2023/06/23 - 2023/06/25
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赤い彗星さん
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朝降っていた雨が止んだ後も今にも雨が降りそうな曇天の中、
弘前城周辺を先に散策し、弘前城にやってきました。
現存12天守の中で最北端に位置している弘前城は初訪問で、
唯一訪れたことがなかった現存天守です。
よく見かけるお城の写真の場所ではなく、石垣修理の間、
本丸内に引っ越し中のタイミングで訪れたので、
今しか見れない天守の様子を見学する事が出来ました。
弘前城を訪問した後は、弘前城周辺の旧武家屋敷や市内の歴史的建造物なども巡ります。
- 旅行の満足度
- 4.5
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弘前城の一角は、弘前市役所や先ほど観光した弘前市立観光館や旧弘前市立図書館などと、道路を挟んだ向かいにあります。
水堀は、それ程広くはなかったようですね。 -
弘前城の三ノ丸追手門。
4代藩主・津軽信政の時代に参勤交代のルート変更があり、城の正門となりました。弘前城には、江戸時代からの櫓門が5棟現存しており、全て重要文化財に指定されています。 -
木々の勢いが一番盛んな季節なので隠れてしまっていますが、水堀を囲む土塁の上に櫓が見えています。
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杉の大橋と呼ばれる城内の橋。
建築当時、建材として杉が用いられたことから、この名で呼ばれるようになったようですが、江戸時代後期に架け替えた際に建材が檜になり、欄干や擬宝珠も付けられたそうです。 -
現存する5棟の櫓門の一つ、二の丸南門。
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二の丸大シダレと呼ばれている枝垂れ桜。
城内屈指の太い枝垂れ桜だったそうですが、平成23年年末の大雪で根元から倒れてしまい、主幹の三分の一を切除して立て直したそうです。根もほとんど切断されてしまったため、再生に向けて治療中とのことです。 -
土塁の上に建つ二ノ丸辰巳櫓。現存する隅櫓三基のうちの一つです。
防弾・防火のため、土蔵造りになっています。
弘前八幡宮の祭りの際には、三ノ丸を通る山車行列を藩主がこの櫓に登って見ていたそうです。 -
二ノ丸に設けられている弘前城情報館。
色々な資料が展示されているといった建物ではなく、インフォメーションセンターのような役割を担っている建物です。 -
舗装された直線は、二の丸に設けれらていた馬場跡です。
すぐ横には御高覧所があり、藩主が馬事訓練を見学していたそうです。 -
本丸の石垣は、耐震補強工事のために全面的に修理されている最中でした。
石の積み直しは、2024年中に終了見込みとなっています。 -
本丸と二の丸を結ぶ下乗橋。
弘前城の写真では、この下乗橋と天守を写したものが、一番よく見かける写真かと思います。天守は石垣修理で仮移動中なので、奥に先端だけ見えている状況です。 -
本丸に近づくにつれ、天守が徐々に現れてきました。
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鶴の松と呼ばれている松の古木。幹が物凄い角度で折れ曲がっていますね。
大きな盆栽的な人工の造形物なのかな。雪の重みが関係しているかもしれないけど。 -
主(天守)のいなくなった天守台。
二の丸から見ると高い石垣の上に建っていますが、本丸側から見ると天守台としては、かなり低い部類に入るのではないかという高さです。 -
本丸中央でくつろぎ中の天守。
天守台に乗っていないため、土塁上に建てられた櫓のような見た目になっています。
天守展望台で天守を眺めていた時に強めの雨が降り始めたため、早速天守に入場することにしました。弘前城(本丸 北の郭) 名所・史跡
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現存する三層の天守は、2代目天守です。
初代天守は、2代藩主の津軽信枚により建てられた5層の巨大な天守でしたが、落雷により天守に保管されていた火薬に引火したため、爆発炎上して失われてしまいました。 -
弘前城天守への入口は、天守の裏側に設けられています。
天守への入城料は320円。弘前城植物園や藤田記念庭園とのセット割入場券も販売されています。 -
弘前城の天守は、4面のうち、本丸に登城する際に目にする2面には、破風や装飾が施されていますが、裏の2面には何も飾りがありません。
寒冷地ということで屋根には銅瓦が用いられています。 -
こちらからだと、石垣を積み直ししている様子がよく分かりますね。
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石垣修理現場の横には、石垣普請番屋が建てられています。
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石垣普請番屋では、石垣の構造や石垣普請に関する資料が展示されています。実際に石垣修理をしている現場をすぐ横で見る事が出来るので、展示物の内容がすぐにイメージできますね。
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弘前市のマスコットキャラクターたか丸くんの顔出しパネル。
弘前公園 (弘前城) 公園・植物園
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弘前城北の郭跡には、武徳殿休憩所や喫茶北の郭などが置かれていて、散策に疲れたら休憩できるようになっています。
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城の北東に建てられている重要文化財の二ノ丸丑寅櫓。
攻撃・防御のための櫓で防弾・防火に備えた土蔵造りの建物です。 -
武家屋敷群に向かう途中、弘前城の四ノ丸に鎮座する青森県護国神社を見かけたので寄ってみます。
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青森県護国神社は、津軽藩主・津軽承昭公により、函館戦争の戦没者慰霊のために明治3年に創建されました。
明治43年に現在地に移転し、明治~昭和の戦争でなくなった青森県出身者の英霊が祀られています。青森県護国神社 寺・神社・教会
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工事用バリケードにもたか丸くん。
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重要文化財の北の郭北門(亀甲門)。
築城時に大手門として建造されたため、他の城門より大きめの造りになっています。三ノ丸追手門が正門となって以降は、搦手門として利用されていました。 -
弘前城の北の郭北門を出ると道路を挟んだ向かいに建っている石場家住宅。
江戸時代から残る、この地域では数少ない商家の建物です。石場家住宅 名所・史跡
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重要文化財・石場家住宅の看板がありますが、現役の店舗みたいだし、見学できるのか半信半疑ながら、お店に入ってみました。(現在は酒屋さん)
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店番をしていたお婆さんに確認すると、100円の入場料で見学できるとのことなので、早速見学させてもらうことにしました。
観覧車入口の看板が掛かった暖簾をくぐって、奥に向かいます。 -
石場家住宅は、現在も現役で住居として使用されているそうで、土間と土間から見える部屋の様子のみ見学出来ます。(部屋に上がるのは禁止!!)
石場家は現在は酒屋さんですが、江戸時代はわら工品や荒物を扱う商家でした。 -
江戸時代に使用していた古い家財道具なども展示されているのですが、古い道具と並んで炊飯器(恐らく現役)が置かれているのを見かけて、ギャップが面白いと思いながら、ほんとうに普通に生活しているんだなあと納得しました。
それにしても土間兼台所も囲炉裏のある板の間も、住居として暮らすには広すぎるくらい広いですね。 -
真っ直ぐな直線道路を進んで、公開されている3つの武家屋敷見学に向かいます。往時は、道路の両脇に津軽藩の武家屋敷が立ち並んでいたんでしょうね。
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旧笹森家住宅に到着。
旧笹森家住宅 名所・史跡
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弘前城周辺に現存する武家屋敷の中では、最古の武家屋敷で唯一重要文化財に指定されています。現在より東方にあった住宅を、2012年に現在地に移築復原しました。建物内は無料で公開されています。
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玄関を上がってすぐの場所に、囲炉裏を備えた板の間の台所があります。
囲炉裏で部屋は温まるかもしれないけど、寒冷地での板の間は、座布団があっても底冷えする寒さだったでしょうね。 -
6畳くらいの部屋が数間の小さな住宅です。
当時は、3世代同居など当たり前だったでしょうから、どの家庭もいつも賑やかだったかもしれないですね。 -
中・下級武士の住宅跡ですが、小さな日本庭園も備わっています。
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旧伊東家住宅に到着。
旧伊東家住宅 名所・史跡
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伊東家は藩医を務めていたこともあり、住宅には格調高い式台構えの玄関が設けられています。数度の改築を伴い現存していた住宅を、現在地に移築する際に藩医時代の住宅構成に復原したそうです。
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暖炉付きの板敷の間は、当時診療室として使用していたと伝わっています
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薬の調合などに使用していた薬研。
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笹森家住宅と比べても、部屋が広めの座敷。
畳敷きの部屋は、当時の入院室として使用していた部屋もあったそうです。 -
旧伊東家住宅の奥に位置している旧梅田家住宅。
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旧梅田家住宅も現在地に移築復原された建物です。
旧伊東家住宅同様、式台構えの玄関を備えています。旧梅田家住宅 名所・史跡
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玄関を上がると三畳間が並んでいました。
現存している旧邸宅などは、武家や豪農の旧住宅が多いからかもしれませんが、三畳間はほとんど見かけたことがないと思います。
襖を外して、一間にしていたのかな。 -
梅田家にも囲炉裏の付いた板敷の台所が備わっていました。
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武家屋敷群で最後の訪問先となる旧岩田家住宅に到着。
旧岩田家住宅 名所・史跡
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昭和56年まで岩田氏の住居として使用されていた邸宅が弘前市に寄贈された後、解体修理に伴い江戸時代当時の姿に復原されました。
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こちらの武家屋敷には、居間にも囲炉裏がありますね。
畳が敷かれているだけで、底冷えの寒さを段違いに遮ることが出来たと思います。豪雪地帯で寒さの厳しい土地ですからね。 -
こちらは台所の囲炉裏。
湯を沸かしたり、魚を焼いていた様子が再現されています。
今でもそのまま利用できそうですね。 -
板の間には、義経の八艘飛びを描いた錦凧絵が飾られていました。
この作画を立体的に現わすとねぷたになると言い切れるような、色鮮やかな劇画調の画風です。 -
当時の家財道具には、大きな名札が付けられています。
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弘前文化センター前に建つ津軽藩初代藩主の津軽為信銅像。
弘前城本丸に建てられていた銅像は、戦時中の銅の供出により失われてしまいましたが、平成16年にこの地に復元されたそうです。 -
弘前公園近くに建っている弘前カトリック教会。
明治43年(1910)に木造で建設されたロマネスク様式のモルタル造りの教会です。弘前カトリック教会 寺・神社・教会
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教会の祭壇は、オランダ・アムステルダムの聖トマス教会にあったものが、当時の主任司祭であったコールス神父の尽力で弘前に譲られたものだそうです。
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ヨーロッパの教会のように鮮やかな色彩のステンドグラスで彩られています。
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ステンドグラスには、アダムとイブとリンゴの木やノアの箱舟、バベルの塔などがデザインされていますね。
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東北最古の教会として、明治8年(1875)に建てられた弘前教会。
弘前教会 寺・神社・教会
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重要文化財の青森銀行記念館に到着。
旧第五十九銀行本店として、明治37年(1904)に木造2階建てのルネサンス風様式で建造されました。入館料は200円です。青森銀行記念館 美術館・博物館
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当時の弘前で名匠と云われていた、大工棟梁の堀江佐吉による設計施工の和洋折衷の建物です。
2階への階段も、恐らくわざと直線にせずに折り曲げているんだろうなあ。 -
1階部分は、当時の営業室です。
家具や事務用品などは何もなく、磨かれた床の広いスペースなので、舞踏会場のような雰囲気があります。 -
控所と呼ばれていた小部屋。
スペースは狭いですが、接待で使用出来そうな家具が置かれています。 -
小会議室。
部屋の真ん中に机と椅子が寄っているので、出席者同士の距離がかなり近かったであろう会議室ですね。 -
格天井の壁紙には、金唐革紙が使用されています。
明治期から、昭和初期にかけて、壁紙として非常に多くの建物で使用されていたそうですが、現存しているのは全国で数ヵ所のみとなっています。 -
旧第五十九銀行本店を建てた堀江佐吉は、当館以外にも弘前市内の多くの洋風建築物を手掛けています。今日、弘前で最初に訪れた弘前市立図書館や太宰治の実家である津島源右衛門邸(斜陽館)などを建てています。
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ホテル近くの食事出来そうなお店を探している時に、郷土料理のお店を見つけたので入ってみる事にしました。
創作郷土料理の店 菊富士 本店 グルメ・レストラン
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夕食は、青森の郷土料理イカメンチ(いがめんち)定食を頂きました。
メンチと付くのでメンチカツをイメージしていましたが、私が頂いたいがめんちは、結構ふんわりとした食感で油っぽくもなく、美味しく頂きました。
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