2025/04/10 - 2025/04/18
8位(同エリア7件中)
あこちゃんさん
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突然ですが、私の趣味は4travel でいろんな方の旅行記を読むことです
若いころちょっとだけバックパッカーをしていましたが、その後すぐ20代前半で親に結婚させられたので、夢も希望も絶たれた感じでした
去年、小学校を卒業して初めての同窓会があったのですが、その時にちらっと海外に行った話をしたら、みんなから「夢が叶ってよかったねーー」と言われました
???と尋ねたら、どうやら私は小学校の時から、世界中を旅してみたい!将来は通訳になりたい! などと言っていたみたいなのです
通訳?!・・・・
ずーーーっとフルタイムで働いていたので、海外旅行なんて夢のまた夢・・・(しかも義母と同居していたので、絶対に許されませんでしたよ・・・)
なので、みなさんの旅行記を読んで、いつか私も行きたいなーーと、見果てぬ夢を見ていたわけです・・・
仕事を辞め、なんとか少しずつ子どものころの夢を叶えている今日この頃です
あるとき、『おくさん』という方が、サンティアゴ・コンポステーラまで巡礼に行った、という旅行記を読んで、そんなすごいものがあるんだー
徒歩で何百キロも歩いて行くなんてすごいーー
と感動に打ち震えておりました
いつかそのうち自分でも歩いてみたいとひそかに思って、なんとなく情報を集めていました
yunさんという方が、その巡礼でル・ピュイの道、というところを歩かれた記事を読み、どうせ行くなら私もこのくらいの長距離を歩いてみたいなーと漠然と思っていました
そして今回やっと長年の夢を叶えることができたのです
だらだらと細かく写真をアップしていますが、どうかお許しください
自分の史上最高つらかった記憶を、ずっと覚えておきたいのです
今までつらい事ばかりの人生でしたが、それはおもに対人でした
これは、自分で行く、と決めた行動におけるつらさです
一番大きかったのは、言葉の壁でしょうか?
どうしても英語を流ちょうに話せないので、巡礼者のとの間に自ら壁を作っていたようです
おくさんなら、こんな壁は簡単に吹っ飛ばすのでしょうね・・・
ともかく、これからも人生でつらいことがあれば、この旅行記を見てつらさを吹き飛ばせればいいな。と思っています
ほらほら~~この巡礼のつらさに比べればへっちゃらだろ~~
と自分に言い聞かせていきたいです
長めの旅行記になりますが、お許しくださいませ・・・
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
グアテマラから帰ってきて、2週間だけ日本ですごし、旅の準備をします
今回は、初めてエティハド航空を使います
パリ往復で、なんと!12万円!!
すごいーー
とりあえず87日間の往復チケットを購入
時間が余ったら、観光でもしよう!と軽く考えていました
こちらはアブダビです
ここで乗り換えします
ここまで11時間35分
ここからパリまで、さらに10時間5分
ところが、なんと恐ろしいことにパリ行きが1時間15分遅延してしまう・・
なんてこったーーー
これで9:59発のパリ発リヨン行きに乗ることがほぼ不可能に・・・
すでにル・ピュイまでのチケットは取ってあったので、それがすべてパーになってしまった(パリ→リヨン、リヨン→サン=テティエンヌ、サン=テティエンヌ→ル・ピュイ なんと3回も鉄道を利用しなければ着かないのでした・・・)
ちなみにパリからル・ピュイまで、440kmあります・・
パリに着くとすぐにチケットを取り直そうとしたけど、スマホに認証番号が送られるのにそれを適用できない
おそるべし、不正利用防止の厳しさよ!
仕方がないので窓口に30分並んで、ようやく自分の番がくればそこはパリ市内行きのカウンター・・・
あの時の係りのおじさんの、かわいそうな子を見るような目が忘れられない・・・
ようやくチケットを変更できるところを見つけ、待って、待って、ようやく手に入れることができたけど(手数料25ユーロ)後でよく見ると サン=テティエンヌまでのみのチケット・・・
なんてこったー再び
仕方なくSNCFのアプリで ル・ピュイまでを追加購入
今度はデビッドカードを使い、なんとか認証問題をクリア! -
リヨン駅に到着したのは14時過ぎ
ここで1時間待ちます
座るところがないので、地面に座って電子書籍を読んでいました
サン=テティエンヌ行きは15:06発 -
サン=テティエンヌ駅
キレイな駅でした -
でもここに着くのに電車が10分遅れてしまい、ル・ピュイ行きに乗れませんでした
本日2回目のチケット変更
本当は15:58発に乗る予定だったのに、17:17発に変更・・・ -
結局ル・ピュイに着いたのは19時頃
本当なら16時頃に着いて、ゆっくり観光でもしようと思っていたのに・・・ -
ル・ピュイの街はとても素敵
中世時代のような雰囲気です -
今日のお宿
カミーノ中はずっとドミトリーなので、最後にゆっくり一人でくつろぎたいと思い奮発しました -
目の前が大聖堂!
徒歩10秒のすごい場所
今日はとても観光する時間がないので、こちらにもう1泊することにしました
長時間飛行機に乗ったり、電車に乗ったりで全然寝ていないので眠くてたまらない
スーパーに買い物に行ったけど、店員さんが全く英語を理解してくれない・・・ -
4月12日(土)
部屋を移動します
小さい部屋になりました -
私の荷物
もーのすごい量・・・
これは本当に反省していて、何も考えずに色々持ってきて心から後悔しました
後日会った人たちは、1つ1つ重さを量って考えに考えて計画してきたとか・・・
リュックも何も考えずにアマゾンで安売りしていたのを買ってしまい、後日山女の方から、リュックは軽いのにしなきゃダメでしょーーと叱られましたよ・・・(ちなみにその方がお勧めなのはカリマーだそうです)
だってフランスは冬みたいな気温だし、スペインに着く頃は真夏みたいな気温だし、冬と夏、2種類の服を用意しなければいけないのですよ!
何と言っても約3か月分の荷物・・・
重くなるわけです・・ -
4月12日(土)
今日は1日観光します
まず朝のミサがあるノートルダム大聖堂に行こう!と思ってきたのがこちら
全然違う!
もし連泊していなかったら、間違えてこちらに来てしまい。、ゲートが開いていなくてすごすご引き返し、朝のミサに間に合わなかった・・・
紛らわしい--どうして同じ名前の大聖堂が2つもあるの!!
どちらも日本語ではノートルダム大聖堂なんですよ -
ものすごい坂を登ってきました
-
14ユーロ払って3か所を訪れます
今いるのは1つ目の Statue ND de FRANCE
googlemap では、ノートルダム大聖堂と記載されている
誰だってこっちだと思うよね!(私だけ?) -
坂を上ったてっぺんにあるので見晴らしがいい
-
こちらがチケットにあったマリア様の像ですね
ル・ピュイ=アン=ヴレ市に近づくとどこからでもよく見えるコルネイユ岩山の上に立つ赤銅色の聖母マリアとキリストの像。ナポレオン三世の時代、1860年に完成した像で、クリミア戦争でロシアから奪った213の大砲から鋳造されたとのこと。ル・ピュイの街を見守っています。 -
塔にも上ってみました
-
中はこんな感じ
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それでは次に向かいます
-
坂を下って
-
次はチケットの2つ目にあった CLOIRE de la Cathedrale
教会の大回廊です -
向こうに見えるのがチケットの3つ目にあった St MICHEL d'AIGUILHE
サン=ミシェル・デギュイユ礼拝堂ですね -
岩の頂上に建っています
-
中に入ってみます
-
ル・ピュイの街の地図
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戻ってきました
こちらが朝のミサがある大聖堂ですね
Cathédrale Notre-Dame-du-Puyです -
中に入ってみます
「熱病の石(La Pierre des Fièvres)」とは、フランスの**ル・ピュイ=アン=ヴレ(Le Puy-en-Velay)**にあるノートルダム大聖堂に古くから伝わる、病気を治す力があると信じられている黒い玄武岩の平たい石のことです。
伝説: この石の上に横になると熱病が治癒したという言い伝えがあります。古代ガロ・ローマ時代、熱病に苦しむ貴婦人の前に聖母マリアが現れ、この石に座るように告げたところ治癒した、という伝説も存在します。
歴史的背景: キリスト教の聖地となる以前のドルイドの聖地(ペイガニズムの聖地)に由来する可能性が高く、キリスト教化の過程で聖母信仰と結びついたと考えられています。
巡礼: かつてこの石による癒しを求めて多くの巡礼者が訪れ、ル・ピュイ=アン=ヴレがサンティアゴ・デ・コンポステーラへの主要な巡礼路の一つとして栄える一因となりました。 (google:AI検索より) -
<黒いマリア像>
歴史: 初代の聖母像がどのようなものであったかは不明ですが、1254年にフランス国王ルイ9世(聖王ルイ)が第7回十字軍から帰還した際に、それまでの像に代わる「黒い聖母子像」を寄進したとされています。
「黒い聖母」とは: ヨーロッパには多くの「黒い聖母」像が存在しますが、その多くは中世(11世紀から15世紀頃)に製作された木彫りの像です。色が黒い理由には諸説あり、ろうそくの煤で黒くなったものもありますが、大部分は黒が本来の色であると考えられています。古代ローマ時代のイシス信仰との関連を指摘する研究者もいます。(google AI検索より)
膝にイエス様をのせています。お召し物が時節によって変わるそうで、本日は紫でした
説明文より:こちらのフリンジの付いた銀色のブレードで縁取られた紫色のコートは、四句節にも適しています。紫は改心と苦行を思い起こさせ、四句節の初日に信者の額に塗られる灰の色である銀灰色と関連しています -
こちらの正面にある黒い板(?)のようなものが、ミサの終了後自動で真ん中から2つに割れて、上に上がって入り口となり、巡礼者はそこを通って正面に降りていきます
-
聖ヤコブ(サン・ジャック Saint Jaque)像。
この後売店で、ホタテ貝を購入します(5ユーロ) -
ル・ピュイの街
色々散策します -
標識をたどって、大聖堂からの道順を確認
え、、、ちょっと待って・・・
サンティアゴ・コンポステーラの終点まで 1522km だって・・・
改めて実際にこの数字を目にすると、かなりショックかも・・・
1522kmを歩くなんて信じられない -
4月13日(日)
昨晩は緊張のためか、ほとんど眠れず・・・
朝7時より巡礼者のためのミサが始まります
巡礼者は出発の朝、大聖堂でのミサに出席し、祝福を受け、出発となります。
教会の中はものすごい人!!
何百人いたか・・・・
もちろんミサはフランス語
何を言っているか全くわからない
最後にカミーノに行く人だけ残って、と言われたような気がする
それでも100人以上いましたよ・・・
そういえばミサの時、私は前から2番目の席に座っていたんだけど、真ん前の人が日本人でした!!(シスターから、何処から来たの?と聞かれ答えていた)
え~~ものすごい偶然!!
絶対に後でお話ししてみよう!!…と思ったのですが、ミサが終わり、まずクレデンシャルにスタンプ押してもらわねばーーと一番乗りで売店に向かったため、彼とはそのまま会えずじまいでした
それでは階段を下りて出発!!
yunさんはここでものすごく感動していらしたけど、私は・・・・
感動より不安のほうが大きかったかな?
なにしろ 1522kmですからね・・・ -
大聖堂の正面より
「さあ行くぞ!!」という感じですね -
地図を確認したけどよくわからない(いつものこと)
-
とりあえず進みます
初っ端から荷物の重さにげんなり・・・(たぶん13kg以上ありそう)
いきなり最初からものすごい登り・・・
ストックなしじゃ無理な感じ
ちなみにストックは5か月前にネパールに行ったとき、カミーノで使うためにわざわざ購入してきました
でもこっちで買ったほうが安かったかも・・・
15ユーロくらいで売っていたんですよ・・・ -
前後に誰もいないのはなぜでしょう・・・
-
途中にあった休憩所
話には聞いていたけど、ホントにありました!
カップ半分のぬるいカフェオレをいただきます(0.5ユーロ)
飲みながら持参のパンを食べます -
なんと!雨が降ってきたではありませんか!!
初めはぽつぽつで、このくらい大丈夫かな~~と思っていたら土砂降りに・・・
初日からなんてこった!!
リュックカバーをつけ、ポンチョを着て、カッパのズボンも履く
雨が降っているとリュックを下ろせない、つまり休憩できない
水も飲めない、パンを取り出せない、トイレもいけない・・・
もうリュックが重すぎて、どうにかなりそう!!
すでに身体はガタガタ、明日が怖い~~
結局その後宿に着くまでずーーっと降っていました
見てくださいよ! この足元・・・
ぐちゃぐちゃ・・・ -
本日の目的地に到着!
うれしい!!
サン・プリヴァ・ダリエ
24.03km 5時間30分とグロンズには書いてありますが、雨だったこともあって6時間9分かかりました・・・ -
途中いけないと思いつつ、バス停の小屋で休憩していると誰かが飛び込んできて「僕もここで休んでいい?」と聞きます
もちろんOKですよ!と答えた後、おたがい あれ?日本人??
そう、朝のミサで会った人でした
その人は、Buen Camino(アプリ)の使い方がわからない~~と言っていたので「それよりもグロンズのほうがいいですよ(個人的意見)」と、教えてあげました
彼は今日の宿を予約していないらしいので、私が泊る『エスカルゴ』を教えてあげます
でも最初に一番安いところにチャレンジしてみるそうです -
本日のお宿
グロンズで選びました
2食付いて45.75ユーロ
チェックインしてオーナーさんに「巡礼の初日はどうだった?」と聞かれ「もうずっと雨でくたくたですよ~~」と愚痴っていると、先ほどの男の人が登場。
安いところはFULLだったそうです
スーパーを教えてもらったけど行ったら閉まっていました
日曜日でした・・・ -
部屋はこんな感じ
男女に分かれていました
この日は私ともう1人の2人だけでした
とりあえずシャワーして洗濯しますが、干すところがありません
廊下に干していると、オーナーさんが1階の暖房の効いたところにみんなの洗濯物を移動してくれました
私のベッドはこの手前の・・・
ぐちゃぐちゃでお恥ずかしい
しかし荷物が多いですな! -
ここは食事がおいしいことで有名だそうです(全然知りませんでした)
一緒になった男の人は『ともさん』
私の住んでいるところより2つ隣の県に在住
なので結構話が通じます
年齢は4つ下
実はここから長いお付き合いが始まったのでした -
食事は大変おいしゅうございました
-
こちらは本日の行程表です(グロンズより)
最初からずっと上りで、かなりつらかったです -
翌日雨は上がりましたが、霧が深く、吐く息は真っ白の中出発します
のっけから急な坂道です
夕べ、ともさんにバックパックを軽くする担ぎ方を教えてもらったり、上手なパッキングの仕方を教えてもらう
ずいぶん楽になりました -
道のあちこちに、こういった赤白の標識が道順を示してくれます
-
疲れている中、こういったオブジェに心が癒されます
-
奥に見える街が本日の目的地
Saugues
やんわり宿を探し始めます
とりあえずグロンズに載っているお宿に電話をかけまくります
・・・が!!
だーれも英語を理解してくれない・・・
ようやく通じても(めんどくさいのか)みんな今日はFULL と言います
困ったーーー
とりあえずともさんを待つことにします -
変わったオブジェ
-
もちろんここの宿にも電話をかけましたとも!!
-
ともさんと合流
一緒に街まで歩きます -
どこも受け付けは15時からなので、それまでこちらの教会で時間をつぶします
この日歩いたのは19.5km -
桜じゃないけど、桜みたいにキレイ
-
あれから一生懸命宿を探しましたがどこも空いていず、いきあたりばったりで探します
どうにか見つけたのがこちら
もう全然空いていなくて、泣きそうになったよ・・・
昨日知り合ったばかりの人と同じ部屋に泊まります・・・
っていうか、ここはすべてこんな部屋
なんか公共の施設みたいなところ
1人20ユーロ
食事なしです -
ともさんに作ってもらった本日の夕食
-
おいしそう~~
もちろん洗い物は私がしましたとも!!
カマンベールチーズは欠かせません -
4月15日(火)
今日も道が悪い・・・
この日は高度にして400mを上ります
本日も雨の予報・・・ -
The 山の中ーーと言う感じです
今日も上りがキツイです
雨の予定だったけど、ラッキーなことに宿に着くまで降らず -
この日は19.3kmくらい
14時半には宿に到着
入り口がわからずまごまごしているうちに、ともさんと遭遇
お互いにグロンズマップアプリを活用して歩いているので、どうしても同じ日程になってしまいます -
石造りの建物でとても大きい
-
入り口は何か所かあってわかりにくい
-
夕方になって、とうとうあられが降ってきた・・・
私たちの5日後にここに泊った人に写真を見せてもらったけど、一面銀世界でした・・・(大雪!!)
こちらがレストランの入り口 -
もう夕食の準備がなされている
-
ここでカプチーノをいただきます
-
ともさんにおごってもらいました!
-
この日は食事付き
おばあさんと孫の巡礼者に「あなた、荷物重すぎ!もう少し減らせないの?」と言われてしまう・・
3か月かけて終点まで行くので、どうしても荷物が重くなってしまうんですよーーと愚痴っておく
フランスのディナーは2時間くらいかけて進みます
ともさんがいないと針のむしろ・・・
だって誰とも話せないんだもん
どうしてフランス人は学校で英語を勉強しているはずなのに、誰も英語を話せないんだろう・・・(たまーーーーに話せる人はいますが)
私もそんなには話せませんが、それでも片言くらいは話せます
お互い片言でもいいから話したいなーー
食事と食事の合間の空白が厳しい・・・ -
4月16日
天気が悪い日が続きます
そしてかなり寒い・・・
朝の気温は2度
息真っ白
ユニクロのヒートテックとタイツをはくけどそれでも寒い -
道端にある十字架
-
これがあるから迷わない
-
毎日寒い・・・
どこの宿も暖房が入っているのが救いとえば救い・・・ -
ジット(宿)の宣伝
でもかわいい~ -
Aumont-Aubrac
この日は29kmも歩きます
トータルで1526キロカロリーを消費したけど、毎日食事をお替りして食べているので、全然痩せる気配がない・・・ -
かわいそうな私のシューズ
途中の底なし沼にはまってこんな羽目に・・・
私の後ろにいた女子2人は、私がずぶずぶ沈んでいくのを見て、慌てて進路を変えていました・・・
雨が降って寒い中外で洗ったけど、なんかものすごく臭くなってしまった・・・
廊下の暖房の上にのせる・・・
なんとか翌日までに乾きました -
Aumont-Aubrac泊
今日の宿は、昨日ベッドが隣だった女性に予約してもらいました
やはりフランス語で電話予約してもらうのが確実ですね
2食付きで45ユーロ
Gite d'etape Ferme du Barry -
-
食事前
-
部屋でシャワーしていると、日本語の会話が聞こえる
出ると、日本人のおじさんがともさんと話している
その人は「ル・ピュイの道で日本人が3人も集まるなんて信じられない!!!」
と大興奮
75才!
中南米で長年働いてこられた方で(おそらく外交官っぽい)スペイン語の添削をしてもらいました
「ちょっと今からスペイン語で話してみて」
「・・・・・」
オーナーさんのご配慮なのか、この日は6人部屋に私たち日本人3人のみでした
この日の食事は最高!!
おじさんはもちろんこの宿の食事がおいしいことを知っていて、それでこちらに決めたそうです
もう何回もカミーノをされているとか
ル・ピュイは2回目だそうです
サン=ジャン=ピエ=ド=ポルまででやめようかなーとおっしゃっていました
45ユーロは高いなーと思っていたけど、この食事を見れば納得
高級レストラン並みでした(行ったことないけど)
ちなみに前後を歩いている人は、ほぼ全員この宿に入っていったのでびっくり! -
こちらは朝食
こちらもとても美味しかったです -
4月17日
この日は Nasbinals泊の予定
本日も荒野を歩きます
また雨が降りそうな景色・・・ -
本当に歩いている人がいないので、道に迷うと最悪!!
-
左右に有刺鉄線があるのがわかりますか?
フランスは本当にこれが多いです
この日も泥沼を避けようとして、ジャンパー兼レインウエアを有刺鉄線に引っ掛けて破ってしまい、かなり落ち込みます(高かったのに~~~)
宿でちくちく縫います -
犬は多いですね
そしてつながれていない・・・ -
あーーー今にも雨が降りそう
-
オーブラック自然公園
オーブラックはフランス中央高地にある自然公園です。玄武岩と花崗岩でできた広大な高原で、標高約\(1100\)メートルに達し、アヴェロン県、ロゼール県、カンタル県の境界に位置しています。夏期放牧や、ラヨールナイフのインスピレーションとなった景観が特徴で、多くのハイキングコースが整備されています。(googleより) -
ぼーっと歩いていると、同じく巡礼者の女性が写真を撮ってくれました
-
この日は道を間違えまくり
町を出るときにとんでもないところに行ってしまう
同じく巡礼していた女の子、「こっちだと思う」と私が言ったのに、その子は「イヤ、そっちじゃない」と真逆の方に行ってしまった・・・
後から私が進んだ道があっていたとわかったんだけど、あの子はどうしたんだろう・・・ -
結局20分くらい後に出たともさんより、私のほうが遅れて着く羽目に
この日は本当に一日中寒く、体感気温はマイナスであられもずっと降っていました
本当に心底疲れ果てました -
通り沿いにあった Nasbinalsの教会
-
お店に売っていたマグネット
-
この日は Nasbinals 泊
28km 7時間かかる・・
ともさんに作ってもらったパスタ -
こちらも作ってもらったスープ・・・
一応弁解させてもらうと、私が作るよ、と言っても「イヤ、オレが作るよ」と・・・
みんなに「彼が作って、あなたが洗い物。いいコンビだねー」と言ってもらう -
4月18日
Saint-Chely-d'Aubrac 泊予定
珍しくお天気
この日は疲れ果てていたので、15kmくらいでやめようと思います
外に出ると白人グループがいたので「こっち?」と方向を確認して進みます
グロンズではまっすぐ、、となっているのに白人グループの人たちが「そっちじゃないよ」と斜め右方向を示します
???と思いつつせっかく教えくれたのに、あえてまっすぐ進むのもどうかなーーと、彼らの言う通り進むとずいぶん坂道を上ってからなんと突き当たりにぶつかります・・
怒りマックス!!
元のところに戻って今度はまっすぐ進むけど「あれ?ここ昨日も通ったかも・・」
そう、反対方向に進んでいたのでしたー
結局今朝出発した宿まで戻る羽目に・・
なんと!1時間も無駄にしたのでした・・・
なんてこった!! -
気を取り直して進みます
景色がとてもきれいです -
ところが気付けばネットがつながらない
マップも見られない・・・
ふと気づくと全然違う場所にいるとわかる
ガーーーン!!
アドレナリン出まくり!! -
しかも今からG65(カミーノの道)に合流するには、あと3kmの表示が・・・
15kmなんて余裕だわ~~と思っていたのに、結局トータルで21.34kmも歩いてしましましたよ
4時間で着くはずが、5時間45分もかかった・・・ -
ようやく人を発見
ホントに誰かいたら道を聞けたのにね -
地図を確認します
先の長さにがっくり・・ -
これはなんでしょう?
-
牛のオブジェ
-
何かステキな道に見えますが、石畳で歩くのが大変
-
やっと本日の宿に到着
なんとか15時すぎには到着
またしても、ともさんに作ってもらったごはん・・・
そういえば昨日ほど疲れていないなーと言ったら、昨日あれだけ疲れたのは寒さのせいだ、と山男のともさんは教えてくれました
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旅行記グループ
2025 サンティアゴ巡礼
この旅行記へのコメント (2)
-
- おくさん 2025/11/30 00:51:32
- いよっ待ってました!
- 始まりましたねー。
ルピュイの道はフランス映画「サンジャックへの道」の舞台なので憧れますが、私にはハードルが高いルートです。
鉄条網の道とか映画そのものでした。
まず、フランス国内を巡礼するにはお金がいっぱい掛かる。やっぱり2食付いて45ユーロは2食付きのスペインの私営アルベルゲより10ユーロ高いです。
今年はフランス国内を3日歩きましたが、物価が高くて参りました。それが一月も歩くなんてブルブルです。
それとフランス語が分からない。
ルピュイを歩いてきたオランダ人に、あんたはフランス語が話せるのか?と聞いたら、話せないけどジェスチャーで問題なかったそうです。毎日次ぐ日のジットにはその日泊まった女将さんに予約の電話をして貰ったと言ってました。
13kgはキツかったですね。私は持っていく装備は全てキッチン計りで選別してます。それでも8ー9kgに収めるのがやっとですが。
毎回、寒い時期のスタートなので、捨てても良い長袖を持参して暖かくなったら廃棄にします。紙の地図も持っていきますが、これも通過した所はすぐ捨てます。何しろ軽さ命です。
ルピュイだと日数と距離も相当ですね。
やっぱりどちらも予想した通りのようです。
私は完全無職なので、最初に巡礼した年こそ67日で900km歩いただけですが、翌年からは毎回80日以上の90日以内で、距離も1500km前後です。今年は怪我を押しての出発だったので1,200km程と押さえぎみでしたが、それが精一杯でした。
高い飛行機代なので、なるべく長く居座る作戦です。w
長くなってしまいましたのでこの辺で。
- あこちゃんさん からの返信 2025/11/30 08:01:42
- Re: いよっ待ってました!
- おくさん
いつもコメントをいただきまして、ありがとうございます。
そう!本当にお金がかかりました!
だいたいどこも2食付いて45ユーロ前後でしたね
食事なしだともう少し安いのですが、そもそも通る村々は小さなところが多く、食料品も手に入れることが難しかったです
荷物の重量に関しては大失敗でした
後半はかなり物を捨てて軽くなったのですが、初めのころはつらかったです。次に旅行記にも記載しますが、訳があり、荷物を送ってもらうことを決めました
言葉が通じないのが一番大変でした
本当に片言でもいいので英語が通じればよかったのですが・・・
今後ともどうぞよろしくお願いいたします
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