2025/12/27 - 2025/12/27
3461位(同エリア4986件中)
サバーイさん
ここから歩くエリアはポルトガル植民地時代の歴史が色濃く残るエリアです。
なかでもラザロ地区は最近フォトスポットとしても注目され、かつての知る人ぞ知る、的な場所から、観光客でいつも賑わう通りへと様変わりしていました。しかし、一本路地を挟めば、そこはヨーロッパとアジアが交じり合う魅力的な街並みです。
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石畳の坂道からは、聖ポール天主堂跡を斜めの角度から見上げる撮影ポイント。
この通りにはピンクや淡いイエローに彩られたポルトガル風の建物が並び、グリーンの窓枠がアクセントを添えています。
(現在時刻13:45) -
ポルトガル語の「Paixão(パッション)」は、本来キリストの「受難」を意味します。しかし、これが中国語に翻訳される際に「恋愛」と解釈されたことで、現在の「恋愛巷(Love Lane)」というロマンチックな名前が定着しました。
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大三巴街をあるいていくとすぐに花王街と名前を変えます。
花王堂と呼ばれる教会に因んでいます。
この「花王堂」へと続く道であったことから、通り自体も「花王堂街(または花王街)」と呼ばれるようになりました。 -
かつてマカオに住むポルトガル人の多くがこの<#22>聖アントニオ教会で結婚式を挙げました。その際、教会内が常にたくさんの美しい花々で飾られていたことから、中国の人々は親しみを込めてこの教会を「花王堂(花の王の堂)」と呼ぶようになりました。
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ファザードの天辺には聖アントニオと幼子イエスの像。
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木造の屋根組み(トラス)が「逆さまになった船の底」のような形状をしており、これは大航海時代の面影を残す特徴的な造りです。
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内部の壁面は柔らかな黄色で塗られ、白い漆喰装飾がアクセントになっています。
ステンドグラスとシャンデリア: 天井から吊るされた大きなシャンデリアと、幾何学模様のカラフルなステンドグラスから差し込む光が、神聖かつ温かみのある雰囲気を醸し出しています。 -
主祭壇の柱の上の装飾にはIHS(イエズス会)の紋章が刻まれています。
「IHS」は、 イエスのギリシア語表記「ΙΗΣΟΥΣ(Iēsous)」の冒頭3文字をラテン文字に置き換えたものです。初期キリスト教の時代からイエス・キリストを象徴する記号として使われてきました。
16世紀にイグナチオ・デ・ロヨラがイエズス会を創設した際、この「IHS」を会の公式紋章として採用しました。聖アントニオ教会の主祭壇にある「IHS」は、ここがイエズス会の拠点であった証です。 -
美しいNativity Scene の飾りつけ。
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「INRI」は、十字架にかけられたイエス・キリストの罪状書きとして掲げられた言葉の略称で、ラテン語の 「Iesus Nazarenus Rex Iudaeorum」 の頭文字をとったものです。
日本語では一般的に「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」と訳されます。
Iesus (I):イエス
Nazarenus (N):ナザレの(イエスの出身地)
Rex (R):王
Iudaeorum (I):ユダヤ人の -
向かって左側の脇祭壇付近に、胸に「聖心 (sacred heart)」を掲げたイエスの立像が安置されています。
カトリック信仰における聖心とは、イエス・キリストの人類に対する「限りない愛と慈しみ」を、物理的な「心臓」を通して象徴化したものです。 -
一番手前に見えるのが幼子イエスを抱く聖アントニオ像です。
毎年6月13日の「聖アントニオの祝日」には、この聖像を担いで教会周辺のカモエス広場などを練り歩く盛大な行列(プロセッション)が行われます。 -
祭壇から入り口方向を見たところ。
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教会の横に白鴿巣前地(カモエス広場前地)。
バスの停留所やベンチがあり、憩いの場となっています。
その先に白鴿巣公園(カモエス公園)の入り口があります。 -
カモエス公園の横にある<#23<#24>プロテスタント教会と墓地。
マカオでプロテスタントは少数派のため、 -
英国東インド会社墓地(East India Company)の名が残っています。
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中国語訳聖書を初めて完成させたイギリス人宣教師、ロバート・モリソンを記念して建てられました。内部にはステンドグラスがあり、聖書が開かれたようなデザインの窓が特徴的です。カトリック教会の華やかさとは異なり、非常にシンプルな印象を受けます。
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当時のマカオはカトリックが支配的で、プロテスタント信徒の埋葬場所がありませんでした。そこでイギリス東インド会社が1821年にこの土地を購入し、マカオ初のプロテスタント墓地が作られました。
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ジョージ・チネリーはイギリスの画家。マカオの原風景のスケッチを残しました。
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ロバート・モリソンの墓碑です。
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<#24>東方基金会(Fundação Oriente)は、ポルトガルとアジア(特にマカオ)の歴史的・文化的絆を維持・発展させることを目的としたポルトガルの民間財団です。マカオにおいては、世界遺産にも登録されている歴史的建造物「カーサ庭園(Casa Garden)」に拠点を置いています。
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芝生や石畳の小道、そして邸宅のコロニアル様式が相まって、南欧の別荘のような雰囲気を醸し出しています。庭園内には、中国の伝統的な庭造りに見られる「魚が泳ぐ池」が配置されています。
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白い外壁にピンクの縁取りが映える、南欧スタイルの優雅な建物です。アーチ型の窓や花崗岩の階段、テラコッタの屋根が特徴的です。
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邸宅の1階部分はギャラリーとして開放されており、ポルトガルやマカオにゆかりのある芸術作品の展示が行われることがあります。
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「白鴿巣前地(Camões Square)」
この広場は歴史的に、「マカオの城壁の内と外」を分ける境界線でもありました。
かつてここには旧市街の城門(アントニオ門)があり、ここから北は中国側の管轄、南はポルトガル居住区という役割を果たしていました。 -
カモンエス公園の入り口。
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カモンエス公園(Jardim de Luís de Camões)は、マカオ最大かつ最古級の公共公園であり、マカオ市民の生活と歴史が色濃く残る場所です。
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階段をのぼると、巨大な自然石が積み重なった洞窟状の場所に、ポルトガルの国民的詩人ルイス・デ・カモンエスのブロンズ像が安置されています。
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カモンエスは16世紀にマカオに滞在し、この洞窟で叙事詩『ウズ・ルジアダス(魂のポルトガル)』を執筆したと伝えられています。
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(通説では)カモンエスは1556年頃、不祥事(一説には軍務放棄や借金)により当時ポルトガルの植民地だったインドのゴアからマカオへ左遷されたと言われています。彼はマカオで「死者と行方不明者の遺産管財人」という下級役人の職に就いていました。
マカオ滞在中、彼は「ティ・ナ・メン(Ti-Na-Men)」という中国人女性と恋に落ちました。しかし、1558年頃にゴアへ戻る途中でメコン川付近で難破。彼は片手で原稿を高く掲げて泳ぎ、命を救いましたが、愛する彼女はこの時亡くなったという悲劇的なエピソードが残っています。 -
カモンエス公園前から新勝街を下り、ロータリーから瘋堂斜巷という細い路地を進んでいくと、道を挟んで階段があります。
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黄色の外壁に白い縁取り、そしてテラコッタ(赤茶色)の屋根が特徴で、南欧の雰囲気が色濃く漂います。(Lazarus Lane ・フォントン・セハン)は、マカオで「最も美しいストリート」の一つとして知られる、歴史的な坂道です。
「ラザロ地区」と呼ばれるこのエリアは、かつて癩病(ハンセン病)の隔離施設があった場所ですが、現在はクリエイティブ産業と芸術の拠点として生まれ変わっています。 -
仁慈堂婆仔屋 (Albergue SCM)は、樹齢を重ねた大きなガジュマルの木がある中庭を囲む、黄色い歴史的建造物。中にはギャラリーやポルトガル料理レストランが入っています。
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「婆仔屋(ポチャイオウ)」とは広東語で「おばあちゃんの家」を意味し、もともとは「仁慈堂(Santa Casa da Misericórdia)」という福祉施設の一部で、第二次世界大戦中には難民収容所として多くの人々を救いました。その後、独り身の高齢女性たちの住まいとなったことで「婆仔屋」という愛称が定着しました。
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敷地内はAlbergue 1601というレストランがあります。
Albergueha「避難所」という意味のポルトガル語。
1601はマカオが東西貿易の拠点として繁栄し、キリスト教文化が深く根付いた象徴的な時代を象徴する年の数字として採用されています。 -
落ち着いた雰囲気で本格的なポルトガル料理が楽しめるお店です。
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路面は「カルサーダス」と呼ばれる白と黒の幾何学模様の石畳で覆われ、クラシックな街灯が異国情緒を際立たせています。
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南欧スタイルの街並み: 黄色や赤(テラコッタ)の壁に白い縁取りを施した、ポルトガル・コロニアル様式の美しい邸宅が並びます。
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瘋堂斜巷と交差する通りもまた趣があります。
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和隆街から分岐する進教圍一帯は、かつてキリスト教徒が密集して住んでいた歴史を持つ、非常に静かで独特な雰囲気の住宅区です。
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望徳聖母堂(聖ラザロ教会)はマカオで最も古い教会の1つで、1560年代にハンセン病患者のために建てられました。 1560年代、マカオ初代司教ベルショール・カルネイロが、この地にマカオ初のハンセン病診療所を併設した教会を建てました。そのため、患者たちの拠り所として「聖ラザロ」の名が冠されました。
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ラザロ(Lazarus)は聖書に登場する人物(全身に皮膚病を患い、金持ちの門前で苦しんだが、死後に天国へ迎えられたとされる)の名前ですが、マカオの聖ラザロ教会(望徳聖母堂)においてこの名が使われているのは、彼が「ハンセン病(らい病)患者の守護聖人」とされているためです。
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この通り一帯にはポルトガルの人たちの邸宅が残り、色濃く南欧の雰囲気を伝えます。
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カルサーダス(Calçada Portuguesa)はポルトガル伝統の路面舗装技術で、マカオの街並みを彩る最も象徴的な文化遺産の一つです。約5cm角にカットされた白の石灰岩と黒の玄武岩(または黒い石灰岩)を使い、職人が手作業で敷き詰めて模様を描きます。
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この一帯は荷蘭園(Holland Garden)と呼ばれます。
16世紀末から17世紀にかけて、オランダ(オランダ東インド会社)はアジア貿易においてポルトガルの強力なライバルであり、何度もマカオへの襲撃を繰り返していました。 -
ポルトガル軍はこの攻撃を撃退し、多くのオランダ兵を捕虜としました。この捕虜たちが、現在の荷蘭園エリアにあった臨時収容所に集められ、城壁の建設などの強制労働に従事させられたことから、「オランダ人の園(収容所)」という意味で荷蘭園(Holland Garden)と呼ばれるようになりました。
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この建物も、荷蘭園商業中心(Edifício Comercial Holland Jardim)と呼ばれます。
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肥利喇亞美打大馬路(Av. do Conselheiro Ferreira de Almeida)との交差点。
ヨーロッパとアジアの交じり合う交差点です。 -
別名は荷蘭園大馬路(オランダ園大通り)。
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交差点をそのまま進むと大きな広場に出ます。塔石広場(タッシッ・クォン・ジョン / Praça do Tap Seac)はマカオ最大級の公共広場です。
広場の中央に位置するパステルイエローの建物はマカオ文化局。
もともとは養育院(慈善施設)として建てられ、その後、ポルトガル人学校(1924年~1958年)やマカオ保健局として利用されました。
マカオ返還後、外壁を保存しつつ、背後に現代的なオフィス機能を備えた建物を増築し、現在の文化局本部となりました。 -
ひと際目立つこの建物はマカオ中央図書館 (Macao Central Library)。
マカオの歴史に関する公的・私的な記録を収集、処理、保存する中央アーカイブです。 -
学習教育と言えば、カジノ収益で潤うマカオ政府はマカオ市民に対するさまざまな税制優遇や財政還元を行っています。教育費補助もそのひとつ。
教育補助就学前から高等教育、さらには社会人の学び直しまで非常に幅広く、手厚いのが特徴です。マカオ居民(住民)を対象に、幼稚園から高校までの計15年間の授業料が実質無料であるだけでなく、教科書や教材費への補助手当、さらに15歳以上のすべてのマカオ居民に対し、個人のスキルアップを支援する生涯学習・発展計画 (PDCC)があります。
支給額:は3年間で6,000パタカ(約11万円)の補助金が各住民のアカウントに割り当てられ、政府が指定する地元の習い事、資格取得、専門コースの受講料などに充てることができます。 -
図書館の隣に饒宗頤学芸館 (Jao Tsung-I Academy)。
著名な学者・饒宗頤を記念した文化施設で、歴史的な邸宅を利用しています。 -
肥利喇亞美打大馬路(オランダ大通り)を進むと左手に広い公園が見えてきます。
盧廉若公園(ロー・リム・イオック庭園)です。マカオで唯一の蘇州古典庭園様式を取り入れた、非常に美しい伝統的な中国庭園です。19世紀末の豪商である盧華紹(盧九)によって造営され、後にその息子である盧廉若へと受け継がれました。 -
迷路のように入り組んだ細い道、奇岩(太湖石を模した石造り)、竹林、そして蓮の花が浮かぶ池など、限られた空間の中に大自然を凝縮したデザインが特徴です。
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百歩廊(Pak Pou Long) は公園の奥へと続く長い回廊です。
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伝統的な中国式回廊で、蘇州の庭園を模した迷路のような空間を繋ぐ、屋根付きの歩道です。
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公園の中央、池のほとりに建つ「春草堂」の欄干は中国で縁起が良いとされる「赤(鮮やかな紅赤色)」で塗られています。かつての園主一家が夏の夕涼みに池の景色を眺めるためのテラスとして使われていました。
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中国の伝統的な建築様式で「月洞門(げつどうもん / Moon Gate)」や「漏窓(ろうそう / Leaking Window)」と呼ばれるものです。円形は中国文化において「円満」「完璧」「調和」を象徴します。
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庭園内の異なるエリア(例えば池のエリアから竹林のエリアへ)を分ける境界線であり、くぐることで「別世界へ入る」という心理的な切り替えを促します。
盧廉若公園は蘇州様式を模しているため、これらの窓の配置が非常に緻密です。特に、池の周りや回廊を歩く際に、丸窓越しに見える眺めは計算し尽くされています。
(現在時刻15:15)
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