2024/01/12 - 2024/01/12
288位(同エリア805件中)
赤い彗星さん
この旅行記スケジュールを元に
天気のいい週末。
折角なのでどこかに出かけようと、以前から一度行ってみたいと思っていた大磯に出かける事にしました。大磯は、明治の元勲をはじめとした多くの政治家たちが邸宅を構えた土地。遠くに富士山が見え、海岸に面した風光明媚な場所です。
大磯駅横の観光案内所でレンタサイクルし、大磯を巡ってみます。
- 旅行の満足度
- 4.0
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JR大磯駅の駅横にある観光案内所でレンタサイクルして、大磯を観光します。
大磯駅 駅
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現在はイタリアンレストランとなっている、大磯駅前の旧木下家別邸。
大正元年に建てられた洋館です。 -
大磯駅から、道なりに坂を下ったほぼ突き当りに立地している鴫立庵。
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国道1号線の高さからだと少し階段を下った場所にあり、大きな看板があるわけでもないので少し見つけづらいかもしれません。
入庵料は、町外からの訪問者は310円です。鴫立庵 名所・史跡
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鴫立庵は、平安時代の歌人・西行法師が詠んだ歌「心なき身にもあはれは知られけり鴫立沢の秋の夕暮れ」にちなんで、江戸時代に小田原の崇雪という人物が、この場所に「鴫立沢」の標石を立て、草庵を結んだのが始まりです。
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周りは木々に囲まれていますが、縁側には暖かい日差しが差し込んでいました。
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縁側にぶら下がっているのは、端午の節句の吊るし飾りですかね。
鴫立庵室は、初代庵主の大淀三千風により建てられ、改修は加えられていますが、歴代庵主が暮らしていた住まいです。 -
縁側には、2024年干支の辰のぬいぐるみも置かれていました。
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鴫立庵室の隣に建っている俳諧道場。
第3世庵主の白井鳥酔が建てたもので、滋賀の無名庵、京都の落柿舎と共に日本三大俳諧道場に挙げられています。 -
初代庵主・大淀三千風の時代に、江戸新吉原から寄進を受け建てられたと伝わっている法虎堂。
「曽我物語」の主人公・曽我十郎の恋人で大磯の遊女であった虎御前の木像が安置されています。父の敵討ちを果たした後、十郎が命を落としてしまったことを悲しみ、虎御前は出家し、生涯に渡って曽我兄弟の霊を弔ったそうです。 -
初代庵主の大淀三千風が建てた円位堂。
建築当初の姿のまま、現存している建造物です。 -
円位堂に安置されている西行法師の等身大座像。
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草庵の裏手に建てられている松尾芭蕉の句碑。
芭蕉は来庵したことはないそうですが、初代庵主の三千風と同郷ということで建てられた句碑です。
鴫立庵の敷地内には、芭蕉の句碑をはじめ、数多くの石碑が残されています。 -
西行法師が詠んだ歌「心なき身にもあはれは知られけり鴫立沢の秋の夕暮れ」をオブジェにした現代アート。
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小田原の崇雪が、草庵と共に立てた「鴫立沢」の標石。
景勝を讃えて「著蓋湘南清絶地」と刻んだことから、ここが湘南発祥の地とされています。中国湖南省の洞庭湖のほとり湘江南側を湘南と呼ぶそうで、大磯の地がよく似ていることから湘南と呼ぶようになったそうです。 -
草庵の裏手に鎮座する五智如来像(釈迦・阿弥陀・大日・阿閦・宝生の五仏)。
鴫立庵に残っている石造物の中では、最古の石造物です。
崇雪は、当初こちらの石仏を本尊として、西行寺を建立する計画だったと云われています。 -
鴫立庵15世庵主の原昔人は、俳人・鋳金師でした。
自ら鋳造して、親交の深かった正岡子規に送ったオブジェ「蛙鳴蝉噪の蛙」を拡大復元したオブジェが展示されていました。 -
鴫立庵から、歩いて5分程の場所に建つ旧島崎藤村邸にやってきました。
国道1号線沿いに小さな看板が立っているので、細い路地を進んで行くと小さな公園の前に立地しています。無料で見学する事が出来ます。旧島崎藤村邸 名所・史跡
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藤村が亡くなる前の2年半暮らした終焉の地です。
静子夫人が、「大磯の住居は50年に及ぶ主人の書斎人としての生活の中で、最も気に入られたものだったろう。」と述べ、藤村自身も「この書斎を離れる時は、自分がこの世を離れる時だ。」というほど気に入っていた住居だったようです。 -
8畳、6畳、4畳半の3部屋で構成された質素な平屋建ての住まいで、藤村は「静の草屋」と称していたそうです。
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邸宅には、広い庭園も付いていました。
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旧島崎藤村邸から、10~15分自転車を漕ぎ続け、目的地の旧吉田茂邸の前面に拡がる大磯城山公園にやってきました。
県立大磯城山公園 公園・植物園
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現在建物は残されていませんが、かつては山頂に三井別邸の城山荘本館という和洋折衷の邸宅が建っていました。
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海に関係の深い場所という事で、波間に漂う船のオブジェが建てられていました。
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大磯城山公園の展望台からは、正面に富士山が見えます。
毎日登り降りは大変かもしれないけど、こんな眺望の良い場所に住めたら、毎日気持ちよく暮らすことが出来そう。見慣れると当たり前の風景になるのかな。 -
太平洋方面の眺め。
大磯町の海沿いは平坦な場所が多いので、この近辺では一番高い場所かもしれません。大島や三浦半島なども眺める事が出来ます。 -
三井家別邸時代に六窓堂という展望台が建っていた場所に残っている基礎部分。奈良の薬師寺などの古材を利用した建物だったようです。
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大磯城山公園内には、大磯町郷土資料館が建っています。
大磯町の歴史や民俗を始めとした常設展示や特別展などが行われており、無料で見学する事が出来ます。大磯町郷土資料館 美術館・博物館
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入口を入るとすぐに、三井家別邸「城山荘」の部材展示を目にすることになります。
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大磯丘陵は、全国でも屈指の横穴墓群密集地域ということで、横穴を掘って墓としていた古代の墳墓の様子が復元されています。
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高来神社の御船祭で巡行する山車に飾られる人形。
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大磯の蛸江之丞という漁師が、漁をしている最中に光り輝くタコを引き上げると、黄金に輝く千手観音に姿を変え、高麗寺に奉納したという伝説が、高来神社の御船祭に繋がっています。
高麗寺のご本尊であった千手観音が、海中から引き揚げられた日に御船祭が行われているそうです。 -
大磯丘陵に残っている古墳時代後期の横穴墓。
こちらは資料館の展示物ではなく、実際に丘陵の麓に現存しています。 -
入口横に設けられた駐車場に自転車を止めて、旧吉田茂邸の見学に向かいます。
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敷地を進み始めると、すぐにバラ園が目に入ります。
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バラの季節ではありませんが、少しだけ花が咲いていました。
寒い時期に咲くように品種改良されているのかな。 -
1月中旬でしたが、早くも梅の花が咲き始めていました。
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デフォルメされた2等身の吉田茂首相が出迎えてくれました。
特徴がよく捉えられていて、一目で誰か分かりますね。
意外と等身大だったりするのだろうか。 -
サンフランシスコ講和条約締結を記念して建てられたため、「講和条約門」とも呼ばれる兜門。京都から宮大工を呼んで、京都裏千家今日庵の兜門を模して建てられました。
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邸宅の前に大きく広がる池泉回遊式の日本庭園。
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敷地内に建つ七賢堂。
伊東博文が、邸宅の「滄浪閣」に明治の元勲:岩倉具視・大久保利通・三条実美・木戸孝允を祀って四賢堂を建て、伊東博文の死後に夫人により、伊東博文も加えた五賢堂となりました。
昭和35年に吉田茂邸に移築された後に西園寺公望が合祀され、吉田茂の死後、佐藤栄作により、吉田茂も加えた七賢堂となりました。 -
吉田五十八が設計したサンルーム。
吉田茂が暮らしていた頃に建てられたものが現存しています。
当時は食堂と廊下で繋がり、熱帯植物が育てられていたそうですが、ソファやテーブルなども置かれており、寒さが苦手な吉田茂が接客などにも利用していたそうです。耐震性に問題があるため、人の立ち入りは禁止されているので外観のみ見学可能です。 -
日本庭園越しのサンルームと吉田茂邸。
火災で焼失後、復元され公開されている吉田茂の旧邸宅 by 赤い彗星さん旧吉田茂邸 美術館・博物館
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古い家屋を想像してやってきたのですが、2009年3月に邸宅が火災で焼失していまい、現在公開されているのは、再建復元された邸宅だということは、現地で知りました。入館料は510円です。
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応接間として使用されていた楓の間。
暖炉を中心にして、高級そうなソファやテーブルが置かれています。 -
楓の間の階段を上がると、2階には畳の間が拡がっています。
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吉田茂が書斎に利用していた四畳半の部屋。
限られた身内以外は、許可なく入る事の出来なかった私的空間でした。
広すぎる部屋よりも、掘りごたつも含めて、これぐらいの広さの部屋の方が個人的には落ち着きます。 -
サンフランシスコ講和条約調印式に臨んだ際の心境を、吉田茂が書に認めたもののレプリカ。
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吉田茂邸に設けられていた緊急脱出口が再現されたもの。
梯子で1階の車のガレージに逃げる事が出来るようになっていました。 -
吉田首相の一言が、内閣不信任案可決から衆議院解散に繋がったバカヤロー解散の「バカヤロー」がオブジェになっていました。
鴫立庵のオブジェの造りと似ている現代アートですね。 -
焼失する前は、大正~昭和にかけて母屋として使用されていた旧館棟が建っていたスペース。復原は行わず、建物の礎石のみ配置して、当時の面影を残している場所です。
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自宅と云えど、世界中の要人と会食出来るようにホテルのような内装の食堂になっています。
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賓客をもてなすための応接間として使用されていた金の間。
大きな窓が設けられていて、日当りの良い部屋です。 -
この部屋からは、富士山や箱根の山々を眺める事が出来ます。
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寝室兼書斎として使用されていた銀の間。
吉田茂が亡くなった部屋でもあります。 -
高級旅館の内風呂のような広い風呂場。
ピンボケだったので載せませんでしたが、当時船大工に発注したと云われる舟形の湯船も2階に展示されていました。
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