2026/08/18 - 2026/08/18
3323位(同エリア5047件中)
サバーイさん
聖オーガスチン教会のある広場から海沿いの河邊新街までに、「夜呣街」や「夜呣里」など「夜呣」と名前の付いた道がいくつかあります。ここは、マカオの下町街歩きには格好のスポットで、晴天の日を浴びるレトロな建物を眺めているだけで至福の時間が過ごせます。
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今回の主なルートです。
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みんさん、こんにちは。サバーイです。
私はいま、オーガスティン教会前の広場に来ています。
左手にクリーム色のオーガスティン教会。正面にミント色のドン・ペドロ劇場。その隣が何東圖書館(ホー・トン図書館)に囲まれた聖オーガスチン広場(崗頂前地)。ここも世界遺産に登録されています。 -
『世界遺産をめぐる街歩き』でも取り上げた、世界遺産密集地です。
https://4travel.jp/travelogue/12028694 -
この東方斜巷という坂を下っていくとセナド広場へ出ます。
今日はここを左手に折れて、フォトウォークをスタートします。 -
角に立つ瀟洒な建物はSede-Banco Delta Asia(匯業銀行)の本社ビル。この銀行は2005年、米政府から北朝鮮の資金洗浄や偽札に関与した疑いを指摘され、金融制裁の対象となりました。
もともと、1920年の完成当時は伯多祿商業学校(Escola Comercial Pedro Nolasco / ポルトガル系の商業学校)というポルトガルの植民地時代の教育機関。 -
オーガスチン教会からなだらかに下る坂道。ヤシの木が茂っていたり、いかにも南国風情。
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「夜ボウ斜巷」という通りです。(ボウは口へんに母)
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道の両側に「〇〇里」、「〇〇圍」という狭い路地を見つけます。
入り口に門柱が経ち、その先は袋小路を囲むように家屋が集まっています。
また、門柱近くや路地の奥にはかならず守り神の祠があります。
吉祥里(社福圍がGoogle Mapの表記)もその一つ。 -
こちらもレトロな公衆電話ボックス。
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青雲里(洗衣匠圓)はポルトガル語名はPatio dos Mainato。
Mainato は「洗濯職人(クリーニング職人)」を意味します。 -
「聚龍里(苦力圍)」。苦力(クーリー)とは「豬仔館」19世紀前半、西欧各国では黒人奴隷制度が相次いで廃止されていくなかで、労働力の需要を補うために雇われた年季契約労働者のこと。
マカオは東南アジアや南北アメリカ、アフリカなどへ送られた中国人クーリー貿易の中心地であり、豬仔館 (クーリーは「豬仔」=豚と呼ばれた)と呼ばれる商館が各地に建設されていました。
おそらく、この聚龍里(苦力圍)にも多くのクーリーが住んでいたと思われます。 -
「夜?斜巷」を下ってきたところ。
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やがて紅窗門街と交わります。
ここを右折すればセなど広場、そして営地大街でつながります。 -
紅窗門街はポルトガル語名(Rua da Alfândega)が示す通り、「税関の通り」を意味します。かつて旧城壁の海沿いに税関(税関の関所)があったことからこの名が付けられました。かつての主要な貿易地・商業地だった営地大街への門があり、税関が設けられていたのです。
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紅窗門街をこえると「夜?街」と名前が代わります。
ここをまっすぐ行った先は海岸線であり、港です。
この道は、港と市内中心部を結ぶ重要な道路だったのです。 -
歩いてきた「夜?街」を振り返ると、なだらかな坂になっていることが分かります。
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見上げて周りを見渡すと、味のあるレトロな建物ばかり。
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平日の昼下がり、地元の親子連れでしょうか。
長閑な下町の空間です。 -
坂を下ると左に曲がる道があります。
「夜?巷」という横道に入る路地です。
誘われるままに入ってみましょう。 -
さらにこの夜?巷を少し進むと、左に群興新街 (Rua de Ponte e Horta)の急坂が。両側には鮮やかな建物が並びます。このエリアでもっとも写真が撮りたくなるスポットです。
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群興新街 (Rua de Ponte e Horta)はポルトガル語の名前の通り、Ponte e Horta(ポンテ・エ・オルタ広場 / 司打口)から伸びている路地です。
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さらに右手へ伸びる路地の「三巴仔横街」Rua do Seminário(セミナリオ通り)は聖ヨゼフ教会の修道院(セミナリオ)の横を通り、聖ローレンス教会まで延びます。
路地に迷い込み、またその先の路地から路地へ。まさにフォトウォークの醍醐味です。 -
先ほど上ってきた急坂の群興新街の突き当りは紅窗門街です。
見上げる建物の何ともノスタルジックでいて、綺麗なこと。 -
紅窗門街を左へ折れれば、路地を進んで先ほどの「夜?斜巷」に戻ります。
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右へ折れると「三巴仔横街」と合流して聖ローレンス教会へ。
どの路地もさらに足を踏み入れたくなる魅力を持っています。 -
さて、上ってきた群興新街を戻りましょう。
この道の先には司打口が見えます。(写真奥)
司打口はマカオで最初のアヘン輸入専用の埠頭であり、中国歴史上初のタバコ税の徴収が行われた場所でもあります。 -
群興新街と並行して司打口へ向かう「聚寶街(ザウボウガイ)」。または隣り合う路地と合わせて「夜?前巷(イェームーツィンホン)」とも呼ばれています。ポルトガル語のTesouroは「宝・宝物」を意味し、中国語の「聚寶(宝が集まる)」という縁起の良い名前とリンクしています。
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さて、「夜?巷」へ戻ってきました。正面の通りが「夜?街」です。
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こちもまたレトロで趣のある建物。
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夜?街でもっとも有名なお店が老舗の菓子店・最香餅家。
いつも行列ができています。店舗は二つあり、一つはお店、隣が調理場。 -
アーモンドクッキー(杏仁餅)とはいうものの、緑豆の粉を固めて作った落雁のようなお菓子。生地から作る様子が観察できます。
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そもそも、夜?街には Rua do Gambõa というポルトガル名がつけられています。
アントニオ・ジョゼ・デ・ガンボアはリズボン生まれの商人。21歳の時にマカオに渡り、アヘンや綿花の貿易に乗り出す。晩年には澳門議事会の理事も務めたそう。
この一帯がアヘン貿易の重要地だったことも考えると、彼が当時のマカオの経済やコミュニティに多大な影響力を持っていたことが分かります。
さて「夜?街」の先には、今回の街歩きのハイライトでが見えてきました。 -
門楼です。この門楼は建物の一階部分をくり抜くようになっています。
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かつてここには番所が置かれていました。このトンネルはどの名残だそうです。
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このあたり一帯がアヘンの倉庫街であったこと、荷揚げをする港に通じる道であることなどから十分な警戒が必要だったのだと思われます。
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現在の門楼は1984年に建てられたもの。
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なかなかの奥行です。
ここを抜けた先が港であり、アヘン倉庫群でした。 -
門楼の手前には「缸瓦巷(こうがこう)」という路地が。
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さらにはその路地の先に「馬車巷」という細い路地。
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ここはかつて、馬車(乗用または貨物用)の停留所や、それらを管理する場所、あるいは車輪を製造・修理する職人たちが集まっていたところ。
いまはウォールアートのストリートとして知られています。 -
「缸瓦巷」にある質店。
「押」はマカオの旧市街のいたるところにあるポーンショップ(質屋)。 -
右恥の看板の上部は「コウモリ(蝙蝠)」が羽を広げた形、下部は真ん中に穴が空いた「中国の古銭」の形のデザインが見えますか。 中国語でコウモリの「蝠(フー)」は、幸福の「福(フー)」と同じ発音です。そのため、このデザインは「福が財(お金)を抱え込んでいる」という、非常に縁起の良い商売繁盛のシンボルとなっています。
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「蓬萊新街(ほうらいしんがい)」はかつての花街。いまは住宅街とストリートアートが融合した通りに。
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この蓬萊新街を抜けた先が「「司打口前地」。
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現在は街路樹に囲まれ、噴水のあるのどかな広場ですが、かつてここには司打口(口とは水口=港のこと)という水揚げ港として賑わった場所。
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インドから運ばれてきたアヘンがこの近くの倉庫群に蓄えられ、加工されました。
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この黄色い建物は同善堂第二診所として使われていますが、かつてはここも鴉片屋=アヘン倉庫の一つでした。現在も「旧アヘンハウス(鴉片屋 / Old Opium House)」という通称で知られており、マカオの負の歴史と近代化の歴史を色濃く残す貴重な歴史的建造物です。
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1階部分には美しいアーチ型の廊下(アーケード)があり、2階部分にはバルコニーが張り出した、典型的な19世紀の19世紀の植民地風建築(コロニアル様式)です。
ここがかつてのアヘン倉庫とはとても想像がつきませんが、当時は遠東(極東)地域でも最大規模のアヘン専用倉庫および精製工場(洋薬公棧 / fábrica de ópio)として機能していました。当時、ポルトガル植民地政府にとってアヘン貿易から得られる税収は非常に重要であり、武装したポルトガル兵がこの建物の警備にあたっていたほど、厳重に管理された国家レベルの重要施設でした。 -
2001年から「同善堂第二診所(分診所)」として正式に運営が始まり、現在は一般市民向けに無料の中医(針灸など)および西医(内科・牙科)の医療サービスを提供するリハビリ・医療拠点へと生まれ変わっています。かつて人々を蝕んだアヘンの倉庫が、現在は人々を癒やす無料のクリニックになっているという、歴史の皮肉と再生を象徴する場所です。
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目の前を走る「火船頭街(かせんとうがい)」は歴史的な大通り。19世紀後半から20世紀半ばにかけて、この通りはマカオで最も活気のある経済の中心地の一つでした。
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現在は、近代的なフェリーターミナル(外港やタイパ)に主要な航路が移ったため、かつてのような大規模な旅客港としての賑わいは落ち着き、どこかノスタルジックな下町の雰囲気が漂っています。
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澳門万事発酒店(マスターズホテル)は、旅行者によく知られた手頃な老舗ホテルです。その奥には中国本土・珠海へ渡るためのフェリー・ターミナルがあります。
ここを使うと、関閘(ボーダー)の混雑を回避して珠海へ抜けられます。 -
今回は夜?街を通して、アヘン貿易というマカオの負の歴史とそれを刻んだ通りを歩いてみました。お付き合い、ありがとうございました。
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