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今年4回目の奈良。<br />箸墓古墳は観光客はもちろん、研究者も立ち入り禁止です。でも現場で、墳丘のてっぺんまで登った人に会いました。<br /><br />新祝園という駅がありました。こんな縁起の悪い名前を駅につけるとは!<br /><br />参考書は「葛城縦の旅1」に並べました。<br />引用では僭越ながら敬称を略させていただきます。<br />文中の地図は別記なければグーグルマップです。<br /><br />投稿日:2026/08/24<br />

吾田媛のおまけ、箸墓古墳に上った人めっけ! (葛城縦の旅5)

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2026/08/17 - 2026/08/20

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旅行記グループ 葛城縦の旅

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しにあの旅人

しにあの旅人さん

今年4回目の奈良。
箸墓古墳は観光客はもちろん、研究者も立ち入り禁止です。でも現場で、墳丘のてっぺんまで登った人に会いました。

新祝園という駅がありました。こんな縁起の悪い名前を駅につけるとは!

参考書は「葛城縦の旅1」に並べました。
引用では僭越ながら敬称を略させていただきます。
文中の地図は別記なければグーグルマップです。

投稿日:2026/08/24

旅行の満足度
5.0
同行者
家族旅行
交通手段
レンタカー 新幹線 JRローカル
  • 近くに駐車場がありました。宮内庁管理の古墳で駐車場があるかな。

    近くに駐車場がありました。宮内庁管理の古墳で駐車場があるかな。

  • 「ひみこの庭 古墳 P ¥0」<br />宮内庁じゃなくて、地元の有志の方らしい。しかも無料。<br />

    「ひみこの庭 古墳 P ¥0」
    宮内庁じゃなくて、地元の有志の方らしい。しかも無料。

  • ありがたく停めさせていただきました。

    ありがたく停めさせていただきました。

  • てくてく。ほんの数分。<br />左の小山がそれらしい。<br />

    てくてく。ほんの数分。
    左の小山がそれらしい。

  • 一書に曰く、<br />箸墓古墳に出かけたのは、暑い日でした。<br />夏日、なんて言葉は、昔はなかったよね。なんて言っているうちは平和でした。<br />真夏日、猛暑日と続いて、酷暑日までできました。<br />この日は、なんだったのか。<br /><br />暑さを、いつも以上に感じるのは、孫娘も一緒だからです。<br />平熱が37度の子供と、くっついて歩いてごらんなさい。炎天下に湯たんぽ抱いているのと同じですよ。<br /><br />レンタカーを下りたとたん、つきさす日差し。<br />その中を、「ヤマト トトヒ モモソひめ」を呪文に歩き始めます。<br />やっぱり孫は、トトヒ・モモソが言えない。<br />ヤマトっとっとなんて言っている。<br />それでとうとう、モモちゃん、ととちゃんなんてことになっちゃった。<br />by夫は、トトちゃん派。私は、モモちゃん派です。<br />

    一書に曰く、
    箸墓古墳に出かけたのは、暑い日でした。
    夏日、なんて言葉は、昔はなかったよね。なんて言っているうちは平和でした。
    真夏日、猛暑日と続いて、酷暑日までできました。
    この日は、なんだったのか。

    暑さを、いつも以上に感じるのは、孫娘も一緒だからです。
    平熱が37度の子供と、くっついて歩いてごらんなさい。炎天下に湯たんぽ抱いているのと同じですよ。

    レンタカーを下りたとたん、つきさす日差し。
    その中を、「ヤマト トトヒ モモソひめ」を呪文に歩き始めます。
    やっぱり孫は、トトヒ・モモソが言えない。
    ヤマトっとっとなんて言っている。
    それでとうとう、モモちゃん、ととちゃんなんてことになっちゃった。
    by夫は、トトちゃん派。私は、モモちゃん派です。

  • お隣は、かわいい建物で、幼稚園、小学校。<br />夏休みの学校って、昼寝中の猫みたい。<br />By妻<br />

    お隣は、かわいい建物で、幼稚園、小学校。
    夏休みの学校って、昼寝中の猫みたい。
    By妻

  • あった!<br />鳥居がたっている。<br />宮内庁はこの古墳を第7代孝霊天皇皇女の倭迹迹日百襲姫命(やまと・ととひ・もも・そ・ひめのみこと)と治定しています。皇族の先祖のお墓ですから、立ち入り禁止です。<br />本当はだれだかわかりません。最近では卑弥呼のお墓ではないかと、注目を集めているそうです。<br />長い名前なので、「ととひ」さんにします。<br /><br />吾田媛、葛城の女の戦い (葛城縦の旅1)<br />https://4travel.jp/travelogue/12061187<br /><br />に出演してもらいました。吾田媛(あたひめ/あがたひめ)のライバルです。<br />ととひさんに出演料は払っていませんので、せめてお礼にとやってきました。<br />宮内庁の管理ですから、きっと天智天皇や天武・持統陵みたいなりっぱなお墓かと思っていました。<br />どこが参道だろう。<br />

    あった!
    鳥居がたっている。
    宮内庁はこの古墳を第7代孝霊天皇皇女の倭迹迹日百襲姫命(やまと・ととひ・もも・そ・ひめのみこと)と治定しています。皇族の先祖のお墓ですから、立ち入り禁止です。
    本当はだれだかわかりません。最近では卑弥呼のお墓ではないかと、注目を集めているそうです。
    長い名前なので、「ととひ」さんにします。

    吾田媛、葛城の女の戦い (葛城縦の旅1)
    https://4travel.jp/travelogue/12061187

    に出演してもらいました。吾田媛(あたひめ/あがたひめ)のライバルです。
    ととひさんに出演料は払っていませんので、せめてお礼にとやってきました。
    宮内庁の管理ですから、きっと天智天皇や天武・持統陵みたいなりっぱなお墓かと思っていました。
    どこが参道だろう。

  • ひょっとして、これ?

    ひょっとして、これ?

  • ひょっとしちゃいました。<br />たんぼの畦道じゃん!<br />

    ひょっとしちゃいました。
    たんぼの畦道じゃん!

  • 一書に曰く、<br />夏草や、茂りしげりて、道もなし。<br />当たり前か。<br />畦道が、両側からの草で、細くなっております。<br />私は、へびがだいきらい。孫は、へびが、と言うより、へびを使って、ばあさんをいじめるのが大好き。<br />脅されながらも御陵入口までたどり着きます。<br />By妻<br />

    一書に曰く、
    夏草や、茂りしげりて、道もなし。
    当たり前か。
    畦道が、両側からの草で、細くなっております。
    私は、へびがだいきらい。孫は、へびが、と言うより、へびを使って、ばあさんをいじめるのが大好き。
    脅されながらも御陵入口までたどり着きます。
    By妻

  • 目印は赤〇JR桜井駅。黒□が箸墓古墳。

    目印は赤〇JR桜井駅。黒□が箸墓古墳。

  • 立派な拝所があります。

    立派な拝所があります。

  • おきまりの三禁タテカン。

    おきまりの三禁タテカン。

  • こういう詰め所とセットなのです。だれもいないみたい。

    こういう詰め所とセットなのです。だれもいないみたい。

  • 一書に曰く、<br />ここで、いかにもヤマトトトヒモモソ姫らしい何かがあればいいのですが、いつも通りの古墳。<br />孫は、たちまち興味を失い、石なんか探しております。<br />ここの砂利は、余所から来た石だからねー。<br />丸く、手に寄り添う石が良いそうです。<br />昔、青島神社だか、どこだかに、石文ということがあると書いてあったことを思い出しました。<br />読み書きができない人が、旅先から、ふる里の待っている人に、石を託すという話でした。<br />実は、私も、イタリアのフェデリコ2世のお城趾から、小指の先ほどの石を持って帰ってきました。<br />私だけのダイヤモンドです。<br />By妻<br />

    一書に曰く、
    ここで、いかにもヤマトトトヒモモソ姫らしい何かがあればいいのですが、いつも通りの古墳。
    孫は、たちまち興味を失い、石なんか探しております。
    ここの砂利は、余所から来た石だからねー。
    丸く、手に寄り添う石が良いそうです。
    昔、青島神社だか、どこだかに、石文ということがあると書いてあったことを思い出しました。
    読み書きができない人が、旅先から、ふる里の待っている人に、石を託すという話でした。
    実は、私も、イタリアのフェデリコ2世のお城趾から、小指の先ほどの石を持って帰ってきました。
    私だけのダイヤモンドです。
    By妻

  • 墳長278mの大きな前方後円墳です。ここは前方部分の底辺、130mあるそうです。拝所が真ん中です。

    墳長278mの大きな前方後円墳です。ここは前方部分の底辺、130mあるそうです。拝所が真ん中です。

  • 一直線。すごくでかい。<br />ふむふむ、なるほど。<br />ととひさんに無料出演のお礼を言って、さあ、帰ろうか。<br /><br />すると若いおにいさんがやってきて、詰め所に入るではありませんか。<br />私は人見知りするので逃げ腰。<br />By妻が「除草剤を撒きにやってきた」と聞き出しました。俄然興味をもっていろいろ聞き出しました。<br /><br />古墳の中に入られるのですか?<br />「はい」<br /><br />前方のてっぺんまで登ったこともありますか?<br />「よく行きますよ」<br /><br />わあ、研究者も行けないのに!<br /><br />なにかありますか? こういう鳥居とか。<br />「なにもありません」<br /><br />古墳の上には一切何もなし?<br />「ありません」<br /><br />これだけ木が茂っていると、古墳の中からは前方後円墳だとわからないでしょう?<br />「いえいえ、てっぺんからは、古墳のくびれなど、よく見えます」<br /><br />おにいさんは人品卑しからぬ面立ちで、バイトにはみえない。研究者にも入らせない古墳です。除草剤撒きにしても、ただのバイトにやらせるとは思えない。<br />宮内庁の職員なのかしら。<br /><br />古墳に上ったことがある人に出会えたなんて、らっき~。<br />きっと、ととひさんのお引き合わせでしょう。<br />感謝して、箸墓古墳をあとにするのでありました。<br />

    一直線。すごくでかい。
    ふむふむ、なるほど。
    ととひさんに無料出演のお礼を言って、さあ、帰ろうか。

    すると若いおにいさんがやってきて、詰め所に入るではありませんか。
    私は人見知りするので逃げ腰。
    By妻が「除草剤を撒きにやってきた」と聞き出しました。俄然興味をもっていろいろ聞き出しました。

    古墳の中に入られるのですか?
    「はい」

    前方のてっぺんまで登ったこともありますか?
    「よく行きますよ」

    わあ、研究者も行けないのに!

    なにかありますか? こういう鳥居とか。
    「なにもありません」

    古墳の上には一切何もなし?
    「ありません」

    これだけ木が茂っていると、古墳の中からは前方後円墳だとわからないでしょう?
    「いえいえ、てっぺんからは、古墳のくびれなど、よく見えます」

    おにいさんは人品卑しからぬ面立ちで、バイトにはみえない。研究者にも入らせない古墳です。除草剤撒きにしても、ただのバイトにやらせるとは思えない。
    宮内庁の職員なのかしら。

    古墳に上ったことがある人に出会えたなんて、らっき~。
    きっと、ととひさんのお引き合わせでしょう。
    感謝して、箸墓古墳をあとにするのでありました。

  • 近鉄奈良線です。<br />次は新祝園(ほうその)。<br />

    近鉄奈良線です。
    次は新祝園(ほうその)。

  • 並行して走っているJR西日本片町線にも祝園駅があります。すぐ近くです。駅は↑の「吾田媛、葛城の女の戦い(葛城縦の旅1)」の祝園神社まで1.7㎞くらいです。

    並行して走っているJR西日本片町線にも祝園駅があります。すぐ近くです。駅は↑の「吾田媛、葛城の女の戦い(葛城縦の旅1)」の祝園神社まで1.7㎞くらいです。

  • 黒丸が新祝園駅、赤丸が祝園神社。木津川の近くです。<br />崇神天皇に反旗を翻した武埴安彦(たけ・はにやすひこ)とその兵士たちが全滅したところ。<br /><br />日本書紀・崇神天皇10年9月27日<br />★(埴安彦が討たれたあと)その部下たちはおびえて逃げた。それを河の北に追って破り、半分以上首を斬った。屍が溢れた。そこを名付けて羽振苑(訳注:はふりその、屍体を捨てた場所、今の祝園)という。★<br />(現代語訳日本書紀上P128)<br /><br />書紀原文では「羽振苑(はふりその)」古事記でも「破布理科曾能(はふりその)」です。<br />あんまり縁起のいい地名ではない。<br />地元の精華町のHPなどによると、「新抄格勅符抄」(大同元年/806年)という書物に「祝園神」として出てくるので、奈良時代には確実に存在していた神社です。<br />「羽振苑」ではあまりに景気がよくないので、好字に置き換えたのではないかと思います。<br />和銅6年(713年)に「好字二字令」というのが出て、国・郡・郷の名を縁起のいい漢字2文字にしろということになりました。これかな。5世紀末→713年→806年、順番はあっています。<br />神社名が村名になったのでしょう。かつては祝園村でしたが、町村合併で精華町祝園になったそうです。<br /><br />一書に曰く、<br />祝園。読めないですよねえ。<br />ときの権力者に、はむかった者たちを悼んだ神社のあるところです。<br />屠る、ほおる。または、放る。<br />屠る、牛、豚などの家畜を殺すという意味です。<br />追い詰められて、無力化した武埴安彦軍の最期の有様を表す文字でしょう。<br />または、放る、死体を放り捨てる。<br />いずれにしても、そういうことが行われた所だった。<br />忌まわしい場所だった。<br />それを祝という字にした人は、だれだったのでしょう。<br />祝の読み方を調べたら、いわう・いわい・はふり とありました。<br />はふりとは、神に仕える人、神職 とありました。<br /><br />なるほど。<br />家畜のように殺されて、ゴミくずのように投げ捨てられた人々を、悼み、祀ったところなのですね。<br />By妻<br />

    黒丸が新祝園駅、赤丸が祝園神社。木津川の近くです。
    崇神天皇に反旗を翻した武埴安彦(たけ・はにやすひこ)とその兵士たちが全滅したところ。

    日本書紀・崇神天皇10年9月27日
    ★(埴安彦が討たれたあと)その部下たちはおびえて逃げた。それを河の北に追って破り、半分以上首を斬った。屍が溢れた。そこを名付けて羽振苑(訳注:はふりその、屍体を捨てた場所、今の祝園)という。★
    (現代語訳日本書紀上P128)

    書紀原文では「羽振苑(はふりその)」古事記でも「破布理科曾能(はふりその)」です。
    あんまり縁起のいい地名ではない。
    地元の精華町のHPなどによると、「新抄格勅符抄」(大同元年/806年)という書物に「祝園神」として出てくるので、奈良時代には確実に存在していた神社です。
    「羽振苑」ではあまりに景気がよくないので、好字に置き換えたのではないかと思います。
    和銅6年(713年)に「好字二字令」というのが出て、国・郡・郷の名を縁起のいい漢字2文字にしろということになりました。これかな。5世紀末→713年→806年、順番はあっています。
    神社名が村名になったのでしょう。かつては祝園村でしたが、町村合併で精華町祝園になったそうです。

    一書に曰く、
    祝園。読めないですよねえ。
    ときの権力者に、はむかった者たちを悼んだ神社のあるところです。
    屠る、ほおる。または、放る。
    屠る、牛、豚などの家畜を殺すという意味です。
    追い詰められて、無力化した武埴安彦軍の最期の有様を表す文字でしょう。
    または、放る、死体を放り捨てる。
    いずれにしても、そういうことが行われた所だった。
    忌まわしい場所だった。
    それを祝という字にした人は、だれだったのでしょう。
    祝の読み方を調べたら、いわう・いわい・はふり とありました。
    はふりとは、神に仕える人、神職 とありました。

    なるほど。
    家畜のように殺されて、ゴミくずのように投げ捨てられた人々を、悼み、祀ったところなのですね。
    By妻

  • 京都人が祝園の語源を知らないはずがない。長い歴史の中で数々の悲劇が演じられた土地ですから、これくらいの縁起の悪さは気にならないのです。<br />さすが京都。<br />駅の近くに「セレマ祝園シティホール」という葬儀場がありました。こちらの方は伝統をよく踏まえているということです。<br /><br />一書に曰く、<br />駅は、当たり前ですが、いつもの通勤通学に使う普通の駅です。当たり前です。2回も言うほどではないですがね。<br />でもね。こうやって、ちょっと調べてみると、いろいろな思いが溢れる名前の駅になりました。<br /><br />孫よ。だから、勉強が必要なのだよ。<br />歴史を学び、言葉の意味を調べたら、こんなに心に残ることがあるではないですか!<br />でなかったら、変な名前!で、終わっちゃうところだった。<br />感動を一つもらって、人生得したね。<br />By妻<br />

    京都人が祝園の語源を知らないはずがない。長い歴史の中で数々の悲劇が演じられた土地ですから、これくらいの縁起の悪さは気にならないのです。
    さすが京都。
    駅の近くに「セレマ祝園シティホール」という葬儀場がありました。こちらの方は伝統をよく踏まえているということです。

    一書に曰く、
    駅は、当たり前ですが、いつもの通勤通学に使う普通の駅です。当たり前です。2回も言うほどではないですがね。
    でもね。こうやって、ちょっと調べてみると、いろいろな思いが溢れる名前の駅になりました。

    孫よ。だから、勉強が必要なのだよ。
    歴史を学び、言葉の意味を調べたら、こんなに心に残ることがあるではないですか!
    でなかったら、変な名前!で、終わっちゃうところだった。
    感動を一つもらって、人生得したね。
    By妻

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この旅行記へのコメント (4)

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  • へびおさん 2026/08/24 19:54:45
    「箸墓」という名前だけで特別な古墳に感じます
    しにあの旅人さん

    こんばんわ。
    箸墓古墳に行かれたのですね。
    私は奈良旅を始めたばかりのころ、奈良市内から三輪駅までの山辺の道を10時間歩いた時に、山辺の道から外れて箸墓古墳に立ち寄りました。
    しにあの旅人さんとは違って大通りから入ったので、あんな脇道があるとは知りませんでした。
    「ととひ(鳥鳥飛)」とは「魂が抜けて鳥のように飛んで行く」⇒霊懸かりする巫女のことらしいです。
    つまり百襲姫は巫女姫であった。
    古事記に出てくる方達は名前でどういう役割があるか、どういう素性であるか、どんな容姿であるかが分かって面白いです。

    百襲姫が巫女姫であったことが箸墓古墳が卑弥呼の墓と言われる1つの理由なのでしょうか。
    箸墓古墳の築造時期が3世紀なので卑弥呼の時代になりますが、私は魏志倭人伝から考えるに「邪馬台国があったのは九州説」を押します。
    百襲姫が三輪の神様の本当の姿(蛇)を見てしまって驚いて陰部を箸で突いて死んだことから「箸墓」と名付けられたんですよね・・・
    私が行った時に蛇はいませんでしたが大きいトカゲがいましたよw

    「祝園」という名前が縁起が悪いとは知りませんでした。
    関東人からするとなんで「祝」が「ほう」と読むのか分からないだけでした。。
    奈良京都大阪は難読地名が多くて面白い。

    ところで荻原規子さんという児童作家さんの作品で「勾玉三部作」というのがあります。
    読み手の対象はおそらく小学校高学年かと思われますが、古事記などをモチーフにして書かれているので大人が読んでも面白いです。
    (私は図書館で読んでハマり、セットを大人買いしましたw)
    記憶がおぼろげですが、第一部は確か天照大御神を元にした「空色勾玉」で第二部がヤマトタケルを元にした「白鳥異伝」、最後は平安時代を舞台にした「薄紅天女」です。
    第二部の白鳥異伝にモモソ姫が出てきます。
    結構衝撃的な内容でしたが・・・
    お暇があれば是非読んでみてください♪

    しにあの旅人

    しにあの旅人さん からの返信 2026/08/25 17:43:29
    Re: 「箸墓」という名前だけで特別な古墳に感じます
    奈良市内から10時間あるいたのですか!
    すごい健脚。

    箸墓古墳が卑弥呼のお墓か、みなさん興味あるところです。
    発掘してしまえば簡単です。天皇の古墳ではないし、かまわないとおもうのですがね。
    日本書紀の壬申の乱では「箸陵」という名前で出てきます。書紀編纂の前ですから、この時代で「ととひ」さんの伝説はあったらしい。もとの伝承はどんなものだったか、残念ながら元資料は残っていないので、残念。
    書紀は卑弥呼を見事にスルーします。どうしても卑弥呼を出したくない理由があったのか、実在しなかったのか。
    書紀編集部は魏志倭人伝を読んでいたはずですから、謎です。

    「祝」を「ほう」と読むのは、By妻の「はふり」からなんとなく見当つきます。「ほうり」とも読むそうです。諏訪大社の神主の一番偉いのは大祝(おおほうり)でした。
    京都奈良の難読地名は説明されると、ああ、古い日本語なんだなと見当つきます。
    私の地元千葉房総では、「南白亀川」などというのがあって、「なばきがわ」と読みます。これなど大昔は黒潮にのってやってきた海洋民族の言葉で、それに強引に「南白亀川」という漢字をあてたのではないかと思っています。

    荻原規子の本、県立図書館で探してみます。面白そうですね。

    しにあの旅人

    しにあの旅人さん からの返信 2026/08/25 17:43:29
    Re: 「箸墓」という名前だけで特別な古墳に感じます
    奈良市内から10時間あるいたのですか!
    すごい健脚。

    箸墓古墳が卑弥呼のお墓か、みなさん興味あるところです。
    発掘してしまえば簡単です。天皇の古墳ではないし、かまわないとおもうのですがね。
    日本書紀の壬申の乱では「箸陵」という名前で出てきます。書紀編纂の前ですから、この時代で「ととひ」さんの伝説はあったらしい。もとの伝承はどんなものだったか、残念ながら元資料は残っていないので、残念。
    書紀は卑弥呼を見事にスルーします。どうしても卑弥呼を出したくない理由があったのか、実在しなかったのか。
    書紀編集部は魏志倭人伝を読んでいたはずですから、謎です。

    「祝」を「ほう」と読むのは、By妻の「はふり」からなんとなく見当つきます。「ほうり」とも読むそうです。諏訪大社の神主の一番偉いのは大祝(おおほうり)でした。
    京都奈良の難読地名は説明されると、ああ、古い日本語なんだなと見当つきます。
    私の地元千葉房総では、「南白亀川」などというのがあって、「なばきがわ」と読みます。これなど大昔は黒潮にのってやってきた海洋民族の言葉で、それに強引に「南白亀川」という漢字をあてたのではないかと思っています。

    荻原規子の本、県立図書館で探してみます。面白そうですね。

    しにあの旅人

    しにあの旅人さん からの返信 2026/08/25 17:46:04
    Re: 「箸墓」という名前だけで特別な古墳に感じます
    どういうわけか同じ内容が2度でました。ときどき4トラのコメント欄である現象ですね。

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