馬場先門跡
名所・史跡
3.34
クチコミ・評判
1~20件(全48件中)
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「朝鮮馬場」の門
- 3.5
- 旅行時期:2023/06(約3年前)
- 0
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二重橋のオフィス街の近く
- 3.0
- 旅行時期:2023/04(約3年前)
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横長の芝生
- 2.0
- 旅行時期:2023/03(約3年前)
- 0
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説明文には江戸の地図も添えられていて、江戸時代のお堀が現在の東京のどの界隈にあたるのも、非常に分かりやすかったです。
- 5.0
- 旅行時期:2023/01(約3年前)
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看板があるのみ
- 3.5
- 旅行時期:2023/01(約3年前)
- 0
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案内板のみ
- 1.5
- 旅行時期:2022/12(約3年前)
- 0
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江戸城の雰囲気を感じられる場所
- 2.0
- 旅行時期:2022/07(約4年前)
- 0
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周辺が工事中でした。
- 3.5
- 旅行時期:2022/03(約4年前)
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直進で二重橋へ
- 3.0
- 旅行時期:2021/11(約4年前)
- 0
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馬場先門跡の解説板が馬場先交差点の北側にあります。不開の門の絵図が見られます。
- 3.5
- 旅行時期:2021/11(約4年前)
- 0
馬場先門跡の解説板が馬場先交差点の北側にあります。馬場先門が複郭の枡形門として完成した時点では、橋が架けられていないため、... 続きを読む通ることができなかったことから不開の門と呼ばれていたようです。
馬場先門跡の解説板を見ると、往年の馬場先門の絵図が見られます。
絵図には、乗馬姿の武士が、馬場の周りを駆け巡っている場面の横に、複郭式の桝形門として馬場先門が描かれています。
しかしながら、馬場先門と濠の間には、橋がかけられていないため、門は開く必要が無いという形態が判ります。
不開の門であった理由が良く解ります。
解説板によると、寛永年間に、3代将軍家光が朝鮮特使団の曲馬を、門内の馬場で見たことから朝鮮馬場と呼ばれていたようで、それが馬場先と呼ばれるようになったとのことです。
明暦大火で、馬場先門が焼失してしまい、再建されたようですが、道路建設の関係で、馬場先門跡の解説板での説明を見る現状になっています。
歴史というものは、摩訶不思議な一面を持っているようです。勉強になります。 閉じる投稿日:2021/11/07
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皇居への入り口の一つ
- 2.0
- 旅行時期:2021/09(約4年前)
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橋の上
- 3.0
- 旅行時期:2021/04(約5年前)
- 0
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今は大きな道路になっています。
- 3.0
- 旅行時期:2021/01(約5年前)
- 0
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日比谷通り沿いの交差点…
- 3.5
- 旅行時期:2020/12(約5年前)
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説明板も
- 3.5
- 旅行時期:2020/07(約6年前)
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地下鉄二重橋前駅近く
- 3.0
- 旅行時期:2020/04(約6年前)
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周囲にあるイチョウの並木の新緑がたいへんきれいでした。
- 3.5
- 旅行時期:2020/01(約6年前)
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挿絵付きの説明板が立ててあります
- 3.0
- 旅行時期:2019/09(約6年前)
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皇居外苑前 (東側) の濠に架かる馬場先門橋の南東 (日比谷通り) 側の植え込みに、挿絵付きの説明板が立ててあります。
... 続きを読む
その説明板を見ると、門の名の由来や築造と撤去された年などが記されているので、これらのことは分かります。
また、当時の馬場先門付近の挿絵なども載っているので、枡形形式の門で門前に橋がないことなども分かります。
が、ここで不思議なのは、なぜ門前に橋かなかったのかとか、その後何時架けられたのかなどに触れてないこととともに、説明板が立ててある箇所が、当時門があったところより大分前 (日比谷通り側) になっているのでは と感じます。
綺麗な説明板で挿絵もあり簡潔で分かり易いのは良いが、何か物足りなく感じるので門前の橋などについても記して欲しい と思います。 閉じる投稿日:2019/10/24
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門のイメージは湧きません
- 3.5
- 旅行時期:2019/03(約7年前)
- 0
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開かずの門
- 3.0
- 旅行時期:2018/12(約7年前)
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投稿写真
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