2023/11/12 - 2023/11/12
133位(同エリア134件中)
ちちぼーさん
この旅行記スケジュールを元に
前回のゴールとなった竹折高札場跡からスタートして大湫宿に到着しました。
大湫宿はJR東海のウォーキングイベントに合わせて地元の人のおもてなしもあり、イベント参加者ではない私達も楽しませて頂きました。
ところが、ここで夫に不幸が襲います。
傷心の夫と共にこの日の宿のある細久手へ向かいます。
この日のスタートの竹折高札場跡から中山道を歩いて次の最寄りの駅の御嵩駅までは26kmあります。
私達にはちょっと無理な距離。
途中にあるのはこの日泊まる予定の大黒屋さんぐらいしか宿泊施設はありません。
当初、10月に歩く予定だった中山道ですが、夫が帯状疱疹になり落ち着いた11月に歩くことになりましたが、今回のスタートの日には予約が取れず、歩く順番を変えたためこの日にこちらを歩くことになりました。
(54話)
以下ちょっと暗い話です。
この旅行記書いて下書きに入れて、実家に移動しました。
弟と相談して骨折した父のため交代で泊まるのもきつくなってきたので、ショートステイに行ってもらうことにしました。
お試しで1泊を2回ほど経験してもらい、1週間のショートステイのあと帰宅の日でした。
帰って来た父は顔がすごくむくんでいて、食欲もなくずっとリビングでウトウトしていました。
寝かせた後、2日後の内科受診を明日にしようかと家族と相談しながら、きっと朝起きたらやっぱり我が家がいいと言って元気に起きだして次のショートステイに行かせるのを説得するのが大変だねって話していたのですが、そのまま帰らぬ人となりました。
-
ホテルシンセリティ 可児
心温まる朝食がとても良かったのですが、この日は宿をかえなければならないのでチェックアウトして荷物を持って移動です。ホテルシンセリティ 可児 宿・ホテル
-
前回途中になってしまった十三峠を歩きました。
-
大湫宿に到着しました。
大湫宿 名所・史跡
-
ウォーキングイベント参加者が沢山いました。
JR東日本のウォーキングイベントは数日間組まれますがこちらはこの日1日だけのイベントのようです。 -
五平餅を焼いています。
-
1本購入して頂きます。
沢山歩いたこともありとても美味しい。大湫宿お休み処 グルメ・レストラン
-
圧巻の鮎たち。
鮎の塩焼きなんてこんなに並んでいるんですよ。 -
夫は鮎の塩焼き。
ご機嫌でパクパク食べています。
持ってきたおにぎりと五平餅と鮎の塩焼き。
写真撮っていないけど多分汁物もいただいたと思います。
とにかく大湫の住民の盛り上げようとする気持ちが素晴らしくて、大満足!! -
横に座っていた方がJR東海のさわやかウォーキングの地図を持っていたので、見せてもらいました。
私達が歩いているところと重なるところもありますが、紅葉がみられるのは中山道とは別の所がメインになる様ですね。
今回のおもてなしもこのウォーキングイベントに合わせたもののようです。
良い気分でお話ししていたら横で夫が「ねえ、みてー」と。
???
なんと、夫の前歯がない。
帯状疱疹の後落ち着いてから作ったばかりの差し歯。
消えてる! -
慌てて落としていないか下を探したけど、ない!
私達の慌てた様子を見て、周りの人まで小石をより分けながら探してくれました。
こっぱずかしーけど皆さんすごく優しい。
もうこれは、コイツと一緒に夫のお腹に入っちゃったね。
まわりの方にお礼を言って、移動することにします。
夫の前歯、安宿で中山道を歩いている私達の多分交通費を含めた3回分ぐらいになるんじゃないかなあ?
明日の朝トイレで探せっていったけど、きっと探さなかったよね。 -
大湫本陣の案内
-
本陣跡は大湫小学校になり、小学校も廃校になってしまったようです。
現在は更地になっています。
大湫宿は
人口:338人
家数:66軒
本陣:1軒
脇本陣:1軒
旅籠:30軒 -
皇女和宮は大湫宿で宿泊されています。
その時の歌。 -
尾州白木改番所跡
尾州藩川並奉行所として設置されました。 -
大湫コミュニティーセンターは地元の方向けの施設なのでしょうが、宿場の雰囲気をイメージしていますね。
-
コミュニティセンターということなので、地元の方が対象の所なのでしょうが、大湫宿についての説明も展示されていました。
前回、落合宿へ行ったときに本陣にいらしたお話上手のガイドさんが、中山道を歩いた中でお勧めの宿場は大湫宿とおっしゃっていましたが、大湫宿の皆さんのおもてなしの心は中山道69宿場のなかでもトップクラスですね。 -
森川訓行家住宅(丸森)
旅籠の他に尾州藩の許可を得て塩の専売を行っていた商家旧森川訓行家住宅 名所・史跡
-
現在は観光案内所・無料休憩所となっています。
-
旧村瀬家
元は村瀬家の建物で、村瀬家は大湫宿の庄屋兼村役人で、「大湫は潰れても村瀬は潰れず」と言われていました。 -
大湫宿脇本陣は国登録有形文化財ですが一般公開はしていません。
当初本陣として建てられたものが、享保10年(1725年)に脇本陣になりました。大湫宿脇本陣 名所・史跡
-
十三峠の入り口から30㎞飲食店はないということでしたが、大湫宿には良い感じの飲食店もありました。
私たちはすでに食事しちゃったので(なんなら差し歯も食べちゃった人もいるし)入りませんでしたが、よい感じのお店でした。 -
大湫神明神社
-
この日はお茶の接待もあったようで、ウォーキングイベント参加者もお茶を召し上がっていました。
帽子をかぶったような大木はこちらの御神木。
樹齢1200年と言われる大杉でしたが令和2年7月11日豪雨で倒壊してしまいました。
皮肉なことに折れた年輪から樹齢は670年だったということがわかりました。
折れてしまい半分に若返っちゃって、でも村の人に大切にされていることには今も変わらないのですよね。 -
高札場
高札場の手前をそれたところに観音堂があったようです。
「大湫に過ぎたるもの二つあり、神明社の大杉と観音堂」と言われる、観音堂を見過ごしてしまうとは、トホホ。 -
紅葉洞の石橋の後、小坂の馬頭がありました。
-
このあたりが浮世絵の大湫宿場所のようです。
周りの写真撮り忘れたみたいです。 -
広重の47番目大湫宿
大湫宿からちょっと離れた場所になりますね。
湫は沼地や湿地帯の意味で、地名は峠に挟まれた水のたまりやすい場所に由来します。
久手と書くこともあるようです。 -
中山道と大きく書かれた横に大湫宿(十三峠)、二つ岩、細久手宿(琵琶峠)と書かれています。
ここは、休憩できるようになっていました。 -
大洞の馬頭観音
-
二つ岩のうち1つの母衣岩
-
もう1つは烏帽子岩
-
琵琶峠東上り口の碑・観音道標
十三峠が終わって大湫宿で昼食を食べ油断していたらまた峠になります。琵琶峠 名所・史跡
-
琵琶峠の石畳は1970年(昭和45)に発掘され補修されました。
江戸時代と同じ様子なのだそうですが、風情はあるけど歩き難いですね。琵琶峠 名所・史跡
-
見晴台と書かれていたところがあったのでちょっと寄り道しましたが、ちっとも見晴らせない所でした。
-
こちらが琵琶峠の頂上です。
馬頭観音と皇女和宮の歌碑があります。
「住み馴れし 都路出でて けふいくひ いそぐもつらき 東路のたび」 -
日本橋から九十一里目の八瀬沢の一里塚
歴史の道の推進事業の一環として整備されたので当時の物ではないのかもしれませんが、中山道を歩いている中でもかなり立派な一里塚です。 -
熊の目撃情報があったって。
この時は怖いねって言っていただけだったけど、今だったらもっと怖く感じていただろうね。 -
琵琶峠 西入口の碑
ここが琵琶峠の西口つまり東から来た私達はここで終わりになります。 -
北野沢の六十六部廻国塔
-
峠を終え集落にでました。
ソーラーパネルの電気柵を見て喜んで写真を撮る人。 -
てくてくと歩いていると、こんなところでいいんだっけ?と不安になります。
-
バス停の名前は「北野中野」
これは道間違えたんじゃ?
と、思っているとうしろからこっちでいいんでしょうか?と声がしました。
午前中、抜きつ抜かれるして歩いていた方です。道がわからなくなった時に私達の姿を見てこちらへきたのだと。
ごめんなさい、多分私が間違えました・・・ -
話していると、1人先に行っちゃう人が・・・・
「おーい!戻って来い」 -
こちらのお宅で庭仕事をしている方に確認したら、やはり間違えているとのこと。
間違える人多いんですよね・・・
でも、このまま先に進むと中山道に合流できるとのこと。
一緒になった方はこのまま進むそうです。
夫の性格からすると戻りたくないって言うだろうなと思ったのに、せっかく中山道を歩いているんだから戻ろうだってさ。
人間、歯が1本なくなると性格が変わるんでしょうか? -
道を戻ります。
ここで間違えたんだね。 -
中山道を歩いている人の旅行記に出てくる国際犬訓練所が見えました。
これで道は間違っていないと安心しました。 -
岐阜県内の中山道の案内板は、この緑と茶色の案内板。
旅行記にはあまり登場していませんが、岐阜県内はこの案内板があって安心できるんですよね。
なのに今回は見失っちゃいましたが。
これをみて、これほど安心したのは初めてです。 -
一つ屋茶屋跡
ここに茶屋があったのですね。 -
天神辻の地蔵尊
-
狂暴化する熊
-
弁財天の池
大田南畝の「壬戌紀行」で『小さき池あり 杜若(かきつばた)生いしげれり池の中に弁財天の宮あり』と記されています。 -
女男松の跡
かつてここには一つの根から二本の松が生えており、夫婦円満や子授けにご利益があったそうです。
もう1つの話は、昔、細久手宿の遊女が梅毒に悩み、夢の声にこの松へ信仰すれば必ず病気が治るとのお告げがあり効果があったので、多くの人に信仰されたというのもあります。
一般的には1番の説でしょうね。 -
日本橋から九十二里目の奥之田一里塚
瑞浪市は立派な一里塚が残っていますね。
五街道を歩いた方がここの一里塚が五街道の中で一番だとかいてました。 -
三国見晴し台と馬頭様となっています。
見晴し台とのことですが、見晴らせなさそうなのでここはスルー -
案内板によると細久手宿はもうすぐそば。
-
歩いていると声を掛けられます。
-
「本当の中山道はこっちだったんですよ。」だって。
えっ?このかた日本人じゃないんですが・・・ -
こちらの工場が建ったので旧中山道は途切れてしまったのだとか。
-
工場は日吉第二小学校跡に建てられました。
小学校の相撲場建設時ここから人骨が出土しました。
細久手宿 処刑場跡だったようです。
昔、妻の浮気に腹を立てた夫が妻と浮気相手を殺した罪により、ここで処刑されたという話が残っています。
こちらも説明をして下さった方が、草を刈っているそうです。 -
広重の浮世絵のばしょも工場あたりから見たところだけど、一番雰囲気が近いのがここらしい。
-
こちらが広重が描いた中山道48番目の宿場の細久手宿
確かにこの浮世絵の雰囲気はありますね。
尾張藩領
人口:256人
家数:65軒
本陣:1軒
脇本陣:1軒
旅籠:24軒 -
白髪のおじいさん2人。
案内して下さった方はオランダ出身で、今は奥さんの実家に暮らしているとのこと。
オランダ時代は夫の仕事と近いことをやっていたようで、中山道の話からいつの間にか仕事の話になり2人で盛り上がっているのよ。
宿はもうすぐなんだから、私は先に行っちゃいたかったけどそんなわけにもいかず。
いろいろお話を聞かせて頂きましたが、ここでお別れします。
海外の方に教えてもらう日本の歴史。
とても興味深かったけど、仕事の話は私にはチンプンカンプンでした。 -
細久手庚申堂
-
中山道細久手宿高札場跡
-
もう文字が消えてしまっているものも多かったけど、細久手宿には細久手長寿クラブの方たちがたてた案内板が幾つか立っていました。
英文は先ほどのオランダ出身の方が頼まれて書いたのだそう。 -
ここが細久手宿の中心となります。
交通の便が悪いので、徒歩で来るか本数の少ないバスに乗ることになります。
ここは駐車場もあるので車で来るのも可能です。細久手宿 名所・史跡
-
本日の宿 大黒屋さん。
国登録有形文化財になっています。
細久手宿の本陣・脇本陣が手狭になり、他領主との合い宿を嫌った尾州家が、問屋役酒井吉右衛門宅を「尾州家本陣」として定め「尾州家定本陣大黒屋」となりました。
途中、宿泊客の減少により営業をやめていた時もあるようです。細久手宿 大黒屋旅館 宿・ホテル
-
先程一緒に道に迷った方が、先に到着したので宿の方にここに泊まる2人に途中であったという話をして下さっていたのに、いつまでも現れないのでまた迷っちゃったのかと心配して下さったようです。
オランダの人に説明を受けていたと話したら、お話し好きの方なので時々お客さんがつかまるんですよ、と言っていました。 -
ちょっと急な階段を登って2階へ。
-
お部屋に入って寛ぎます。
-
ビジネスホテルが多い私達はお茶菓子付きの和室ってあまり使わないので、私はとてもうれしい。
夫はテレビのないのが不満でしたけどね。 -
二間続きのお部屋。
2人ではもったいない空間です。 -
食事の時間になりました。
本日の宿泊者は3組4人。
2人のうち1人は先ほど朝から抜きつ抜かれつして途中で一緒に道に迷った方。
もう1人は奥之田一里塚で私達を抜いて行った方でした。
中山道歩きも後半になりましたが、今までビジネスホテルが主だったこともあり、宿で中山道を歩く人と話しながら食事をしたのは初めてでした。 -
料理旅館というだけあって、宿泊費からは考えられないいぐらいのお料理が。
団体の時は相部屋で了解してもらうけど、個人のお客には1グループごとのスペースを広めにとって下さるようで、ずっと続いてほしいのでやっていけるのか心配になっちゃいます。 -
美味しく頂きながら、宿のご主人に本当は2日前に泊まりたかったんですよ、と言ったらその日は海外からの団体が泊っていたそうです。
細久手宿は中山道を歩くようになって知った場所でしたが、海外からの方も結構いらっしゃると聞いて、皆で驚きました。人気の妻籠や馬籠だけではなく細久手宿を知っているんですね。 -
そういえば、お部屋に英語の説明書がありました。
-
古い街道の絵やその他にもいろいろ江戸時代からある絵なども飾られています。
有名観光地ではないかもしれないけど、大切に残されたこちらの旅館は日本の宝ですね。 -
階段は確か2ヵ所ありましたが、夜中にトイレに行くにはやはりどちらも急で怖いです。
おまけに古い建物だからミシミシいうんですよ。(体重的にも)
4トラでは、最初は名所旧跡になっていたんですが、訂正を求めたら宿泊施設に直してもらえました。
でも、区分は旅館じゃなくてスタンダードホテルなんですよ。
惜しいなあー -
この日歩いたのは、17.9km。
峠もあったし前歯紛失事件もあったし部屋にはテレビがないし(これが一番大きかったりして)夫にはつらい1日だったようですが、同じ分野の仕事をしていたオランダ出身の方と話せ、中山道を歩いた中でも思い出深い1日だったようです。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
夫婦でケンカしながら中山道を歩きます3(美濃国)
-
【中山道】20-6(31日目)馬籠宿を過ぎると静かな中山道に戻った(44番落合宿、45番中津川宿)
2023/05/21~
中津川
-
【中山道】20-7(32日目)こいのぼりの中津川宿からこの日の中山道を歩きます。(45番中津川宿)
2023/05/22~
中津川
-
【中山道】20-8(32日目)恵那にあるのは大井宿。大井宿っててっきり東海道にあるんだとおもっていました。(...
2023/05/22~
恵那
-
【中山道】21-1(33日目)今回もワープして雨の中からスタート。かに、可児、蟹の御嶽宿とおもてなしの伏見宿...
2023/11/10~
可児
-
【中山道】21-2 (33日目)昔は中山道三大難所の1つ太田の渡しも今は楽々渡れます。雨だけど・・・(51番...
2023/11/10~
美濃加茂
-
【中山道】21-3 (34日目)ずっと沿うように歩いてきた木曽川ともこれでお別れ。でも、中山道ウォークはまだ...
2023/11/11~
各務原
-
【中山道】21-4 (34日目) おじさんのプリンがピンチの私を救う。 52番鵜沼宿~間の宿新加納宿~切通駅...
2023/11/11~
各務原
-
【中山道】21-5 (35日目) 今回の中山道歩きは本当はここからスタートでした(47番大湫宿)竹折高札場跡...
2023/11/12~
瑞浪
-
【中山道】21-6 (35日目) 鮎の塩焼き食べたらあら大変、傷心の夫と細久手の宿に泊まる(47番大湫宿、4...
2023/11/12~
瑞浪
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
-
細久手宿 大黒屋旅館
3.21
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 夫婦でケンカしながら中山道を歩きます3(美濃国)
0
79