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神應寺

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神應寺 クチコミ・アクセス・周辺情報

八幡・城陽 観光 満足度ランキング 17位

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 貞観元年(859)、奈良大安寺の僧・行教が宇佐より八幡大神を男山に勧請し、その翌年の貞観2年(860)に八幡宮社殿が造営され、これに伴い神應寺も創建されたと伝わります。 八幡大神は第15代天皇として数えられる応神天皇が神格化された存在であり、応神天皇の位牌所として始め応神寺と称しましたが、天皇の諱(いみな)を憚って神應寺に改めたといいます。 本堂には、本尊の薬師三尊仏のほか、豊臣秀吉の子・秀頼からの寄進ともいわれる衣冠束帯の豊臣秀吉像や、国の重要文化財に指定されている行教律師の像も祀られています。 行教律師坐像は平安時代前期の作で、江戸時代まで石清水八幡宮三ノ鳥居近くにあった開山堂に安置されていたものが、明治元年(1868)からの明治政府による神仏分離令で廃仏毀釈のため取り除かれ、明治6年(1873)に神應寺本堂に移されました。 境内は春のシャガや初夏のアジサイなど季節の花のほか、紅葉の名所として知られており、春の青もみじに加え、秋には緑から黄、赤と徐々に色づく紅葉の美しいグラデーションが長い期間楽しめます。さらにはイギリスで改良された桜・アーコレードが、春と秋に花を咲かせるようになっており、紅葉と桜を同時に見ることもできます。 神應寺の谷の奥には「奥の院」があり、杉山谷不動尊には不動明王や市指定文化財である矜羯羅(こんがら)童子・制多迦童子像が祀られています。秘仏として大切に祀られてきた大聖不動明王は、古来より広く信仰を集めてきました。さらに奥には「ひきめの滝」があり、神仏に祈願する滝行が今も行われています。

ピックアップ クチコミ

  • 満足度の高いクチコミ

    淀君の茶室の石庭にあった石が展示されていました

    4.5

    • 旅行時期 2025/10
    • by hijunoさん

    平安時代のはじめに、行教律師が建立したお寺で、北政所も深く帰依し、徳川綱吉からも崇敬されたお寺です。 境内には、淀君の茶...  続きを読む室の石庭に使われていたという石が展示されていました。 とても静かな山の中にあり、石段を上ってあがっていきます。 伏見城の遺構を移築した書院の襖絵や杉戸絵もあり、11月下旬にある紅葉祭化開催される際には、公開されるようです。 本堂には豊臣秀頼寄進の秀吉像や行教律師の像もあり、同じく、紅葉祭の際に拝観できるようです。 奥のお墓には豪商の淀屋辰五郎のお墓もあるそうですが、関係者以外立ち入り禁止とあったので見学は控えました。   閉じる

  • 満足度の低いクチコミ

    八幡市最古の寺院

    2.5

    神應寺は貞観2年(860)、男山に石清水八幡宮を勧請した行教律師が、応神天皇の霊を祀るために創建しました。曹洞宗の寺院です...  続きを読む。古くは應神寺と称していましたが、後に天皇の号を冠することをはばかって、神應寺に改めたと言われています。 航海記念塔に行く途中に前を通りましたが、石清水八幡宮に行くから、また今度にしました。160段の石階段は上るには時間がなかったので、残念です。  閉じる

クチコミ・評判

3.33

(21件のクチコミ)
アクセス:
3.25
一の鳥居横から10分程登る by teratanichoさん
人混みの少なさ:
3.81
なので静かです。 by こまちゃんさん
バリアフリー:
2.55
バリアフリー対応は、最後の階段にだけリフトが有ります。 by こまちゃんさん
見ごたえ:
3.70
四季に応じて色々です by こまちゃんさん

1~19件(全21件中)

  • 曹洞宗

    • 4.0
    • 旅行時期:2023/04(約3年前)
    • 0

    男山のふもとにある曹洞宗で桜がきれいな時に行ったので景色が良かったです。古き木造の構造はとても立派にみえました。八幡宮とも...  続きを読むアクセスがいいのでその道中によってみることがおすすめです。周辺にも散策スポットもあります。  閉じる

    投稿日:2023/04/29

  • ケーブルを見上げる

    • 3.0
    • 旅行時期:2023/01(約3年前)
    • 0

     石清水八幡宮を祭る山の中腹にあるようなお寺だ。八幡信仰の対象である応神天皇を慰霊する寺院として創建されたが、天皇の名を寺...  続きを読む名に冠するのはおそれ多いと上下をひっくり返して現在の名となった。山門からの山道を行く参道が、結構シビアだ。ただ、本堂周辺は庭の手入れも行き届き、落ち着くお寺さんだ。豊臣家ゆかりで、秀吉らの関連の品々や淀君茶室の庭園の岩なども。帰途途中、ふっと見上げると、石清水ケーブルが走っていた。  閉じる

    投稿日:2023/01/31

  • 長い階段を登ってもみじも目立つ境内へ

    • 3.0
    • 旅行時期:2021/09(約4年前)
    • 0

    航海記念塔の近くに山門を見つけたので行ってみました。長い階段を登って辿り着いた境内は様々な樹木が整えられていてもみじも目立...  続きを読むっていたので紅葉の時期もまたきれいそうでした。奥の男山散策路を進むと鬱蒼とした木々が茂る谷間の上に石清水八幡宮参道ケーブルの鉄橋が見えてちょっとした山岳観光のような気分を味わえました。  閉じる

    投稿日:2022/02/13

  • 石清水八幡宮の麓にある由緒のあるお寺

    • 3.5
    • 旅行時期:2020/04(約6年前)
    • 0

    京阪石清水八幡宮から徒歩5分くらいです。最後は狭い急な階段があります。宇佐八幡からこの地に八幡宮を遷座した僧行教が同時期に...  続きを読む設けたお寺です。本堂には、明治初期の神仏分離により、石清水八幡宮の開山堂から遷された重要文化財の行教律師坐像が安置されています。周辺は多くのモミジが植えられて、春の青モミジや秋の紅葉は人がきれいです。  閉じる

    投稿日:2020/04/30

  • 石清水八幡宮を創建した行教律師の像が本堂に安置されている、曹洞宗の寺院、山号を糸杉山と称する、京阪電車石清水八幡宮駅下車、...  続きを読む石清水八幡宮の頓宮一ノ鳥居前を右折して100M右にある、創建時点の詳しい経緯が不明とされているが860年にはこの名称ではなかったが創建されていたとされる古刹、本尊は薬師如来、石清水八幡宮の麓であることから境内は深い森に包まれて深閑とした雰囲気が感じられた、  閉じる

    投稿日:2019/11/19

  • 小高い丘の上

    • 3.0
    • 旅行時期:2018/12(約7年前)
    • 0

    歴史がありそうなお寺で、山門が風情があり、昔ながらの田舎のお寺と言う雰囲気でした。山門を潜ると階段になっていて左側には赤い...  続きを読む手すりがあり左右は草が生えていました。少し登るのに一苦労しました。境内より、下の山門付近の雰囲気が情緒がありました。  閉じる

    投稿日:2019/01/29

  • 重要文化財を多数有するお寺です

    • 3.0
    • 旅行時期:2018/05(約8年前)
    • 0

    9世紀に「石清水八幡宮」を開いた行教律師によって開山されたお寺です。
    八幡市最古の寺院で、多くの重要文化財を有するという...  続きを読む事です。
    今回、石清水八幡宮参拝の前に足を運びました。
    外観的にはそれほどインパクトを感じませんでしたが、石清水八幡宮参拝の際に時間にゆとりがあれば、足を運ぶのも良いと思います。
      閉じる

    投稿日:2018/05/23

  • 石清水八幡宮男山北側山腹に位置する古刹

    • 4.0
    • 旅行時期:2017/03(約9年前)
    • 0

    石清水八幡宮一の鳥居と走り餅屋の間を行きだんだん登って行った男山ケーブルの下山腹にあります。石清水八幡宮創建に関係した行教...  続きを読むにより創建(859-877)されたと伝えられる曹同宗の寺院、山号は糸杉山で本尊は薬師如来。明治の廃仏毀釈以前は石清水八幡宮の神宮寺であった。この寺院の隣下の杉山不動尊とともに巡る価値はあります。  閉じる

    投稿日:2017/03/24

  • 八幡神男山に勧請し石清水八幡宮を創建した行教律師が、貞観2年(860年)に創建したお寺。
    弥生時代、第15代応神天皇(2...  続きを読む01-310)の位牌所として建てられた。

    当初は、四宗兼学(天台、真言、法相、律)の道場だった。
    その後、曹洞宗峩山派の禅寺となり、神応寺と改称した。
    寺名については、開祖・行教住坊の号によるものともいう。
    足利将軍家により、釈迦如来像が本尊として安置され、それまでの行教作という本尊不動像は、奥院(杉山不動、谷不動)に遷された。

    室町時代、慶長年間(1596-1615)、尾張の正眼寺(小牧市)の末寺となる。
    江戸時代、本尊は薬師如来像に変えられた。

    平安時代、奈良大安寺の僧行教(生没年不詳)は紀氏だった。
    行表に師事、三論宗、法相宗を学び、伝燈大法師位となる。
    859年、宇佐宮からの男山へ八幡大神を遷座し、石清水八幡宮を建立した。

    開山堂の木像行教律師坐像(重文)は、近代以前、神仏習合期の石清水八幡宮の開山堂に祀られていたものが遷された。
    神仏分離令(1868)後の廃仏毀釈により、1870年、石清水八幡宮の開山堂は神殿「継弓社」となった。その時、像の頭には、烏帽子が釘付けされていたという。  
     
    江戸時代の杉板絵六面、狩野山雪の障壁が描かれている。
    墓は、開祖行教や、山上には近代の航空機研究者二宮忠八(1866-1936)のがある。
    重文の行教律師座像、豊臣秀吉の衣冠束帯の像が安置されている。

    書院は伏見桃山城御殿の遺講で、襖や杉戸には狩野山雪筆による「竹に虎、御所車」などが描かれている。  閉じる

    投稿日:2016/11/23

  • 道は険しいけど良い散策となります!

    • 3.5
    • 旅行時期:2015/06(約11年前)
    • 0

    今日は石清水八幡宮(男山)付近を散策しています。参道を下山しました。さぁー「神應寺」への道は、一之鳥居の左手(放生川の逆)...  続きを読むを通って行きます。そして右の階段を登ってい見ます。急な坂道です、覚悟がいりますよ。ここまできたら、もったいないのでこの先の「大聖不動明王」まで行かれても良いと思います。良い汗かきます。夜は険しいのでやめましょう。  閉じる

    投稿日:2015/06/26

  • 八幡市駅から近い、石清水八幡宮一の鳥居手前の道標に従って入っていくと、狭い道の途中に山門があり男山の山腹に建つ神應寺 (ジ...  続きを読むンノウジ)までの石段が続いています。山門脇には「奥に参詣者専用駐車場があります」との親切な案内板もあるのですが、道幅が狭く、石垣を抱き込んだ直角カーブも狭く、駐車場の区割りも小さいので、余程の車で無い限り外の駐車場に止めることを強くお勧めします。
      閉じる

    投稿日:2014/11/19

  • あまりに長い石段を登って

    • 3.5
    • 旅行時期:2014/09(約11年前)
    • 0

    神應寺は、男山の北側山腹。石清水八幡宮の下院から参道があるのですが、かなり急で長い石段を登らないといけないので、ちょっと腰...  続きを読むが引けました。
    寺は、貞観年間(859-877年)の創建。明治の神仏分離以前は、石清水八幡宮の神宮寺だったそうです。境内や建物はいたって普通の感じ。あまりに長い石段を登って、それなりに期待していたのですが、拍子抜けだったかもしれません。  閉じる

    投稿日:2014/09/26

  • 緑が多くて、静かで自然を感じられるお寺さん

    • 4.0
    • 旅行時期:2014/08(約11年前)
    • 0

    「神應寺」は、京阪電車の八幡市駅から南へ歩いて5分ほど、清水八幡宮一ノ鳥居の横の谷川沿いの細い道を行ったところにあります。...  続きを読む
    山門から急な階段を登ると正面に本堂があります。境内には江戸時代の豪商・淀屋辰五郎や日本で初めて飛行機を考案・製作した二宮忠八の墓があります。
    境内や周辺は緑が多くて、静かで自然を感じられるお寺さんでした。

      閉じる

    投稿日:2014/08/04

  • 血天井は、残念ながら見れず。

    • 3.5
    • 旅行時期:2013/01(約13年前)
    • 0

    石清水八幡宮の近くにある神應寺(じんのうじ)。
    ここには血天井があるらしいんだけど、残念ながら見れず。
    血天井…主に日...  続きを読む本の戦国時代の武将が戦いで絶命した際の血痕が付いた建物の床板・縁板を、供養などのため天井に張り替えたもの
    血が天井にまで飛んだわけじゃないんだ……。


    お寺の奥に行く道からはロープウェイが見えた。  閉じる

    投稿日:2015/05/17

  • 石清水八幡宮一の鳥居右の谷川沿い右手に神應寺の山門がある。
    貞観2年(860年)、石清水八幡宮を勧請した行教律師が応神...  続きを読む天皇の霊を奉安して建立した寺で後に「神應寺」と改めた。はじめは四衆兼学の道場であったが、現在は曹洞宗に属している。文禄年間(1592-1596)、征韓の役にあって豊臣秀吉は、石清水八幡宮に詣で、軍の先鋒にと八幡宮の神官を望んだが、神社側は恐れて命に服さなかった。秀吉は機嫌を損ねたが、神應寺の住僧の機転により、征韓の首途にはまず応神天皇の御寺に参詣すべきことを進言したので秀吉は機嫌を直し、寺領200石を寄進したという。
    山門から急な階段を登ると正面に本堂が見える。堂内には本尊薬師如来、日光・月光像、秀吉の位冠束帯の像があり、さらに特異な風貌を現した木造行教律師座像 (重要文化財)が安置されている。書院は伏見城の遺構と伝えられ、上段の間に違い棚を設け、金具には菊花・太閤桐、襖戸杉戸には狩野山雪の筆による「竹に虎」「御所車(重要文化財)」が描かれている。 本堂西側の小高い墓地には、江戸時代の豪商、淀屋辰五郎が眠っている。
    京阪八幡市駅から南へ徒歩3分に神應寺の山門がある
      閉じる

    投稿日:2012/09/08

  • 石清水八幡宮のすぐ近くにあります

    • 3.0
    • 旅行時期:2012/06(約14年前)
    • 0

    石清水八幡宮一の鳥居右の谷川沿いにいくと、右手に神應寺があります。創建の詳細は分かっていないようですが、860年に石清水八...  続きを読む幡宮を創建した行教が建立したことが始まりのようです。広くて緑が多く自然を感じられるお寺でした。参道の階段は登るのがなかなか大変でしたが。また駐車場があるのですが、駐車場に行く道が非常に細いので大きな車だと通れません。  閉じる

    投稿日:2012/06/05

  • 曹洞宗峩山派の禅寺・神應寺

    • 5.0
    • 旅行時期:2012/01(約14年前)
    • 0

    八幡神男山に勧請し石清水八幡宮を創建した行教律師が、貞観2年(860年)に創建したお寺。
    弥生時代、第15代應神天皇(2...  続きを読む01-310)の位牌所として建てられた。

    当初は、四宗兼学(天台、真言、法相、律)の道場だった。
    その後、曹洞宗峩山派の禅寺となり、神応寺と改称した。
    寺名については、開祖・行教住坊の号によるものともいう。
    足利将軍家により、釈迦如来像が本尊として安置され、それまでの行教作という本尊不動像は、奥院(杉山不動、谷不動)に遷された。

    室町時代、慶長年間(1596-1615)、尾張の正眼寺(小牧市)の末寺となる。
    江戸時代、本尊は薬師如来像に変えられた。

    平安時代、奈良大安寺の僧行教(生没年不詳)は紀氏だった。
    行表に師事、三論宗、法相宗を学び、伝燈大法師位となる。
    859年、宇佐宮からの男山へ八幡大神を遷座し、石清水八幡宮を建立した。

    開山堂の木像行教律師坐像(重文)は、近代以前、神仏習合期の石清水八幡宮の開山堂に祀られていたものが遷された。
    神仏分離令(1868)後の廃仏毀釈により、1870年、石清水八幡宮の開山堂は神殿「継弓社」となった。その時、像の頭には、烏帽子が釘付けされていたという。  
     
    江戸時代の杉板絵六面、狩野山雪の障壁が描かれている。
    墓は、開祖行教や、山上には近代の航空機研究者二宮忠八(1866-1936)のがある。
    重文の行教律師座像、豊臣秀吉の衣冠束帯の像が安置されている。

    書院は伏見桃山城御殿の遺講で、襖や杉戸には狩野山雪筆による「竹に虎、御所車」などが描かれている。


    京都ガイド頁「http://everkyoto.web.fc2.com/」より。


    ご本堂参拝には予約が必要です。
    所 在 地:八幡市八幡高坊
    電話番号:075-981-2109
    アクセス:八幡市駅から南へ徒歩3分
      閉じる

    投稿日:2012/01/18

  • 紅葉、桜の名所神應寺(じんのうじ)

    • 4.0
    • 旅行時期:2011/12(約14年前)
    • 2

    神應寺(じんのうじ)山門は石清水八幡宮一の鳥居右の道沿いにある。860年、石清水八幡宮を勧請した行教建立の寺ではじめは「應...  続きを読む神寺」といったが天皇の号をはばかり「神應寺」と改めたそうだ。
    神應寺周辺も紅葉、桜の名所だ。

    京阪八幡市駅から徒歩5分、石段を上る。
      閉じる

    投稿日:2013/03/12

  • 京都・八幡市の神応寺(2008年11月)

    • 4.0
    • 旅行時期:2008/11(約17年前)
    • 0

    神応寺(しんのうじ)は、八幡市の曹洞宗寺院で860年、行教(ぎょうきょう、生没年未詳)律師によって創建されたと伝えられてい...  続きを読むる。
    書院は伏見桃山城の遺講で襖や杉戸には狩野山雪筆による「竹に虎、御所車」などが描かれ、重要文化財の行教律師座像、豊臣秀吉の衣冠束帯像が安置されている。江戸時代の豪商淀屋辰五郎(よどやたつごろう1684−1717年)や日本で初めて飛行機を研究開発した二宮忠八(にのみやちゅうはち1866−1936年)の墓がある。京阪八幡駅から徒歩15分。


    関連旅行記―http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10292020/
    (写真は神応寺)
      閉じる

    投稿日:2008/12/22

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基本情報(地図・住所・アクセス)

施設名
神應寺
住所
  • 京都府八幡市八幡高坊24
アクセス
京阪電車石清水八幡宮駅 徒歩 5分
カテゴリ
  1. 観光・遊ぶ
  2. 寺・神社・教会

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