偏西風さんへのコメント一覧全20件
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やまだ君
こんにちは😊
ビールのCMのキャスティング、
まる子ちゃんが広瀬すずちゃんだたりして、
超豪華ですよね!
主要3名の他に4番手も登場してたような、いないような!? いい加減過ぎてすみません>.<
やまだ君、はっきり思い出せず、近々、見てみますね。やまだ君がCMに出たら、さぁ、どんなキャスティングでしょう(^^)
ぽちゃRe: やまだ君
ぽちゃさん、こんばんは。お便りありがとうございます。
(お名前を勝手にカタカナにしたりして失礼しました)
”主要3名の他に4番手も登場してたような、いないような!?”
今日テレビで見ましたよ。「ヒデじい」が登場しました。誰が演じているのか分かりません。あまりなじみのない顔でした。
ずっと前のことですが、ある年の暮れ、いつもと違って、「マッチ売りの少女」を踏まえたような特別編でした。
このお話では、ちびまる子ちゃんが貧しい女の子になって街をさまよいます。
お金持ちの花輪君はまる子ちゃんを相手にしません。
ここで山田君が登場。お人好しの、いつもはみんなに笑われるだけ?の山田君がとてもいい役を演じたのです。
これを見てから山田君のフアンになった次第です。
ぽちゃ子さんは応援に行きたい!と考えているのではないですか。
ぽちゃさんも、ポチャ父さんもたいへんですね。
偏西風
2026年05月19日00時32分 返信するRe: やまだ君
こんにちは😊
お返事、ありがとうございます!
マッチ売り編、見てみたかったです。
山田君、つめ跡、残しましたね!
ひきかえ、花輪君、残念でした。
さくらももこさんが、ご自身の出産~育児を書かれたご著書に、大変共感したことがあります。
生前、テレビの個々の作話にどれだけ関わられていたかはわかりませんが、原作者の人間観の温かさ、鋭さは通底しているのかなあと、偏西風さんのお話から感じました。
カタカナ表記、なんならアルファベットでも、なんでも大丈夫です!ご心配なく😊
いよいよ来月、開幕(≧▽≦)
はい、誰に似たのか、結構、てごわい娘ですが、今回ばかりは手綱をキュッと握らねば(^^)
ぽちゃ2026年05月19日13時27分 返信する -
市庁舎いろいろ
偏西風さんこんばんは。
なかなか面白い企画ですね。
拝見していたら、私もこの中のいくつの市庁舎を見たのか調べたくなりました。
調べたらいつかご報告しますね。
それにしても、偏西風さんすごい!
ドイツのいろんなところに行ってらっしゃいますね。
himmelRe: 市庁舎いろいろ
frau.himmelさん、こんばんは。お便りありがとうございます。
いえいえ、frau.himmel さんこそ、国内、国外を問わずいらっしゃっていますよ。それに丁寧に歩いて、見ていらっしゃる。
旅行記を拝見して、同じ所を歩いていてもずいぶん見落としていることがあるなあと気付かされることがしばしばです。
(さきほど気が付きましたが、アクセス数が110万を超えています。それだけ愛読者が大勢いらっしゃるということですね)
一緒に旅行できる方がいらっしゃるのはすてきなことです。
八十路に入って今月で4年目になりますが、友人はいても同じ時に、同じ土地、町に行ける友達というのは事実上いません。単身が多くなります。
それに家族の許可をもらうのがむずかしくなりました。でも、あと1回、できれば2回、ドイツ(語圏)に行きたいと思っています。
(つい愚痴っぽくなりました。ご容赦ください)
市庁舎についてのご報告、楽しみにしています。私もその2を書きたいと思っています。
偏西風
2026年05月11日00時51分 返信する -
内陸での魚漁の記念像、ドイツは魚好き?
偏西風さん、
今晩は。コメントするまで、勉強不足で纏めるのに大変遅くなりました。
まず、エアフルトのきれいに飾られた川はゲーラ川ですね。
他の方の旅行記にもこの写真がありました(私自身は見ておりませんけど)
さて、内陸の河川では、かつて川魚を捕った歴史があるので、Fishmarkt魚市場の名が残り、そこそこの町には、漁師たちが川網で魚をとる場面の像が見られますね。
いわゆる川魚、ニジマス( Regenbogenforelle)、サーモントラウト(Lachsforelle)、スズキ(Zander)、ウナギ(Aal)、コイ(Karpfen)を
捕ったのでしょうか。・・・・正直、川魚漁を見たことがありません。
ドイツのキリスト教家庭では、伝統的に金曜日には肉ではなく魚を食べるという習慣がありました。キリスト教では、金曜日はイエス・キリストが十字架にかけられた受難の日とされ、古くから「犠牲」や「節制」を表す日とされていて、特にカトリック圏では、肉(=喜びや贅沢の象徴)を避け、代わりに魚を食べる習慣が根付いてきたものだそうです。
我が家は私が肉好きなので、総じて肉ベースの食事ですが、家内は魚好きもあって、レストランでは魚料理を注文するのが普通でした。
初めてドイツに駐在した際、階下の敬虔なキリスト教徒の家庭では毎週金曜日に魚(何の魚だったか、記憶にないけど)を食べていたと、家内が言っています。
但し、現代はそれを忠実に守っている家庭は少ないだろうと云われています。
ご存じのように、ドイツは大陸国で、海に面しているのは上の方のほんの一部の州のみ(北海とバルト海)で、多くの州が内陸州ということもあり、その食生活は日本のように豊富で新鮮な海産物に恵まれているわけではありません。
一般のスーパーで売られている魚はほとんどが瓶詰め、冷凍食品です。
魚市場で売られている「新鮮な」はずの魚介類も、酢漬けが主で、種類も少なく、日本ではおなじみの魚たちは全くと云っていいほど見かけません。
生魚は、庶民にはなかなか手の出ない高級食材なのでしょう。
歴史的に、主に淡水魚(ニジマス、トラウト、コイ、ウナギ)を食べていたようですが、海水魚の方が美味であるとして、次第に海水魚が全土に広まっていったと云われています。
マス類、スズキは比較的食べやすいですが、ごっついウナギ、冬場に食べる鯉料理は、私共は苦手で敬遠するのが普通でした。
以下はご参考までに。少し資料が古いですが。
<ドイツ人は年間約14キロの魚を食べているそうです。>(2016年の統計・・・これが他の国に比べて、多いのかどうかわかりませんが)
第1位:Alaska Seelachs(スケトウダラ) 22.3%
料理方法はディープフライ、オリーブオイル焼き
第2位:Lachs(サケ) 17,1%
料理方法は生、燻製、オリーブオイル焼き
第3位: Hering(ニシン) 16,2%
料理方法はピクルス(Bismarck Hering)、クリーム漬け(Sahne Hering)
第4位: Thunfisch(マグロ) 13,0%
料理方法は生、ステーキ
第5位: Forelle(マス) 5,1%
料理方法は燻製、焼き魚
・・・だそうです。
それではまた。
jijidarumaRe: 内陸での魚漁の記念像、ドイツは魚好き?
jijidarumaさん、今晩は。いろいろご教示いただきありがとうございます。
エアフルトの、きれいな舟飾りのおかれた川はゲーラ川なのですね。
私はもっと大きな川を予想していました。
それに、浅そうで、とても漁をするような川に見えなかった。あそことは別の流れで漁をしていたのでしょうか。
魚市場があったわけですから、かなり多くの川魚が集められたはずです。それにしては小さな川に見え、これはゲーラ川だろうかと思った次第です。
「ニジマス」はドイツ語由来の名前なのでしょうか。英語ではなんというのでしょうか。
今見たら英語でもrainbow troutなのですね。英語由来なのかも知れませんね。
年間14キロ(2016年)ですか。(こんな統計があること自体驚きですが、料理方法まで調査対象になっているとはさらに驚きです)
案外多いと思いますが、現在はもっと増えているのでしょうね。
寿司を考えると、マグロは1位か2位を争っているのではないでしょうか。
どうもありがとうございます。2026年04月18日00時53分 返信する -
ディルスベルク城址のマントの壁
偏西風さん、
今晩は。いつもありがとうございます。
ネッカー川は穏やかな流れで、ドイツの川では好きですね。
観光船に乗る旅は楽しそうで、羨ましい。
さて、ディルスベルク城址に登られた由、あの妙な壁はマントの壁と
呼んでいるようです。
塔の66段の階段を上り、そこから防御壁に一本の橋が架かり、
16mの高さの壁はマントを広げたような形になっており、
“マントの壁”と呼ばれていた。
私は塔を上がったものの、壁にわたる橋が高くて高所恐怖症!
なので渡られず諦めました。家内はスイスイと渡って、ネッカーの
景観を楽しんでいました。
ここは現地の人は「Burgfeste Dilsbergディルスベルク要塞」と
称していました。12世紀後半、Graf von Lauffenラウフェン伯により、
ネッカー川の蛇行を見下ろす、標高333mという高さに冠をかぶせた
ような城塞都市が建設された。(俯瞰写真はなかなかのもの)
三十年戦争では、Tillyティリー将軍が率いる帝国軍(旧教派)は1621年
の秋にネッカーシュタイナッハを占領すると、1622年4月に対岸の
ディルスベルク城の包囲戦を行った。この戦いに持ちこたえたと云う。
この城には嬉しいことに伝説がありました。
≪伝説:Die Rose vom Dilsbergディルスベルクの薔薇≫
≪Festpiel :Die Rose von Dilsberg「ディルスベルクの薔薇」の祝祭劇≫
≪Die Sage :Die Bienen von Dilsberg 伝説・ディルスベルク城の蜂≫
それではまた。
jijidarumaRe: ディルスベルク城址のマントの壁
jijidarumaさん、今晩は。遅くなり失礼しました。
あの壁は「マントの壁」というのですか。知りませんでした。
「マントを広げたような形に」なっていたのですね。それも気が付きませんでしたよ。
私も高所恐怖症なのですが、手すりがしっかりしていて、おかげで無事渡ることができました。幸い天気が良く良い眺めを独占していました。
ティリー将軍の攻撃に耐えたことは何かで読んだ気がします。城壁の石は周辺の民家の修復に使われたそうで、いかにも荒城の趣がありました。
ディルスベルク薔薇や蜂の伝説はおもしろそうです。「薔薇」ではプリンセスが登場するのかな。城と「蜂」はどんな関係があるのでしょう。喜劇風なのでしょうか。
祝祭劇が上演されることがあるのでしょうか。ディルスベルク城に舞台が設置されるといいのですが、ちょっと無理かもしれませんね。
どうもありがとうございます。
偏西風
2026年03月27日01時22分 返信する -
レーゲンスブルクの端男(橋男)のこと
偏西風さん、
今晩は。
レーゲンスブルクは名前の通り、やはり4月の雨の日に行ったことがあり、川は増水して、なかなかの迫力でした。
この町の事を『この美しい町は二つの顔を持っている。一つは石、もう一つは水。ドナウ川から眺めてみると、この二つが一つに溶け合う。 (サンドラ・パレティ)』という言葉を思い出します。
石橋も往復していますが、アルバム写真を見ても何故か端男の写真がありません。あんな橋上の大きな像を見過ごしてしまったようです。多分、修繕の時期に入っていたのかもしれません。それで伝説好きなのに、情けない話、この男の伝説やら謂れも知らずにいました。
尚、Wikiでは、橋の中央部には、「橋の小人」 (Brückenmännchen) と呼ばれる石造の像が設置されている。この像は、橋の南側にあるレーゲンスブルク大聖堂 のほうを向いており、自由都市の権利の象徴であるとされている。一方、グリム兄弟 『ドイツ伝説集』第3巻、第34番「石の小人」(≫Das steinerne Männlein≪)(17世紀の写本から)は、橋の上に大小2体の石像があるが、小さい方は、ドナウ川の冷たい水を浴びてきたような裸の小人が手をかざして大聖堂を見つめ、いつあれは完成するのかと問いたげだ。大きい方は、闘鶏を描いているが、大聖堂建設の親方と橋の建設の親方の争いを表わしていると伝えている。・・・とありました。
今にして、気になってきました(苦笑)。
反省の弁とともに!
それではまた。
jijidarumaRe: レーゲンスブルクの端男(橋男)のこと
jijidarumaさん、今晩は、お便りありがとうございます。
即座にグリム兄弟の「ドイツ伝説集」を参照なさるところは、jijidarumaさんならではのことで、さすがと思いましたが、それ以上に「ドイツ伝説集」をお持ちであることには驚きました。「グリム童話集」なら分かりますが、「伝説集」をお持ちの方はそういらっしゃらないのではないでしょうか。
(かくいう私も持っていません)
レーゲンスブルクについては市の博物館で教えてもらったことがあります。
レーゲンスブルクの「レーゲン」は北からドナウ川に合流するレーゲン川のことでした。
ローマ時代、ここはローマ軍の宿営地だったそうで、Castra Reginaといって「レーゲン川の宿営地」の意味とのこと。
ドナウ川沿いにあるのだから、どうして「ドナウ川の宿営地」と言わないのかと尋ねましたら、ドナウ川沿いには、パッサウなどローマ軍の宿営地は複数あるので、「ドナウ川の宿営地」ではどこの宿営地のことか特定できない。そのため「レーゲン川の宿営地」にしたのでしょう、ということでした。
先代の橋男が博物館に保管されていることを知ってほっとしたことを覚えています。
どうもありがとうございました。
偏西風
2026年03月19日00時57分 返信する -
ドレスデンの聖母教会!
偏西風さん、
今晩は。
凄い写真を撮られましたね。歴史の証人です。
あの瓦礫の中から一つずつ取り上げて、教会を2005年10月に60年ぶりに
漸く再建したのですから、尋常な事ではなかったことでしょう。
写真を撮られた1996年は、私は大阪単身勤務中でした。
私が懐かしのドイツを訪れたのは16年後の2001年、ドレスデンは更に10年後の
2011年春に訪れ、再建なった聖母教会を見て驚いたものです。
当時の旅行記に教会が立派過ぎて「全体に印象は宗教施設と言うより、
コンサートホールのように思えた。」と書いています。
それではまた。
jijidaruma
Re: ドレスデンの聖母教会!
jijidarumaさん、今晩は。
たいへん遅くなり、失礼しました。
爆撃で聖母教会が崩壊し、がれきとなった石材を各所に
ずっと保管し続けてきたのはすごいと思いました。
木材ではないからこそできることとはいえ、再建への強い意志を
感じました。
再建のための寄付を募る小さな聖母教会の模型というか置物のような
物が売られていたので買いましたが、小さいためかどこに置いたか、
探しても見つかりません。
2011年に再建なった聖母教会をご覧になっているのですね。
堂々としているのですね。私も見てみたいものですが、その前に、行けるのかが問題です。
どうもありがとうございました。
偏西風2026年03月06日00時28分 返信する -
ヨハン・シュトラウス像
私は一昨年の夏、ウィーンに行き、ヨハン・シュトラウス像の前で写真を撮りましたが、その30年ちょっと前にもその像の前で写真を撮ったことを覚えています。当時の写真は手元にありませんが、前に立派な花壇などなかったように記憶しています。こちらの比較写真を見せていただいて、ああ、やっぱり私の記憶は正しかったのだ! と納得しました。Re: ヨハン・シュトラウス像
obachamaさん、今晩は、お便りありがとうございます。
初めてヨハン・シュトラウス像を見た時に黒かったものですから、てっきり黒だと思っていましたが、いつのまにか金色になり、そんなに派手にしなくていいのにと思ったものでした。
でも、もとは金色だった知って納得したのですが、私は黒のままの方が好きです。
リトアニアの列車ではひどい目にあいましたね。どんな仕組みになっているのかわかりませんが、お気の毒なことになってしまいました。
女の子たちが閉め方を教えてくれてから逃げてくれればよかったけれど、そんな余裕はなかったのでしょうね。
ヨーロッパにはよくいらっしゃるご様子。私はリトアニアに行ったことがありません。杉原記念館はぜひ訪問したいと思いながら、思うだけでいます。
続編を楽しみにしています。
2026年02月28日01時27分 返信する -
はじめまして & ありがとうございます!!!
偏西風様
はじめまして ぽちゃと申します。
拙い旅行記を見つけて頂きまして
投票までして頂き
ありがとうございます。
とても嬉しいです。
そして、大変お詳しい方だとわかり
そんな方に投票頂いて驚きました。
世の中にはこんなに究めている方がいるんだということが、まざまざとわかってきつつあります。
時間がいくらあっても足りないことも(^^)
失礼ながら、フォローさせて頂きました。
今後とも、よろしくお願い致します。
ぽちゃRe: はじめまして & ありがとうございます!!!
ぽちゃさん、今晩は、お便りありがとうございます。
また、フォローまでしていただき、ありがとうございます。
私はやそ路を歩いていることもあってか、まだ行ったことのない国、土地より行ったことのある土地や国をもう一度見ておきたいという気持ちが強いです。
サッカーの試合が終わった後の電車内等の喧騒はすさまじいですね。私は別の車両に逃げたことがあります。
それにしてもバイエルン・ミュンヘンのようなチームではなく、メンヒェングラートバッハの試合や練習風景にいらっしゃるとは意外です。
お好きな選手がいらっしゃるのかな。
アーヘンに私はまだ行ったことがありません。
Uバーンに乗ってわざわざ郊外のカフェにいらっしゃるとは、事前の下調べがあったからでしょうか。
私は行けるとすればまたドイツですが、ぽちゃさんは次はスペインなのですね。いつ頃でしょう。ぜひまた旅行記を読ませてください。
偏西風
2026年02月09日00時27分 返信するRe: はじめまして & ありがとうございます!!!
偏西風様
通知機能がわかっておらず、今になり、申し訳ありません。
お返事頂き、まことにありがとうございます!
2年前の旅の記憶がかなり断片的で、大部分を旅行中の日記と写真から、なんとか構成致しました。
ですが、仰るように、試合帰路の車内の賑やかさと、あとアーヘン大聖堂は、不思議と映像として頭に残っていて、偏西風様の「別の車両に逃げた」との体験を伺い、上手く言えませんが、自分の体験が倍に膨らんだようで、とても嬉しくなりました。
アーヘンは、実は、昨年、再訪致しました。(スペインに行きたかったのですが····· 今、昨年の記録をまとめております😊)
最初の衝撃が大きく、どうしてもまた味わいたく。結論としては、あの空気感はイースターミサの直後であったからだと思いました。人が発する「気」が満ちていたのだと思います。とても貴重な体験であったことが翌年わかった次第です😊
昨年も、メンヒェングラートバッハ(対ライプツィヒ)でした😊 理由は、娘が板倉選手(今年からオランダに移籍されました)の大ファンだからです。私はサッカーはうといのですが、娘はバイエルンやミュンヘンにも行きたいようです。郊外のカフェは、板倉選手が通っているからだそうです。「推し」の力は強いですね!
「行ったことのある土地や国をもう一度見ておきたい」というお気持になるのは、とても素敵なお年の重ねられ方ですね。その時々のご記憶が鮮やかだからでしょうか。
私共の旅行はドタバタで浅くて本当にお恥ずかしい限りです。
長くなり申し訳ありません。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
ぽちゃ2026年02月11日00時33分 返信するRe: はじめまして & ありがとうございます!!!
ぽちゃさん、今晩は、またのお便りありがとうございます。
「郊外のカフェ」は板倉選手が通っていたのですか。
「「推し」の力は強いですね!」本当にその通りだと思います。あのカフェに行きたいという気持ち、これはお嬢さんにとってなにものにも代えがたい旅への動機です。その人だけの、その人にしか分からないもの、そういうものを持っている人(お嬢さん)は幸せだと思いますよ。
旅行中は日記をつけていらっしゃるのですか。私は、忘れないだろう、と書いていませんが、だめです、覚えていませんね。
美術館ではなるべく写真に撮るようにしています。ストロボを使わなければ自由に撮っていいのでありがたいのですが、絵は撮りますが、画家の名や作品名を書いてある小さな札?を撮るのをさぼることがあります。でも後になると誰のなんという絵なのか分からなくてよく困ることがあります。
「最初の衝撃が大きく、どうしてもまた味わいたく。」いいですね。どんなだったのでしょう。すてきな、良いスペイン旅行をなさいましたよ。
今日は(昨日)は休日だったのですね。あまり区別がつかなくなっています。
偏西風
2026年02月12日01時03分 返信する -
シェーンブルク宮殿のネプチューン像
偏西風さん、
今晩は。
懐かしい、シェーンブルク宮殿、やはり一番上まで行って宮殿を下に眺めるのは気持ち良いものですね。動物園は時間を取るので、いつもスルーしていました。
さて、ネプチューン(ローマ神話)=ポセイドン(ギリシャ神話)だそうで、この辺の神々の事は難しいことです。日本の神話同様に分かりにくいですね。
ネプチューンが海、川、泉、井戸など水に関する守護神と知られ、
darumの好きな伝説:王女さまと吟遊詩人の恋(人魚姫となったお話・古城街道のネッカービショフスハイム城)に出て来るのは、川の神Neckariusネッカーリウス(ネッカー川の川神、支配者である彼には川魚、ザリガニ等々、水中の者どもは全て臣従している)つまりネプチューンと思われる神が出てきます。
ネプチューン像に絡んで書かれていた「・・馬。後ろ半分は魚」はネプチューンの従者!でもある海馬(かいば)の事でしょう・・・半馬半魚の架空の生物と云われています。
また、ネプチューンの息子トリートンは深淵よりの使者とされ、人間の上半身と魚の尾を持つ人魚のような姿で描かれるとのことです。
像の写真は海馬なのか、トリートンなのか分かりにくいですが、どちらも後は魚、若しくは人魚のようになっているはずです。
ちょっと気になって、コメントしました。
それではまた。
jijidaruma
Re: シェーンブルク宮殿のネプチューン像
jijidarumaさん、今晩は、遅くなり申し訳ありません。
「海馬」と「トリトーン」についてのご説明、ありがとうございます。
ネプチューン像にある前が馬、後ろが魚の像は海馬ということですね。
トリトーンは「人間の上半身と魚の尾」持っているのでしたら、
トリ—トーンではなくやはり海馬ですね。
でもトリトーンのお話を読んで、「海馬」を取り押さえている人物が気になってきました。「前が馬、後ろが魚」の像に気を取られていたことに今にして気が付きました。
この人物もよく見ておくべきでした。神話上の存在でも人間の姿をしていますが、この人物も後ろは魚だったのでしょうか。
そうだとすると、トリトーンが海馬を取り押さえている図になりますね。
私の写真では人物にみえますが、でもよく分かりません。
この人物もしっかり見て、撮っておくべきでした。
新しい旅行記でモーゼル川のSchleifeについて拝見しました。
写真で何度か見ていて一度行ってみたいと思っていた場所です。
(でも多分もう行く機会はないと思いますが)
写真でみたライン川のSchleifeはボッパルトで見ることができました。若いころの憧れの場所、景観でした。
遅くなりたいへん失礼いたしました。
2026年02月08日00時47分 返信する -
Hochwasser洪水・高潮
偏西風さん、
今日は。
大変珍しい旅行記・・・ドイツの河川の洪水の記録、こうして纏めるのは
珍しいので拝見しました。
中でも、ラウエンベルクの町で、”美しく青き”エルベ川も見ましたが、
エルベ川沿いのラウエンベルクの標は初めて見ました。
私も街中をを歩くときは、こうした標のある場所を撮ることもありますが、
さすがに纏めた事は無いですね。
ドイツの洪水の時期に旅をしていないので、そのすごさを体験していません。
ただ、若い頃に駐在したデュッセルドルフでライン川畔に面した住居に
住んだことがあり(といっても我が家は裏庭に面して、直には見えません)、
この辺りはラインも川幅は広く、さらに川岸と住居の間は段差のある広い草原、
畑があり、洪水に対して一種の防波堤になっていました。
それでも春先の増水で草原が水浸しになる光景は目にした事がありましたね。
何かでシュミット首相の功績を調べた時に、ハンブルクの高潮が出てきました。
北部は我々が思う洪水より、高潮の被害が多かったようで、ドイツ語の
Hochwasserは洪水、高潮の意味があるようです。
ツラツラ思い出しで、コメントさせて頂きました。
それではまた。
jijidaruma
Re: Hochwasser洪水・高潮
jijidarumaさん、今晩は。たいへん遅くなり、申し訳ありません。失礼いたしました。
お母様はずいぶんお若い時にお亡くなりになったのですね。どんなにか残念で、くやしかったことでしょう。今さらですがお悔やみ申し上げます。
ライン川畔にお住まいだったのですね。ライン川が増水するとどんな景観になるのでしょうか。ますます滔々と流れるのでしょうか。
ドイツでは断固氾濫を防ぐという考えはそれほど強くないようにみえます、ある程度受け入れるというか、そんな具合にみえますが、どうなのでしょう。
ハンブルクではむしろ高潮なのですか。もしかしたらラウエンブルクでのエルベ川の氾濫も、高潮の影響があるのかもしれませんね。
一度だけ家族でドイツ語圏に行ったことがあります。ただ、せっかくの機会、あちらこちら連れまわす旅行になってしまい、子どもたちはまだ幼かったこともあり、疲れるばかりだったようです。
これではいけない、今度はどこか一か所に落ち着いた、のんびりした旅行に連れて行かなければと思いながら実現しないままです。
たいへん遅くなり改めてお詫び申し上げます。
2025年12月30日01時10分 返信する


