千葉市旅行記(ブログ) 一覧に戻る
念願の千葉刑務所矯正展を見終え<br />車を移動させて軽くランチ。<br />その後 さほど遠くない 場所の建物見物へ。<br /><br />行き先は「稲毛」<br />おじさん家族が住んでいた時期 よく遊びに行った懐かしい場所。<br />記憶に残る稲毛はほとんど残っていませんでしたが、<br />子供だった私には知らなかった稲毛を知る機会となりました。

懐かしの地で建物見物 子供の私が知らなかった稲毛

6いいね!

2026/10/18 - 2026/10/18

-位(同エリア1440件中)

旅行記グループ 建物見物千葉県1

0

66

まりも母

まりも母さん

念願の千葉刑務所矯正展を見終え
車を移動させて軽くランチ。
その後 さほど遠くない 場所の建物見物へ。

行き先は「稲毛」
おじさん家族が住んでいた時期 よく遊びに行った懐かしい場所。
記憶に残る稲毛はほとんど残っていませんでしたが、
子供だった私には知らなかった稲毛を知る機会となりました。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
同行者
カップル・夫婦
交通手段
自家用車 徒歩
  • つい先日 友人に「千葉へ旅行に行くついでに稲毛の洋館を見に行く」と聞きました。<br />稲毛の洋館??そうだ、あったよね。別荘の洋館。<br />それを思い出し 千葉刑務所の後で私も行ってみようと。<br />最初に向かったのは その洋館のある<br />「千葉市民ギャラリー・いなげ」<br />国道14号沿いに駐車場も数台分ありました。

    つい先日 友人に「千葉へ旅行に行くついでに稲毛の洋館を見に行く」と聞きました。
    稲毛の洋館??そうだ、あったよね。別荘の洋館。
    それを思い出し 千葉刑務所の後で私も行ってみようと。
    最初に向かったのは その洋館のある
    「千葉市民ギャラリー・いなげ」
    国道14号沿いに駐車場も数台分ありました。

  • 国道のレベルから 階段をあがり進むと門が。<br />市民ギャラリーの建物が見えました。<br />ここは千葉市民の作品などを展示するスペース。<br />この日も 書道や絵画が展示されていました。<br />

    国道のレベルから 階段をあがり進むと門が。
    市民ギャラリーの建物が見えました。
    ここは千葉市民の作品などを展示するスペース。
    この日も 書道や絵画が展示されていました。

  • ギャラリーの建物の右へ表示があり 見えたのはこの建物景色<br />旧神谷伝兵衛稲毛別荘 大正7年(1918)設計者不明 <br />鉄筋コンクリート造 地上2階地下1階<br />国指定登録有形文化財<br />千葉市に現存する最古のRC建築。<br />神谷伝兵衛は日本初の本格的ワイン醸造所 牛久シャトーを造った方。

    ギャラリーの建物の右へ表示があり 見えたのはこの建物景色
    旧神谷伝兵衛稲毛別荘 大正7年(1918)設計者不明
    鉄筋コンクリート造 地上2階地下1階
    国指定登録有形文化財
    千葉市に現存する最古のRC建築。
    神谷伝兵衛は日本初の本格的ワイン醸造所 牛久シャトーを造った方。

  • アーケードバルコニーのアーチが並ぶ素敵なテラスが印象的な建物<br />木立に囲まれて 別荘らしさも感じます。<br />階段手前のソテツは 南国や海辺の雰囲気

    アーケードバルコニーのアーチが並ぶ素敵なテラスが印象的な建物
    木立に囲まれて 別荘らしさも感じます。
    階段手前のソテツは 南国や海辺の雰囲気

  • バルコニー床はタイル張り。<br />ブラウンのタイルが市松貼りで。縁取りの飾りタイルも。<br />イギリス製のタイルだそう。

    バルコニー床はタイル張り。
    ブラウンのタイルが市松貼りで。縁取りの飾りタイルも。
    イギリス製のタイルだそう。

  • 外壁もバルコニー内壁もタイル張り<br />このバルコニーなんとなく既視感があります。

    外壁もバルコニー内壁もタイル張り
    このバルコニーなんとなく既視感があります。

  • 靴を脱ぎ スリッパに履き替えて中に入ります。<br />見学は無料で、特に受付もありませんでした。<br /><br />ドアはガラスのはまった内開きと外開きの木製のもう一枚。<br />この外側の扉は雨戸のようなものでしょう。<br />同じ板戸が バルコニーに面した掃き出し窓にもついていました。<br />玄関っぽさが無いのは<br />この建物 建築当初 他に和館があり そちらに玄関がちゃんとあったからです。<br />和館は昭和39年(1964)に取り壊されいます。<br />(その跡地に現在の市民ギャラリーが建てられる。当初は社員寮だった)

    靴を脱ぎ スリッパに履き替えて中に入ります。
    見学は無料で、特に受付もありませんでした。

    ドアはガラスのはまった内開きと外開きの木製のもう一枚。
    この外側の扉は雨戸のようなものでしょう。
    同じ板戸が バルコニーに面した掃き出し窓にもついていました。
    玄関っぽさが無いのは
    この建物 建築当初 他に和館があり そちらに玄関がちゃんとあったからです。
    和館は昭和39年(1964)に取り壊されいます。
    (その跡地に現在の市民ギャラリーが建てられる。当初は社員寮だった)

  • 扉の中は階段の見えるホール。<br />カーブした素敵な階段が見えました。

    扉の中は階段の見えるホール。
    カーブした素敵な階段が見えました。

  • ホールの天井が素敵です。<br />漆喰塗りの持ち送りやモールディングはRC造な訳ですから、<br />装飾に付けられただけのものですね。<br />

    ホールの天井が素敵です。
    漆喰塗りの持ち送りやモールディングはRC造な訳ですから、
    装飾に付けられただけのものですね。

  • ホール天井のシャンデリア。<br />こちらにはメダリオンがあります。<br />メダリオン内のレリーフは葡萄。<br />当然 ワイン王神谷伝兵衛別荘ですもんね。

    ホール天井のシャンデリア。
    こちらにはメダリオンがあります。
    メダリオン内のレリーフは葡萄。
    当然 ワイン王神谷伝兵衛別荘ですもんね。

  • まずは1階のホール隣のお部屋へ<br />広い洋間です。<br />こちらの天井には特に飾りはありませんね。

    まずは1階のホール隣のお部屋へ
    広い洋間です。
    こちらの天井には特に飾りはありませんね。

  • 観音開きの窓からバルコニーへ出られるようになっています。

    観音開きの窓からバルコニーへ出られるようになっています。

  • この部屋にはマントルピース。<br />おや~このマントルピースも既視感がありますなぁ。<br />彫刻のある大理石にタイルも張られた美しいマントルピースは<br />三井倶楽部や旧島津公爵邸を思い出すんですよ・・・。<br />

    この部屋にはマントルピース。
    おや~このマントルピースも既視感がありますなぁ。
    彫刻のある大理石にタイルも張られた美しいマントルピースは
    三井倶楽部や旧島津公爵邸を思い出すんですよ・・・。

  • 床はヘリンボーン張りで縁も寄木張り。<br />これも やはり~ジョサイア・コンドル先生を彷彿としちゃうんですよね~。

    床はヘリンボーン張りで縁も寄木張り。
    これも やはり~ジョサイア・コンドル先生を彷彿としちゃうんですよね~。

  • バルコニーへ開かれた掃き出し窓からの眺め。<br />松の木が多く見えます。<br />かつては この高台の下に海岸線が広がっていたはず。<br />この景色の向こうからは波の音が聞こえたかも。

    バルコニーへ開かれた掃き出し窓からの眺め。
    松の木が多く見えます。
    かつては この高台の下に海岸線が広がっていたはず。
    この景色の向こうからは波の音が聞こえたかも。

  • ホールに戻ります。<br />階段下 ロープで立入が制限された扉の先に 地下へ続く階段が見えました。<br />地下にはワインセラーがあったとも言われているそう。<br />階段をあがり 2階へ行きます。

    ホールに戻ります。
    階段下 ロープで立入が制限された扉の先に 地下へ続く階段が見えました。
    地下にはワインセラーがあったとも言われているそう。
    階段をあがり 2階へ行きます。

  • 階段室には美しいシャンデリアが下がっていました。<br /><br />この建物は 大正6年(1917)に和館が建てられ、<br />一年後に別棟の洋館が出来ました。<br />戦後 進駐軍に接収された時期もあり<br />昭和39年(1964)には神谷家から所有者が川島豊治さんに移ります<br />(川島さんは 伝兵衛の時代から別荘管理をされていた方の子孫)<br />昭和45年(1970)に和館は解体。<br />洋館も住居用に改修がされました。<br />昭和30年後半以降は様々な会社に使われた事もあったようです。 <br />昭和57年(1982)洋館の維持が難しくなった為 <br />昭和59年(1984)に千葉市に寄贈されました。<br />平成元年~2年には洋館大規模修復工事<br />このような時代の遍歴を見ると<br />照明器具は建築当初の古い物がそのまま残っているのかは不明です。<br />復元したとしてもそれっぽいアンティーク品を利用した感じです。<br />

    階段室には美しいシャンデリアが下がっていました。

    この建物は 大正6年(1917)に和館が建てられ、
    一年後に別棟の洋館が出来ました。
    戦後 進駐軍に接収された時期もあり
    昭和39年(1964)には神谷家から所有者が川島豊治さんに移ります
    (川島さんは 伝兵衛の時代から別荘管理をされていた方の子孫)
    昭和45年(1970)に和館は解体。
    洋館も住居用に改修がされました。
    昭和30年後半以降は様々な会社に使われた事もあったようです。
    昭和57年(1982)洋館の維持が難しくなった為
    昭和59年(1984)に千葉市に寄贈されました。
    平成元年~2年には洋館大規模修復工事
    このような時代の遍歴を見ると
    照明器具は建築当初の古い物がそのまま残っているのかは不明です。
    復元したとしてもそれっぽいアンティーク品を利用した感じです。

  • 階段をあがると びっくりな眺め。<br />見えるお部屋は襖のある和室でした!<br />正面と左にも畳敷きの部屋があります。

    階段をあがると びっくりな眺め。
    見えるお部屋は襖のある和室でした!
    正面と左にも畳敷きの部屋があります。

  • 左の広そうな部屋へ。<br />12畳の大床のついたりっぱな和室でした。<br />パッと見だけで、いままで見たことが無いような意匠が数々・・・。

    左の広そうな部屋へ。
    12畳の大床のついたりっぱな和室でした。
    パッと見だけで、いままで見たことが無いような意匠が数々・・・。

  • まず 床の間の床柱にびっくり!<br />これは葡萄の大木を使った床柱。<br />付け書院もある 格式高い 数寄屋風ではあります。<br />狆潜りなんてサイズじゃないアーチ型の開口も

    まず 床の間の床柱にびっくり!
    これは葡萄の大木を使った床柱。
    付け書院もある 格式高い 数寄屋風ではあります。
    狆潜りなんてサイズじゃないアーチ型の開口も

  • 床の間の天井を覗くと 網代編みながら細工が細かい。<br />柳行李のように編まれた天井でした。<br />(床柱の上部に謎の太い短い柱っぽいのも見えましたが・・・)

    床の間の天井を覗くと 網代編みながら細工が細かい。
    柳行李のように編まれた天井でした。
    (床柱の上部に謎の太い短い柱っぽいのも見えましたが・・・)

  • そして 天井も!<br />一応 折り上げ格天井と言って良いのか?<br />竹で組まれた格天井は よく見ると煤竹が使われています。<br />この竹組みの天井意匠は、葡萄の床柱と相成って<br />葡萄棚を表現しているそうです。<br />さすがのワイン王。こういうアイデアは 設計者ではなく、神谷伝兵衛翁の案?

    そして 天井も!
    一応 折り上げ格天井と言って良いのか?
    竹で組まれた格天井は よく見ると煤竹が使われています。
    この竹組みの天井意匠は、葡萄の床柱と相成って
    葡萄棚を表現しているそうです。
    さすがのワイン王。こういうアイデアは 設計者ではなく、神谷伝兵衛翁の案?

  • 壁に開けられた木瓜窓は枠が漆塗りだったと思う。<br />しかも一枚板からのくり抜き。<br />そして その脇の障子の木枠は 唐木の鉄刀木でした。<br />あちこちに贅沢な材や仕上げが施されています。<br />ここは接客の間であったのでしょうねぇ。

    壁に開けられた木瓜窓は枠が漆塗りだったと思う。
    しかも一枚板からのくり抜き。
    そして その脇の障子の木枠は 唐木の鉄刀木でした。
    あちこちに贅沢な材や仕上げが施されています。
    ここは接客の間であったのでしょうねぇ。

  • 付け書院 組子の障子枠に<br />下には蒔絵細工が。

    付け書院 組子の障子枠に
    下には蒔絵細工が。

  • 細工の細かい蒔絵 <br />これは廊下側のもの。障子は開かれていて 左右2枚は異なる図柄でした。

    細工の細かい蒔絵
    これは廊下側のもの。障子は開かれていて 左右2枚は異なる図柄でした。

  • 同じく 付け書院の透かし柄 葡萄とトンボ、それに一匹の蜂も。<br />葡萄は言わずもがな トンボと蜂は伝兵衛翁の<br />牛久葡萄酒、蜂印香竄葡萄酒のトレードマーク

    同じく 付け書院の透かし柄 葡萄とトンボ、それに一匹の蜂も。
    葡萄は言わずもがな トンボと蜂は伝兵衛翁の
    牛久葡萄酒、蜂印香竄葡萄酒のトレードマーク

  • 隣の8畳の和室へ。<br />左に見える部屋が格天井の12畳和室<br />右に見えるのは畳敷きの廊下になる部分です。<br />廊下と言うより 和のサンルーム的な感じに思いました。<br />パンフレットの平面図では「広縁」となっています。

    隣の8畳の和室へ。
    左に見える部屋が格天井の12畳和室
    右に見えるのは畳敷きの廊下になる部分です。
    廊下と言うより 和のサンルーム的な感じに思いました。
    パンフレットの平面図では「広縁」となっています。

  • 8畳間の欄間は雁の透かし彫り。<br />一枚板から彫り出す細かい細工 <br />首と翼の重なった所など ほそーいラインの彫り出し。<br />ここが切れちゃったらオシマイって言う超絶技巧。<br />そんな透かし彫り欄間が何枚も。

    8畳間の欄間は雁の透かし彫り。
    一枚板から彫り出す細かい細工
    首と翼の重なった所など ほそーいラインの彫り出し。
    ここが切れちゃったらオシマイって言う超絶技巧。
    そんな透かし彫り欄間が何枚も。

  • 天井の雪洞型の照明器具も古そう。<br />これはオリジナルっぽく見えます。<br />やっぱりシャンデリアもオリジナルなのかな?<br />大正7年(1918)築のこの建物 建築当初から電気の供給はあったのでしょうか

    天井の雪洞型の照明器具も古そう。
    これはオリジナルっぽく見えます。
    やっぱりシャンデリアもオリジナルなのかな?
    大正7年(1918)築のこの建物 建築当初から電気の供給はあったのでしょうか

  • 広縁の障子の先には観音開きのガラス戸。<br />外から見えた2階の窓になります。<br />まさか、この窓の中が和室仕様だとは思いませんでしたねぇ。<br />窓の高さは和室に座った時違和感無い高さ。<br />窓の外にある低いバルコニー風の壁は<br />1階の 並んだアーチ壁の上部になります。<br />この窓から かつては海が見えた事でしょう。

    広縁の障子の先には観音開きのガラス戸。
    外から見えた2階の窓になります。
    まさか、この窓の中が和室仕様だとは思いませんでしたねぇ。
    窓の高さは和室に座った時違和感無い高さ。
    窓の外にある低いバルコニー風の壁は
    1階の 並んだアーチ壁の上部になります。
    この窓から かつては海が見えた事でしょう。

  • 広縁には 豪華な掛込み天井とその先にはアルコーブの出窓。

    広縁には 豪華な掛込み天井とその先にはアルコーブの出窓。

  • 畳敷きの広縁は左へ曲がっても続きます。<br />和室と広縁の欄間は 下地窓風の竹組みに 縄ではなく葡萄の蔓。<br />ここにも ワイン王ならではの意匠が。

    畳敷きの広縁は左へ曲がっても続きます。
    和室と広縁の欄間は 下地窓風の竹組みに 縄ではなく葡萄の蔓。
    ここにも ワイン王ならではの意匠が。

  • 2階には和室2間と広縁の他 2部屋ありました。<br />階段をあがった西側の方に。<br />今はどちらも 見学者用の資料展示室のようになっています。<br />小さいお部屋がこちら。<br />上げ下げ窓が2枚並んだ洋風な部屋。<br />上部の換気窓はロープで外へ開くようになっています。

    2階には和室2間と広縁の他 2部屋ありました。
    階段をあがった西側の方に。
    今はどちらも 見学者用の資料展示室のようになっています。
    小さいお部屋がこちら。
    上げ下げ窓が2枚並んだ洋風な部屋。
    上部の換気窓はロープで外へ開くようになっています。

  • 南西の部屋は丸窓のある 屋根勾配がそのままの小部屋。<br />居室には思えないので、<br />なにに使われたお部屋であったのか?

    南西の部屋は丸窓のある 屋根勾配がそのままの小部屋。
    居室には思えないので、
    なにに使われたお部屋であったのか?

  • パネル展示されていた かつての神谷別荘全ての配置図<br />かなり広い敷地だったのですね。<br />植栽の種類も書かれ 松が多い事が判ります。<br />やはり海沿いの高台な事もあり 松多めと言う事でしょうか。<br /><br />千葉県最初の海水浴場が稲毛にできたのが明治21年(1888)<br />明治32年(1899)に総武鉄道の稲毛駅ができ<br />大正10年(1921)には京成電鉄も開通し 稲毛は海水浴や潮干狩りのできる<br />観光避暑地に発展したのです。

    パネル展示されていた かつての神谷別荘全ての配置図
    かなり広い敷地だったのですね。
    植栽の種類も書かれ 松が多い事が判ります。
    やはり海沿いの高台な事もあり 松多めと言う事でしょうか。

    千葉県最初の海水浴場が稲毛にできたのが明治21年(1888)
    明治32年(1899)に総武鉄道の稲毛駅ができ
    大正10年(1921)には京成電鉄も開通し 稲毛は海水浴や潮干狩りのできる
    観光避暑地に発展したのです。

  • 2階を見終え 階段室を上から覗きます。<br />洋館鑑賞のお約束の図<br /><br />見た目洋館の2階に和室がある事 バルコニー、マントルピースの意匠<br />床の張り方などなど<br />設計者不明な建物ですが、ジョサイア・コンドルの影響を感じる部分が多かったです。<br />旧古河邸が大正6年(1917)竣工と言う事から 同時期にコンドルが?とは<br />ちょっと違う気がするものの<br />弟子関連の仕事だった可能性も感じます。<br />牛久シャトーは岡田時太郎設計(辰野金吾の弟子)とか?<br />牛久シャトーにも外観からは判らないがっつりの和室がありましたなぁ。 <br />いつか、設計者が誰だったのか?解明されるかもしれませんね。

    2階を見終え 階段室を上から覗きます。
    洋館鑑賞のお約束の図

    見た目洋館の2階に和室がある事 バルコニー、マントルピースの意匠
    床の張り方などなど
    設計者不明な建物ですが、ジョサイア・コンドルの影響を感じる部分が多かったです。
    旧古河邸が大正6年(1917)竣工と言う事から 同時期にコンドルが?とは
    ちょっと違う気がするものの
    弟子関連の仕事だった可能性も感じます。
    牛久シャトーは岡田時太郎設計(辰野金吾の弟子)とか?
    牛久シャトーにも外観からは判らないがっつりの和室がありましたなぁ。
    いつか、設計者が誰だったのか?解明されるかもしれませんね。

  • 「市民ギャラリーラリー・いなげ」を出て <br />稲毛浅間神社の方へ歩きます。<br /><br />私が小学生だった頃 おじさんの家族が稲毛の団地に住んでいました。<br />夏休みや春休み その団地に泊まりに行き いとこと遊ぶのが楽しみでした。<br />当時の稲毛は 第一次の埋め立てが終わり 既に海岸線は400m沖に移動していました。<br />たしか、第二次の埋め立てが行われている頃で<br />行く度に 海岸線が遠のいて 様子が変わって行く時代でした。<br />浅間神社の周りも記憶とは全く結びつかず・・・。

    「市民ギャラリーラリー・いなげ」を出て
    稲毛浅間神社の方へ歩きます。

    私が小学生だった頃 おじさんの家族が稲毛の団地に住んでいました。
    夏休みや春休み その団地に泊まりに行き いとこと遊ぶのが楽しみでした。
    当時の稲毛は 第一次の埋め立てが終わり 既に海岸線は400m沖に移動していました。
    たしか、第二次の埋め立てが行われている頃で
    行く度に 海岸線が遠のいて 様子が変わって行く時代でした。
    浅間神社の周りも記憶とは全く結びつかず・・・。

  • 神社のわき道を少し入ると次の目的地<br />「千葉市ゆかりの家・いなげ」<br />愛新覚羅溥傑仮寓 <br />ラストエンペラー 溥儀の実弟 溥傑夫婦が<br />昭和12年(1937)新婚時代を過ごした家が残っています。<br />元は実業家の別荘として建てられたものだそう。<br />大正末期から神田の水飴商鈴木氏の所有に<br />昭和29年(1954)より武見氏所有 後平成8年(1996)千葉市へ寄贈

    神社のわき道を少し入ると次の目的地
    「千葉市ゆかりの家・いなげ」
    愛新覚羅溥傑仮寓
    ラストエンペラー 溥儀の実弟 溥傑夫婦が
    昭和12年(1937)新婚時代を過ごした家が残っています。
    元は実業家の別荘として建てられたものだそう。
    大正末期から神田の水飴商鈴木氏の所有に
    昭和29年(1954)より武見氏所有 後平成8年(1996)千葉市へ寄贈

  • 道路から導入路の坂を上がった先にこじんまりした玄関の和館。<br />大正2年(1913)建築と推定されています。

    道路から導入路の坂を上がった先にこじんまりした玄関の和館。
    大正2年(1913)建築と推定されています。

  • 玄関前から更に先へ続くのは庭への小径。<br />神社の脇 社の杜に囲われるような場所にこの建物はありました。

    玄関前から更に先へ続くのは庭への小径。
    神社の脇 社の杜に囲われるような場所にこの建物はありました。

  • 玄関を入ると畳敷きの次の間や廊下が目に入ります。<br />ここで靴を脱ぎ中を見学できます。(見学無料)

    玄関を入ると畳敷きの次の間や廊下が目に入ります。
    ここで靴を脱ぎ中を見学できます。(見学無料)

  • 壁には 昭和12年(1937)当時のお二人の写真

    壁には 昭和12年(1937)当時のお二人の写真

  • 8畳と10畳 2間続きの和室がありました。<br />組子細工や透かし彫りの欄間が 外観以上に豪華な印象。

    8畳と10畳 2間続きの和室がありました。
    組子細工や透かし彫りの欄間が 外観以上に豪華な印象。

  • 縁側との間の亀甲組子欄間には漆塗りの枠 <br />縁側の方に結霜ガラスがはまっています。

    縁側との間の亀甲組子欄間には漆塗りの枠
    縁側の方に結霜ガラスがはまっています。

  • 先程の神谷伝兵衛別荘同様 <br />こちらにも細工の細かい透かし彫り欄間がありました。<br />枠は黒漆塗り。

    先程の神谷伝兵衛別荘同様 
    こちらにも細工の細かい透かし彫り欄間がありました。
    枠は黒漆塗り。

  • 天井は格天井。<br />格天井の枠は几帳面の面取り。<br />これらの豪華な仕上げは 溥傑夫妻が住まわれる際に<br />格をあげる目的で改装されたとも考えられるそうです。

    天井は格天井。
    格天井の枠は几帳面の面取り。
    これらの豪華な仕上げは 溥傑夫妻が住まわれる際に
    格をあげる目的で改装されたとも考えられるそうです。

  • 床の間には数々の書が飾られ、展示されていました。<br />溥傑自身の書だそう。

    床の間には数々の書が飾られ、展示されていました。
    溥傑自身の書だそう。

  • 縁側廊下の端に手洗い場 その右にトイレがあります。<br />雨戸を引き出す為の小さな引き戸も見えました。

    縁側廊下の端に手洗い場 その右にトイレがあります。
    雨戸を引き出す為の小さな引き戸も見えました。

  • 縁側は庭に面してぐるりと続いています。<br />縁側越しに 広い庭が望める造りとなっているのです。

    縁側は庭に面してぐるりと続いています。
    縁側越しに 広い庭が望める造りとなっているのです。

  • 竹製の小さな縁台や石灯籠<br />大きな手水鉢は 洗面台の無かった時代のトイレ前の手洗い?

    竹製の小さな縁台や石灯籠
    大きな手水鉢は 洗面台の無かった時代のトイレ前の手洗い?

  • 神社境内との間に広がる どこまでが境か判らない<br />広い庭には 手入れされた木々、石灯籠、太鼓橋と<br />日本庭園が設えられています。

    神社境内との間に広がる どこまでが境か判らない
    広い庭には 手入れされた木々、石灯籠、太鼓橋と
    日本庭園が設えられています。

  • 玄関前からは広さが判り難かった家は<br />L字型で玄関の先への部屋が続いていました。<br />(L字の下真ん中あたりが玄関)

    玄関前からは広さが判り難かった家は
    L字型で玄関の先への部屋が続いていました。
    (L字の下真ん中あたりが玄関)

  • 縁側には薄い緑がかったガラスの入った欄間

    縁側には薄い緑がかったガラスの入った欄間

  • 玄関の左側のお部屋と廊下の先は立入禁止。<br />間取り図を検索すると 左の部屋は食堂<br />廊下の先には台所や浴室があったようです。

    玄関の左側のお部屋と廊下の先は立入禁止。
    間取り図を検索すると 左の部屋は食堂
    廊下の先には台所や浴室があったようです。

  • 廊下にはこんなスイッチも残っていました。

    廊下にはこんなスイッチも残っていました。

  • 庭に面して奥へ続く8畳2間がご夫婦の居室だったようです

    庭に面して奥へ続く8畳2間がご夫婦の居室だったようです

  • 普段使いだった2間にもお二人ゆかりの写真が展示されて。<br />右の部屋が寝室だったそう。

    普段使いだった2間にもお二人ゆかりの写真が展示されて。
    右の部屋が寝室だったそう。

  • こちらにも 組子細工に結霜ガラスの欄間

    こちらにも 組子細工に結霜ガラスの欄間

  • 和室の間の欄間は 竹林に雀の図柄の透かし彫り。

    和室の間の欄間は 竹林に雀の図柄の透かし彫り。

  • 寝室の先に更に扉がありました。<br />壁に ご成婚時のお写真も

    寝室の先に更に扉がありました。
    壁に ご成婚時のお写真も

  • 扉の先はこの建物唯一の洋間でした。<br />格天井に漆喰壁の6畳ほどの洋間

    扉の先はこの建物唯一の洋間でした。
    格天井に漆喰壁の6畳ほどの洋間

  • この洋間部分は 増築された部分らしいです。<br />屋根の形状が異なる事からの推測だと。<br />腰壁に板張りの床 窓は引き違いながらスリガラス加工が施されたもので。

    この洋間部分は 増築された部分らしいです。
    屋根の形状が異なる事からの推測だと。
    腰壁に板張りの床 窓は引き違いながらスリガラス加工が施されたもので。

  • その洋間の向こう庭の一角に離れの建物も見えました。<br />これは茶室ではなく 溥傑の書斎だそう。<br />こちらも 夫妻の入居にあわせて増築されたのでしょうか?<br />こじんまりながら 仕上げや庭も含め 良い建物を見る事が出来ました。

    その洋間の向こう庭の一角に離れの建物も見えました。
    これは茶室ではなく 溥傑の書斎だそう。
    こちらも 夫妻の入居にあわせて増築されたのでしょうか?
    こじんまりながら 仕上げや庭も含め 良い建物を見る事が出来ました。

  • 最後にもう一ヵ所 それは子供の頃も りっぱな建物だと思っていたここ<br />「千葉トヨペット本社屋」<br />旧日本勧業銀行本店<br />明治32年(1899) 妻木頼黄・武田五一設計 国指定登録有形文化財<br /><br />おじさん家族の住んでいた大きな団地はもう壊され <br />住宅地に変わっていたようです。<br />中が見学できた こじま丸と言う船は埋め立てが進むうちに海岸線より何キロも内陸に取り残され<br />平成10年(1998)に解体されたそう。<br />もう記憶に残っているのはこの建物位でした。

    最後にもう一ヵ所 それは子供の頃も りっぱな建物だと思っていたここ
    「千葉トヨペット本社屋」
    旧日本勧業銀行本店
    明治32年(1899) 妻木頼黄・武田五一設計 国指定登録有形文化財

    おじさん家族の住んでいた大きな団地はもう壊され
    住宅地に変わっていたようです。
    中が見学できた こじま丸と言う船は埋め立てが進むうちに海岸線より何キロも内陸に取り残され
    平成10年(1998)に解体されたそう。
    もう記憶に残っているのはこの建物位でした。

  • 最初は今の千代田区内幸町に日本勧業銀行本店として建てられ<br />大正15年(1926)払下げにより京成電鉄が購入 谷津遊園内に移築「楽天府」に<br />昭和15(1940)谷津遊園より千葉市中央区へ移築し千葉市庁舎に<br />昭和40年(1965)現在地へ移築 千葉トヨペット株式会社本社屋へ<br />(この移築で躯体はRC造へ)

    最初は今の千代田区内幸町に日本勧業銀行本店として建てられ
    大正15年(1926)払下げにより京成電鉄が購入 谷津遊園内に移築「楽天府」に
    昭和15(1940)谷津遊園より千葉市中央区へ移築し千葉市庁舎に
    昭和40年(1965)現在地へ移築 千葉トヨペット株式会社本社屋へ
    (この移築で躯体はRC造へ)

  • 移築当初からはレストラン部分もあったそう。<br />名前は「レストラン紫光」もしかしたら中華レストランだった?<br />稲毛の親戚と大きな中華レストランに行った記憶があるのは<br />もしかしたらそこだったかも??<br />親戚が殆ど都内在住で 田舎の無かった私に稲毛は充分楽しい田舎でした。<br />年に1.2度 泊りがけで行く稲毛の楽しい日々<br />もう来ることは無いと思っていた 稲毛で美しい建物を見て <br />思い出に浸れ 知らなかった稲毛を知った午後でした。

    移築当初からはレストラン部分もあったそう。
    名前は「レストラン紫光」もしかしたら中華レストランだった?
    稲毛の親戚と大きな中華レストランに行った記憶があるのは
    もしかしたらそこだったかも??
    親戚が殆ど都内在住で 田舎の無かった私に稲毛は充分楽しい田舎でした。
    年に1.2度 泊りがけで行く稲毛の楽しい日々
    もう来ることは無いと思っていた 稲毛で美しい建物を見て
    思い出に浸れ 知らなかった稲毛を知った午後でした。

6いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから国内旅行記(ブログ)を探す

PAGE TOP