八幡・城陽旅行記(ブログ) 一覧に戻る
石清水八幡宮の続きです。<br /><br />行きはロープウェイで楽チンに、帰りは、表参道を通って歩いて帰りました。<br />麓に着くと、相槌神社や高良神社、頓宮とまわり、走井餅のお店で休憩しました。<br />お餅は山上で買っていたので、ここではかき氷や冷たい善哉を食べて一息つきました。<br />そこから、神應寺へ行きました。淀君の茶室の石庭にあったといわれる石がありました。北政所や徳川綱吉も深く帰依し、本堂には豊臣秀頼が寄進したといわれる豊臣秀吉像が祀られているそうです。<br />江戸時代の豪商の淀屋辰五郎のお墓もあると聞きましたが、お墓には関係者以外立ち入り禁止のようで、入れませんでした。<br /><br />神應寺の山門のそばには、巨大な五輪塔もありました。<br />鎌倉時代のもので、高さは6m、中世以前の五輪塔では最大級のものだそうです。<br />刻銘がないので、不明なところが多いらしいです。<br />あまりの大きさに驚いてしまいました。<br /><br />近隣にはまだまだたくさんの遺蹟もあって、またゆっくり歩いてみたいです♪♪<br /><br />

京都さんぽ  歴史と自然の神社 石清水八幡宮とその周辺を歩きます♪♪(後)

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2025/09/28 - 2025/09/28

76位(同エリア848件中)

2

56

hijuno

hijunoさん

この旅行記のスケジュール

この旅行記スケジュールを元に

石清水八幡宮の続きです。

行きはロープウェイで楽チンに、帰りは、表参道を通って歩いて帰りました。
麓に着くと、相槌神社や高良神社、頓宮とまわり、走井餅のお店で休憩しました。
お餅は山上で買っていたので、ここではかき氷や冷たい善哉を食べて一息つきました。
そこから、神應寺へ行きました。淀君の茶室の石庭にあったといわれる石がありました。北政所や徳川綱吉も深く帰依し、本堂には豊臣秀頼が寄進したといわれる豊臣秀吉像が祀られているそうです。
江戸時代の豪商の淀屋辰五郎のお墓もあると聞きましたが、お墓には関係者以外立ち入り禁止のようで、入れませんでした。

神應寺の山門のそばには、巨大な五輪塔もありました。
鎌倉時代のもので、高さは6m、中世以前の五輪塔では最大級のものだそうです。
刻銘がないので、不明なところが多いらしいです。
あまりの大きさに驚いてしまいました。

近隣にはまだまだたくさんの遺蹟もあって、またゆっくり歩いてみたいです♪♪

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
グルメ
4.5
同行者
家族旅行
交通手段
私鉄 自家用車 徒歩
  • 石清水八幡宮旅行記の続きです。<br />石清水八幡宮の表参道を降りてきますと、麓に小さなお社がありました。

    石清水八幡宮旅行記の続きです。
    石清水八幡宮の表参道を降りてきますと、麓に小さなお社がありました。

  • 相槌神社です。<br /><br />八幡五水として知られた井戸の山ノ井のそばに建てられています。<br /><br />説明によると、平安時代の有名な刀鍛冶 大原五郎太夫安綱が山ノ井の水を使って刀を鋳造した際に、神が「相槌をなす」と、交互に槌を打ったことから、神を祀るようになったとありました。<br /><br />その刀が源氏一族に伝わり、江戸時代には、相槌稲荷社と呼ばれるようになったようです。<br /><br /><br /><br /><br /><br />

    相槌神社です。

    八幡五水として知られた井戸の山ノ井のそばに建てられています。

    説明によると、平安時代の有名な刀鍛冶 大原五郎太夫安綱が山ノ井の水を使って刀を鋳造した際に、神が「相槌をなす」と、交互に槌を打ったことから、神を祀るようになったとありました。

    その刀が源氏一族に伝わり、江戸時代には、相槌稲荷社と呼ばれるようになったようです。





  • 隣に小さな稲荷社。

    隣に小さな稲荷社。

  • 山の井の小さな石碑がありました。<br /><br />今も湧水が豊富だそうです。

    山の井の小さな石碑がありました。

    今も湧水が豊富だそうです。

  • 井戸は右のほうに見えるところでしょうか。。<br />大切に地元の方に保存されているようでした。

    井戸は右のほうに見えるところでしょうか。。
    大切に地元の方に保存されているようでした。

  • 近くに、泰勝寺があります。

    近くに、泰勝寺があります。

  • お寺の前に松花堂旧跡の石碑があります。<br /><br />ここには江戸時代の文化人、僧侶でもあった松花堂昭乗のお墓や昭乗の茶室「閑雲軒」を模して造られた茶室もあるそうですが、現在は非公開です。<br /><br />

    お寺の前に松花堂旧跡の石碑があります。

    ここには江戸時代の文化人、僧侶でもあった松花堂昭乗のお墓や昭乗の茶室「閑雲軒」を模して造られた茶室もあるそうですが、現在は非公開です。

  • 頓宮を目指して歩きます。<br /><br />もうすぐ10月というのに、日中は30度の暑さ。(-_-;)<br />秋ではないんですか~と叫びたくなりました。<br /><br />

    頓宮を目指して歩きます。

    もうすぐ10月というのに、日中は30度の暑さ。(-_-;)
    秋ではないんですか~と叫びたくなりました。

  • 街道もあったところなんですね~<br />にぎわっていたと思われます。

    街道もあったところなんですね~
    にぎわっていたと思われます。

  • 川にかかる、優雅な橋が目に入ってきました。

    イチオシ

    川にかかる、優雅な橋が目に入ってきました。

  • 安居橋とあります。<br />風情のある風景でした。

    安居橋とあります。
    風情のある風景でした。

    安居橋 名所・史跡

    アーチの形をした橋、たいこ橋と呼ばれています♪ by hijunoさん
  • 放生川にかかる橋。<br /><br />江戸時代には平橋のようでしたが、鳥羽伏見の戦いで焼失したあと、以前からあった「高橋」という、反り橋をイメージして造られたようです。<br /><br />いまは、石清水祭の際の放生神事が行われています。

    放生川にかかる橋。

    江戸時代には平橋のようでしたが、鳥羽伏見の戦いで焼失したあと、以前からあった「高橋」という、反り橋をイメージして造られたようです。

    いまは、石清水祭の際の放生神事が行われています。

  • 美しい橋でした~

    美しい橋でした~

  • 川と反対側へ。二ノ鳥居が見えます。ここからも、石清水八幡宮に参拝できるんですね

    川と反対側へ。二ノ鳥居が見えます。ここからも、石清水八幡宮に参拝できるんですね

  • 源氏と石清水八幡宮は深いつながりがあります。<br /><br />源氏の祖先 源義家は石清水八幡宮で元服し、「八幡太郎義家」と名乗り、<br />八幡大神を崇拝してきました。<br />鶴岡八幡宮も石清水八幡宮を勧請して造られたそうです。<br /><br />頼朝は1195年に北条政子と息子の頼家、娘の大姫とともに石清水八幡宮に参拝しています。<br />そのとき、鎌倉から松の苗木を6本持参、山麓の二ノ鳥居の手前に植えたそうです。<br /><br />その後、松は徐々に減っていき、残っていません。<br />残念ですね~<br />現在の松は二代目の松です。<br /><br /><br />

    源氏と石清水八幡宮は深いつながりがあります。

    源氏の祖先 源義家は石清水八幡宮で元服し、「八幡太郎義家」と名乗り、
    八幡大神を崇拝してきました。
    鶴岡八幡宮も石清水八幡宮を勧請して造られたそうです。

    頼朝は1195年に北条政子と息子の頼家、娘の大姫とともに石清水八幡宮に参拝しています。
    そのとき、鎌倉から松の苗木を6本持参、山麓の二ノ鳥居の手前に植えたそうです。

    その後、松は徐々に減っていき、残っていません。
    残念ですね~
    現在の松は二代目の松です。


  • 頓宮を行く途中、神社がありました。<br />高良神社です。

    頓宮を行く途中、神社がありました。
    高良神社です。

    高良神社 寺・神社・教会

    徒然草にも登場する神社です by hijunoさん
  • 駒札がありました。<br /><br />石清水八幡宮の麓にある頓宮の横に、861年、行教律師の建立した神社があります。<br />鳥羽伏見の戦いで焼失したそうですが、1882年に再建されています。<br /><br />石清水八幡宮が皇室や武士などの信仰を集めてきたことに対して、<br />こちらの高良神社は一般の地域の住民の信仰を集めてきたようです。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />

    駒札がありました。

    石清水八幡宮の麓にある頓宮の横に、861年、行教律師の建立した神社があります。
    鳥羽伏見の戦いで焼失したそうですが、1882年に再建されています。

    石清水八幡宮が皇室や武士などの信仰を集めてきたことに対して、
    こちらの高良神社は一般の地域の住民の信仰を集めてきたようです。






  • 今はこじんまりと、静かでひっそりとたたずんでいる神社ですが、<br />徒然草の中のお話に出てくるところを読むと、当時は頓宮とともにとても栄えていた神社だったことがわかります。<br /><br /><br />徒然草の中のお話は、仁和寺の和尚が石清水八幡宮詣でに出かけ、麓の頓宮とこちらの高良神社に詣でて帰ってしまったことで、皆が山頂を目指して登っていくのを不思議に思いつつも、頓宮と高良神社が石清水八幡宮と思って石清水八幡宮には参拝せずに帰ってしまったお話。<br /><br />当時は頓宮には極楽寺というお寺もあり、石清水八幡宮とまちがえるくらい<br />きらびらやかな壮大な頓宮だったことが想像できます。

    今はこじんまりと、静かでひっそりとたたずんでいる神社ですが、
    徒然草の中のお話に出てくるところを読むと、当時は頓宮とともにとても栄えていた神社だったことがわかります。


    徒然草の中のお話は、仁和寺の和尚が石清水八幡宮詣でに出かけ、麓の頓宮とこちらの高良神社に詣でて帰ってしまったことで、皆が山頂を目指して登っていくのを不思議に思いつつも、頓宮と高良神社が石清水八幡宮と思って石清水八幡宮には参拝せずに帰ってしまったお話。

    当時は頓宮には極楽寺というお寺もあり、石清水八幡宮とまちがえるくらい
    きらびらやかな壮大な頓宮だったことが想像できます。

  • その頓宮がこちらです。<br />頓宮とは仮の宮の意味。<br />毎年9月15日に行われる「勅祭石清水祭」が行われます。<br /><br />石清水八幡宮の頓宮です。<br /><br />頓宮では祭事が行われる場所で、神輿の待機所、御旅所に当たる場所です。<br /><br />1868年鳥羽伏見の戦いで焼失しますが、その後、男山四十八坊の一つの岩本坊の神殿を移築し、1815年になり現在の社殿に再建されたそうです。<br /><br />南門は山上の南総門だった門を1939年に移築しました。<br /><br /><br /><br /><br />

    その頓宮がこちらです。
    頓宮とは仮の宮の意味。
    毎年9月15日に行われる「勅祭石清水祭」が行われます。

    石清水八幡宮の頓宮です。

    頓宮では祭事が行われる場所で、神輿の待機所、御旅所に当たる場所です。

    1868年鳥羽伏見の戦いで焼失しますが、その後、男山四十八坊の一つの岩本坊の神殿を移築し、1815年になり現在の社殿に再建されたそうです。

    南門は山上の南総門だった門を1939年に移築しました。




    石清水八幡宮頓宮 寺・神社・教会

  • 門をくぐると、広い敷地。

    門をくぐると、広い敷地。

  • 美しい回廊がずらりと囲んでいます。<br />静かで、厳かな雰囲気です。

    イチオシ

    美しい回廊がずらりと囲んでいます。
    静かで、厳かな雰囲気です。

  • 本殿も凛としています。

    本殿も凛としています。

  • ここはかつて、極楽寺というお寺もあったそうで、創建当時、とても華やかだったことが想像できます。<br /><br />極楽寺は883年に石清水八幡宮の初代別当の安宗が建立しています。<br />麓の中心施設だったそうです。<br /><br />ここも、徒然草に登場します。<br />鳥羽伏見の戦いでこちらのお寺も焼失しています。<br /><br />

    ここはかつて、極楽寺というお寺もあったそうで、創建当時、とても華やかだったことが想像できます。

    極楽寺は883年に石清水八幡宮の初代別当の安宗が建立しています。
    麓の中心施設だったそうです。

    ここも、徒然草に登場します。
    鳥羽伏見の戦いでこちらのお寺も焼失しています。

  • 美しい門があって、くぐって、外へ。

    美しい門があって、くぐって、外へ。

  • 筒井という石碑のある井戸らしきものがあります。<br /><br />以前、男山には5つの井戸があって、この筒井という井戸もその一つです。現在は使われていないようです。<br /><br /><br />

    筒井という石碑のある井戸らしきものがあります。

    以前、男山には5つの井戸があって、この筒井という井戸もその一つです。現在は使われていないようです。


  • 放池があります。

    放池があります。

  • 絶滅危惧種の植物もあるようです。

    絶滅危惧種の植物もあるようです。

  • とても静かでした。

    とても静かでした。

  • 一ノ鳥居。<br />扁額の八幡宮の字は、平安時代の書の三蹟のひとり 藤原幸成の書を<br />寛永の三筆といわれる松花堂昭乗が書写したものです。<br /><br />八の字は神の使いの双鳩になっていました。

    イチオシ

    一ノ鳥居。
    扁額の八幡宮の字は、平安時代の書の三蹟のひとり 藤原幸成の書を
    寛永の三筆といわれる松花堂昭乗が書写したものです。

    八の字は神の使いの双鳩になっていました。

  • 一ノ鳥居のそばには、詳しい地図や説明板があります。

    一ノ鳥居のそばには、詳しい地図や説明板があります。

  • 一ノ鳥居のそばに、走井餅のお店がありました。

    一ノ鳥居のそばに、走井餅のお店がありました。

  • 石清水八幡宮の名物といわれている走井餅のお店、歴史があります。<br /><br />創業は1764年、もともとは大津でお店は開かれていたそうです。<br />走井という湧水を使っていたそうで、走井餅という名前になり、<br />明治時代になって、八幡の石清水に受け継がれたそう。<br /><br />お餅の長い形は、刀鍛冶からきていて、刀の形をしているとのことでした。<br />知りませんでした。。

    石清水八幡宮の名物といわれている走井餅のお店、歴史があります。

    創業は1764年、もともとは大津でお店は開かれていたそうです。
    走井という湧水を使っていたそうで、走井餅という名前になり、
    明治時代になって、八幡の石清水に受け継がれたそう。

    お餅の長い形は、刀鍛冶からきていて、刀の形をしているとのことでした。
    知りませんでした。。

    走井餅老舗 グルメ・レストラン

    石清水八幡宮の麓にあるお店です by hijunoさん
  • 店内でも、走井餅などのお土産を買えます♪

    店内でも、走井餅などのお土産を買えます♪

  • 汗びっしょりになっていたまご1号は早速抹茶白玉かき氷を注文。<br /><br />ちょっと高すぎて、食べにくくて、、、しかも、白玉落ちていた、、、<br />余りの高さに、スプーンで食べにくく、かじってました。。笑<br /><br /><br />美味しかったから良いですが。。

    イチオシ

    汗びっしょりになっていたまご1号は早速抹茶白玉かき氷を注文。

    ちょっと高すぎて、食べにくくて、、、しかも、白玉落ちていた、、、
    余りの高さに、スプーンで食べにくく、かじってました。。笑


    美味しかったから良いですが。。

  • われわれ年寄りは冷たい白玉ぜんざいをいただきました♪

    イチオシ

    われわれ年寄りは冷たい白玉ぜんざいをいただきました♪

  • メニュー。<br />食事もありましたよ。

    メニュー。
    食事もありましたよ。

  • ちらり、しょうがの氷、たべたみたかったなぁ~<br />冷やしあめ的なもの?

    ちらり、しょうがの氷、たべたみたかったなぁ~
    冷やしあめ的なもの?

  • 駅の方に向かいましたが、少し時間がはやいので、もう少し観光することにしました。<br /><br />高野山へつながる街道があったようですが、<br />周辺沢山の見どころがあります。<br /><br />少しずつ回ってみたな。。。<br /><br />

    駅の方に向かいましたが、少し時間がはやいので、もう少し観光することにしました。

    高野山へつながる街道があったようですが、
    周辺沢山の見どころがあります。

    少しずつ回ってみたな。。。

  • 頓宮近くにお寺などがあることを聞いて、行ってみます。<br />神應寺です。

    頓宮近くにお寺などがあることを聞いて、行ってみます。
    神應寺です。

  • 山門がみえてきました。<br />

    山門がみえてきました。

  • ふと、近くに大きな五輪塔が目に入ります。<br /><br />高さは6mもあって、日本最大級の石塔だそうです。<br />「航海記念塔」とも呼ばれています。<br /><br />刻銘がないので、不明な点が多い五輪塔だそうです。<br /><br />一説によると、日宋貿易の商人が航海途中嵐にあって、石清水八幡宮に祈願したところ、無事に帰国することができたことに感謝して石塔を建立したといいます。<br />そこから「航海記念塔」といわれるようになったようです。<br /><br />また別の説もあって、石清水八幡宮を創始した行教のお墓、中国に渡ろうとした船の遭難の人々を弔うために造られた、和田氏の滅亡や源実朝暗殺や上級の乱で亡くなった人々を弔うため、、、など、数多くの説はあるようです。

    ふと、近くに大きな五輪塔が目に入ります。

    高さは6mもあって、日本最大級の石塔だそうです。
    「航海記念塔」とも呼ばれています。

    刻銘がないので、不明な点が多い五輪塔だそうです。

    一説によると、日宋貿易の商人が航海途中嵐にあって、石清水八幡宮に祈願したところ、無事に帰国することができたことに感謝して石塔を建立したといいます。
    そこから「航海記念塔」といわれるようになったようです。

    また別の説もあって、石清水八幡宮を創始した行教のお墓、中国に渡ろうとした船の遭難の人々を弔うために造られた、和田氏の滅亡や源実朝暗殺や上級の乱で亡くなった人々を弔うため、、、など、数多くの説はあるようです。

    五輪塔(航海記念塔) 名所・史跡

    刻銘がなく、不明な点が多い、巨大な鎌倉時代の五輪塔です by hijunoさん
  • 写真がよくなくて、その大きさを伝えることができません。。(-_-;)

    写真がよくなくて、その大きさを伝えることができません。。(-_-;)

  • 神應寺へ向かいます。<br /><br />山門。

    神應寺へ向かいます。

    山門。

  • 説明板があります。<br /><br />860年に石清水八幡宮を勧請した行教律師によって、応神天皇の霊を祭るために建立されています。<br />

    説明板があります。

    860年に石清水八幡宮を勧請した行教律師によって、応神天皇の霊を祭るために建立されています。

  • 石段が続いています。。。くらくらっ。。<br />まご1号は走ってのぼっていました。。

    石段が続いています。。。くらくらっ。。
    まご1号は走ってのぼっていました。。

  • 結構、急です。

    結構、急です。

  • 入ってすぐに、淀君の茶室の石庭に使われていた石がありました。<br /><br />そういえば、北政所も深く帰依していたそうで、豊臣家とも、また徳川家も崇敬していたお寺だそうです。<br />こちらのお寺も権力者たちとの結び付きが深いお寺です。<br /><br />

    イチオシ

    地図を見る

    入ってすぐに、淀君の茶室の石庭に使われていた石がありました。

    そういえば、北政所も深く帰依していたそうで、豊臣家とも、また徳川家も崇敬していたお寺だそうです。
    こちらのお寺も権力者たちとの結び付きが深いお寺です。

    神應寺 寺・神社・教会

    淀君の茶室の石庭にあった石が展示されていました by hijunoさん
  • 書院は伏見城の遺構を移築、襖絵や杉戸絵は狩野山雪によるものだそうです。<br />紅葉の時期がとくに美しく、本堂や書院が開放される、紅葉祭が11月下旬に行われるそう。<br /><br />その際には、豊臣秀頼が奉納した豊臣秀吉像や、行教律師像なども拝観できるそうです。

    書院は伏見城の遺構を移築、襖絵や杉戸絵は狩野山雪によるものだそうです。
    紅葉の時期がとくに美しく、本堂や書院が開放される、紅葉祭が11月下旬に行われるそう。

    その際には、豊臣秀頼が奉納した豊臣秀吉像や、行教律師像なども拝観できるそうです。

  • こちらのお寺も歴史のあるお寺です。<br /><br />奥のほうに、豪商の淀屋辰五郎のお墓もあるそうですが、<br />関係者以外立ち入り禁止の看板もあり、そちらは行きませんでした。

    こちらのお寺も歴史のあるお寺です。

    奥のほうに、豪商の淀屋辰五郎のお墓もあるそうですが、
    関係者以外立ち入り禁止の看板もあり、そちらは行きませんでした。

  • 帰り道、美味しい町中華のお店を教えてもらって立ち寄ります。<br />遅いランチ♪♪<br /><br />最近、町中華にはまっています^^

    帰り道、美味しい町中華のお店を教えてもらって立ち寄ります。
    遅いランチ♪♪

    最近、町中華にはまっています^^

  • お店の中、、

    お店の中、、

  • イカの天ぷら、

    イカの天ぷら、

  • エビマヨ。

    エビマヨ。

  • 天津飯。

    天津飯。

  • ちゃんぽん。<br /><br />三人でシェアしました。<br />食後にコーヒーがサービス。<br />まご1号にはヤクルトをいただきました♪<br /><br />お菓子もいただいて、おなかいっぱい。<br /><br /><br /><br /><br />

    ちゃんぽん。

    三人でシェアしました。
    食後にコーヒーがサービス。
    まご1号にはヤクルトをいただきました♪

    お菓子もいただいて、おなかいっぱい。




  • 帰り道、立ち寄った駅のもより市というお店で、お土産を買いました♪<br /><br />どっしり粒あんの入ったどら焼きと大きなみたらしだんご、手作りクッキー<br />どれもとても美味しかったです♪♪<br /><br /><br />最後までお付き合いいただいて、ありがとうございます^^

    帰り道、立ち寄った駅のもより市というお店で、お土産を買いました♪

    どっしり粒あんの入ったどら焼きと大きなみたらしだんご、手作りクッキー
    どれもとても美味しかったです♪♪


    最後までお付き合いいただいて、ありがとうございます^^

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この旅行記へのコメント (2)

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  • sukecoさん 2025/10/06 09:41:49
    情緒あふれるー♪
    hijunoさん、おはようございます!

    やっと秋になるーって思っていると、30℃なんて数字が(;´д`)トホホ
    先日まで北海道に行っていましたが、北海道も変わらず暑く、半袖で歩き回ってきました!
    今週は台風に注意。。。
    まだまだ気が抜けないですね(>_<)アワアワ

    街道からの光景は、とても情緒あふれる眺めですね。
    橋と街並み、素敵です♪
    石清水八幡宮の頓宮、とても立派ですねー
    石清水八幡宮と間違えてしまうの、わかります(*´∀`)アハハ
    広い敷地に美しい回廊。
    お孫さんも一緒に散策されたのですよねー
    凄いなぁ~
    子供の頃から色々な経験をすることは、素敵なことですよね♪
    そして、石段もサクサク駆け上がれる若さ(笑)
    羨ましい(^^)
    あのめちゃくちゃ大きなかき氷は喜ばれたでしょうね♪
    かぶりついちゃうのわかるー(*´艸`*)ウフフ
    暑い中の散策で、和菓子やクッキーをゲット♪
    これであーっという間に疲労回復(笑)

    今週は台風が・・・。
    気を付けて過ごしましょうね!

     sukeco

    hijuno

    hijunoさん からの返信 2025/10/06 11:05:16
    また、夏バテしそうです。。笑
    sukecoさん

    おはようございます。
    お便りも、いつもありがとうございます^^

    そうそう、また台風ですよね。
    最近の気候からは、台風は、あっという間に発生するらしく、あれ、いつのまに、、というのが多いように思えます。被害がないとよいです。
    昼間は夏のようです。太陽にクラクラしそうです。(-_-;)

    石清水八幡宮付近、歴史あふれる場所でした。
    孫を連れていきましたが、彼は、全然歴史には興味なく、川や池で魚を見つけたり、虫を見つけて騒いでいました。(笑)


    あのかき氷はちょっと食べにくくて、味わえないまんま、こぼさないように気をつけて
    味がよくわかりませんでした。笑
    小豆がたっぷり入っていて美味しかったのですが。。。

    お餅も月見団子もとても美味しかったです♪
    やはり、甘いものに救われます♪♪


    北海道に行かれたのですね~♪♪
    またまた羨ましい!!
    あちらも、気候が温暖化なのですね。もう、すっかり寒い時期だと思ってました。
    また、旅行のお話、楽しみにしています♪


    sukecoさんも、季節の変わり目、ご自愛くださいね^^


    hijuno






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