2005/09/28 - 2005/09/28
1051位(同エリア1147件中)
ソフィさん
金具屋には、全て源泉かけ流しの8つの内風呂があるが、湯の質も変化に富んでいる。
自館専用の源泉が4つ、地獄谷から渋温泉で共同で引いている源泉が1つ。
場所や源泉の深度により地層が異なるため、泉質も違ってくるのだ。
この豊富な湯と、泉質の多さは、金具屋と渋温泉の自慢と聞く。
例えば、金具屋第一ボーリングと第二ボーリングは、合計毎分125リットル自噴しており、泉温98℃という。
先ず男女に分かれて二つある「露天風呂」は、弱アルカリ性で無色透明、わずかに硫黄を含む。
成分が強いので一度に長湯しないようにとの、注意がある。
夜中の12時に男女が切り替わる「浪漫風呂」と「鎌倉風呂」。
戦前「泥の湯」と呼ばれたほど、やわらかい湯ざわりの「浪漫風呂」は、中性で黄色くにごり、鉄分が多い。
建久二年に征夷大将軍源頼朝が渋温泉を通ったという伝説にちなんで、鎌倉時代の建築様式でつくられた「鎌倉風呂」は弱酸性で透明だが、白い湯花が出てほんのり濁って見える。
そのほかに、無料で予約せずに自由に入ることが出来る貸切り風呂が、各階に分かれて五つある。
「美妙の湯」「恵和の湯」「子安の湯」「岩窟の湯」「和予の湯」。
“金具屋の料理は「不老」を目指します”というご馳走も、きのことか有機栽培の野菜を中心とした地元の食材をふんだんに使って、きめ細かな配慮が見える。
金具屋の先祖は、松代藩出入の鍛冶屋だった。
当館の前を通る道は、善光寺と草津を結ぶ草津街道であり、志賀高原の山越えの宿場町として栄えて、馬具の整備や蹄鉄を作っていた。
ところが宝暦四年(1754年)、裏山「神明山」が崩れ、渋はほぼ半分が土砂に埋まるという壊滅的な被害をうける。
その災害の復旧中に敷地内より温泉が湧出し、それを機に宝暦八年(1758)に宿屋となった。
前身が鍛冶屋であったため、当時の松代藩主から「金具屋」と命名されたということだ。
渋温泉では、84歳と自称されるおばあさんが経営するカフェ「信濃路」が印象的だった。
コーヒーの美味しさもさることながら、話し好きのおばあさんの老いを感じさせない元気さ。
いつも客のいないのを見計らって話相手にやってくる近所の友人は、96歳だそうな。
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