2024/04/25 - 2024/04/26
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2024/04/25
2024/04/26
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この旅行記スケジュールを元に
2024年のゴールデンウィーク、5年ぶりに海外へ出掛けました。コンサートと美術館巡りが中心の旅ですが、エトルタを歩き自然も楽しみました。
今回の旅は、コンサートに行くことが一番の目的。いわゆる『遠征』です。
4月25日の到着日にパリ管弦楽団のブルックナー交響曲第8番のコンサートがあることを知り、2008年以来となるパリ行きを決めました。普段、人が多い場所に住んでいるせいか、都会にはあまり興味がなく、フランスは2015年、2019年と行きましたがパリを経由しないルートを選び(ストラスブール方面、南仏など)パリは避けていました。
出発前、パリの交通手段についてはYouTubeやネットで調べることができましたが、プランニング段階で知りたかった美術館のコインロッカーの有無などの細かい情報がどこにも見つからず・・・。美術館へ問い合わせしても返事が来ずで困りましたので、このような情報も入れ込みました。少しでもお役に立てれば幸いです。
【旅程】★この回
★2024/04/25 Thr
・エミレーツ航空利用
・00:05羽田HND発→06:20ドバイDXB着
・08:20ドバイDXB発→13:30パリCDG着
・フィルハーモニド・パリのそばのホテルにチェックイン
・フィルハーモニド・パリでパリ管弦楽団コンサート
<パリ19区泊>
★2024/04/26 Fri
・オルセー美術館
・オランジュリー美術館
・ギュスタ―ヴ・モロー美術館
・フィルハーモニド・パリでフランス放送響コンサート
<パリ19区泊>
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
■2024年4月25日
羽田発00:05->ドバイ着06:20
ドバイ発08:20ー>パリCDG着13:30
エミレーツ航空です。羽田空港 第3旅客ターミナル 空港
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羽田―ドバイ線の1回目の機内食。エミレーツは機内食が美味しい(でも、スパイシーなサラダみたいなものだけ苦手でした)。
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羽田―ドバイ線の2回目の機内食。
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映画に日本語字幕のものも沢山ありました。お隣は日本人女性だったけど、ずーっと寝ていらして。降りる時に話しかけてみた。ドバイ経由でフランクフルトに行き、その後コルマールなどを周るそう(ワインが楽しみとのこと)。今晩はフランクフルトでhr響のコンサートを聴くと言っていらした。・・・私も本日着いてすぐにパリ管のコンサート...偶然で驚く。
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ドバイーパリ線の1回目の機内食(朝食)。
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ドバイ―パリ線の2回目の機内食。どれも美味しかった!
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シャルル・ド・ゴール空港到着後、『ロワシーバス(Roissy Bus)』を利用してオペラ座周辺まで移動しました。RER B線は治安が良くないと聞いていたため、停車駅が少ないB線を選択しようとも検討しましたが、滞在先のホテルへはどちらを選んでも利便性に大差がなかったので、結局、安全面を重視してロワシーバスを選びました。
ロワシーバスの乗り場は、シャルル・ド・ゴール空港内に全部で4か所(T3、T2A-T2C、T2E-T2F、T2B-T2D)あります。エミレーツ航空はターミナル2(T2)に到着しましたが、バスは混雑しているかもしれないと考え、始発となるターミナル3(T3)まで移動しました。ターミナル3のE1乗り場から乗車。近くにあった券売機でチケット(16.2ユーロ)を購入しました。実際に乗ってみると、各ターミナルを回ったものの乗車してくる人は数人程度で、車内は非常に空いていました。
(なお、2025年1月1日からは、パリおよびイル・ド・フランス地域圏の公共交通機関の料金制度が大きく変更され、イル・ド・フランス内の交通機関が一律料金制となり、ロワシーバスの料金は13ユーロに値下げされる予定です。)
オペラ座前(終点)でバスを降りた後、メトロ7番線に乗車しました。オペラ駅からポルト・ド・ラ・ヴィレット駅まで15分間乗車し、そこから徒歩20分でホテルに到着しました。
当初は、オペラ座からギュスターヴ・モロー美術館に立ち寄ろうと考えていました。館内にはロッカーもあるようなので、移動中の荷物も預けられると思ったのですが、訪問しても1時間ほどしか見学できないと分かり、後日改めて行くことし、素直にホテルへ直行することにしました。シャルルドゴール空港 (CDG) 空港
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メルキュール パリ 19 フィルハーモニー ラ ヴィレットに2泊します。
今回訪れるコンサート会場は、このホテルから徒歩すぐのパリ19区にあるフィルハーモニー・ド・パリです。開演が20:30と遅いため、日が長くなる4月とはいえ、帰りは暗い時間帯になります。
19区周辺は治安があまり良くない地域と言われており、コンサート会場からホテルまでの帰路やホテル選びにはかなり悩みました。当初、パリ中心部のセーヌ左岸5区にあるホテルを検討しました。このホテルであれば、会場近くのバス停から75番バスでホテルの近くまで1本で行けるので迷いましたが……。
結局、コンサート会場のすぐそばにあるこちらのホテルを選びました。帰りのルートを気にせず、コンサートの余韻に浸りながら徒歩数分で部屋に戻れるのは、本当に良かったです。メルキュール パリ 19 フィルハーモニー ホテル
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部屋は広くて綺麗で、バスタブ、冷蔵庫、電気ポットも備わっており快適でした。
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ただ、水回りに少し難点がありました。2泊したうち、1日目は特に問題なかったのですが、2日目の夜にお湯が出なくなるトラブルが発生しました、日本とは給湯器のシステムが違うフランスあるあるかもですね(朝になればお湯は出るようになりますので)。
こういったことは旅先では想定内。もし再びフィルハーモニー・ド・パリでコンサートを聴く機会があったらまたこのホテルに泊まると思います。徒歩数分という立地はやはり大きな魅力でした。
ちなみに、ホテルはかなり大きく、急いで予約しなくても満室になることはなさそうでしたw。 -
眺めの良い部屋をリクエストしたところ、フィルハーモニー・ド・パリの建物が少しだけ見える、ラ・ヴィレット公園方向に開けた景色の部屋が用意されていました。メトロ7番線を降りて、この公園を通り抜けながらホテルへ向かったのですが、公園内は多くの人で賑わっていて活気がありました。
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19区は治安が悪いと言われますが、この周辺に関しては日中そうした印象は特になく、パリの人々にとって憩いの場といった雰囲気でした。
(フィルハーモニド・パリの建物が見えます) -
コンサート前の夕食は、ホテルから徒歩5分ほどの『Chez JJ』でいただきました。事前に予約しておいたのでスムーズに入ることができました。
お店までの表通り、ジャン・ジョレス通りはとても賑わっており、この周辺は特に治安が悪いと感じることはありませんでした。ただ、どうやら環状道路の向こう側(パンタン駅方面)に入ると治安が悪くなるようなので、そちらへは行かないように気をつけました。 -
まだ早いので店内はあまりお客がいなかったです(表の席には一杯いたけど)。
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店員さんも感じがよく料理も美味しい店でした。チーズが載ったペンネを。
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あと、なにかもう1品・・・と、メニューの中に見つけ、パリ在住のYoutuberさんが美味しいと言っていたのでタルトタタンをデザートに。ホントに美味しい!
これは、キャラメリゼしたリンゴのタルトで、甘いものが大好きなフランス人達の好物で伝統的なデザートの一つだそうです。 -
ついに来た!憧れの(笑)フィルハーモニー・ド・パリ。正面の1階入口から中に入ったものの、どうやら入り口を間違えたようで、そこには荷物検査用の機械と係員が数人いました。持っていたかばんを機械に通したのですが、実際にはその検査は必要なかったようです(苦笑)。
『コンサートに行くために来たのですが』と話すと、係員の方が『それなら入り口はこちらですよ』と親切に教えてくれました。ちょっとしたハプニングもありましたが、親切な対応のおかげで無事に入ることができました。
フィルハーモニー・ド・パリは、フランスを代表する建築家ジャン・ヌーヴェル氏による近代的なデザインで、羽ばたく鳥をイメージしたといわれています。外観も内装も流線形が特徴的で美しく、メインホールは客席が2400席あり、ステージを360度囲む構造になっているため、どの席からでも見渡しやすい設計になっています。フィルハーモニー ド パリ 劇場・ホール・ショー
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ホールの入り口へ続く道の途中に動物がいるのにびっくりしましたが。
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コロナ明け初の旅行はどこに行こうかと考えていたとき、このコンサートの情報を知り、迷わずパリ行きを決めました。現役最高齢96歳の指揮者、ブロムシュテット指揮によるパリ管弦楽団のブルックナー交響曲第8番、1曲のみの公演です。
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(何度もカーテンコールに応えるブロムシュテットさん)
この公演は4月24日と25日の2日間行われ、できれば24日から聴きたかったのですが、休みが取れなかったため25日のみ参加となりました。24日のほうには、日本で超人気者となった今や世界的ピアニストの藤田真央さんも聴きに来ていたようです。ブロムシュテットさんを尊敬する若い音楽家が多いですよね。
チケットはフィルハーモニー・ド・パリの公式サイトから購入し、1階8列目付近の席で鑑賞しました。演奏は、あのパリ管弦楽団の音色がまるでドイツのオーケストラのような重厚な響きに変わっており、圧巻の公演でした。25日の会場にも日本人の音楽家が多く聴きに来ていたようです(Xで発信しているのを拝見したので)。
心から満足し、余韻を楽しみながら徒歩数分のホテルへと戻りました。 -
■2024年4月26日(金)、パリ滞在2日目は美術館巡りの日にしました。
パリを訪れるのは2008年以来です。前回はフランス周遊のツアーに参加して、ロワールの古城やモン・サン=ミシェルなど主要な観光地を巡りましたが、パリでの自由時間は1日だけでした。その限られた時間でランス大聖堂を訪れることを選んだため、オルセー美術館などの有名美術館にはこれまで行く機会がありませんでした。オルセー美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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事前にオルセー美術館の公式サイトから日時指定チケットを購入していました。混雑を避けるために一番早い時間を選びました。入場口がどこになるのか少し気になっていましたが、A1の入り口から入る形でした。
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開館後すぐに入場でき、10人目くらいに館内に入りました。入り口の案内カウンターで『印象派の絵はどの階ですか?』と尋ねると、スタッフの方が『5階ですよ』と教えてくれました。5階へ向かうエスカレーターを進むと、左側からこの絵が目に飛び込んできました。
エドゥアール・マネの『オランピア』(1863年作)。実物を観るのは初めてです。この絵が展示されているエリアはマネルームで、部屋全体がマネの作品で囲まれていました。ほとんどの入場者はまず5階を目指して通り過ぎて行くので、その時点ではまだ誰もいない空間でした。
一人でマネの絵と向き合うことができ、至福のひとときを過ごしました。 -
エドゥアール・マネ「バレンシアのローラ Laola de Valence)」(1862年)
1862年の夏から秋にかけて、パリのイポドローム劇場で公演を行ったマドリード王立劇場舞踏団の花形であったローラをモデルにしたもの。 -
5階へ移動。
ドガ「バレエのレッスン」(1874年)
ドガは、定期的にパリ・オペラ座のバレエ鑑賞をしていただけでなく、オーケストラに所属する友人の紹介でパリ・オペラ座の舞台裏にも出入りしていたそうです。 -
モネ「日傘をさす女(左向き)」(1886年)
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モネ「日傘をさす女(右向き)」(1886年)
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ゴッホ「ローム河の月明かり」(1888年)
この絵を観ると、2019年のコロナ直前に行ったアルルでの旅行を思い出します。今回、オルセーで一番観たかった絵画です。 -
ゴッホ「ゴッホの部屋」(1889年)
何年か前の国立西洋美術館での「松方コレクション展」で来日していた絵ですね。これは松方コレクションの一つだったのにフランス政府から返還されなかったものですよね。 -
これもゴッホの作品です。「La Salle de danse a Arles」(1888年)
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ゴッホ「オーヴェールの教会」(1890年)
今回の旅でこの教会を見に行く予定だったのですが・・・・(それは後ほどの旅行記で)。 -
ジュルジュ・スーラ「サーカス」(1890-1891年)
スーラはこの絵を描くために、サーカス・メドテノに通いつめた。この絵は1891年の第7回アンデパンダン展に未完成のまま出品され、会期中に31歳の若さで亡くなった。
これが未完だったとは、知りませんでした。 -
5階には有名な絵画が溢れていたが(人も溢れていました・笑)、この絵は有名なものではないけど気に入った。
ポール・セリュジエ「土砂降り」(1893年) -
この作品も気に入ったので。私は平面的な作品が好きで...。こういう平面的な絵に魅かれるのは、やはり日本人だなーと感じる。
エミール・ベルナール「牧草地のブルターニュの女性たち」(1888年)
フランス北西部に突き出ているブルターニュ地方で毎年開催されるパルドン祭を楽しむブルターニュの女性たちを書いた作品。 -
アンリ=エドモン・クロス「午後の空気(The Evening Air)」(1893年)
「新印象派」の画家の一人。日本語のタイトルがいいですね。ネットに掲載されている画像よりも、実際は色が濃くコントラストがハッキリしているの印象的だった。 -
モネ「Etretat:la plage et la porte d’Amont」(1883年)
これからエトルタへ行くので、見入ってしまう。 -
こちらの絵の前では小学生が大勢座っていて、先生が説明していました。課外授業らしい(フランスではよく見かけますね)。
ギュスターヴ・カイユボット「床削り」(1875年) -
ドガ「ブルーダンサー(Danseuses Blues)」(1893年)
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マネ「草上の昼食」(1863年)
この後ろの壁はモネの「草上の昼食」も展示されていました。 -
クロード・モネ「Grosse mer a Etretat」(1868-1869年)
エトルタが気になってしまう・・・。後日、こんな波を見ることになるのですが(のちの旅行記で!)。 -
5階から下の階へ降りていくと、地味な絵でなんで撮影したのかな?と思ったのですが、実は私の好きなヴュイヤールの作品でした。ボナールの次に好きかも・・・の画家です。日本で回顧展が開催されるといいなと思っているのですが。
エドゥアール・ヴュイヤールの『ヴェンティミリア広場(La Place Vintimile)』(1910年作)。 -
こちらの画家は日本でも2020年に展覧会があったばかり。コロナのせいで会期が短かくなり(短縮された)残念だったけれど、開催後すぐに行ったので取りあえず観ることが出来ましたっけ。
ハマスホイ「Interieur, Strandgade 30」(1904年) -
2018年に国立新美術館で『ボナール展』を観て以来、一番好きな画家はボナールです。オルセー美術館は近年寄付を受け、ナビ派の作品が充実してきているそうです。
ボナール「室内、犬を連れた女性(Interieur, dit aussi La Femme au chien)」(1920年) -
アンドレ・ドラン(Andre Derain)「Charing Cross Bridge also known as Westminster Bridge」(1906年)
-
オルセー美術館では常設展示のほかに企画展も開催されていました。
印象派150周年記念の『パリ1874年』展(2024年3月26日から7月14日まで)。
150年前の1874年、写真家ナダールのスタジオの2フロアを会場として、その年の4月15日から1か月間にわたって展覧会が開催されました。30名の画家たちによるこの展覧会が、印象派という言葉が生まれるきっかけとなりました。 -
モネの『印象・日の出』(1872年)。
この作品はマルモッタン・モネ美術館所蔵です。後日訪れる予定にしていますが、美術館の目玉のこの作品はなんとこちらの『パリ1874年』展に展示されていました。
こちらでも、展示コーナーの中で最も目立つ場所、ブルーバックの壁の部屋に飾られており、横には終始、係の人が付いていました。
この作品を評した芸術評論家のひとりが、嘲笑を込めて新聞の風刺記事でこの展覧会を『印象派の展覧会』と表現したことが、印象派という呼び名のきっかけとなったと言われています。
モネ、ルノワール、ピサロ、シスレー、モリゾ、ドガ、セザンヌ、ブータンら約30人の芸術家の作品が、画家自身によって選ばれ約200点が展示されました。 -
ドガ「Classe de danse」(1870年頃)
1874年の第1回印象派展出品作品。 -
ドガ「Repetition d'un ballet sur la scene」(1874)
第1回印象派展出展 -
会場では、第1回印象派展から1877年の第3回展の作品と、オルセー所蔵の印象派の名作が展示されています。また、第1回印象派展と同年の5月1日から約1か月半にわたって開かれた官展(サロン)の入選作も紹介されています。さらに、サロンで落選した作品も展示されていました。
同年のサロンは観客が50万人に達したのに対し、印象派展のほうは約3,500人程度だったと言われています。
モネ「サン=ラザール駅」(1877年) 第3回印象派展出品作品。 -
カミーユ・ピサロ「ポントワーズの町の公園(Le Jardin de la ville, Pontoise)」(1874)
第1回印象派展出展作品、現在メトロポリタン美術館所蔵 -
シスレー「ロージュ島の小舟、ポール・マルリー(La Bac de l'ile de la Loge, Port-Marty, inondation」(1872)
第1回印象派展出展作品、デンマークのニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館所蔵。 -
クロード・モネ「港を出る漁船、ル・アーヴル(Le Havre, bateaux de pêche sortant du port)」(1874)
第1回印象派展出展作品、現在マイケルGハーマンコレクション所蔵 -
スタニスラス・ルピーヌ(Stanislas Lepine:1835-1892)
「モンマルトル、サン・ヴァンサン通り (Montmartre, rue Saint-Vincent)」
第1回印象派展出展作品 -
ルノワール「バレリーナ(La Danseuse)」(1874)
第1回印象派展出展作品、ワシントン・ナショナルギャラリー所蔵。 -
ルノワール「桟敷席(La Loge)」(1874)
第1回印象派出展作品、コートールド・ギャラリー所蔵。何年か前のコートールド展で日本でも観ていたので再会となりました。 -
セザンヌ「モデルヌ・オランピア(現代のオランピア)」(1873-74)
モネの絵画「オランピア」へのオマージュ。娼婦のパトロンが描かれているが、セザンヌの自画像。
第1回印象派展出展作品。 -
この企画展のメインビジュアルの一つにもなっている作品。第1回印象派展に出展された作品です。妻のカミーユと息子のジャン。
モネ「ひなげし(Coquelicots)」(1873年) -
モネ「Un coin de'appartement」(1877)
第3回の印象派展に出展されています。
モネがアルジャントゥイユで住んでいた2軒目のアパートの室内で、息子ジャンが描かれています。背景には妻カミーユと思われる人物が。
ギュスターヴ・カイユボットから遺贈されたものだそうです。散逸せずに今でも普通に美術館で観ることができるのは、印象派の仲間たちの作品を収集し続けたカイユボットの貢献度が大きいです。 -
ルノワール「ぶらんこ(La Balancoire)」(1876年)
第3回印象派展出展作品 -
ルノワール「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」(1876年) 第3回印象派展出品作品。
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マネ「鉄道」(1873年)官展(サロン)に出展された作品。
1874年当時に傑作とされていたのはフランス王立絵画彫刻アカデミー主宰による公式美術展(官展またはサロン)に出品される作品でした。
このオルセーの企画展では、1874年の印象派たちの作品と同時に、同じ年に開催された官展(サロン)に出品されたアカデミックな作品も展示していました。 -
マネ「オペラ座の舞踏会」(1873年)
1874年の官展に拒否された作品です。「パリ1874展」では、官展に拒否された作品も展示されていました。 -
フレデリック・バジール(Frederic Bazille)「ラ・ローブ・ローズ(La Robe rose, dit aussi Vue de Castelnau-ke-Lez)」(1864)
南仏モンペリエの近郊の村、カステルノー・ル・レにある屋敷で毎年夏を過ごしていた時、バジールのいとこテレーズを描いた作品。縦縞のピンクとシルバーグレーのシンプルなドレスと、黒いエプロンを着ています。 -
ドガ「家族の肖像(Portrait de famille)」(1869)
こちらは来年に来日するようですね。 -
1874年サロン展に出展された作品のコーナーで。
ジュール・ブルトン(Jules Breton:1827-1906)「ラ・ファレーズ(La Falaise)」(1874年)個人所蔵の作品だそうです。なかなか印象的な絵に感じ、記憶に残りました。
ブルトンが初めてブルターニュを訪れたのは1865年で、ドゥアルヌネ湾とその周辺に滞在しました。6世紀のケルト人祖先の言語、宗教、文化的伝統を固く守る独特な地域と人々にじかに接したいと考えたから。ブルトンは仕事や思索にふける人物像に焦点を絞り、海を背景に自然主義的な大きなスケールで描きました。 -
エルネスト・エべ―ル(Ernest Hebert)「若い洗濯婦、物思いにふける(La Lavandara ou Jeune lavandiere songeuse)」(1869)
エべ―ルは在ローマ・フランスアカデミーの校長を務めたのち、パリのエコール・デ・ボザールの教授を務めた画家。典型的なサロン系の画家ですかね。 -
12:30 オルセー美術館の滞在時間は3時間ほどでした。13時に予約を入れているオランジュリー美術家に急いで向かいます。
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ティルリ―庭園内にあるオランジュリー美術館も初めての訪問です。当日券を求める長い列が出来ていましたが、予約していると係の人に伝えると優先入り口のほうから入れました。チケットは公式サイトから購入しました。
オランジュリー美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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まず初めに1階のモネ「睡蓮の間」へ。
モネ「睡蓮ー雲」 -
ガラス張りの天井から自然光が注ぐ中で連作「睡蓮」を堪能。
モネ「睡蓮ー緑の反映」 -
ついついこのお部屋は自然光なので、紫外線対策はどうしているのか気になりますが。何年後かに修復が必要なのは前提事項なのか。どちらにしても、オルセーと言い、日本の美術展よりもお部屋が明るい印象でした。
モネ「睡蓮ー沈む太陽」 -
地階はポール・ギョームコレクション。以前横浜美術館でギョームコレクションの企画展がありかなりの数を観ていましたので、再会の作品が多かったです。
アンリ・ルソー「ジェニエ親父の二輪馬車」 -
気に入った絵から何点かを。
スーティン「キャラクターのある風景(Paysage avec personnages)」(1933)
私はスーティンの歪みのある風景がが好きなのです。 -
マティス「マンドリンを持つ女性」(1921-1922)
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13:45 オランジュリー美術館の中にカフェがあり、朝食を食べずにあさイチのオルセー美術館に行ったので、ここでエネルギーが切れ、ランチにすることにしました。ちょうど席も確保できたので、キッシュとココアを注文。
椅子の数が少なく、立って食べている人も多かったです。隣の方に椅子をおすすめして、再び展示室へ戻りました。 -
オランジュリー美術館はアンリ・ルソーの絵画が沢山あります。
アンリ・ルソー「戦争(La Guerre)」(1894)
これは、オルセー美術館所蔵の作品ですが、こちらに来ていました。
彼が描いた作品の中でもっとも有名なものの一つで、戦争の寓意を描いたもの。中央で馬のような動物に乗っている人物は、炎を剣を手に死体の上を駆け巡る「戦争」の擬人像。画面中央で観る者へ顔を向けたしたいはルソー自身だと推測されているそうです。 -
オランジュリー美術館からコンコルド広場。オリンピックのための工事中でした。
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コンコルド広場。この後オリンピックのために入場制限されていた場所ですね。この頃はまだ大丈夫でした。風向きによって噴水の水しぶきが結構かかりますね。
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コンコルド駅からメトロ12番線に乗り、Trinité ? d’Estienne d’Orves(トリニテ=デティエンヌ・ドルヴ)駅で下車。サン=ラザール通りを左折して裏通りに入ります(9区のロッシュフーコー通り付近。
人通りは少なかったですが、特に危険な感じはありませんでした)。15時30分に予約していたギュスターヴ・モロー美術館を訪問。チケットは公式サイトで事前に購入しました。
公式サイト:
https://musee-moreau.fr/frギュスターヴ モロー美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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以前、パナソニック美術館で開催されたモロー展で、この階段の写真を見たことがありました。その時の記憶がよみがえり、『実物だ!』という感動で胸がいっぱいになりました。それ以来、ここを訪れたいという思いをずっと抱いていました。
この美術館は、モローが1852年から暮らしていた邸宅を公開したものです。モローは生前から、この邸宅を展示場として活用することを考えており、自ら展示室も設けていました。彼の死後、この邸宅とコレクションは国に遺贈され、1903年に美術館として開館しました -
モロー美術館も自然光のままに展示しています。壁一面ギッシリにモローの作品が展示されています。
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パナソニック美術館の『ギュスターヴ・モロー展 ― サロメと宿命の女たち ―』で観た《一角獣》(1885年頃作)に、ここで再会しました。幻想的で夢幻的な雰囲気が素敵な作品です。ただ、パナソニック美術館ではライトが当てられていたせいか、絵がよりピカピカと発光しているように見えました。一方、こちらでは自然光の中で展示されているため、発光感はほとんどなく、印象が全く異なっていました。
一角獣は、神聖で純粋な存在を象徴する神話上の動物であり、しばしばキリスト教的な純潔や神聖さを表すものとされています。一角獣が女性と一緒に描かれることが多いのは、純潔の象徴としての意味が強調されているためです。 -
ラミネートコーティングされた日本語の案内も置いてありました。
少しだけ気にいった絵を。こちらは、《LA LICORNE》(ユニコーン)・・この絵も来日していました。ユニコーンの毛並みや背景の細部にまで非常に精緻な筆致を感じます。 -
「刺青のサロメ」(1871年)
パナソニック美術館にはこの作品自体は展示されていませんでしたが、線描の習作のみが来日しており、それを観ることができました。
この作品では白い線を効果的に使用しており、特に刺青や装飾品の部分にその特徴が顕著です。白い線が絵画に繊細さと神秘性を加え、サロメの異国的で幻想的な雰囲気を引き立てています。 -
「出現」(1876年)
聖マタイの福音書の第 14 章から抜粋したエピソードを示しています。
サロメの物語は、当時の芸術家にとって魅力的な題材でした。彼女の妖艶さや致命的な美しさは、多くの象徴主義作家にインスピレーションを与えています。モローもまたサロメを理想化しつつ、彼自身の幻想的な解釈を加えています。 -
LA PARQUE ET L'ANGE DE MORT(運命と死の天使)、1890年頃。
人間の運命を司る女神パルカに導かれる死の天使を象徴的に表現した作品で、モローの晩年の代表作のひとつ。
タイトルが示す通り、作品は「運命」と「死」という普遍的かつ重厚なテーマを描いています。運命を司る存在(ラルク、運命の女神)と、死を象徴する天使が並ぶ構図は、人間の生と死、そして運命の不可避性を暗示していると考えられます。 -
モロー美術館にはコインロッカーはありませんが、入り口を入ってすぐのところにこのレトロなロッカーがあり、荷物を預けることができます。南京錠で鍵を掛けられるタイプのようでした。
この日はお客さんがたまたま少なく、とてもゆったりと鑑賞することができました。18時閉館ですが、17時45分までの2時間ほど滞在しました。 -
本日もフィルハーモニー・ド・パリでコンサートがあるため、メトロで19区へ戻りました。PERのE線で1本で19区へ行けますが、治安が悪そうなPERのパンタン駅周辺を避けたかったので、モロー美術館から徒歩10分のピガール駅からメトロ2番線でStalingrad駅へ。そこで乗り換えて、メトロ5番線でPorte de Pantin駅で下車。ここからホテルまでは徒歩数分です。レストランに行く時間がなかったので、近くのスーパーで夕食を調達しました。
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今日は、フランス放送響のコンサートです。指揮者はウィーンフィルにデビュー予定の女性指揮者ミルガ・グラジニーテ=ティーラさん。まだ来日したことは無いかたですね。初めて聴ける指揮者さんにワクワクしています。
フィルハーモニー ド パリ 劇場・ホール・ショー
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リリ・ブーランジェ:『詩篇第24番(Psaume 24)』
ロムアルダス・グラジーニス(リトアニア):『スータルティネ(Sutartinė)』
アントン・ブルックナー:『詩篇第150番(Psaume 150)』
ー休憩ー
アントン・ブルックナー:交響曲第6番(Symphonie n°6)
曲は、前半は宗教合唱作品、後半はブルックナーの6番と豪華な内容。ブルックナー生誕200周年の本年はブルックナーの公演の当たり年(ブルックナーが大好きは私は楽しい1年でした)。昨日のブロムシュテットさんとパリ管のブルックナーと比べると・・・うーん、なところもありましたが。前半のほうが素晴らしかったように思いました。グラジニーテ=ティーラさんはオペラも振れるかたですものね。
ところで、びっくりしたことが一つ。本日は2階の一番後ろの席を購入していましたが、周りの席が(写真の通り)結構空いていて、係の人がいらして、『もっと前方へ移動しても良いですよ』と言ってくださるんです。 -
(髪を後ろで一つに結んでいる割と小柄な女性が指揮者グラジニーテ=ティーラさん)
でも、まあ、いいかなーと思いそのままの席にいたのですが。休憩をはさんで席に戻ると、前半に空いていた周りの席に大勢の人が座っていました。どうやら、ステージ裏の席のさらに上階に天井桟敷のような席があるのですが、その人たちが移動してきた様子。席のグレードが違うはずなのに、休憩中の席移動はフランスでは当たり前のようです。日本では安い席から高い席へ移動するなんて「貧民席でも高貴であれ!」と非難轟々言われる情けない行動ではありますが、おフランスは緩いですね。
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