2025/06/02 - 2025/06/02
62位(同エリア384件中)
玄白さん
トルコ旅行4日目の午前中、アイワルクから250kmのバス移動で、エフェソスへ。紀元前11世紀にイオニア人(ギリシャ人の一民族)によって建設された港湾都市で、ローマ帝国支配下で地中海・エーゲ海貿易で大いに栄え、当時はローマ、エジプトのアレキサンドリアと並ぶ世界3大都市だった。
クレオパトラがアントニウスと歩いたであろう大通り、クレオパトラの陰謀により実の妹アルシノエが幽閉され、最後に毒殺された場所でもあり、イエスが磔刑になったあと母マリアが使徒ヨハネとともに晩年を過ごしたところでもあり、アルテミス信仰が根強かったこの地で、ローマ帝国でもっとも早くからキリスト教が広まった都市でもある。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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トルコ滞在の4日目は、エーゲ海沿いのリゾート地、アイワルクを出発し、エーゲ海沿いを一路南下してエフェソスをめざす。
エフェソスまでは約250km、4時間のバスでの移動である。
車窓からたくさんの風力発電用の風車が林立している風景に出会う。
トルコは、ほとんど石油は産出せず、隣国イランやロシア、アゼルバイジャンといった国からの輸入に頼っている。そのため、エネルギー安全保障のため、風力発電などの再生可能エネルギー開発に力を入れているという。 -
トルコ南西部のエーゲ海沿岸は、いわゆる地中海性気候だ。オリーブ畑が目立つようになってきた。
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一面のオリーブ畑。彼方には、青いエーゲ海が見えている。
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小麦(?)は、収穫の時期を迎えている
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エフェソス遺跡に到着。遺跡へは南北2つのゲートがあるが、通常南側のゲートから入場し、北側のゲートから出るほぼ一方通行になっているらしい。
エフェソスは紀元前10世紀にギリシャ人(イオニア人)によって建設され、ローマ時代には人口20万人を超える大都市になった。当時は、海に近い場所であり、エーゲ海の海上貿易で栄えたのである。ローマ、エジプトのアレキサンドリアと並ぶ大都市だった。 -
エフェソス考古学博物館のポスター。土着の女神信仰として狩猟、出産、女性の守護であるアルテミスが信仰の対象だった。多産、豊穣の女神として、たくさんの乳房を持った姿で現わされ、いささか奇怪ではあるが、乳房ではなく、いけにえの雄牛の睾丸だという説もあるようだ。
やがて、ギリシャ神話に取り込まれ、ゼウスの娘とされ、太陽神アポロとの兄妹で月の女神ともなった。アメリカのアポロ計画に次ぐ次世代の月探査計画が始まっているが、そのプロジェクト名は、この月の女神アルテミスにちなんでいる。 -
野良(?)犬が、のんびり昼寝をしている。ここに限らず、トルコではあちこちで犬や猫がたむろしている。一応、政府によって、狂犬病対策はされているという。
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アゴラの周囲にある列柱。アゴラとは古代ギリシャ都市国家の広場、市場のことで、取引や政治活動が行われた都市の中心的役割を果たしていた。
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エフェソスのメインストリート、クレテス通り。この両側に多くの見どころが散在している。今では列柱が立ち並ぶだけだが、当時は壮麗な通りだったであろう。
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オデオン
昨日トロイで見たオデオンより規模が大きく、保存状態がよい。エフェソスの政治と文化活動の中心だった。 -
オデオンの隣りにあったプリタネイオン(市公会堂)。紀元前1世紀ごろの築造だという。行政と宗教儀式のセンター的役割があった。
炉、家庭、国家の秩序を司る処女神ヘスティアに捧げられた永遠の火が燈り続けたという。都市建設時にオリンポス山から灯が持ち込まれたとも言われている。司祭や都市役人(プリタネイ)が管理していた 。 -
以前、クレオパトラの異母妹のアルシノエが、クレオパトラの陰謀で、エフェソスに幽閉され最後には毒殺され、その墓が残っているというNHKのドキュメンタリー番組を見たことがあり、今回のエフェソス遺跡訪問で、ぜひアルシノエの墓を見てみたいと思っていた。その墓は8角形の建物でオクタゴンといわれていた。オデオンとプリタネイオンの近くにあるということだったが、見当たらない。ツアーコンダクターのアタカン氏にきいても、アルシノエのことは知らないという。近くを探してみると、これがそうらしい。建物の上部はなく、基壇だけが残っている。
なお、ここで発掘された頭蓋骨が本当にアルシノエのものかは異説がありはっきりしない。
ところが、この旅行記を書くにあたって、改めてアルシノエの記事をネットで漁ってみたところ、今年一月に発表された学説で、ここで発見されたアルシノエのものとされた頭蓋骨のDNA鑑定で、Y染色体が見つかったという。つまり頭蓋骨は男性のものということで、アルシノエの墓という説はもろくも崩れ去ったしまった。
(参考 https://karapaia.com/archives/480359.html)
ただ、アルシノエがエフェソスに居たというのは事実のようなので、まだ歴史ロマンは続く。 -
遺跡内のあちこちにたむろしているニャンコ
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メミウスの碑。紀元前1世紀、ローマの独裁官スッラの孫にあたるメミウスが、自身の祖父スッラと父ガイウスを称えるために建立したとされている。一方では、エフェソス市民による暴動で殺害されたローマ人犠牲者を慰霊する目的だったとも伝えられている。
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ポリオの泉
紀元97年、富豪のカイウス・セクスティリウス・ポリオとその家族によって建てられた公共噴水で、エフェソスの都市水道網を通じて市民に水を提供していた。 -
ヴァリウスの浴場跡。2世紀ごろの建造と考えられている。
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イチオシ
勝利の女神、ニケのレリーフ。
ルーブル美術館の階段踊り場に有名なサモトラケのニケの壮大な彫刻が飾られているが、頭部がない。こちらは全身が欠損することなく見られているので、こちらの方がGood ではないだろうか。
アメリカのスポーツ用品メーカー「ナイキ」は、この女神の名前が会社名になったものである。またナイキのロゴマークは、ニケの羽根をイメージしてデザインされた。 -
強い日差しを避けて、ニャンコが歴史的彫像の陰で涼んでいる
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トラヤヌスの泉
2世紀初頭、ローマ皇帝トラヤヌス(在位98-117年)の時代に建設された記念的な噴水建造物で、エフェソスの上水道システムの一部として、山から引かれた水を市民に供給する施設だった。貯水池の周囲にはトラヤヌスの彫像やギリシャ神話の神々の彫像が並んでいたというが、それらはすべてオーストリアの発掘隊が自国に持ち去ってしまったという。 -
当時の裕福な家の跡
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床は精巧なモザイク画が描かれている
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ハドリアヌス神殿
ローマ帝国の最盛期を築いた五賢帝の一人として知られるハドリアヌスは、世界中を旅したことでも知られ、エフェソスも訪れていた。その時、彼の来訪を記念して建てられた建物である。 -
その神殿の2つの門のうち、前の門のアーチの真ん中に女神テュケーのレリーフが彫られている。女神テュケーは、ギリシア神話における都市の財産と繁栄、そしてその運命を司る中心的な女神とされていた。
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後の門にはメデューサが彫られている。ギリシャ神話では、元は美しい美少女だったが、女神アテネの神殿でポセイドンとも密通をしていたことをアテネに知られ、彼女の怒りで、髪が毒蛇という怪物に変えられたということになっているが、ギリシャ人が入植する前のアナトリアでは地母神として信仰の対象だった。
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イチオシ
エフェソス最盛期には、にぎやかな通りを、美人たちが闊歩していたのだろうか。
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公共トイレ
紀元1世紀に作られたハイスペックのトイレである。便座の下には水が流れ、汚物は排水溝を通じて近くの海に流されていた。そばには淡水が供給され用を足したあとはスポンジで清拭していた。使用済みのスポンジは、酢や塩水で殺菌され、流水で洗っていたという。2000年前とは思えない衛生的トイレシステムである。 -
イチオシ
クレテス通りの坂を下っていくと、エフェソス遺跡一番の見どころ、ケルルス図書館が見えてきた。それにしても、大勢の観光客で大混雑である。昨日のトロイ遺跡とは、同じ世界遺産でも人気の度合いが雲泥の差だ。
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イチオシ
ケルルス図書館
ローマ帝国アジア属州の執政官を務めた後、エフェソスの代議員となったティベリウス・ユリウス・ケルスス・ポレマエアヌスの葬儀記念碑として建てられたもの。パピルスに書かれた蔵書が12000点あり、アレキサンドリア、同じくトルコのペルガモン図書館とならんで世界3大図書館であり、まさしく知の殿堂であった。
現在は修復されたファサードが残るのみで本館は、3世紀の地震やゴート族の侵入により破壊されてしまった。 -
ファサードの下部に4体の女神像が安置されている。それぞれ、ソフィア(知恵)、エピステーメー(知識)、エンノイア(知性)、アレテー(卓越性)という美徳を現した女神像である。なお、これはレプリカで、本物はウィーンのエフェソス博物館に収蔵されている。
トルコ政府はオーストリア政府に返還要求しないのだろうか? EU加盟をしたがっているトルコにとっては、EU加盟国オーストリアに遠慮しているのかもしれない。 -
ファサードの真下からケルルス図書館を仰ぎ見る。
なお、道路を挟んで反対側に当時の娼館があった。今回は修復作業中で娼館を見学することはできなかったが、面白いことにケルルス図書館と娼館は地下通路でつながっているという。図書館で仕事や勉強する振りをして、こっそり娼館に出入りすることができたのである。いつの世も男どもの考えることは同じである。 -
山の斜面を利用して作られた大劇場。ヘレニズム時代に作られ、ローマ時代になって拡張され、2万4000人を収容できたという。演劇の上演、グラディエーターの試合や全市民参加の政治集会が開催される設備である。
なお、山の傾斜を利用した施設はギリシャ様式、平地に巨大な石造りの施設を作ったのがローマ様式(たとえばローマのコロッセオなど)で、建築技術としてはローマがギリシャよりはるかに先進的だったのである。 -
大劇場から左に曲がるとまっすぐ続く道に出る。アルカディアン通りで、当時は港に通じていた。
クレオパトラとアントニウスも、この通りで凱旋パレードをしていたのだろう。 -
アルカディアン通りの列柱を斜めからのアングルでパチリ。
背後の山の中腹には、7km離れたところにイエスが磔刑で亡くなった後、母マリアが使徒ヨハネとともに晩年を過ごしたという言い伝えがある聖母マリアの家がある。クリスチャンにとっては聖地巡礼の場所の一つになっているようだが、今回はそこを訪れることはできなかった。 -
北側の出口に近づいてきた。時間がないので、近くによって見ることはできなかったが、当時の有力者たちの石棺のようだ。
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無造作に置かれた柱が転がっている。このエフェソス遺跡は、まだ発掘中の場所があったり、手を入れて修復作業がつづいていたりする。完全に遺跡の全容が解明され、当時の様子が復元されるのは、いつのなるのだろうか?
~続く~
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