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今年(2025年)の7月の3連休は、大仏大好きな甥っ子のともちゃん(小4)が唐招提寺の手がいっぱい生えてる仏像が見たいということで、奈良に行くことにしました。<br />1日目のスケジュールです。<br />①新薬師寺<br />②元興寺(世界遺産)<br />③興福寺(世界遺産)<br />④奈良国立博物館、ランチ<br />⑤春日大社(世界遺産)<br />⑥東大寺(世界遺産)<br />⑦蓮長寺(日蓮宗宗門史跡)<br />⑧ホテルへ<br />甥っ子と奈良の旅(4)は、④奈良国立博物館の青銅器館です。<br />坂本コレクションは、古美術商店「不言堂(ふげんどう)」の初代社長で、古美術品の蒐集家として著名な、坂本五郎氏(1923~2016)より寄贈された中国古代の青銅器380余点のコレクションです。この寄贈品は、同氏が情熱を傾け、半生を賭けて集められたもので、中国の商(しょう)(殷(いん))時代から漢時代(B.C.17~A.D.3世紀)までの青銅製容器や楽器が主体を占め、武器や車馬具、農工具、文具類なども含まれます。<br />なお、作品の解説は同館HPより参照しています。

2025.7 奈良国立博物館・中国古代青銅器~ 甥っ子と奈良の旅(4)

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2025/07/19 - 2025/07/19

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今年(2025年)の7月の3連休は、大仏大好きな甥っ子のともちゃん(小4)が唐招提寺の手がいっぱい生えてる仏像が見たいということで、奈良に行くことにしました。
1日目のスケジュールです。
①新薬師寺
②元興寺(世界遺産)
③興福寺(世界遺産)
④奈良国立博物館、ランチ
⑤春日大社(世界遺産)
⑥東大寺(世界遺産)
⑦蓮長寺(日蓮宗宗門史跡)
⑧ホテルへ
甥っ子と奈良の旅(4)は、④奈良国立博物館の青銅器館です。
坂本コレクションは、古美術商店「不言堂(ふげんどう)」の初代社長で、古美術品の蒐集家として著名な、坂本五郎氏(1923~2016)より寄贈された中国古代の青銅器380余点のコレクションです。この寄贈品は、同氏が情熱を傾け、半生を賭けて集められたもので、中国の商(しょう)(殷(いん))時代から漢時代(B.C.17~A.D.3世紀)までの青銅製容器や楽器が主体を占め、武器や車馬具、農工具、文具類なども含まれます。
なお、作品の解説は同館HPより参照しています。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
グルメ
4.5
ショッピング
4.5
同行者
家族旅行
交通手段
自家用車
  • 「爵」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀<br />中国の青銅器時代は紀元前2,000年ごろに始まり、夏(か)、商、周(しゅう)の三代を経て、紀元前3世紀(戦国時代後期)まで続きます。商・周時代の青銅容器は彝器(いき)とよばれ、世界の青銅器文化の中で最も発達したものと評価されています<br />

    「爵」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀
    中国の青銅器時代は紀元前2,000年ごろに始まり、夏(か)、商、周(しゅう)の三代を経て、紀元前3世紀(戦国時代後期)まで続きます。商・周時代の青銅容器は彝器(いき)とよばれ、世界の青銅器文化の中で最も発達したものと評価されています

  • 「爵」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀<br />青銅製爵は二里頭期に出現し、青銅彝器の中でも最も古い歴史を持ちます。酒を温めるための器で、三本の足と把手、注口(流))とバランスをとるためかその反対側(尾)が少し長く作られています。商前期(二里岡期)の爵は平底で、扁平な器身をもちます。商後期の爵は技術が発達して丸底の洗練された形が主になります。また、流がなく、尾のみ二つ持つものを角といいます。

    「爵」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀
    青銅製爵は二里頭期に出現し、青銅彝器の中でも最も古い歴史を持ちます。酒を温めるための器で、三本の足と把手、注口(流))とバランスをとるためかその反対側(尾)が少し長く作られています。商前期(二里岡期)の爵は平底で、扁平な器身をもちます。商後期の爵は技術が発達して丸底の洗練された形が主になります。また、流がなく、尾のみ二つ持つものを角といいます。

  • 「爵」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀<br />

    「爵」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀

  • 「爵」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀

    「爵」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀

  • 「觚」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀<br />觚は爵とセットで用いられた祭祀用の飲酒器(カップ)です。商前期(二里岡期)に出現しましたが、爵と必ずセットをなすようになり、商後期に最も盛行しました。下方は上げ底になっていて、十字形の孔があいている部分から下が足(圏足)です。次第に口が大きく開くようになります。

    「觚」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀
    觚は爵とセットで用いられた祭祀用の飲酒器(カップ)です。商前期(二里岡期)に出現しましたが、爵と必ずセットをなすようになり、商後期に最も盛行しました。下方は上げ底になっていて、十字形の孔があいている部分から下が足(圏足)です。次第に口が大きく開くようになります。

  • 「觚」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀

    「觚」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀

  • 「觚形尊」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀<br />商後期の中頃から出現した觚形尊は、觚が全体に大型となって盛酒用に転じたものと考えられます。西周前期に発達のピークを迎えます。初めは平底で腹部が直線的でしたが、丸底となり、次第に腹部の丸みが強くなります。

    「觚形尊」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀
    商後期の中頃から出現した觚形尊は、觚が全体に大型となって盛酒用に転じたものと考えられます。西周前期に発達のピークを迎えます。初めは平底で腹部が直線的でしたが、丸底となり、次第に腹部の丸みが強くなります。

  • 「觚形尊」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀

    「觚形尊」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀

  • 「方彝」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀<br /> 四角い箱形の器身に屋根形の蓋を持つ方彝は、小型ながら、大変手の込んだ器であり、複雑な鋳型を組み合わせて製作されたものです。この方彝は器身上方に獣文を飾るのみの非常に単純な装飾を持つ。蓋の斜辺の傾斜が深く、器身壁が垂直に近いので、成立後間もない商代後期前半のものと考えられます。この後、器身は上方へ開き、蓋も高くなって装飾が多くつけられるようになっていきます。例数の少ない方彝の貴重な資料です。

    「方彝」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀
     四角い箱形の器身に屋根形の蓋を持つ方彝は、小型ながら、大変手の込んだ器であり、複雑な鋳型を組み合わせて製作されたものです。この方彝は器身上方に獣文を飾るのみの非常に単純な装飾を持つ。蓋の斜辺の傾斜が深く、器身壁が垂直に近いので、成立後間もない商代後期前半のものと考えられます。この後、器身は上方へ開き、蓋も高くなって装飾が多くつけられるようになっていきます。例数の少ない方彝の貴重な資料です。

  • 「斝」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀<br />斝(か)は二里頭期・商代前期・商代後期を通じて重要視された彝器の一つで、酒を温めるための器です。斝は、王墓や重要な貴族などの墓から出土する程度で、貴重なものでした。この斝は商代後期の古い型式で、平面的な粗線饕餮文を二段に飾っています。上段の饕餮は「几」字形の角を持ち、下段は羊角を持っています。大型でかなりの有力者の墓から出土したものと思われます。商代後期も半ばを過ぎると斝はあまり作られなくなり、西周期には消えてしまいます。

    「斝」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀
    斝(か)は二里頭期・商代前期・商代後期を通じて重要視された彝器の一つで、酒を温めるための器です。斝は、王墓や重要な貴族などの墓から出土する程度で、貴重なものでした。この斝は商代後期の古い型式で、平面的な粗線饕餮文を二段に飾っています。上段の饕餮は「几」字形の角を持ち、下段は羊角を持っています。大型でかなりの有力者の墓から出土したものと思われます。商代後期も半ばを過ぎると斝はあまり作られなくなり、西周期には消えてしまいます。

  • 「瓿」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀<br />この酒がめ「瓿」には、腹部に大きく平面的な表現の粗線饕餮文が、肩の上や圏足に龍文、肩に羊頭形の犠首がついています。この瓿は、文様の上では商後期の都で作られたものに近いが、器身の文様帯の下端で鋭く折れ曲がる特徴は都の瓿と大きく異なっています。

    「瓿」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀
    この酒がめ「瓿」には、腹部に大きく平面的な表現の粗線饕餮文が、肩の上や圏足に龍文、肩に羊頭形の犠首がついています。この瓿は、文様の上では商後期の都で作られたものに近いが、器身の文様帯の下端で鋭く折れ曲がる特徴は都の瓿と大きく異なっています。

  • 「罍」中国・殷 紀元前11~紀元前10世紀<br />両肩に両耳(把手)を持ち、さらに下方に器を傾ける時に引き上げるための環を持つ罍は酒甕として実用性を重視して作られたものです。したがって、商から西周期にかけての青銅器の中でも大型であるのに、文様が単純です。当コレクション中の罍はその一例で、ほぼ全体が無文に作られ、日月の象徴ともいわれる囧文を肩に並べるのみです。

    「罍」中国・殷 紀元前11~紀元前10世紀
    両肩に両耳(把手)を持ち、さらに下方に器を傾ける時に引き上げるための環を持つ罍は酒甕として実用性を重視して作られたものです。したがって、商から西周期にかけての青銅器の中でも大型であるのに、文様が単純です。当コレクション中の罍はその一例で、ほぼ全体が無文に作られ、日月の象徴ともいわれる囧文を肩に並べるのみです。

  • 「罍」中国・西周~中国・春秋 紀元前11~紀元前6世紀<br />両肩に両耳(把手)を持ち、さらに下方に器を傾ける時に引き上げるための環をもつ罍は酒がめとして実用性を重視して作られたものです。そのため青銅器の中でも大型であるのに、文様が単純なものが多い。

    「罍」中国・西周~中国・春秋 紀元前11~紀元前6世紀
    両肩に両耳(把手)を持ち、さらに下方に器を傾ける時に引き上げるための環をもつ罍は酒がめとして実用性を重視して作られたものです。そのため青銅器の中でも大型であるのに、文様が単純なものが多い。

  • 「罍」中国・戦国 紀元前4世紀<br /> 商周時代の罍(らい)を継承したと考えられる器が春秋・戦国期にかけても製作されています。このような罍は別名「盥缶」・「浴缶」と呼ばれています。全体に大型で肩に獣頭をつけた両耳が付く点など、前代の特徴が残りますが、器身が浅くなり、下方の環が省略されています。肩部から腹部にかけて蟠螭文を飾るが、その中に囧文の変化した円盤状の文様があしらわれている点にも商周代の罍の名残を残しています。

    「罍」中国・戦国 紀元前4世紀
     商周時代の罍(らい)を継承したと考えられる器が春秋・戦国期にかけても製作されています。このような罍は別名「盥缶」・「浴缶」と呼ばれています。全体に大型で肩に獣頭をつけた両耳が付く点など、前代の特徴が残りますが、器身が浅くなり、下方の環が省略されています。肩部から腹部にかけて蟠螭文を飾るが、その中に囧文の変化した円盤状の文様があしらわれている点にも商周代の罍の名残を残しています。

  • 「盉」中国・戦国 紀元前3世紀<br />盉は、二里頭期から礼器であった土器を模倣して作られた酒器で、壺形、罐形の器身に、把手(鋬)と注口(流)、下方に三足または四足がつくので、中の酒を温める機能があったと考えられます。『説文解字』では調味用の器と書かれています。二里岡期から商代後期初めにかけてはかなり重要な彝器だったようですが、あまりにも複雑な器形であるためか、その後の例数は非常に限られています。戦国期に日本の急須のような形の器がつくられるようになり、一般的にはこれを前代の盉と同機能の器と見る考え方が多い。それを鐎と呼ぶこともあります。当コレクション中の盉は、こうした時期のもので、注口に嘴が動く鳥の頭がつけられています。<br />

    「盉」中国・戦国 紀元前3世紀
    盉は、二里頭期から礼器であった土器を模倣して作られた酒器で、壺形、罐形の器身に、把手(鋬)と注口(流)、下方に三足または四足がつくので、中の酒を温める機能があったと考えられます。『説文解字』では調味用の器と書かれています。二里岡期から商代後期初めにかけてはかなり重要な彝器だったようですが、あまりにも複雑な器形であるためか、その後の例数は非常に限られています。戦国期に日本の急須のような形の器がつくられるようになり、一般的にはこれを前代の盉と同機能の器と見る考え方が多い。それを鐎と呼ぶこともあります。当コレクション中の盉は、こうした時期のもので、注口に嘴が動く鳥の頭がつけられています。

  • 「簋」中国・西周 紀元前11~紀元前10世紀<br />簋(き)は、穀物を盛るのに用いられたとされる器です。青銅製の簋は商代前期に製作が始まりますが、商代後期に至るまでは重要視されていなかったらしく、出土例も少ない。当コレクション中には、発達段階に当たる稀有な簋が含まれています。本例は商末周初期の例で、器身全体に大眉饕餮文が表わされ、この時期に流行した鳥頭形の両耳が付けられています。

    「簋」中国・西周 紀元前11~紀元前10世紀
    簋(き)は、穀物を盛るのに用いられたとされる器です。青銅製の簋は商代前期に製作が始まりますが、商代後期に至るまでは重要視されていなかったらしく、出土例も少ない。当コレクション中には、発達段階に当たる稀有な簋が含まれています。本例は商末周初期の例で、器身全体に大眉饕餮文が表わされ、この時期に流行した鳥頭形の両耳が付けられています。

  • 「卣」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀<br />提梁(提げ手)のついた酒つぼをあわせて卣といいます。商代前期に出現して以来、商代後期、西周期にかけて発達します。

    イチオシ

    「卣」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀
    提梁(提げ手)のついた酒つぼをあわせて卣といいます。商代前期に出現して以来、商代後期、西周期にかけて発達します。

  • 「簋」中国・西周 紀元前9~紀元前8世紀<br />簋は、穀物を盛るのに用いられたとされる鉢形の器です。把手(耳)が付くものと付かないものがあります。青銅製簋は商前期に出現しますが、商後期までの例は少ない。当コレクション中には、発達段階に当たる稀有な簋が含まれています。西周期の簋は比較的多くて文様や装飾も様々で、この器種がかなり重要視されていたことをうかがわせます。

    「簋」中国・西周 紀元前9~紀元前8世紀
    簋は、穀物を盛るのに用いられたとされる鉢形の器です。把手(耳)が付くものと付かないものがあります。青銅製簋は商前期に出現しますが、商後期までの例は少ない。当コレクション中には、発達段階に当たる稀有な簋が含まれています。西周期の簋は比較的多くて文様や装飾も様々で、この器種がかなり重要視されていたことをうかがわせます。

  • 「簋」中国・西周 紀元前9~紀元前8世紀

    「簋」中国・西周 紀元前9~紀元前8世紀

  • 「簋」中国・西周 紀元前9~紀元前8世紀

    「簋」中国・西周 紀元前9~紀元前8世紀

  • 「簋」中国・西周 紀元前9~紀元前8世紀<br />

    「簋」中国・西周 紀元前9~紀元前8世紀

  • 「盨」中国・西周 紀元前9~紀元前8世紀<br /> 簋(き)の平面形を隅丸の長方形にしつらえたものを盨(しゅ)と呼んでいます。西周後期から春秋時代にかけて作られた。長辺側に簋と同じような両耳がつき、装飾も西周後期の簋と同じスタイルです。やや浅い蓋があり、上部に板状のつまみがついていて、逆さに置くと浅めの皿として使うことができるようになっています。この盨とよく似たものにやや流行時期の遅れる簠があって、そちらは四隅が直角で角錐形の器身と蓋がほぼ同じ形を呈しています。

    「盨」中国・西周 紀元前9~紀元前8世紀
     簋(き)の平面形を隅丸の長方形にしつらえたものを盨(しゅ)と呼んでいます。西周後期から春秋時代にかけて作られた。長辺側に簋と同じような両耳がつき、装飾も西周後期の簋と同じスタイルです。やや浅い蓋があり、上部に板状のつまみがついていて、逆さに置くと浅めの皿として使うことができるようになっています。この盨とよく似たものにやや流行時期の遅れる簠があって、そちらは四隅が直角で角錐形の器身と蓋がほぼ同じ形を呈しています。

  • 「簠(蓋)」中国・西周 紀元前9~紀元前8世紀<br />簋の平面形を隅丸の長方形にしつらえたものを盨と呼んでいます。西周後期から春秋時代にかけて作られました。両耳や装飾が西周後期の簋と同じスタイルです。やや浅い蓋があり、上部に板状のつまみがついていて、逆さに置くと皿として使うことができます。やや流行時期が遅れる簠は、四隅が直角で、器身と蓋がほぼ同じ角錐形を呈しています。

    「簠(蓋)」中国・西周 紀元前9~紀元前8世紀
    簋の平面形を隅丸の長方形にしつらえたものを盨と呼んでいます。西周後期から春秋時代にかけて作られました。両耳や装飾が西周後期の簋と同じスタイルです。やや浅い蓋があり、上部に板状のつまみがついていて、逆さに置くと皿として使うことができます。やや流行時期が遅れる簠は、四隅が直角で、器身と蓋がほぼ同じ角錐形を呈しています。

  • 「盤」中国・西周 紀元前9~紀元前8世紀<br />平たくて径の大きな皿のような盤は、商代には内底面に蛙やとぐろを巻いた龍などの文様を飾る特殊な器だったようですが、その後、文様がなくなる傾向にあります。西周中期以降、水差しの匜とセットで出土するようになります。戦国期に成立した文献には儀式などの前に手を洗う時に、その水を受ける道具として記載されているので、この段階ですでにそのような用途の器となっていたことがうかがわれます。この盤は西周後期のもので、側方に簋と同じような両耳がつき、一条の鱗文帯がめぐるのみのシンプルな装飾です。

    「盤」中国・西周 紀元前9~紀元前8世紀
    平たくて径の大きな皿のような盤は、商代には内底面に蛙やとぐろを巻いた龍などの文様を飾る特殊な器だったようですが、その後、文様がなくなる傾向にあります。西周中期以降、水差しの匜とセットで出土するようになります。戦国期に成立した文献には儀式などの前に手を洗う時に、その水を受ける道具として記載されているので、この段階ですでにそのような用途の器となっていたことがうかがわれます。この盤は西周後期のもので、側方に簋と同じような両耳がつき、一条の鱗文帯がめぐるのみのシンプルな装飾です。

  • 「卣」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀<br /> 提梁(提げ手)のついた酒つぼをあわせて卣(ゆう)といいます。商代前期に出現して以来、商代後期、西周期にかけて発達します。本例は商代後期の前半に流行した細身の形です。提梁はくびれた器身に合わせた形に造られていて、器身に設けられた環に付け根の獣頭の裏側の軸がはまるように、大変手の込んだ仕組みを用いて鋳造されています。器の下半に細線饕餮文が表わされています。

    「卣」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀
     提梁(提げ手)のついた酒つぼをあわせて卣(ゆう)といいます。商代前期に出現して以来、商代後期、西周期にかけて発達します。本例は商代後期の前半に流行した細身の形です。提梁はくびれた器身に合わせた形に造られていて、器身に設けられた環に付け根の獣頭の裏側の軸がはまるように、大変手の込んだ仕組みを用いて鋳造されています。器の下半に細線饕餮文が表わされています。

  • 「卣」中国・西周 紀元前11~紀元前10世紀

    「卣」中国・西周 紀元前11~紀元前10世紀

  • 「卣」中国・西周 紀元前11~紀元前10世紀

    「卣」中国・西周 紀元前11~紀元前10世紀

  • 「卣」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀<br />器身に大きく直条文(縦じまの文様)と浮き彫りの鳥文(鳳凰文)を飾り、凹凸の激しい稜脊(鰭飾り)を持つ。さらに、稜脊の間には木の枝のように水平に伸びる装飾が加えられて、全体がすきまなく立体装飾でうめつくされています。蓋にも同じ趣向の装飾がついています。器底と蓋の裏に「婦〓作文〓日癸尊彝析子孫」という銘文がある。このような卣は1930年代に陜西省宝鶏市で見つかった柉禁という青銅器セット(現メトロポリタン美術館蔵)にも含まれていて、本例も商末周初期の重要な器として作られたと考えられます。近年、河南省安陽市殷墟でこれらの卣の鋳型が発見されていて、商末周初期の青銅器を研究する上で非常に重要な器といえます。

    イチオシ

    「卣」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀
    器身に大きく直条文(縦じまの文様)と浮き彫りの鳥文(鳳凰文)を飾り、凹凸の激しい稜脊(鰭飾り)を持つ。さらに、稜脊の間には木の枝のように水平に伸びる装飾が加えられて、全体がすきまなく立体装飾でうめつくされています。蓋にも同じ趣向の装飾がついています。器底と蓋の裏に「婦〓作文〓日癸尊彝析子孫」という銘文がある。このような卣は1930年代に陜西省宝鶏市で見つかった柉禁という青銅器セット(現メトロポリタン美術館蔵)にも含まれていて、本例も商末周初期の重要な器として作られたと考えられます。近年、河南省安陽市殷墟でこれらの卣の鋳型が発見されていて、商末周初期の青銅器を研究する上で非常に重要な器といえます。

  • 「鼎」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀<br />三足のついた鼎は、肉などを煮るのに用いた鍋です。商後期までは実用的なものだったと考えられ、無文またはごく簡単な文様しか持たないものが多く、煤がついています。その後、文様を大きく飾るものも増え、方鼎(四角い鼎)や大型の鼎なども作られ、階級を表わす重要な彝器としての体を具えるようになります。

    「鼎」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀
    三足のついた鼎は、肉などを煮るのに用いた鍋です。商後期までは実用的なものだったと考えられ、無文またはごく簡単な文様しか持たないものが多く、煤がついています。その後、文様を大きく飾るものも増え、方鼎(四角い鼎)や大型の鼎なども作られ、階級を表わす重要な彝器としての体を具えるようになります。

  • 「鼎」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀

    「鼎」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀

  • 「鼎」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀

    「鼎」中国・殷 紀元前15~紀元前11世紀

  • 「鼎」中国・西周 紀元前11~紀元前10世紀<br />鼎は通常平面形が円形ですが、四角い器身と四足を持つ方鼎も作られました。特に商代後期の後半から西周前期にかけての例が多い。この方鼎は西周前期のもので、腹部に大きく浮き彫り表現の饕餮文を飾っています。饕餮文の輪郭にはヒラヒラとした装飾が多くつけられていて、饕餮文がより豪華に見えるように意図されています。西周期の鼎は足が細長く、商代後期のものに比べてやや脆弱な印象を与えます。足の上部にも饕餮の表現がありますが、それはやや簡略化しています。

    「鼎」中国・西周 紀元前11~紀元前10世紀
    鼎は通常平面形が円形ですが、四角い器身と四足を持つ方鼎も作られました。特に商代後期の後半から西周前期にかけての例が多い。この方鼎は西周前期のもので、腹部に大きく浮き彫り表現の饕餮文を飾っています。饕餮文の輪郭にはヒラヒラとした装飾が多くつけられていて、饕餮文がより豪華に見えるように意図されています。西周期の鼎は足が細長く、商代後期のものに比べてやや脆弱な印象を与えます。足の上部にも饕餮の表現がありますが、それはやや簡略化しています。

  • 「鼎」中国・春秋 紀元前8世紀<br />

    「鼎」中国・春秋 紀元前8世紀

  • 「鼎」中国・春秋 紀元前8世紀

    「鼎」中国・春秋 紀元前8世紀

  • 「鼎」中国・春秋 紀元前8世紀<br />春秋期中ごろ以降の鼎には、多くに蓋がつき、またL字形に曲がった把手(耳)が口縁の両側につくという新しい特徴を持ちます。蓋には小さな突起がついていて、逆さに置くと三足付きの浅い皿となるように作られています。こうした鼎の両耳や足には非常に精巧な別鋳法が用いられています。 <br />

    「鼎」中国・春秋 紀元前8世紀
    春秋期中ごろ以降の鼎には、多くに蓋がつき、またL字形に曲がった把手(耳)が口縁の両側につくという新しい特徴を持ちます。蓋には小さな突起がついていて、逆さに置くと三足付きの浅い皿となるように作られています。こうした鼎の両耳や足には非常に精巧な別鋳法が用いられています。

  • 「鼎」中国・春秋 紀元前8世紀

    「鼎」中国・春秋 紀元前8世紀

  • 「鼎」中国・春秋 紀元前8世紀

    「鼎」中国・春秋 紀元前8世紀

  • 「甗」中国・西周 紀元前9~紀元前8世紀<br />甗は蒸し器です。鬲形の下半部の上に、鉢形の甑(蒸籠)が合体してつけられ、その連結部内には作り付け、または別作りの簀が設置されていて、鬲部で水を沸かし、甑部で食物を蒸す仕掛けになっています。春秋期まで作られ続けます。

    「甗」中国・西周 紀元前9~紀元前8世紀
    甗は蒸し器です。鬲形の下半部の上に、鉢形の甑(蒸籠)が合体してつけられ、その連結部内には作り付け、または別作りの簀が設置されていて、鬲部で水を沸かし、甑部で食物を蒸す仕掛けになっています。春秋期まで作られ続けます。

  • 「竈(釜・甑)」中国・漢 紀元前3~1世紀<br />戦国期から漢代には直に三足の下で火をおこして加熱する鼎と鬲が衰退し、代わって竃が用いられるようになりました。このことと対応して釜と呼ばれる上方に引っかかる鍔を持つ炊器が発達します。本例は漢代に墓の副葬用明器としてつくられたミニチュアで、龍の頭がついて全体が龍に見たてられたやや遊び心のある作品です。大小の釜やその上にのる甑(蒸篭)は取り外しができるようになっていて、小型の勺もついており、大変精巧なものです。

    「竈(釜・甑)」中国・漢 紀元前3~1世紀
    戦国期から漢代には直に三足の下で火をおこして加熱する鼎と鬲が衰退し、代わって竃が用いられるようになりました。このことと対応して釜と呼ばれる上方に引っかかる鍔を持つ炊器が発達します。本例は漢代に墓の副葬用明器としてつくられたミニチュアで、龍の頭がついて全体が龍に見たてられたやや遊び心のある作品です。大小の釜やその上にのる甑(蒸篭)は取り外しができるようになっていて、小型の勺もついており、大変精巧なものです。

  • 「豆」中国・春秋 紀元前6世紀<br />食べ物を盛るための高杯「豆」は戦国期に成立した周代の器物についてのさまざまな規定を定めた書『周礼』にも供献用の器としての記述があるので、西周後半期から春秋・戦国期にかけて重要な器種であったはずです。しかし青銅製の豆の例数は多くない。当コレクションの資料は、蓋を失っていない春秋期の例です。うす作りで、整った形態を呈しています。

    「豆」中国・春秋 紀元前6世紀
    食べ物を盛るための高杯「豆」は戦国期に成立した周代の器物についてのさまざまな規定を定めた書『周礼』にも供献用の器としての記述があるので、西周後半期から春秋・戦国期にかけて重要な器種であったはずです。しかし青銅製の豆の例数は多くない。当コレクションの資料は、蓋を失っていない春秋期の例です。うす作りで、整った形態を呈しています。

  • 「壺」中国・戦国 紀元前5~紀元前4世紀<br />卣(ゆう)は西周から戦国期にかけて少しずつ変化し、平面形が円形となって頸部がくびれ、腹部が張った壺として多様に展開します。大きさや腹部の張り具合などは様々ですが、基本的に無文でシンプルなものが多くなります。本体が無装飾である代わりに、肩部の獣首形把手「鋪首」が装飾的になります。そして戦国期から漢代にかけて定型化し、「鍾」と呼ばれる器が成立します。

    「壺」中国・戦国 紀元前5~紀元前4世紀
    卣(ゆう)は西周から戦国期にかけて少しずつ変化し、平面形が円形となって頸部がくびれ、腹部が張った壺として多様に展開します。大きさや腹部の張り具合などは様々ですが、基本的に無文でシンプルなものが多くなります。本体が無装飾である代わりに、肩部の獣首形把手「鋪首」が装飾的になります。そして戦国期から漢代にかけて定型化し、「鍾」と呼ばれる器が成立します。

  • 「鍾」中国・前漢 紀元前3~1世紀<br />戦国期から漢代にかけての青銅製の壼類として、定型化した鍾といわれる器形の平面形の円形を呈するものと、これに対応して鈁という平面形方形のものとが、大量に作られました。主に副葬用として作られたらしく、漢代には新たに登場した低火度鉛釉の陶器の鍾や鈁が副葬用としてやはり大量に作られました。当コレクションにはこうした青銅製の鍾・鈁が数点ずつ含まれています。特に鍾は、戦国期以前から少しずつ変化してきた様子がわかります。

    「鍾」中国・前漢 紀元前3~1世紀
    戦国期から漢代にかけての青銅製の壼類として、定型化した鍾といわれる器形の平面形の円形を呈するものと、これに対応して鈁という平面形方形のものとが、大量に作られました。主に副葬用として作られたらしく、漢代には新たに登場した低火度鉛釉の陶器の鍾や鈁が副葬用としてやはり大量に作られました。当コレクションにはこうした青銅製の鍾・鈁が数点ずつ含まれています。特に鍾は、戦国期以前から少しずつ変化してきた様子がわかります。

  • 「壺」中国・西周 紀元前9~紀元前8世紀<br />西周期の壺は、実際は商代後期の卣から発達したものですが、提梁を取り付ける両耳の部分などが時代とともにさまざまに変化してゆきます。この壺は、西周後期から春秋期初頭のかなり大型のもので、頸部が細く腹部が膨らんでいて全面に波のような曲線文がうねっています。この文様は商代以来の尖葉文が丸みを帯びて変化したものと考えられるが、本来の尖葉文内部の獣面表現も退化してしまっています。

    「壺」中国・西周 紀元前9~紀元前8世紀
    西周期の壺は、実際は商代後期の卣から発達したものですが、提梁を取り付ける両耳の部分などが時代とともにさまざまに変化してゆきます。この壺は、西周後期から春秋期初頭のかなり大型のもので、頸部が細く腹部が膨らんでいて全面に波のような曲線文がうねっています。この文様は商代以来の尖葉文が丸みを帯びて変化したものと考えられるが、本来の尖葉文内部の獣面表現も退化してしまっています。

  • 「鈁」中国・戦国~中国・前漢 紀元前5~1世紀<br />「鍾」は平面が円形を呈するのに対して、平面が方形のものを「鈁」といいます。戦国後期から漢代にかけての鍾と鈁は、平面形は異なりますが、腹部の張り具合などは相互によく似ています。

    「鈁」中国・戦国~中国・前漢 紀元前5~1世紀
    「鍾」は平面が円形を呈するのに対して、平面が方形のものを「鈁」といいます。戦国後期から漢代にかけての鍾と鈁は、平面形は異なりますが、腹部の張り具合などは相互によく似ています。

  • 「扁壺」中国・戦国~中国・前漢 紀元前5~1世紀<br />春秋末期から戦国期にかけて発達した扁壺は、扁平な楕円形の器身を持ちます。北方騎馬民族の水筒から形を写した可能性があり、青銅器の伝統的な器形とは趣を異にするものです。漢代に入ると無文化して器身も低くなり、退化します。

    「扁壺」中国・戦国~中国・前漢 紀元前5~1世紀
    春秋末期から戦国期にかけて発達した扁壺は、扁平な楕円形の器身を持ちます。北方騎馬民族の水筒から形を写した可能性があり、青銅器の伝統的な器形とは趣を異にするものです。漢代に入ると無文化して器身も低くなり、退化します。

  • 「蒜頭壺」中国・秦~中国・前漢 紀元前3~1世紀<br />蒜頭壺は、戦国末期に発達した壺類の一種であり、秦の統一とともに、長江流域から全土に一気に広まった器種です。口縁部に逆さの蒜形の造型があるので、この名があります。下方に重心のある器身は、細く伸びる頸部と対照的です。基本的に無文で造型の面白さをひき立てています。

    「蒜頭壺」中国・秦~中国・前漢 紀元前3~1世紀
    蒜頭壺は、戦国末期に発達した壺類の一種であり、秦の統一とともに、長江流域から全土に一気に広まった器種です。口縁部に逆さの蒜形の造型があるので、この名があります。下方に重心のある器身は、細く伸びる頸部と対照的です。基本的に無文で造型の面白さをひき立てています。

  • 「オルドス鍑」中国・後漢~中国・北魏 1~6世紀<br />春秋・戦国期には、周辺民族も独自の文化を発達させます。常に漢民族を脅かし続けてきた騎馬民族や遊牧民、境界域の半農半牧の民もまた、独自の青銅器を作りました。この鍑はその例で、中原の鼎と同じように両耳を持つが、円錐形の圏足がつく点は中原の炊器には見られない独自の特徴です。この型式の鍑は、かなり長期間にわたって北方で使用されました。

    「オルドス鍑」中国・後漢~中国・北魏 1~6世紀
    春秋・戦国期には、周辺民族も独自の文化を発達させます。常に漢民族を脅かし続けてきた騎馬民族や遊牧民、境界域の半農半牧の民もまた、独自の青銅器を作りました。この鍑はその例で、中原の鼎と同じように両耳を持つが、円錐形の圏足がつく点は中原の炊器には見られない独自の特徴です。この型式の鍑は、かなり長期間にわたって北方で使用されました。

  • 「博山爐」中国・前漢 紀元前3~1世紀<br />前漢期には「神仙思想」が流行し、それに関連する器物もいくつか知られています。世界の中心にそびえるとされる崑崙山を模した博山炉は、こうした神仙思想を背景に作られた香炉です。高杯型の器にけわしい山をかたどる蓋がはまり、中で香を焚くと、蓋の山並の間に設けられた透かし孔から、たなびく雲のように煙が漏れ出でるという趣向になっています。

    「博山爐」中国・前漢 紀元前3~1世紀
    前漢期には「神仙思想」が流行し、それに関連する器物もいくつか知られています。世界の中心にそびえるとされる崑崙山を模した博山炉は、こうした神仙思想を背景に作られた香炉です。高杯型の器にけわしい山をかたどる蓋がはまり、中で香を焚くと、蓋の山並の間に設けられた透かし孔から、たなびく雲のように煙が漏れ出でるという趣向になっています。

  • 「博山爐」中国・後漢 1~3世紀

    「博山爐」中国・後漢 1~3世紀

  • 「器座」中国・春秋~中国・戦国 紀元前8~紀元前3世紀

    「器座」中国・春秋~中国・戦国 紀元前8~紀元前3世紀

  • 「鐃」中国・殷 紀元前11~紀元前10世紀<br />商代後期には、鐃という下方に柄がついたかねを大小三個、一組で用いたらしく、おおよそドミソの音階をなしていました。戦争時の道具として使われたらしい。その鐃は、長江流域へと伝えられ、独自の発達を遂げて巨大化しました。音階をなす大小のセットで出土する例もあります。本例は最も巨大化した鐃のひとつであり、主に湖南省で出土する型式に近い。この南方の鐃がもとになり、西周期に中原へと逆輸入され、上下が逆さになって大小並べる編鐘へと変化したといわれています。

    「鐃」中国・殷 紀元前11~紀元前10世紀
    商代後期には、鐃という下方に柄がついたかねを大小三個、一組で用いたらしく、おおよそドミソの音階をなしていました。戦争時の道具として使われたらしい。その鐃は、長江流域へと伝えられ、独自の発達を遂げて巨大化しました。音階をなす大小のセットで出土する例もあります。本例は最も巨大化した鐃のひとつであり、主に湖南省で出土する型式に近い。この南方の鐃がもとになり、西周期に中原へと逆輸入され、上下が逆さになって大小並べる編鐘へと変化したといわれています。

  • 「鐘」中国・春秋 紀元前7世紀<br />西周中期以降、中原へと鐃が逆輸入され、しかも上下逆となって柄庸)や鈕によって吊り下げ、大小並べて音階を奏でる「編鐘」が発達します。中央と側方を叩くと、長短の三度の和音をなす二つの異なる音が出ます。春秋期の編鐘では現在とほぼ同じ正確な音階を奏でることができるようになりました。

    「鐘」中国・春秋 紀元前7世紀
    西周中期以降、中原へと鐃が逆輸入され、しかも上下逆となって柄庸)や鈕によって吊り下げ、大小並べて音階を奏でる「編鐘」が発達します。中央と側方を叩くと、長短の三度の和音をなす二つの異なる音が出ます。春秋期の編鐘では現在とほぼ同じ正確な音階を奏でることができるようになりました。

  • 地下回廊にあるミュージアムショップ・カフェ&レストランへ

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    カフェ・葉風泰夢 グルメ・レストラン

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  • おじちゃんとママ(妹)は特製カレーライス

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  • 外に出ると真夏の暑さ。

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    奈良国立博物館 美術館・博物館

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  • 水浴びしているこも

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  • 人懐っこい小鹿でした。

    イチオシ

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