2004/10/30 - 2004/11/07
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旅人のくまさんさん
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<2004年10月31日(日)>
昨晩は遅い時間までマージャンやビリヤードを楽しみ、旅行談義や趣味の談義で夜更かしをした人もいました。でも、皆さん概ね快適な目覚めだったようです。遅い人は3時過ぎの就寝だったようです。私も2時過ぎだった記憶です。
<早朝の構内散歩>
前日にお聞きしていましたので、早朝の散歩を楽しみました。ヒロ君だけは少し体調が優れないとの事で、そのまま体力回復に努めました。構外までの散歩はセキュリティガードがありますので、今朝は邸内にとどめました。これも前日に決めておいたことです。
構内でも随分広く、また変化がある散策を楽しむことができました。写真資料でも紹介しておきましたので、詳細はそちらに譲ります。
日本の住宅開発と違って、いくつかの点で感心させられました。個々の住宅が十分な広さを持っていることは第一ですが、住宅地全体のセキュリティの面では格違いでした。出入口での人と車のチェックはもちろん、少し不審な人物がいると、警備の方が自転車でそれとなくチェックにやってきました。構内のポイントに監視カメラも設置されていました。最初、私たちはその「不審な住民」として観察されたようですが、日が経つにつれ、警備の方とは顔見知りになりました。
出入口の警備員詰め所には、夜でも3名ほどの人が常駐し、昼間はさらに増えていました。その時々の警備の方は、すべて氏名と顔写真が掲示してありました。
<朝食、曇ったレンズ>
朝食はすぐ近くのスーパーマーケット内にある専門店の出店でした。点心、麺類などの各種を、Enちゃんが注文してくれました。味では、本店以上のものがあるとの評価でした。事実、運ばれてきた料理はあっという間に完食でした。この時も、黒酢を付けました。どうやら、病み付きになってしまったようです。
この食事時にも何枚か写真を撮りましたが、食べる方に忙しく、レンズが曇ってしまったのをうっかりしました。湯気が着いてしまったようです。2台のカメラのうち、1台は、このあとの上海動物園の写真が使い物になりませんでした。動物園の入口付近、花壇の花、パンダの写真などです。しかし、遅ればせながらレンズの曇りに気が付いて、拭き取りました。それで、この後撮った大切な写真は大丈夫でした。
<上海動物園>
上海動物園は、パンダ見学が主な目的でした。昨年の旅行では臥龍のパンダ繁殖センターの見学をしましたが、そのことが念頭にあったようです。中国旅行記の4冊目にその写真を入れておきました。1歳くらいのパンダを膝に乗せた写真を撮ることができました。このときのパンダは無理やり起こされて、少し機嫌が悪そうでしたが、好物のりんごを与えられて、やや機嫌を直していました。
しかし、残念ながら、この上海動物園でのパンダ見学は当て外れでした。見学できたのは1頭だけでしたし、かなり薄汚れていました。ひっくり返って笹を食べていましたが、「可愛い仕草より横着な仕草」の印象が強かったようです。1頭だけなので、ふて腐れていたのかも知れません。もう1頭は貸し出し中だったのかも知れません。
そのパンダに同情の余地もありました。もともと、「可愛い」「横着」の判断も、人間が勝手にしているだけですから。しかし、この仕草は私だけの印象ではなく、皆さんも同じ意見だったようです。
<点心の昼食>
皆さんの食欲が爆発したのはこの時が一番だったようです。パンダ舎は動物園の一番奥でしたから、随分と歩いておなかが空いていたためかも知れません。
次々と出された点心は、どれも美味しかったものの、ものすごい勢いで片付きました。ガイドクックにも載っている、確かに美味しい店でした。そのお店の名前は「蘇浙匯(スージョイフォイ)」でした。「ヨーロピアンムード漂うレストラン、上海に4店舗」などとも紹介されていました。
この日は点心料理でしたが、一番の名物は「蘇浙樟茶鴨」の料理のようです。江南地方の楠(クス)で燻製にした鴨料理で、パリッとした皮が香ばしくて美味しいようです。樟の文字は虫除けの「樟脳」などに使われていますが、楠と同じ木のことです。1羽68元(900円弱、高級ですね!半身の40元もあるようです)この料理は、次回の楽しみです。
<ガーデンホテル>
上海動物園、蘇浙匯のお店は、ガーデンホテルに駐車をしての行動でした。運転手のチョウさんは、私達を降ろした後、車で家に戻られていたのかもしれません。迎えに来てくれる時間と場所は、Enちゃんがその都度指示されているようでしたし、電話でも連絡されていました。そのお骨折りで、この旅行期間中、スムーズな行動画ができました。
このガーデンホテルは、OgさんとEnちゃんの記念の場所でもありました。その式の模様は、1年半ほど前のご自宅での花見の会の時にビデオを見せていただきました。ガイドブックによれば、「1926年、フランス租界のこの地にクラブハウスとして誕生し、1940年にはアメリカの所有、1949年に中国に返還された後は、文化クラブとして、庭はサッカー場として利用された」とありました。更に「1958年からは毛沢東主席の上海での滞在場所として使用された」とされる由緒あるホテルです。
現在の33階建てのビルは、1990年にオークラガーデンホテルとして出発して、今日に至ったものです。旧フランスクラブの格式をそのままに、近代ホテルに生まれ変わったことから、「オールド上海と近代上海の融合」とも形容されています。外国文化が排斥された「文化大革命」時にも守り通された彫刻があるそうです。
<チャイナドレスの注文>
Myちゃんのお友達の結婚式が11月4日にあるそうです。その時に着るチャイナドレスの注文の店をEnちゃんが案内してくれました。
専門店が軒を並べる一角でしたが、お店に大勢で押しかけてはご迷惑になりますので、車で待つことになりました。その間を利用して近所の写真を何枚か撮りました。場所は、長楽路だったようです。
注文されたチャイナドレスの生地は赤色だとお聞きしました。仕上がりはMyちゃんが帰国した後の6日になるとのことでした。7日までの滞在なので、問題ありませんでした。Enちゃんのお世話で随分お値打ちになったようですが、そのお値段は差し障りがあるといけませんので、伏せておきます。しっかりした生地だったようです。
実は、この本文を纏めている最中に、その仕上がったチャイナドレスを着たMyちゃんの写真を撮る幸運に恵まれました。あとがきに写真を添えておきました。バッグ、靴の色もドレスにぴったりでした。
<自由市場での買い物>
自由市場の正式名称は「襄陽服飾礼品市場」です。「服飾」はそのままファッション、「礼品」はプレゼントの意味です。「市場」は「シーチャン」と読むようです。日本読みでは「シジョー」、ハングルでは「シジャン」ですから、ハングル読みのほうが中国語を正確に音訳しているようです。
今回はすぐ、よく理解しないまま後ろから付いて歩いてこの市場にやってきましたので、位置関係がぴんと来ませんでした。ガイドブックでは、地下鉄1号線の陜西南路駅から歩いて5分と紹介してありました。少し難しい「陜」の文字は、「狭い」と同じ意味を持つようです。改めて地図で確認しましたら、花園飯店の最寄り駅も陜西南路駅でした。この花園飯店の西南に位置していました。
この時は特に買いたい物もありませんでしたが、靴下と、ゴルフ帽だけを買い求めました。ゴルフ帽が25元、靴下2足が15元くらいでしたから、日本円では締めて500円くらいの買い物でした。まだ旅行の前半なので、極力必需品だけに限りました。
この市場には、杭州の旅行を終えて、もう一度やってきました。その時には、つい、「礼品」のまとめ買いをして仕舞いました。
<恒隆広場(ホンロン・グワアンチャン)>
「恒隆広場(ホンロン・グワアンチャン)」と1階のロビーに記されたビルの中にあるレストランが、Enちゃんが調整されたS.P.先生と奥様のYa先生との待合せ場所でした。英語名は「プラザ66」です。「66」は66階建を意味しています。
食事の時間までは時間がありましたので、しばらくこのビルで自由行動になりました。南京西路の中でも注目度の高い人気スポットのビルと紹介されていました。1階から6階までがショッピングモールです。1階にはシャネル、エルメス、ルイ・ビトン、カルティエなどのブランドの有名店が約30軒、ずらりと並んでいました。私の場合、この方面には疎く、「猫に小判」の状態で、残念なことでした。何か頼まれ物でもあれば、目的の品を記したメモを片手に一生懸命探すのですが、その必要もありませんでした。
しかし、同じ1階にはジャガーの新車などが展示されており、OgさんやAuちゃん達は、真剣にその車に見入られていました。Hi君も車マニアのようです。その横では弦楽トリオの生演奏があり、私はしばらそのメロディに耳を傾けていました。重たいクラシックではなく、軽い音楽が主体でした。
そんなことで、食事までの待ち時間を、各人有意義に過ごすことができました。時間帯によっては、1階のオープンカフェーでティータイムを過ごすのも魅力があります。
<S.P.先生、Ya先生との夕食>
予約の時間には少し早い時間でしたが、「メニューを選ぶのに、最低30分はかかります」とのEnンちゃんの説明に従って、早めに5階のレストランに向かいました。そのお店の名前は「鷺鷺酒店(ルールージュージャー)」でした。看板には英語で「ルールー・レストラン」と併記がありました。ガイドブックには「地元で大人気のお店」と紹介されていました。
Enちゃんとの阿吽(アウン)の呼吸で、S.P.先生達も早めにルールー・レストランにお見えになりました。早速、メニューを片手に今日のディナーの料理の選択です。Enちゃんが予告されたとおり、十分に時間をかけて、前菜から始まってメインディッシュ、デザートへと進みました。その間、ボーイさんに内容を詳しく確認されながらのメニュー選びでした。早めにお店に出向いて、十分な時間を使って料理を選択するのが、中国の大切な食事マナーのようでした。
私自身も一人で海外旅行をする時に、アジア系の食事がしたい場合、「日本料理店」を避けて「中国料理の店」や「中華街」を探すのが習慣になっています。「日本料理」は「高くてまずい」の代名詞、「中華料理」は「安くて美味しい」が通り相場になっているからです。
S.P.先生のメニュー選びを拝見しながら、「料理を作る人」だけでなく、「料理を食べる人」が「一体になって、中国料理が世界を席巻したのでは?」との思いが過りました。
この夜、昨晩に引き続いて美味しい中国料理を堪能できました。とこぶしを蒸したものや、から揚げの鳩料理もありました。その詳しい様子は写真編をご覧ください。全員揃っての記念写真も添えておきました。
<外灘(ワイタン)の夜景>
S.P.先生、Ya先生と恒隆広場の前でお別れした後、外灘(ワイタン)まで向かいました。元租界の夜景、黄浦江の対岸の東方明珠塔の夜景を見るためです。
恒隆広場の地下鉄最寄駅は2号線の石門一路駅です。人民広場より1つ西の駅になります。もちろん、今回の旅行では専用のマイクロバスが用意されていますから、地下鉄利用の必要はありませんが、次回以降の旅行のために確認したものです。2号線の外灘の地下鉄最寄駅は河南中路駅であり、更に東へ向かって歩く必要があります。
外灘まで車で送ってもらった後、夜景を存分に楽しむことができました。黄浦江の西岸に位置する元租界地のクラシックな建物のライトアップは見事でした。その背景には超高層ビルの屋上の飾りネオンも遠望できました。この夜、見学者で一帯は大変な混みようでした。
東岸には黄浦江を挟んで、上海東方明珠塔の夜景も満喫できました。多分、天気の良い日の夜は、この一帯が上海で一番の観光地となっているのでしょう。
<上海建国賓館、地下鉄1号線>
夜景見学を終わった後、上海建国ホテルまで車で送ってもらいました。日本での旅行計画の段階で、Enちゃんにお願いしておいたホテルです。地下鉄1号線の徐家匯駅の直近の一流のホテルでした。Enちゃんの連絡で、従弟のPnPnさんが1週間分を予約しておいてくれました。
Enちゃんに手伝ってもらってチェックインをしましたが、2晩だけに変更して、前払いしました。2日に第二陣と合流した後、杭州へ向かい、その後はまた新宅に泊めてもらうための変更でした。
この夜、皆さんとお別れした後、すぐに地下鉄1号線の様子を確認に出かけました。夜の9時40分頃です。ホテル近くの出入口はすでに締め切ってあり、少し東に向かったあと、地下に潜りました。
出来ることなら今晩も乗車してみたかったのですが、終電車を考えると、ぎりぎりの時間でしたから、明日早く出かけることとして、今日は諦めることにしました。路線図、始発・終発時刻などを確認し、写真に納めて地下鉄駅を後にしました。
外灘の光の渦は租界なる過去を捨て去り今に輝く
明珠塔河を隔てて闇照す伸ゆく上海誇るが如し
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少し夜更かしはしたものの、旅の疲れもない快適な朝でした。早起きをして、朝食前の散歩を楽しみました。
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クリーム色の建物がうっすらと赤味を帯びています。快晴になって朝日が差し込んだためです。ホームステイさせていただいた新宅は、地上3階、地下1階の素晴らしい建物でした。
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早朝散歩に出かけたのは、私を含めて5名でした。Hr君は少し体調が優れなかったようで、Ko君だけが参加しました。
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交差店に表示された案内看板です。番号が番地を示しています。ホームステイさせていただいた53号は、右の曲り矢印で表示してありました。
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池を巡らせた一角は、ことに敷地面積、建物規模も大きいようでした。日本の住宅分譲と比較すると、ゆったりした区画に感心させられました。
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池に渡された木製の回廊です。散歩に好適な遊歩道でした。本道から外れて、風情たっぷりのこの道をコースに選びました。
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川が住宅区域境になっていました。その区域境に長く伸びた散歩道です。石畳風の情緒を持った造りになっていました。
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先ほど渡ってきた木製の回廊です。日本で言えばビオトープと言った一角でしょう。自然を残しながら、人造の物との調和が見事でした。
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真ん中が高くなった太鼓橋がこの住宅地から鉄道への近道になっているようでした。風ひとつない穏やかな10月31日の朝でした。
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川一つ隔てた向こう岸には別の世界がひろがっていました。開いた扉からは今起き出したばかりの何人かの人が遠望できました。
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木の回廊を巡らせた池には、緋鯉も泳いでいました。この写真には写っていませんが、目を凝らすと鮠(ハヤ)のような川魚も泳いでいました。
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中国では奇石が珍重がられているようです。この白い石が自然石か人造物かは分かりませんが、バックの芭蕉の木がよく似合っていました。
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