードでも有名な場所ですね。<br /><br />そのまま歩き、『ガラスのピラミッド』下の『ナポレオンホール』へ向かいます。

    カルーゼル・デュ・ルーヴル内『逆さピラミッド』

    ここは、映画ダ・ヴィンチ・コードでも有名な場所ですね。

    そのまま歩き、『ガラスのピラミッド』下の『ナポレオンホール』へ向かいます。

    カルーセル ド ルーヴル ショッピングセンター

  • (『ガラスのピラミッド』下)<br /><br />ナポレオンホール にて、<br />ガラスのピラミッドを見上げて1枚。<br /><br /><br />( ※ 帰りは、このガラスのピラミッドから外に出ますが、まずは見学を開始。)

    (『ガラスのピラミッド』下)

    ナポレオンホール にて、
    ガラスのピラミッドを見上げて1枚。


    ( ※ 帰りは、このガラスのピラミッドから外に出ますが、まずは見学を開始。)

  • ナポレオンホールには入場チケットの券売機や、インフォメーションがあり、日本語の館内見取り図なども置いてあります。<br /><br />ちなみに、私は、メトロ駅から歩いて、はじめに見えた書店で、ルーヴル美術館の入場チケットを購入しました。<br /><br />( ※ 私は、今回、21:45まで開館している水曜日に まず 1回目 の見学。 [ 当時は、夜間見学=水・金18:00-21:45までは入場料6EUR というのがありました。 当時常設は通常9EURでした。 現在は夜間見学の特別料金設定はなくなりました。 ] そして、第一日曜日無料の日に、 2回目 の見学 をしました。 毎日パリから郊外へ出かけていたので、ミュージアム・パスは購入しませんでした。 )

    ナポレオンホールには入場チケットの券売機や、インフォメーションがあり、日本語の館内見取り図なども置いてあります。

    ちなみに、私は、メトロ駅から歩いて、はじめに見えた書店で、ルーヴル美術館の入場チケットを購入しました。

    ( ※ 私は、今回、21:45まで開館している水曜日に まず 1回目 の見学。 [ 当時は、夜間見学=水・金18:00-21:45までは入場料6EUR というのがありました。 当時常設は通常9EURでした。 現在は夜間見学の特別料金設定はなくなりました。 ] そして、第一日曜日無料の日に、 2回目 の見学 をしました。 毎日パリから郊外へ出かけていたので、ミュージアム・パスは購入しませんでした。 )

  • 【シュリー翼半地階?中世のルーヴル】へ<br /><br />この館内案内図の右の方、<br /><br />”ピンク色の □ で囲んだ部分”<br /><br />【シュリー翼半地階~中世のルーヴル】へ向かいます。

    【シュリー翼半地階?中世のルーヴル】へ

    この館内案内図の右の方、

    ”ピンク色の □ で囲んだ部分”

    【シュリー翼半地階~中世のルーヴル】へ向かいます。

  • 【シュリー翼半地階~中世のルーヴル】<br /><br />中世のルーヴル(12-13世紀に築かれた城塞遺跡)<br /><br />ルーヴルのはじまりは12世紀の終わり。 パリをかこむ城壁の外に、城砦として築かれた。 セーヌをさかのぼってせめてくる、ノルマン人へのそなえだった。 14世紀に改築するまで、ルーヴルは町外れにある薄気味悪い場所で、武器や文書の倉庫として、また牢獄としても使われていた。 直径15m、高32mあった天守塔の土台や、それを囲む壁の一部など、その頃の遺構はシュリー翼の半地下で見ることができる。<br /><br /> * Les etapes de la construction du Palais( ルーヴル宮の建造工程 ) http://www.economie.gouv.fr/files/files/directions_services/caef/Documents/Expositions_virtuelles/ministere_ville/louvre.html ( Louvre medieval の部分が、中世のルーヴル )

    【シュリー翼半地階~中世のルーヴル】

    中世のルーヴル(12-13世紀に築かれた城塞遺跡)

    ルーヴルのはじまりは12世紀の終わり。 パリをかこむ城壁の外に、城砦として築かれた。 セーヌをさかのぼってせめてくる、ノルマン人へのそなえだった。 14世紀に改築するまで、ルーヴルは町外れにある薄気味悪い場所で、武器や文書の倉庫として、また牢獄としても使われていた。 直径15m、高32mあった天守塔の土台や、それを囲む壁の一部など、その頃の遺構はシュリー翼の半地下で見ることができる。

    * Les etapes de la construction du Palais( ルーヴル宮の建造工程 ) http://www.economie.gouv.fr/files/files/directions_services/caef/Documents/Expositions_virtuelles/ministere_ville/louvre.html ( Louvre medieval の部分が、中世のルーヴル )

  • (参考)<br />『ベリー公のいとも豪華なる時祷書(10月)』<br />(シャンティイ城コンデ美術館蔵)<br /><br />シテ島から見たに シャルル5世時代 の ルーヴル宮 が描かれている。 防壁も見える。<br /><br />現在ルーヴル美術館として使用されているルーヴル宮殿は、12世紀にカペー朝第7代の フランス王フィリップ2世(在位1180年 - 1223年) が要塞として建設したルーヴル城をもととしており、当時の建物の面影が現在も地下室に残っている。<br /><br />セーヌ川の中洲であるシテ島は、中世においてもパリの中心地であった。 都市の防衛という面で、街の中心を流れるセーヌ川自体が防御の弱点となっていたため、防衛要塞たるルーヴル城が建設された。 円筒形で、径約15メートルのドンジョン(主塔、天守)の周囲に方形の城壁(約78×72メートル)を巡らした要塞は、20年余の歳月を要して完成した。 この城壁は、現代のルーヴルのシュリー翼の位置にあたり、シュリー翼の中庭(クール・カレ)の南西側4分の1の面積に相当する。 <br /><br />当時のルーヴルは宮殿ではなくまさに要塞であり、建物の役割は大部分が牢獄や人質の監禁場所にあてられていた。 パリ市の防衛のために建造されたルーヴル城であったが、この城が英国など外国からの攻撃にさらされることは、結局なかった。 当時のルーヴルの遺構は、後のナポレオン3世の時代、1866年にも発掘調査が行われているが、本格的・学術的な発掘調査が行われたのは1984年から1986年のことである。 また、1991年に発掘された城壁の一部は、地下のショッピングセンターの大ホールで一般に公開されている。<br /><br />ルーヴル宮殿は中世時代を通じて何度も改築されている。 14世紀には フランス王シャルル5世 (在位1364年 - 1380年) が、レーモン・デュ・タンブルに命じてルーヴル城を改修し、「要塞」のイメージが強かったルーヴルを、規模は従来のままで、華やかな「城館」(シャトー)へと造り替えた。

    (参考)
    『ベリー公のいとも豪華なる時祷書(10月)』
    (シャンティイ城コンデ美術館蔵)

    シテ島から見たに シャルル5世時代 の ルーヴル宮 が描かれている。 防壁も見える。

    現在ルーヴル美術館として使用されているルーヴル宮殿は、12世紀にカペー朝第7代の フランス王フィリップ2世(在位1180年 - 1223年) が要塞として建設したルーヴル城をもととしており、当時の建物の面影が現在も地下室に残っている。

    セーヌ川の中洲であるシテ島は、中世においてもパリの中心地であった。 都市の防衛という面で、街の中心を流れるセーヌ川自体が防御の弱点となっていたため、防衛要塞たるルーヴル城が建設された。 円筒形で、径約15メートルのドンジョン(主塔、天守)の周囲に方形の城壁(約78×72メートル)を巡らした要塞は、20年余の歳月を要して完成した。 この城壁は、現代のルーヴルのシュリー翼の位置にあたり、シュリー翼の中庭(クール・カレ)の南西側4分の1の面積に相当する。 

    当時のルーヴルは宮殿ではなくまさに要塞であり、建物の役割は大部分が牢獄や人質の監禁場所にあてられていた。 パリ市の防衛のために建造されたルーヴル城であったが、この城が英国など外国からの攻撃にさらされることは、結局なかった。 当時のルーヴルの遺構は、後のナポレオン3世の時代、1866年にも発掘調査が行われているが、本格的・学術的な発掘調査が行われたのは1984年から1986年のことである。 また、1991年に発掘された城壁の一部は、地下のショッピングセンターの大ホールで一般に公開されている。

    ルーヴル宮殿は中世時代を通じて何度も改築されている。 14世紀には フランス王シャルル5世 (在位1364年 - 1380年) が、レーモン・デュ・タンブルに命じてルーヴル城を改修し、「要塞」のイメージが強かったルーヴルを、規模は従来のままで、華やかな「城館」(シャトー)へと造り替えた。

  • 『ミロのヴィーナス』にご挨拶しながら、

    『ミロのヴィーナス』にご挨拶しながら、

  • ぐるりとひとまわりし、

    ぐるりとひとまわりし、

  • 【シュリー翼2階(日本式)3階】へ<br /><br />ルーヴル美術館に入っているわけですから、もちろん、中世美術部門だけではなく他も見学しているのですが、<br /><br />実際には、私は、この日、まずリシュリュー翼3階の『フランス絵画/ドイツ/フランドル/オランダ絵画部』を見学。<br /><br />この旅行記は、■中世にタイムスリップ! を テーマ にしているので、中世 に関する展示部門をピックアップし、写真を載せていきます。

    【シュリー翼2階(日本式)3階】へ

    ルーヴル美術館に入っているわけですから、もちろん、中世美術部門だけではなく他も見学しているのですが、

    実際には、私は、この日、まずリシュリュー翼3階の『フランス絵画/ドイツ/フランドル/オランダ絵画部』を見学。

    この旅行記は、■中世にタイムスリップ! を テーマ にしているので、中世 に関する展示部門をピックアップし、写真を載せていきます。

  • ルーヴル美術館 <br />シュリー翼2階(日本式)3階<br /><br />ここからは、<br /><br />・ルーヴル宮<br />・ルーヴル美術館ガラスのピラミッド<br />・エッフェル塔 から発する光線<br />・カルーゼルの凱旋門<br />・コンコルド広場の観覧車<br />・凱旋門<br /><br />の方向が見渡せる、最高の場所があります。

    ルーヴル美術館 
    シュリー翼2階(日本式)3階

    ここからは、

    ・ルーヴル宮
    ・ルーヴル美術館ガラスのピラミッド
    ・エッフェル塔 から発する光線
    ・カルーゼルの凱旋門
    ・コンコルド広場の観覧車
    ・凱旋門

    の方向が見渡せる、最高の場所があります。

  • もう少しズームアップで1枚。

    もう少しズームアップで1枚。

  • 吹き抜けの上から『マルリーの中庭』を見下ろす。<br /><br />『フランス絵画/ドイツ/フランドル/オランダ絵画部』を見学し終わった後、(中世時代の)フランス絵画を見学します。

    吹き抜けの上から『マルリーの中庭』を見下ろす。

    『フランス絵画/ドイツ/フランドル/オランダ絵画部』を見学し終わった後、(中世時代の)フランス絵画を見学します。

  • 【リシュリュー翼2階(日本式3階)−フランス絵画部】<br /><br />この館内案内図の真ん中上あたり、<br /><br />”ピンク色の □ で囲んだ部分”<br /><br />【リシュリュー翼2階(日本式3階)−フランス絵画部】へ向かいます。

    【リシュリュー翼2階(日本式3階)−フランス絵画部】

    この館内案内図の真ん中上あたり、

    ”ピンク色の □ で囲んだ部分”

    【リシュリュー翼2階(日本式3階)−フランス絵画部】へ向かいます。

  • 【リシュリュー翼2階(日本式3階)−フランス絵画部】<br /><br />Paris (milieu du XIVe siecle) <br />Jean II le Bon (1319 - 1364), roi de France<br />Avant 1350<br /><br />パリで活動した画家<br />「ジャン2世(善良王)の肖像」<br />1350年前

    【リシュリュー翼2階(日本式3階)−フランス絵画部】

    Paris (milieu du XIVe siecle)
    Jean II le Bon (1319 - 1364), roi de France
    Avant 1350

    パリで活動した画家
    「ジャン2世(善良王)の肖像」
    1350年前

  • パリで活動した画家<br />「ジャン2世(善良王)の肖像」<br />1350年前<br /><br />ジャン2世(Jean II, 1319年4月16日−1364年4月8日)は、フランス・ヴァロワ朝の第2代国王(在位:1350年−1364年)。 初代国王フィリップ6世と王妃ジャンヌ・ド・ブルゴーニュの子。 善良王(le Bon)と呼ばれた。 ( http://fr.wikipedia.org/wiki/Jean_II_de_France )<br /><br />14世紀半ばのフランス国王の肖像画。 <br /><br />フランスの板絵の始まりで、フランス絵画最古の肖像画。 横顔を描いたものではヨーロッパに現存する最も古い作品。 (芸術新潮2006年3月号)

    パリで活動した画家
    「ジャン2世(善良王)の肖像」
    1350年前

    ジャン2世(Jean II, 1319年4月16日−1364年4月8日)は、フランス・ヴァロワ朝の第2代国王(在位:1350年−1364年)。 初代国王フィリップ6世と王妃ジャンヌ・ド・ブルゴーニュの子。 善良王(le Bon)と呼ばれた。 ( http://fr.wikipedia.org/wiki/Jean_II_de_France )

    14世紀半ばのフランス国王の肖像画。 

    フランスの板絵の始まりで、フランス絵画最古の肖像画。 横顔を描いたものではヨーロッパに現存する最も古い作品。 (芸術新潮2006年3月号)

  • PARIS<br />Deuxieme moitie du XIVe siecle<br />La Parement de Narbonne<br />Vers 1375<br /><br />パリで活動した画家<br />「ナルボンヌの祭壇飾り」<br />1375年頃

    PARIS
    Deuxieme moitie du XIVe siecle
    La Parement de Narbonne
    Vers 1375

    パリで活動した画家
    「ナルボンヌの祭壇飾り」
    1375年頃

  • パリで活動した画家<br />「ナルボンヌの祭壇聖布」<br />Le Parement de Narbonne 1375年頃<br /><br />作品保護のために照明を落としてある気づきにくい感じの展示室に、横長の絹地に黒インクで、イエス受難の諸場面を描いた、この作品がある。 19世紀に南仏ナルボンヌでみつかったことから「ナルボンヌの祭壇聖布」とよばれる絵。<br /><br />フランスの君主は、キリストの受難の場面に自分の姿を描かせることによって、自分の信仰心を国民に明示するとともに、現世における己が権力を天の全能の神と結びつけようとした。 磔刑図のなかにシャルル5世賢明王( 1338-1380, Charles V de France1, dit 《 Charles le Sage 》 http://fr.wikipedia.org/wiki/Charles_V_de_France )とジャンヌ・ド・ブルボン妃( 1338-1378, Jeanne de Bourbon )の姿が見られる。 キリストの左右にひざまずき、王と王妃は十字架上のキリストに祈りを捧げている。 (ルーヴル−700年の絵画の系譜/art lys日本語版より)

    パリで活動した画家
    「ナルボンヌの祭壇聖布」
    Le Parement de Narbonne 1375年頃

    作品保護のために照明を落としてある気づきにくい感じの展示室に、横長の絹地に黒インクで、イエス受難の諸場面を描いた、この作品がある。 19世紀に南仏ナルボンヌでみつかったことから「ナルボンヌの祭壇聖布」とよばれる絵。

    フランスの君主は、キリストの受難の場面に自分の姿を描かせることによって、自分の信仰心を国民に明示するとともに、現世における己が権力を天の全能の神と結びつけようとした。 磔刑図のなかにシャルル5世賢明王( 1338-1380, Charles V de France1, dit 《 Charles le Sage 》 http://fr.wikipedia.org/wiki/Charles_V_de_France )とジャンヌ・ド・ブルボン妃( 1338-1378, Jeanne de Bourbon )の姿が見られる。 キリストの左右にひざまずき、王と王妃は十字架上のキリストに祈りを捧げている。 (ルーヴル−700年の絵画の系譜/art lys日本語版より)

  • 「ナルボンヌの祭壇飾り」<br />Le Parement de Narbonne 1375年頃<br /><br />きらびやかな刺繍や織物など、祭壇をかざる布はふつうもっと派手なので、黒インクだけという作例はめずらしい。 <br /><br />この祭壇飾りは四旬節という、復活祭前の改悛の時期にもちいられたもので、禁欲的な表現はそのためではないかと推測される。 <br /><br />磔刑図の左右に王と王妃の肖像があることから、賢王シャルル5世 (1338-80/在位1364-80) が描かせたものだろう。<br /><br />シャルル5世をとりかこむその頃のパリの宮廷の、美術工芸の質の高さと繊細優美な好みをしめす。 (芸術新潮2006年3月号)

    「ナルボンヌの祭壇飾り」
    Le Parement de Narbonne 1375年頃

    きらびやかな刺繍や織物など、祭壇をかざる布はふつうもっと派手なので、黒インクだけという作例はめずらしい。 

    この祭壇飾りは四旬節という、復活祭前の改悛の時期にもちいられたもので、禁欲的な表現はそのためではないかと推測される。 

    磔刑図の左右に王と王妃の肖像があることから、賢王シャルル5世 (1338-80/在位1364-80) が描かせたものだろう。

    シャルル5世をとりかこむその頃のパリの宮廷の、美術工芸の質の高さと繊細優美な好みをしめす。 (芸術新潮2006年3月号)

  • Enguerrand QUARTON <br />(Connu en Provence de 1444 a 1466) <br />La Pieta de Villeneuve-les-Avignon<br />Vers 1455<br /><br />アンゲラン・カルトン<br />(1444年から1466年までプロヴァンスで知られる)<br /><br />「ヴィルヌーヴ=レ=ザヴィニョンのピエタ」 <br />1455年頃

    Enguerrand QUARTON
    (Connu en Provence de 1444 a 1466)
    La Pieta de Villeneuve-les-Avignon
    Vers 1455

    アンゲラン・カルトン
    (1444年から1466年までプロヴァンスで知られる)

    「ヴィルヌーヴ=レ=ザヴィニョンのピエタ」
    1455年頃

  • アンゲラン・カルトン<br />「ヴィルヌーヴ=レ=ザヴィニョンのピエタ」 <br />1455年頃<br /><br />このプロヴァンス派の傑作は、長い間作者不詳だったが、同じ場所にあるカルトジオ会修道院のために、1453−1454年頃に描かれた《聖母戴冠》(ヴィルヌーヴ=レ=ザヴィニョン美術館)の作者アンゲラン・カルトンの作とされた。 福音書記者聖ヨハネ、マグダラのマリアと共に、ピエタの幻影を見ている参事会の寄贈者は、未だ特定されていない。 (ルーヴル美術館HPより http://bit.ly/1bpNNty )

    アンゲラン・カルトン
    「ヴィルヌーヴ=レ=ザヴィニョンのピエタ」
    1455年頃

    このプロヴァンス派の傑作は、長い間作者不詳だったが、同じ場所にあるカルトジオ会修道院のために、1453−1454年頃に描かれた《聖母戴冠》(ヴィルヌーヴ=レ=ザヴィニョン美術館)の作者アンゲラン・カルトンの作とされた。 福音書記者聖ヨハネ、マグダラのマリアと共に、ピエタの幻影を見ている参事会の寄贈者は、未だ特定されていない。 (ルーヴル美術館HPより http://bit.ly/1bpNNty )

  • アンゲラン・カルトン<br />「ヴィルヌーヴ=レ=ザヴィニョンのピエタ」 <br />1455年頃<br /><br />( ピエタのテーマに関するきわめて独創的な解釈 )<br />膝の上に息子の遺骸を抱いた聖母の表現(敬虔の聖母、すなわちピエタ)は、15世紀ヨーロッパで絵画と同様に彫刻の分野でも最も広く普及したテーマの一つである。<br /><br />ここでは、この主題は「哀悼」のテーマに結び付けられている。 中央では、苦悩によって老いが顔に刻み込まれた聖母が、手を合わせながらキリストの犠牲を甘受しているかのようである。 そしておそらく聖母が、金地の周囲に刻まれている『預言者エレミヤの哀歌』(哀歌1章12節)から引用された言葉を告げているのであろう。<br /><br />息子の弓なりに曲がった身体は、細長いアラベスク風の曲線を描き、力なく垂れ下がった右腕は、同様に垂れた脚と響き合っている。<br /><br />キリストのお気に入りの使徒であった福音書記者聖ヨハネが、ほっそりとしたその指で救世主の頭から茨の冠をそっと抜き、香壺を手に髪を乱したマグダラのマリアは、涙をぬぐっている。<br /><br />画面の左端に聖人たちと同じ大きさで描かれている謎に包まれた寄贈者は、白いスルプリと左腕に掛けられた毛皮によって参事会員であることが分かるが、聖なるドラマには参加せず、全く内面的な幻影を見ている。 (ルーヴル美術館HPより http://bit.ly/1bpNNty )

    アンゲラン・カルトン
    「ヴィルヌーヴ=レ=ザヴィニョンのピエタ」
    1455年頃

    ( ピエタのテーマに関するきわめて独創的な解釈 )
    膝の上に息子の遺骸を抱いた聖母の表現(敬虔の聖母、すなわちピエタ)は、15世紀ヨーロッパで絵画と同様に彫刻の分野でも最も広く普及したテーマの一つである。

    ここでは、この主題は「哀悼」のテーマに結び付けられている。 中央では、苦悩によって老いが顔に刻み込まれた聖母が、手を合わせながらキリストの犠牲を甘受しているかのようである。 そしておそらく聖母が、金地の周囲に刻まれている『預言者エレミヤの哀歌』(哀歌1章12節)から引用された言葉を告げているのであろう。

    息子の弓なりに曲がった身体は、細長いアラベスク風の曲線を描き、力なく垂れ下がった右腕は、同様に垂れた脚と響き合っている。

    キリストのお気に入りの使徒であった福音書記者聖ヨハネが、ほっそりとしたその指で救世主の頭から茨の冠をそっと抜き、香壺を手に髪を乱したマグダラのマリアは、涙をぬぐっている。

    画面の左端に聖人たちと同じ大きさで描かれている謎に包まれた寄贈者は、白いスルプリと左腕に掛けられた毛皮によって参事会員であることが分かるが、聖なるドラマには参加せず、全く内面的な幻影を見ている。 (ルーヴル美術館HPより http://bit.ly/1bpNNty )

  • アンゲラン・カルトン<br />「ヴィルヌーヴ=レ=ザヴィニョンのピエタ」 <br />1455年頃<br /><br />1384年に南仏の教会で発見された板絵の大作で、古色のせいでかなり色彩はくすんでいるし、画面に亀裂があるが、それでも 中世フランス絵画の最高傑作 と評されている。<br /><br />画面左端は寄進者。 イエス、聖母マリア、荊冠をはずすヨハネ、そしてマグダラのマリアが描かれたこの絵は全体の構図、細部ともに見どころが多い。

    アンゲラン・カルトン
    「ヴィルヌーヴ=レ=ザヴィニョンのピエタ」
    1455年頃

    1384年に南仏の教会で発見された板絵の大作で、古色のせいでかなり色彩はくすんでいるし、画面に亀裂があるが、それでも 中世フランス絵画の最高傑作 と評されている。

    画面左端は寄進者。 イエス、聖母マリア、荊冠をはずすヨハネ、そしてマグダラのマリアが描かれたこの絵は全体の構図、細部ともに見どころが多い。

  • マグダラのマリア

    マグダラのマリア

  • ルーヴル美術館の窓越しから見る夜景。

    ルーヴル美術館の窓越しから見る夜景。

  • 次は、1つ下の階へ。

    次は、1つ下の階へ。

  • 【リシュリュー翼1階(日本式2階)−工芸品部】<br /><br />次は、この館内案内図の真ん中上あたり、<br /><br />”ピンク色の □ で囲んだ部分”<br /><br />【リシュリュー翼1階(日本式2階)−工芸品部】へ向かいます。

    【リシュリュー翼1階(日本式2階)−工芸品部】

    次は、この館内案内図の真ん中上あたり、

    ”ピンク色の □ で囲んだ部分”

    【リシュリュー翼1階(日本式2階)−工芸品部】へ向かいます。

  • Patene de serpentine<br />「蛇紋石の聖体皿」<br /><br />紀元前1世紀または紀元後1世紀、<br />古代ローマ帝国末期(聖体皿)<br /><br />シャルル禿頭王の宮廷、9世紀後半(金具)

    Patene de serpentine
    「蛇紋石の聖体皿」

    紀元前1世紀または紀元後1世紀、
    古代ローマ帝国末期(聖体皿)

    シャルル禿頭王の宮廷、9世紀後半(金具)

  • 「蛇紋石の聖体皿」<br /><br />紀元前1世紀または紀元後1世紀、<br />古代ローマ帝国末期(聖体皿)<br /><br />シャルル禿頭王の宮廷、9世紀後半(金具)<br /><br />聖体皿とは、ミサのとき、聖杯とともにもちいる道具で、パリ近郊、サン=ドニ聖堂の旧蔵という。 1世紀頃つくられた緑の石皿に、後世になって魚たちを象嵌、さらに10世紀後半に、豪華な縁かざりをくわえた。 (芸術新潮2006年3月号)

    「蛇紋石の聖体皿」

    紀元前1世紀または紀元後1世紀、
    古代ローマ帝国末期(聖体皿)

    シャルル禿頭王の宮廷、9世紀後半(金具)

    聖体皿とは、ミサのとき、聖杯とともにもちいる道具で、パリ近郊、サン=ドニ聖堂の旧蔵という。 1世紀頃つくられた緑の石皿に、後世になって魚たちを象嵌、さらに10世紀後半に、豪華な縁かざりをくわえた。 (芸術新潮2006年3月号)

  • まわりの縁飾りが豪華。<br /><br />魚はキリスト教やイエス自身、信徒の象徴。

    まわりの縁飾りが豪華。

    魚はキリスト教やイエス自身、信徒の象徴。

  • Paris, milieu du XIIIe siecle<br />Statuette : Vierge d&#39;Annonciation<br /><br />パリ<br />「受胎告知のマリア像」<br />13世紀半ば<br /><br /><br />

    Paris, milieu du XIIIe siecle
    Statuette : Vierge d'Annonciation

    パリ
    「受胎告知のマリア像」
    13世紀半ば


  • パリ<br />「受胎告知のマリア像」<br />13世紀半ば<br /><br />

    パリ
    「受胎告知のマリア像」
    13世紀半ば

  • パリ<br />「受胎告知のマリア像」<br />13世紀半ば<br /><br />美しいヴェールの襞。<br /><br />13世紀半ば、サント=シャペルの使徒像 ( http://4travel.jp/traveler/mojo/pict/11715893/ ) とほぼ同時代の作で、衣の襞の感じが似ている。 持ち運びもできる寸法。 個人の邸宅の礼拝堂に置かれていたものだろう、とのこと。<br /><br />「象牙彫刻のとりえは細工のこまかさ。 手ざわりもよい素材なので、ときには手にとって愛でたのでしょう。」 (芸術新潮2006年3月号)

    パリ
    「受胎告知のマリア像」
    13世紀半ば

    美しいヴェールの襞。

    13世紀半ば、サント=シャペルの使徒像 ( http://4travel.jp/traveler/mojo/pict/11715893/ ) とほぼ同時代の作で、衣の襞の感じが似ている。 持ち運びもできる寸法。 個人の邸宅の礼拝堂に置かれていたものだろう、とのこと。

    「象牙彫刻のとりえは細工のこまかさ。 手ざわりもよい素材なので、ときには手にとって愛でたのでしょう。」 (芸術新潮2006年3月号)

  • パリ<br />「受胎告知のマリア像」<br />13世紀半ば<br /><br />象牙の美しいマリア。

    パリ
    「受胎告知のマリア像」
    13世紀半ば

    象牙の美しいマリア。

  • 【リシュリュー翼0階(日本式1階)】<br /><br />1回目の見学(水曜日夜)は、リシュリュー翼3階『フランス絵画/ドイツ/フランドル/オランダ絵画部』、リシュリュー翼2階『工芸品部、ナポレオン3世の居室』と見学をし閉館時間前になったので、<br /><br />ここからは、2回目の見学(第一日曜日入場無料日の夕方)になります。<br /><br />※ 参考 ○第一日曜日無料の日(夕方) ルーヴル美術館の荷物検査はやはりありましたが、(メトロ駅から直通の地下を歩いて来た場合)どんどん美術館入口に入って行けました。 ○オルセー美術館は同じく第一日曜日の昼に行き、無料ですが、40分位待ちました。 オルセー美術館もやはりいつもどおり荷物検査はありました。 )

    【リシュリュー翼0階(日本式1階)】

    1回目の見学(水曜日夜)は、リシュリュー翼3階『フランス絵画/ドイツ/フランドル/オランダ絵画部』、リシュリュー翼2階『工芸品部、ナポレオン3世の居室』と見学をし閉館時間前になったので、

    ここからは、2回目の見学(第一日曜日入場無料日の夕方)になります。

    ※ 参考 ○第一日曜日無料の日(夕方) ルーヴル美術館の荷物検査はやはりありましたが、(メトロ駅から直通の地下を歩いて来た場合)どんどん美術館入口に入って行けました。 ○オルセー美術館は同じく第一日曜日の昼に行き、無料ですが、40分位待ちました。 オルセー美術館もやはりいつもどおり荷物検査はありました。 )

  • 【リシュリュー翼0階(日本式1階)−フランス彫刻部】<br /><br />この館内案内図の真ん中上あたり、<br /><br />”ピンク色の □ で囲んだ部分”<br /><br />【リシュリュー翼0階(日本式1階)−フランス彫刻部】から見学をはじめます。

    【リシュリュー翼0階(日本式1階)−フランス彫刻部】

    この館内案内図の真ん中上あたり、

    ”ピンク色の □ で囲んだ部分”

    【リシュリュー翼0階(日本式1階)−フランス彫刻部】から見学をはじめます。

  • 【リシュリュー翼0階(日本式1階)−フランス彫刻部】

    【リシュリュー翼0階(日本式1階)−フランス彫刻部】

  • Bourgogne, vers 1125<br />Scene de vendanges<br />Pierre<br />Chapiteau provenant de l&#39;ancienne eglise abbtiale benedictine de Moutiers-Saint-Jean (Cote-d&#39;Or), demolie au XIXe siecle<br /><br />ブルゴーニュ地方  <br />「ぶどう酒づくりの柱頭彫刻」 <br />1125年頃<br /><br />ブルゴーニュ地方コート=ドール県ムーティエ・サン・ジャン ( Moutiers-Saint-Jean (Cote-d&#39;Or)  http://fr.wikipedia.org/wiki/Moutiers-Saint-Jean )にあったベネディクト派修道院教会の柱頭彫刻。 

    Bourgogne, vers 1125
    Scene de vendanges
    Pierre
    Chapiteau provenant de l'ancienne eglise abbtiale benedictine de Moutiers-Saint-Jean (Cote-d'Or), demolie au XIXe siecle

    ブルゴーニュ地方  
    「ぶどう酒づくりの柱頭彫刻」 
    1125年頃

    ブルゴーニュ地方コート=ドール県ムーティエ・サン・ジャン ( Moutiers-Saint-Jean (Cote-d'Or)  http://fr.wikipedia.org/wiki/Moutiers-Saint-Jean )にあったベネディクト派修道院教会の柱頭彫刻。 

  • ブルゴーニュ地方  1125年頃  <br />柱頭彫刻 「ぶどう酒づくり」<br /><br />ブルゴーニュ地方の聖堂にあったもので、ぶどうの運搬と足でぶどうを搾っている場面。<br /><br />ぶどうの木はキリストや教会の象徴。<br /><br />これは9月の月暦図で、当時の農民たちのぶどう酒づくりの情景。<br /><br />古代ギリシア以来、柱頭彫刻には生命力のしるしとしての植物文様がつきもので、この柱頭彫刻も正面上部に、うずまき状のふしぎな葉っぱがついている。 (芸術新潮2006年3月号)

    ブルゴーニュ地方  1125年頃  
    柱頭彫刻 「ぶどう酒づくり」

    ブルゴーニュ地方の聖堂にあったもので、ぶどうの運搬と足でぶどうを搾っている場面。

    ぶどうの木はキリストや教会の象徴。

    これは9月の月暦図で、当時の農民たちのぶどう酒づくりの情景。

    古代ギリシア以来、柱頭彫刻には生命力のしるしとしての植物文様がつきもので、この柱頭彫刻も正面上部に、うずまき状のふしぎな葉っぱがついている。 (芸術新潮2006年3月号)

  • ブルゴーニュ地方  1125年頃  <br />柱頭彫刻 「ぶどう酒づくり」

    ブルゴーニュ地方  1125年頃  
    柱頭彫刻 「ぶどう酒づくり」

  • ブルゴーニュ地方 1125年頃<br />柱頭彫刻 「葡萄の収穫」<br />

    ブルゴーニュ地方 1125年頃
    柱頭彫刻 「葡萄の収穫」

  • ブルゴーニュ地方 1125年頃<br />柱頭彫刻 「葡萄の収穫」<br /><br />つまみ喰いの図。<br /><br />瞳の彩色が残るブルゴーニュ地方の愉快な柱頭彫刻。

    ブルゴーニュ地方 1125年頃
    柱頭彫刻 「葡萄の収穫」

    つまみ喰いの図。

    瞳の彩色が残るブルゴーニュ地方の愉快な柱頭彫刻。

  • Bourgogne,<br />Deuxieme quart du XIIe siecle<br />Saint Michel terrassant le dragon<br />Pierre<br />Figure centrale du tympan de la facade ouest de la chapelle Saint-Michel a l&#39;abbaye benedictine Notre-Dame de Nevers<br /><br />ブルゴーニュ地方 12世紀第2四半期<br />「ドラゴンを打ちのめす聖ミカエル」<br /><br />ブルゴーニュ地方ニエーヴル県ヌヴェールのノートルダム( http://fr.wikipedia.org/wiki/Abbaye_Notre-Dame_de_Nevers )、サンミシェル礼拝堂西ファサードにあったタンパンの彫刻

    Bourgogne,
    Deuxieme quart du XIIe siecle
    Saint Michel terrassant le dragon
    Pierre
    Figure centrale du tympan de la facade ouest de la chapelle Saint-Michel a l'abbaye benedictine Notre-Dame de Nevers

    ブルゴーニュ地方 12世紀第2四半期
    「ドラゴンを打ちのめす聖ミカエル」

    ブルゴーニュ地方ニエーヴル県ヌヴェールのノートルダム( http://fr.wikipedia.org/wiki/Abbaye_Notre-Dame_de_Nevers )、サンミシェル礼拝堂西ファサードにあったタンパンの彫刻

  • ブルゴーニュ地方 12世紀第2四半期<br />「ドラゴンを打ちのめす聖ミカエル」

    ブルゴーニュ地方 12世紀第2四半期
    「ドラゴンを打ちのめす聖ミカエル」

  • Nord de la France, dernier tiers du XIII siecle<br />Ange<br />Bois<br />Trouve dans les environ d&#39;Abbeville, provenant de l&#39;entourage d&#39;un autel<br /><br />フランス北部地方<br />「天使像」<br />13世紀末<br /><br />ピカルディー地方ソンム県アブヴィル( 街は第二次世界大戦前までは風光明媚であったが、一夜にしてドイツ軍の空襲により街のほとんどが瓦礫の山となった。 現在、街の大半は近代的で、再建されている。 http://fr.wikipedia.org/wiki/Abbeville )あたりで、ある祭壇付近で、見つかった。

    Nord de la France, dernier tiers du XIII siecle
    Ange
    Bois
    Trouve dans les environ d'Abbeville, provenant de l'entourage d'un autel

    フランス北部地方
    「天使像」
    13世紀末

    ピカルディー地方ソンム県アブヴィル( 街は第二次世界大戦前までは風光明媚であったが、一夜にしてドイツ軍の空襲により街のほとんどが瓦礫の山となった。 現在、街の大半は近代的で、再建されている。 http://fr.wikipedia.org/wiki/Abbeville )あたりで、ある祭壇付近で、見つかった。

  • フランス北部地方<br />「天使像」<br />13世紀末<br /><br />

    フランス北部地方
    「天使像」
    13世紀末

  • フランス北部地方<br />「天使像」<br />13世紀末<br /><br />このスマイルは、ひどく傷んではいるが、口元と顎のあたりはランスの「微笑みの天使」の流れをくむ、といわれている、のだそうです。 シャンパーニュ地方の工房の作品。 (芸術新潮2006年3月号)

    フランス北部地方
    「天使像」
    13世紀末

    このスマイルは、ひどく傷んではいるが、口元と顎のあたりはランスの「微笑みの天使」の流れをくむ、といわれている、のだそうです。 シャンパーニュ地方の工房の作品。 (芸術新潮2006年3月号)

  • Ile-de France, <br />fin du XIIIe siecle<br />L&#39;Annonciation<br />Pierre, traces de polychromie<br />Autrefois au Tympan de la porte Maugarmi, puvrant au nord, dans la troisieme travee du coeur de la cathedrale de Meaux; l&#39;oeuvre a ete deposee lors de travaux de restauration du XIXe siecle<br /><br />イル・ド・フランス<br />「受胎告知」<br />13世紀末<br /><br />イル・ド・フランス地域圏セーヌ=エ=マルヌ県モーにあるモー大聖堂にあった彫刻。

    Ile-de France,
    fin du XIIIe siecle
    L'Annonciation
    Pierre, traces de polychromie
    Autrefois au Tympan de la porte Maugarmi, puvrant au nord, dans la troisieme travee du coeur de la cathedrale de Meaux; l'oeuvre a ete deposee lors de travaux de restauration du XIXe siecle

    イル・ド・フランス
    「受胎告知」
    13世紀末

    イル・ド・フランス地域圏セーヌ=エ=マルヌ県モーにあるモー大聖堂にあった彫刻。

  • イル・ド・フランス<br />「受胎告知」<br />13世紀末

    イル・ド・フランス
    「受胎告知」
    13世紀末

  • Bourgogne,<br />Deuxieme quart du XIVe siecle<br />La vierge assise tenant l&#39;Enfant<br />Pierre polychromee<br />Provenant de la region de Joigny(Yonne)<br /><br />ブルゴーニュ<br />「聖母子」<br />14世紀第2四半期<br /><br />フランス中央部ブルゴーニュ地域圏ヨンヌ県ジョワニー ( Joigny http://fr.wikipedia.org/wiki/Joigny )地域のもの。

    Bourgogne,
    Deuxieme quart du XIVe siecle
    La vierge assise tenant l'Enfant
    Pierre polychromee
    Provenant de la region de Joigny(Yonne)

    ブルゴーニュ
    「聖母子」
    14世紀第2四半期

    フランス中央部ブルゴーニュ地域圏ヨンヌ県ジョワニー ( Joigny http://fr.wikipedia.org/wiki/Joigny )地域のもの。

  • ブルゴーニュ<br />「聖母子」<br />14世紀第2四半期

    ブルゴーニュ
    「聖母子」
    14世紀第2四半期

  • Bourgogne (dernier quart du XVe siecle) <br />Tombeau de Philippe Pot (1428 - 1493), grand senechal de Bourgogne<br />Vers 1480-1483<br />Provenant de la chapelle Saint-Jean-Baptiste de l&#39;abbaye de Citeaux (Cote-d&#39;Or).<br /><br />ブルゴーニュ 15世紀第4四半期 <br />ブルゴーニュ公の家令<br />フィリップ・ポー(1428−1493年)の墓<br />1477−1483年頃<br />シトー修道院(コート・ドール県)<br />サン・ジャン・バティスト礼拝堂に由来<br /><br />ブルゴーニュ公の家令フィリップ・ポーの墓は、モニュメンタルで表現性に富み、見る者に強い印象を与える。 黒いマントをまとった泣き男たちのどっしりした像は、墓碑の重さに身をかがめながら重い足取りで進んでいくように見え、想像力をかきたてる。 これは葬儀をまざまざと思い起こさせると同時に、有力者を讃えるものでもある。 この一族の系譜は紋章によって示されている。

    Bourgogne (dernier quart du XVe siecle)
    Tombeau de Philippe Pot (1428 - 1493), grand senechal de Bourgogne
    Vers 1480-1483
    Provenant de la chapelle Saint-Jean-Baptiste de l'abbaye de Citeaux (Cote-d'Or).

    ブルゴーニュ 15世紀第4四半期
    ブルゴーニュ公の家令
    フィリップ・ポー(1428−1493年)の墓
    1477−1483年頃
    シトー修道院(コート・ドール県)
    サン・ジャン・バティスト礼拝堂に由来

    ブルゴーニュ公の家令フィリップ・ポーの墓は、モニュメンタルで表現性に富み、見る者に強い印象を与える。 黒いマントをまとった泣き男たちのどっしりした像は、墓碑の重さに身をかがめながら重い足取りで進んでいくように見え、想像力をかきたてる。 これは葬儀をまざまざと思い起こさせると同時に、有力者を讃えるものでもある。 この一族の系譜は紋章によって示されている。

  • ブルゴーニュ公の家令<br />フィリップ・ポー(1428−1493年)の墓<br />1477−1483年頃<br /><br />( 心を打つ葬送行列 ) 頭巾をかぶった黒い大きな人物像を評して、美術史家エミール・マールは「この世のものとは思われない」と述べており、実際これらは我々の心を打つ。泣き男つまり葬儀の参列者は、ふつう死者の親族を表現している。 彼らは僧服によく似た、頭巾のついた大きな黒いマントの喪服を着ている。 この主題は15世紀初めに、シャンモル修道院に建立されたフィリップ2世豪胆公の墓(ディジョン美術館所蔵)において、クラウス・スリューテルの手で見事に表現された。 この作品が、葬礼美術における泣き男の流行の端緒となった。 (ルーブル美術館HPより http://bit.ly/16AfyBc )

    ブルゴーニュ公の家令
    フィリップ・ポー(1428−1493年)の墓
    1477−1483年頃

    ( 心を打つ葬送行列 ) 頭巾をかぶった黒い大きな人物像を評して、美術史家エミール・マールは「この世のものとは思われない」と述べており、実際これらは我々の心を打つ。泣き男つまり葬儀の参列者は、ふつう死者の親族を表現している。 彼らは僧服によく似た、頭巾のついた大きな黒いマントの喪服を着ている。 この主題は15世紀初めに、シャンモル修道院に建立されたフィリップ2世豪胆公の墓(ディジョン美術館所蔵)において、クラウス・スリューテルの手で見事に表現された。 この作品が、葬礼美術における泣き男の流行の端緒となった。 (ルーブル美術館HPより http://bit.ly/16AfyBc )

  • Champagne,<br />Deuxieme quart du XIe siecle<br />Retable: la Resurrection du Christ<br />Pierre, traces de polychromie<br />Provenant d&#39;une eglise de Troyes(?)<br /><br />シャンパーニュ地方<br />祭壇:「キリストの復活」 <br />16世紀第2四半期<br /><br />シャンパーニュ=アルデンヌ地域圏オーブ県トロワ ( http://fr.wikipedia.org/wiki/Troyes ) の教会のもの(?)

    Champagne,
    Deuxieme quart du XIe siecle
    Retable: la Resurrection du Christ
    Pierre, traces de polychromie
    Provenant d'une eglise de Troyes(?)

    シャンパーニュ地方
    祭壇:「キリストの復活」 
    16世紀第2四半期

    シャンパーニュ=アルデンヌ地域圏オーブ県トロワ ( http://fr.wikipedia.org/wiki/Troyes ) の教会のもの(?)

  • シャンパーニュ地方<br />祭壇:「キリストの復活」 <br />16世紀第2四半期

    シャンパーニュ地方
    祭壇:「キリストの復活」 
    16世紀第2四半期

  • 【リシュリュー翼0階(日本式1階)−フランス彫刻部】はここまで。

    【リシュリュー翼0階(日本式1階)−フランス彫刻部】はここまで。

  • 『サモトラケのニケ』を見ながら、

    『サモトラケのニケ』を見ながら、

  • レオナルド・ダ・ヴィンチなどの絵画で有名な【ドゥノン翼1階(日本式2階)】へ。

    レオナルド・ダ・ヴィンチなどの絵画で有名な【ドゥノン翼1階(日本式2階)】へ。

  • 帰りは、ガラスのピラミッドから出て、地上へ上がり、

    帰りは、ガラスのピラミッドから出て、地上へ上がり、

  • ルーヴル美術館の夜景を堪能。

    ルーヴル美術館の夜景を堪能。

  • 最後に、これが参考にした本と、(当時)水曜日のルーヴルの夜間チケット。<br /><br />表紙のノートルダムの美しい写真に一目惚れ。 <br /><br />この本を見ながら、2006年見学した 「ノートルダム」 と 「サント・シャペル」 、そして、今回の旅行記の 「ルーヴル美術館(中世部門)」 、次に書く予定の旅行記 「クリュニー中世美術館」 や、パリ郊外のシャルトル、サンリス等も載っています。 現在は、とんぼの本としても刊行されています。

    最後に、これが参考にした本と、(当時)水曜日のルーヴルの夜間チケット。

    表紙のノートルダムの美しい写真に一目惚れ。 

    この本を見ながら、2006年見学した 「ノートルダム」 と 「サント・シャペル」 、そして、今回の旅行記の 「ルーヴル美術館(中世部門)」 、次に書く予定の旅行記 「クリュニー中世美術館」 や、パリ郊外のシャルトル、サンリス等も載っています。 現在は、とんぼの本としても刊行されています。

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中世美術を巡る旅

この旅行記へのコメント (4)

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  • コクリコさん 2010/01/24 12:38:29
    マグダラのマリアの涙
    wizさん、さっそく拝見しました。

    今度ルーヴルに行ったら見たかったものばかり。

    「アヴィニョンのピエタ」と「フィリップ・ポー」の墓は2006年に妹たちと行った時にこれだけは見たいと、彼女たちを無理にひっぱって連れていったもの。
    その回りは素通り・・・ルーヴルがほとんど初めての妹たちには是非見ておきたい作品が他にたくさんあるので仕方ないですけどね。

    中世の柱頭彫刻たまりませんね。
    十二ヶ月の年中行事を表わしているレリーフ、よく見ますがあれも好きなんすよ。
    ですから、wizさんの写した葡萄の収穫を近くで心行くまで見たいと思います。
    実際聖堂内では暗くて高い場所にあるのでよく見られないし、いくら混んでいるルーヴルでもここまでくれば空いているのでゆっくり見られるから嬉しいですね。

    「シャンパーニュの天使」がランス大聖堂の「微笑みの天使」に似ているのも驚きです。見落とさないようにしなくては。

    天使シリーズでお馴染みの大天使ミカエルもちゃんとある!
    工芸品コーナーの魚の聖皿、イエスや信者たちを象徴している魚・・これは今我が家に置いておいても違和感のないモダンなデザイン。
    欲しいです!
    美術館で「見たいもの」以外に「買いたいもの」もあるものですね。

    私もとんぼの本持っています。
    もう一度読み返してチェックしておかなくては。
    なーんて、話していると行きたくなってしまいます。
    行ければ良いなぁ。

    今回は元気づけるためにコートダジュールに重点を置くので、シャガール、マティス、コクトーになりますか(ピカソは時間がないのでパスします^^;)。
    wizさんのお薦め美術館はどこでしょう?

    ホテルは間近でもキャンセルできるのでマントンとパリのホテルだけは予約しておきました。

    wiz

    wiz さん からの返信 2010/01/25 20:14:35
    RE: マグダラのマリアの涙
    コクリコさん、
    こちらも見て下さりありがとうございます!

    > 今度ルーヴルに行ったら見たかったものばかり。
    > 中世の柱頭彫刻たまりませんね。
    > wizさんの写した葡萄の収穫を近くで心行くまで見たいと思います。
    > 工芸品コーナーの魚の聖皿、イエスや信者たちを象徴している魚・・これは今我が家に置いておいても違和感のないモダンなデザイン。

    中世の柱頭彫刻、葡萄の収穫…とってもかわいいですよね〜。
    バリバリと、アップでいっぱい撮っちゃいました。
    聖体皿も素敵ですよね〜金が素敵。
    これはサン・ドニ聖堂所蔵だったんですよね。

    > マリー・マドレーヌの涙まで細かに写されて、もう感動しました。
    ふわっと浮いたようなイエスや金色の背景、自然に厳かな気持ちになります。
    あまり見学者がこない地味な展示室に、ポンと飾ってあるので最初は「これで良いの?」と思いましたが、独り占めできますね♪

    この「ヴィルヌーヴ=レ=ザヴィニョンのピエタ」の辺りは
    ほんとうに人がいないですよね〜。 私も1人でじっくり見ていました!
    聖体皿と云いこのピエタの絵と云い(クリムトと云い)…
    「金」を用いた(絵でも)工芸品的なものに惹かれるみたいで…^^;

    > 私もとんぼの本持っています。
    > もう一度読み返してチェックしておかなくては。

    これに関しては私はとんぼの本ではなく
    芸術新潮版でしか(今)持っていないので
    コピーをしてPARISに持っていってました!

    > 今回は元気づけるためにコートダジュールに重点を置くので、

    やっぱり元気づけるためには「海」ですかね〜♪
    私もコクリコ家のカバン持ちでついていきたいです^^
    マントンからイタリアの方へも遊びにいけそうですね〜。

    wiz

    コクリコ

    コクリコさん からの返信 2010/01/26 22:29:09
    RE: RE: マグダラのマリアの涙

    > この「ヴィルヌーヴ=レ=ザヴィニョンのピエタ」の辺りは
    > ほんとうに人がいないですよね〜。 私も1人でじっくり見ていました!

    今、ビデオに入れておいたルーヴル美術館の番組を見ていたら息子が生意気にも
    「お母さん、ルーヴルに行ったらLa Pieta de Villeneuve-les-Avignonを見るといいよ」
    と言ったので
    「ふふふ、もう2回見たわよ、でもまた見るけど、そんなのジョーシキ。4トラのwizさんwizさんのこと知らないけれど気にせず話す私^^;)と掲示板で話してるところ」
    と言ったら驚いていた、、、5,6年前に見たようです。

    ヒエロニスム・ボスの『愚者の船』ってルーヴルにあったわよね。
    今回行けたらちゃんと見てこようと思います。


    > 私もコクリコ家のカバン持ちでついていきたいです^^

    ものすごく頼りがいのあるカバン持ちになりそうですね。
    私たちすぐクタクタするし、見落としが多いから。

    > マントンからイタリアの方へも遊びにいけそうですね〜。

    そうなのですが、フランスに行くことになると会わねばならない人とか、行かねばならない所があるので、時間的に無理かなぁ。
    マントンから歩いていけるイタリアには行けるかもしれないけれど、パスタ食べに行ことくらいしか(^^;)。

    wiz

    wiz さん からの返信 2010/01/26 23:27:04
    RE: Louvre
    > 今、ビデオに入れておいたルーヴル美術館の番組を見ていたら息子が生意気にも
    > 「お母さん、ルーヴルに行ったらLa Pieta de Villeneuve-les-Avignonを見るといいよ」
    > と言ったので

    あはは… さすがコクリコさんの息子さんじゃあないですか!
    マグダラのマリアの涙と茨の冠をはずすヨハネの指先、
    イエスの身体に、金地… それにあの静かな展示室!
    ヴィルヌーヴ=レ=ザヴィニョンに行ってみたくなりました。

    > ヒエロニスム・ボスの『愚者の船』ってルーヴルにあったわよね。
    > 今回行けたらちゃんと見てこようと思います。

    ですよね… でも、
    私も撮って来ていないみたいです、多分(汗)
    クラナハやデューラーは撮ってるんだけどなぁ。
    やっぱり私もまた行かなくちゃ!
    (Louvreって、帰って来て後から後から
     もっと見ないと… という場所が出てきますね^^;) 

    > ものすごく頼りがいのあるカバン持ちになりそうですね。
    > 私たちすぐクタクタするし、見落としが多いから。

    何を云っているんですか〜。
    私は、お2人の後に付いてお話を聞いて歩くんです^^
    (きっと、知識がいっぱいつきそうだ♪)

    > そうなのですが、フランスに行くことになると会わねばならない人とか、行かねばならない所があるので、時間的に無理かなぁ。
    > マントンから歩いていけるイタリアには行けるかもしれないけれど、パスタ食べに行ことくらいしか(^^;)。

    パスタ食べにもいいじゃないですか〜!
    色々な人に会ったり、食を楽しんだり、
    芸術を楽しんだり、海を見たり… リフレッシュできそうですね。

    wiz

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