2025/10/21 - 2025/10/21
5位(同エリア295件中)
旅猫さん
北海道での最終日は、帰る途中に、『白老仙台藩陣屋跡』に立ち寄ることにする。幕末、日本列島周辺に出没するロシアを警戒した幕府の命を受け、東北諸藩が蝦夷地を警備することになった。その際、仙台藩が拠点としたのが白老陣屋である。戊辰戦争により、僅か12年で役目を終えているが、その跡は良好に残されている。国の史跡に登録され、今では綺麗に整備され、資料館も併設されているので、一度訪れてみたかったのである。
(2025.11.19 投稿)
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 JR特急 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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北海道での最終日。最後くらいは順調にと思っていたのだが、千歳駅のホームに出ると、乗車する予定の特急『すずらん2号』が遅れているとのこと。その影響で、その他の列車にも少しずつ遅れが出ている。そこで、やって来た列車に乗り、隣の南千歳まで行くことにした。
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結局、8時1分発の特急は、13分ほど遅れてやって来た。今回の旅で、JR北海道のの列車で定刻にやって来た列車は、ほとんど無かった。しかも、白老駅には、さらに遅れが増し、8時47分に到着した。
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駅前からは、8時55分発の交流促進バス『ぐるぽん』の市街地循環線に乗車する。最近、地方では路線バスが縮小され、コミュニティバスやデマンド交通が増えている。料金は安いが、本数が少ない場合や、使い勝手が悪いものが多いのだが、白老町の市街地循環場バスは、30分間隔で運行していて、非常に利用しやすい。
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バスは、13分で陣屋資料館バス停に着いた。資料館に入ると、仙台藩による蝦夷地警備の資料が豊富に展示され、とても見応えがあった。特に、蝦夷地を見分し、白老に陣屋を築くことを進言した三好監物と、戊辰戦争の後、乱暴狼藉を働く新政府軍に抗議し負傷した草苅運太郎親堅の資料は興味深かった。草苅運太郎は、傷が治らず、海岸の砂浜に出て、遠く仙田藩領を拝みながら切腹したそうだ。
仙台藩白老元陣屋資料館 美術館・博物館
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展示資料の中には、復元された陣屋の模型もあった。急拵えの陣屋であったが、本格的な城館の構えをしていて、なかなか立派である。
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資料館で勉強した後、いよいよ陣屋跡を見学する。資料館側からは、陣屋の搦手より入ることになる。搦手御門跡の内側が、内曲輪である。
仙台藩白老元陣屋跡 名所・史跡
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内曲輪は、思いのほか広い。そこには、かつて本陣の建物の他、勘定所、穀蔵、兵具蔵、井戸などがあったそうだ。
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内曲輪の正門である詰御門は復元されていた。
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内曲輪は、周囲を掘に囲まれている。土塁もそこそこ高い。
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濠を渡り、外曲輪に出る。そこには、陣屋に駐屯していた藩士たちが住む長屋が点在していたそうだ。
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外曲輪の南の端には虎口がある。そこに門があり、陣屋で最も強固な守りとなっている。土塁の高さは3mあるそうだ。
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虎口には、馬出と呼ばれるものがあり、戦国時代の城のような構造となっていた。陣屋の外側には、ふたつの川が流れ、外堀の役割をしている。幕府の指示を覆し、この地を選んだ三好監物の眼は確かである。
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陣屋の外側の道路脇に、白老で亡くなった仙台藩士の墓が残されている。戊辰戦争後、放置されていたが、地元の方が土の中から掘り出し、一ヶ所にまとめたそうである。過酷な蝦夷地での生活は厳しく、多くの藩士が命を落としたそうだ。
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陣屋跡に戻り、かつて陣屋に祀られていた鹽竈神社に参拝する。鹽竈神社は、仙台藩に鎮座する陸奥国一宮である。当時は祭りなども行われ、地元のアイヌの人々との交流も図られたそうだ。
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陣屋跡外側の景色も風情があり美しい。しかし、白老町でも、市街地でヒグマが目撃され、朝夕の一人での外出を控えるようにとの注意書きが掲示されていた。
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10時38分発のバスで駅へと戻る。帰りの列車の時間まで、まだ一時間以上あるので、早目のお昼を食べようと店を探したが、やっている店が見つからない。仕方が無く、近くのウポポイへ行ってみることにした。駅の反対側に出ると、そこは木材を扱う企業の敷地であった。この辺りでは、トドマツを扱っているようである。
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その先に、蒸気機関車が保存されている。昭和50年まで、北海道各地で活躍したD51-333号機である。蒸気機関車の保存はよく見かけるが、電気機関車などの保存を見掛けないのは、やはり蒸気機関車には魅力があるのだろう。
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そして、ウポポイである。ここは、三年前に訪れているので、今回は食事だけの利用とする。白老牛バーガーなども気になったが、一番奥にあった『炎』と言う店に入ることにする。
ヒンナヒンナキッチン 炎 グルメ・レストラン
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少し迷ったが、白老牛の煮込みハンバーグ定食を注文。食べてみると、柔らかすぎて、肉を食べている感じがしない。ケチらず、ステーキ重にすれば良かったと後悔した。それにしても、欧米系の外国人の姿が多かった。先住民族の文化などに興味を持つ人は、圧倒的に欧米人が多いそうだ。日本人を含むアジア系の人は、楽しめる観光施設を好む傾向があるのと対照的である。
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白老駅へ戻り、11時58分発の特急『北斗10号』を待つ。すると、今回の旅で初めて、定刻に列車がやって来た。
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ところが、途中からやはり遅れ始めた。単線が多いため、ひとつ列車が遅れ始めると、すべての列車に影響が出てしまうのだ。長万部駅を出て、海岸線を走っていると、遠くに室蘭の辺りが見えている。しかし、その右側に、海に浮かぶように島影が見える。襟裳岬にしては近いし、そもそも何故浮いているように見えるのか。まるで、蜃気楼のようである。
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新函館駅で降り、14時48分発の『はやぶさ30号』に乗車。秋の道東を巡る旅。目的であった美幌峠からの眺めはいまひとつであったが、初雪も観られ、長らく行けずにいた野付半島のトドワラにもようやく足を踏み入れられた。列車の遅れや運休に翻弄されたものの、全体的には悪くない旅であった。
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この旅行記へのコメント (6)
-
- 群青さん 2025/12/06 21:08:28
- 公共交通での旅
- 旅猫さん こんばんは。
大変ご無沙汰しております。(冷や汗)
遅ればせながらこの秋の(初冬のような季節感も垣間見える)北海道旅の様子を通しで読ませていただきました。
イチバン驚いたと同時に強烈に印象に残ったのが「北海道のような広大な土地を公共交通機関のみで旅が可能なんだな!」って事です。
JR北海道の綱渡りのような運行によって、時に旅猫さんの予定していた旅先にたどり着けなかったり、日常的に遅延が発生している現状の厳しさも読ませてもらって知ることも多く・・・
事前の旅の準備(実際に行かない場所も含めて相当の知識を蓄えて行かれたんだろうなぁ)によって、困難も適切に乗り切られたように思えましたし。
旅の奥深さが行間から伝わってきて、自分も追体験しているかのような感覚になりました。
それと、クマの出没!
こればかりは回避しようがないので、絶対に遭遇しないように祈念するしかないのかも・・・
群青
- 旅猫さん からの返信 2025/12/07 07:58:15
- RE: 公共交通での旅
- 群青さん、こんにちは。
書き込みありがとうございます。
こちらこそ、ご無沙汰しております。
この北海道の旅から、もうひと月半ほど経ってしまいました。
季節が移ろうのは早いものです。
私の旅は、ほぼすべて公共交通機関頼みです。
車の免許も持っているのですが、学生の頃から紙のままです(笑)
飛行機も苦手なので、どうしても鉄道とバスを利用するしかないのです。
まあ、一番の理由は、陸上をのんびり行くのが好きなだけとも言えますが。
なので、計画は、かなり大雑把で、かなり余裕をもっています。
時間が余れば、適当に歩いたり、本を読んで時間を通したり。
ガイドブックも持たない(買わない)ので、行った場所の知識は、地図のみ。
なので、行った先の観光案内所で地図を必ずもらっています。
それにしても、今回のJR北海道にはまいりました。。。
出だしの躓きが一番大きかったですが、またもに走るのは稀で(^^;
そして、熊!
今年の秋の旅は、熊に怯えるばかり。
北海道はヒグマなので、恐怖です。
白老でも、普通の住宅地でも目撃されていたので、かなり怖かったです。
「一人で歩かないでください」ともありましたが、一人旅ではどうしようもなく。。。
来年は、山にたくさんの実が生ることを願ってやみません。
旅猫
-
- nimameさん 2025/12/02 15:01:31
- 白老仙台藩陣屋跡。
- 旅猫さん・こんにちは(^^)
北海道最後の日は白老仙台藩陣屋跡へ行かれたのですね。
nimame此方拝見して・正直知りませんでした。白老はウポポイだけと思っていました!
国の史跡に登録されているだけあり・広ーい敷地は
綺麗に整備されていますね。
旅猫さんの資料館で勉強した後そとへ・
北海道白老でこの様な歴史があったと覚えておくべきですね。
学校などでは行くのかな?
意外と道民もnimameは何にでも興味示しますが・
友達に聞いたりすると・ウポポイは知ってるよ。
テレビで盛んに宣伝したから・・
でも興味はないと言われたことあります(苦笑)
旅猫さんは本当に歴史が詳しくて・お陰様で此方も知る事出来て有難う御座います。
そして相変わらず熊の目撃情報があるのですね!!
此方網走も東京農業大学がnimameの住んでる場所から意外と近い山の上にあります。
学生は車の子もいれば・自転車&徒歩で学校へ行って居ましたが(徒歩だと30分少々かな)
自転車徒歩は禁止になり・
それでも学校の敷地に入るようになって学校の周りを電気柵しているとニュースで流れていました。
学生も落ち着かない日々だと思います。
旅猫さんのお陰で知らない人も知って白老仙台藩陣屋跡に
訪れる人が増えると良いな~
道民として思いました!(^^)!
nimame
- 旅猫さん からの返信 2025/12/02 18:19:28
- RE: 白老仙台藩陣屋跡。
- nimameさん、こんばんは!
書き込みありがとうございます。
白老と言えば、今はウポポイですよね。
この時も、白老駅に降りった人は、私以外、すべてウポポイに向かいました。
最後に、ウポポイのレストランだけ行きましたが、平日だと言うのに、ウポポイは大いに賑わっていました。
先住民族に対する関心は、欧州の人たちほど関心が高いので、やはり欧州系の外国人の姿が多かったです。
ただ、単に観光施設として訪れている日本人やアジア系の人たちも多いですね。
日本人も、もう少しアイヌ民族について、関心を持つべきだと思います。
私は、学生の頃から関心があり、当時貴重だったアイヌ語の辞典が欲しくて、色々交渉したものの、断られてがっかりしたことが懐かしいです。
仙台藩の陣屋跡を訪れたのは私だけ。。。
国の史跡できちんと整備されていますが、訪れる人は少ないようです。
資料館や史跡でも、出会ったのは片手で足りるほどでした。
幕末の対外政策や箱館戦争後の歴史など、学校では教えてくれないものほど、実は重要だったりします。
熊は怖いですね。。。
阿寒湖でも、森の中の散策路がちょっと怖かったです。
白老でも、受託外で目撃されたそうで、史跡の辺りは市街地の外れにあったので、かなり緊張しました。
日本人は流されやすいので、テレビやSNSなどで流されれば、一気に大混雑となるでしょうが、あまりに地味過ぎて、無理でしょうね(^^;
これからも、一部の歴史好きだけが訪れることでしょう!
旅猫
-
- ポテのお散歩さん 2025/11/23 22:15:57
- 白老仙台藩陣屋跡
- 旅猫さん こんばんは。
以前、白老を訪れられた時に、初めてウポポイの事を知りました。
白老仙台藩陣屋跡があるのを知るのも初めてです。
歴史的にも、文化的にも、貴重な場所ですね。
蝦夷と呼ばれていた頃は、その自然の過酷さも知らぬ間に
役目を果たす為に向かった藩士ばかりだったでしょう。
文明の利器も無かったので、その過酷さは『大変だった』では
言い表せないもので、その苦労が想像されます。
日本の中の北海道として、気軽に訪れていますが
そこで暮らしておられた先住の方々や開拓された方々の事を
もう少し学ばなければと感じます。
ポテ
- 旅猫さん からの返信 2025/11/24 19:24:19
- RE: 白老仙台藩陣屋跡
- ポテさん、こんばんは。
白老では、ほとんどの人がウポポイに向かっていました。
こちらは、地味に白老仙台藩陣屋跡に向かいましたが、もちろん私だけでした。
仙台藩の人たちは、地元のアイヌの方々と、とても仲良く暮らしていたそうです。
一緒に、お祭りなんかもしていたそうですよ。
ところが、箱館戦争後、新政府軍が進駐してきて、乱暴狼藉をしたと知りました。
その後、明治政府による蝦夷地開拓により、アイヌの人々は、土地や文化を奪われ、同化政策により民族消滅の危機に陥って行きます。
当時は、寒さも厳しく、野生動物も多かったので過酷な暮らしだったようです。
狼もいましたからね。
それでも、南下するロシアから蝦夷地を守るため、多くの藩士がその任に当たりました。
分担したのは、盛岡、弘前、久保田(秋田)、仙台、会津、鶴岡の各藩で、北海道では、各地に藩士たちの墓が残されています。
アイヌや幕末の北方警備、そして明治政府による北海道開拓の歴史を知ることで、北海道の旅も、また違った見方が出来ると思います。
旅猫
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