2007/03/30 - 2007/04/05
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旅人のくまさんさん
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本文に収録できなかった写真の紹介です。
*(ウィキペディア、るるぶワールドガイド・イスタンブール・トルコ)を参照しました。
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中央ドームのアップです。ミナレットの先端だけでなく、ドームの中央の飾りにも黄金が使われています。アーチ型の窓がステンドグラスです。
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ヨーロッパからの観光客の一団です。ガイドさんを取り囲んで、熱心に説明を聞かれていました。冷え込みましたから、着込まれているようです。
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中央の出入口です。ここからは入場せずに、他を見学に回った後で、出口として使いました。履物を脱ぐよう、係りの人が詰めていました。
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正面入口の天井の文様です。イスラム教では偶像礼拝を厳しく諌めていますから、文様は幾何学模様か、花の絵柄が使われるようです。
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中央右手のミナレットのアップです。遠くからは、細長い尖塔のように見えますが、近寄ると、細かな装飾が施されていることが分かります。
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礼拝場横の庭です。複雑な枝振りの樹がありました。そろそろ新緑の頃を迎え始めるようです。手前の小さな樹は、赤色の新芽が伸び始めていました。
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中庭に大理石の「清めの泉」がありましたが、こちらは大勢の信者が体を清めるための設備です。決められた6箇所を、3回ずつ清めるそうです。
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ブルーモスクの俗称が付いたモスクの内部です。青いイズニック・タイルが使われていることから、この呼び方が広まったようです。
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外から見ると複雑な重層構造ですが、礼拝場の内部は方形です。力学的な計算の上に立って、何層ものドームが組み合わされてるようです。
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ドーム中央には、巨大なシャンデリアがありました。天井から長いロープで吊り下げられ、入場者に必要な明かりを与えていました。
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ブルーモスク見学の後は、アヤソフィア大聖堂です。この椅子席が、丁度中間点に当たります。地元の学生さん達も入って記念撮影です。
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こちらがブルーモスクです。6本のミナレットの内、?本が写っています。同じ高さの場所から、6本とも写真に収めるのは、中々難しいようです。
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こちらがアヤソフィア大聖堂です。入場せずに外観だけの見学です。ビザンチン時代にキリスト教会として建てられ、その後、モスクに改築されました。
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ブルーモスクとアヤソフィア大聖堂との間には、綺麗な公園、花壇が続いていました。中央の冬木立は、サルスベリの樹のようです。
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こちらでは、丸く囲われた花壇でチュリップが咲いていました。まだ咲き始めたばかりのようです。左奥には、ピンクのチュッリップの花壇も見えます。
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花壇風景が続きます。ブルーモスクとアヤソフィアの景観を妨げないよう配慮されているのでしょう、大きな樹は僅かばかりでした。
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アヤソフィア大聖堂のほうのミナレットです。15世紀のオスマントルコ時代にモスクに改造された時.に建ったものでしょう。
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アヤソフィア大聖堂の創建は360年です。その後、焼失し、415年に再建され、更に戦乱で崩落し、537年に再建、その後も地震被害など、多くの苦難を経た建物のようです。
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アヤソフィア大聖堂の脇を通って、次はトプカプ宮殿の見学です。15世紀に征服王メフメット2世によって、現在の岬の位置に建設されました。
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トプカプ宮殿の外壁です。約370年に亘る、オスマントルコ時代の王宮です。歴代スルタンは、ここで生活し、執政を行いました。
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皇帝の門を潜って、最初に左手に見える建物は、アヤ・イリヤ教会です。ビザンチン次代の最古の境界とされます。付近は工事の真最中でした。
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建築資材が積み上げられた先に海が見えました。この宮殿がマルマラ海に面した岬に建てられているためです。資材は、歩道用の敷石のようです。
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アヤ・イリニ教会のアップです。かつて、最強を誇ったオスマントルコ軍の出陣式が、イェニチェリ広場と呼ばれる、この場所で行われたとされます。
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皇帝の門を潜って、表敬の門に向かう通路には落葉樹が両脇に続いていました。今はまだ、冬木立のままでしたが、新緑が綺麗なことでしょう。
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表敬の門と呼ばれる宮殿中心部の最初の門です。右側の塔が修復工事中でした。この門を潜った所で、セキュリティ・チェックがありました。
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宮殿全体の模型図です。右手から奥の方に青く塗られているのがマルマラ海です。宮殿が、岬の先端に位置していることが分かります。
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この一角は、厨房施設があった場所です。いくつもの煙突が並んでいました。宮殿に働く4千人分の食事を、800人で作っていたようです。
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厨房施設跡は、現在は陶磁器資料館などに使われています。かつて、日本から輸出された有田焼、古伊万里等が、数多く展示されていました。
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幸福の門と呼ばれています。第2庭園から、その奥の第3庭園に通じる門です。その脇には、幹周りが巨大な樹木が生えていました。
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こちらの建物群がハーレム址です。ベヤズットの旧宮殿から、1588年に移されました。黒人の宦官が警備し、千人余りが住んでいたようです。
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