2025/12/27 - 2025/12/27
2905位(同エリア4986件中)
サバーイさん
マカオの歴史地区はポルトガルの残り香を強く感じられるエリアです。今回初めてホー・トン図書館の内部や市政署の図書室に足を踏み入れました。
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ドン・ペドロ劇場の入り口の正面に大きなガジュマルの木。
(現在時刻は11:40) -
道を挟んだ反対側にクリーム色の建物。
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⑧聖オーガスティン教会です。
1591年(マカオに司教区がおかれたのが1579年なので、その直後)にスペインの聖アウグスチノ修道士たちにより作られた修道院が元になっています。 -
ちょうどミサが終わったところです。
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祭壇には受難のイエス像(パッソス聖体)が祀られています。
このイエス像は毎年、イースター前の四旬節(日曜を除く40日間)の最初の土・日曜日に聖体行列に使われれることで有名。
(パッソスとは英語では passion =受難、のこと) -
「パッソス聖体行列」はマカオにカトリックマカオ教区が設立された16世紀以来続くカトリックの伝統行事。このキリスト像は不思議な言い伝えを持ち、セナド広場近くの主教座(大堂)に移管されて間もなく、そこからひとりでに戻ってきたという曰くつきです。
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その伝説に基づき、十字架を背負ったキリスト像(パッソス聖体)を掲げた行列が聖オーガスティン教会からセナド広場の奥にあるカテドラル(大堂)へと向かい、そこで夜通し祈りを捧げる。翌朝、司教、教徒たちによる祈りの歌の中、行列は再び市内を行進しながら聖オーガスティン教会に戻り、厳かにミサが行われます。
(今年=2026年は2/21~22の予定) -
主祭壇から見た会堂。
決して広くなく、質素な造り。 -
オーガスティン教会とドン・ペドロ劇場の間の聖オーガスチン広場(崗頂前地)通り。
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劇場の壁面の鮮やかなパステルカラーと石畳がマッチした、マカオでも最もポルトガルの残り香が漂う一角です。
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⑨聖オーガスチン広場(崗頂前地)は大きなガジュマルの木の木陰にベンチが置かれ、小さなキオスク(売店)のある憩いの場です。
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この広場も世界遺産、と言われるとびっくりですが、この何でもない広場の周りに4つの世界遺産が集中しています。
選ばれた主な理由は、「東西文化の融合を象徴する独特の都市景観」を保持しているから、だそうです。
東西建築の共存: 広場を囲むように、西洋式劇場(ドン・ペドロ5世劇場)、カトリック教会(聖オーガスチン教会)、神学校(聖ヨセフ修道院)、そして中国の実業家の旧邸(ロバート・ホー・トン図書館)という、背景の異なる歴史的建造物が並んでいます。
ポルトガルの伝統的な都市計画: 波模様の石畳(カルサーダス)が敷き詰められ、南欧風の公共空間が完全に保存され、マカオにおけるポルトガル人の入植と都市形成の歴史を鮮明に示しています。
生きた文化遺産: 現在も「パッソス聖体行列」などの伝統行事の舞台となっており、400年以上にわたって東洋と西洋が相互に影響し合いながら育んできた「無形の伝統」が受け継がれている場所として評価されています。 -
東西融合建築の一つ、1728年に聖パウロ大学とともに創設された聖ヨセフ修道院は、中国、日本および近隣における宣教活動の主要拠点でした。聖ヨセフ修道院は大学と同等の教育課程を持ち、1800年にはポルトガル女王ドナ・マリア1世から「伝道信徒団の館」という王家の称号が与えられました。
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こちらにもNativity Sceneの飾りつけ。
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その隣の明るいイエローの建物の門をくぐると、⑩ロバート・ホー・トン図書館。
香港の大実業家ロバート・ホー・トンの別荘であった建物です。 -
建物は淡い黄色をしており、壁にはアーチが彫られています。一見すると図書館とは思えないほどです。
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建物を抜けると中庭へ通じます。
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公園のようなスペースの中庭。
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陽射しを遮るオープンスペースは中庭を見渡せる格好の寛ぎの場です。
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後庭(バック・ガーデン)は屋外読書エリアとして利用されており、噴水や池が設けられています。
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中庭から階段を上がるとライブラリーが。
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1955年にホー・トンは死去しますが、遺言により彼が集めた貴重な書物と共にマカオ政府に寄贈され、1958年に公共の図書館として開館しました。
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何東圖書館(ホー・トン図書館)。西洋建築に中国的な要素を融合させた、典型的なマカオスタイルの建物として世界遺産に登録されています。
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石畳(カルサーダス)の広場の先には坂道が。東方斜巷という路地を下っていくとセナド広場へ出ます。
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坂の途中のポルトガル料理の店「公鶏(ガロ)」。
ガロはポルトガル語で雄鶏。幸せを呼ぶ鳥とされています。
この店はもともとタイパ島の官也街にあったのですが、コロナ前にこちらに移転。
かつては街の食堂、というイメージだったのが、すっかり高級店になってしまいました。 -
かつての遊郭をリノベーションした路地、「福隆新街」。
以前は赤壁に白い格子という装飾が、最近黄色と緑に戻りました。 -
この先が新馬路。右手に市政署。
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⑪市政署(民政総署)を入るとすぐに中庭に上る階段。
ポルトガル語で「CIDADE DO NOME DE DEUS NÃO HÁ OUTRA MAIS LEAL」というプレートが掲げられています。これはポルトガル語で「神の名の街マカオ、他に忠誠なるものなき」という意味です。 -
この言葉は、1654年にポルトガル王ドン・ジョン4世がマカオを褒め称えたものです。1580年から1640年まで続いたスペイン・ポルトガル同君連合の時代、ポルトガルはスペインに併合され、その植民地もスペインの影響下に置かれました。しかし、この時期にオランダがマカオを攻撃した際、マカオのポルトガル住民はポルトガル王室への忠誠心から、自力でオランダ軍を撃退しました。
この行為は、ポルトガル本土がスペインの支配下にあったにもかかわらず、マカオがポルトガルとしてのアイデンティティと忠誠を保ち続けたことを示す、非常に象徴的な出来事とされています。この「忠実さ」が、後にマカオがポルトガル王室から特別な「名の街」の称号を与えられる理由の一つとなったと考えられています。 -
2019年1月1日からは名称が「民政総署」から「市政署」に変更されましたが、文化活動や行政事務を管轄する重要な役割を担っています。ポルトガルのマフラ修道院図書館を模して造られたと言われていますが、図書館内部での写真撮影は禁止されています。
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階段の両脇を飾るアズレージョも見どころの一つ。
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中庭に出ると真ん中にクリスマスツリーが。
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ポルトガルの国民的詩人であるルイ・デ・カモンイスの胸像。
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ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路開拓の偉業を描くためにインドに向かう途中でマカオに立ち寄り、滞在中に「ウズ・ルジアダス」(「ここに地終わり、海始まる」 Onde a terra se acaba e o mar começa が有名)の一部を執筆したと言われています。
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中庭の反対側にはもう一つの胸像。ドム・ジョアン4世です。
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彼はポルトガルがスペインから独立を回復する立役者となりました。「復興王」(O Restaurador)として知られるポルトガル王です。
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中庭にはベンチが置かれ、ちょっとした休憩スペースになっています。
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中庭の壁面にはぐるりとアズレージョが囲んでいます。
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こちらのタイルにはマカオの歴史が描かれています。
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ポルトガル人が上陸したころのマカオの地形図。
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まだ小さな漁村だった頃のマカオの港や、帆船が行き交う賑やかな風景が描かれていることもあります。
(現在時刻は12:25)
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