2024/04/20 - 2024/04/20
9位(同エリア119件中)
万歩計さん
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・岩村から足助に行く途中に「大正村」の案内標示を見つけ、面白そうなので立ち寄った。ここは明治村と違って町中に点在する古い建物が、博物館や公共施設やカフェとして公開されていた。街全体にレトロな雰囲気が漂い、各施設の展示も充実していて一見の価値がある。
・大正時代は14年と短く印象も薄い。しかしこの時代は「大正デモクラシー」「大正ロマン」という言葉に象徴されるとおり日本が真に近代化した時期で、普通選挙法が施行され都会にはモダン文化が花開いた。万歩計の愛読書のひとつに浅田次郎の「天切り松・闇かたり」シリーズがある。大正時代のモダン東京を舞台に義賊たちが活躍する様子は、歌舞伎を見るようにカッコいい。大正時代の世相を理解するのにおススメの作品である。
【旅程】
4/18 奈良→名古屋→美濃市美濃町→郡上八幡市→下呂温泉(泊)
https://4travel.jp/travelogue/11917481
https://4travel.jp/travelogue/11918366
4/19 下呂温泉→妻籠…中山道…馬籠→妻籠→恵那市岩村町(泊)
https://4travel.jp/travelogue/11918567
https://4travel.jp/travelogue/11918738
https://4travel.jp/travelogue/11919150
★4/20 恵那市岩村町→大正村(明智町)→豊田市足助町→名古屋市有松→奈良
https://4travel.jp/travelogue/11919258
★https://4travel.jp/travelogue/11920095
https://4travel.jp/travelogue/11920416
https://4travel.jp/travelogue/11920650
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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9:08 岩村から足助に行く途中に「大正村」の道路標示。予定になかったが面白そうなので見学していきます。
大正村浪漫亭 グルメ・レストラン
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場所は明知鉄道の明智駅前からすぐ。ここは明治村と違って、町中に点在する古い建物が博物館になっているようです。
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橋を渡って、
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大正路地を進むと、
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旧街道に出ました。
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十六銀行 明知支店はレトロな建物
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その先に木造風の郵便局。
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郵便局の横の古い建物は逓信資料館。
逓信資料館 名所・史跡
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明治時代の建物に、大正になって意匠を加えたそうです。
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内部には郵便、逓信に関する様々な資料が展示されています。
逓信資料館 名所・史跡
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明治、大正時代の電話機。グラハム・ベルが電話機を発明したのは明治9年(1876年)でした。
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昔の郵便局業務と郵便配達人の制服
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明治から昭和にかけて使われた電話交換機。
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次は大正村資料館。「銀行蔵」は2棟からなり、左の黒い建物には銀行が農家から預かったり買い取った繭を収納していました。
大正村資料館 美術館・博物館
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右の木造瓦葺2階建の建物は大正7年築。当時まだ珍しかった手動式エレベーターがありました。
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内部は大正ロマンで溢れています。
大正村資料館 美術館・博物館
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美人画に
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ポスター類
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繭を保管した蔵には、テーマごとの展示室があります。
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最初は教育関係の展示室
大正村資料館 美術館・博物館
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明治23年年に公布された教育勅語
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小学校低学年の国語
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「礼法」の授業もあったようです。
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唱歌にはスコットランド民謡など、ヨーロッパの音楽も採用されました。
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地理・歴史
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文房具の変遷
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次の展示室には 初期の手回し蓄音機
大正村資料館 美術館・博物館
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エジソンが蓄音機を発明したのは1877年。
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日本でラジオ放送が始まったのは大正14年(1925年)。
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日本で最初に映画が上映されたのは明治29年(1896年)。もちろん無声映画でした。
大正村資料館 美術館・博物館
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片岡千恵蔵に嵐勘十郎(あらかん)。幼い頃遊んだパチ(めんこ)には川上、栃若と共に、これらの俳優の絵が描かれていました。
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田谷 力三。大正から昭和期のオペラ歌手で、モダン大正を象徴する浅草オペラの花形。代表曲は「恋はやさし野辺の花よ」。
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日本調では小唄勝太郎。芸者歌手として一世を風靡しました。
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この時代は北原白秋、山田耕筰、中山晋平等が多くの流行歌や童謡を作りました。
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伝統の歌舞伎も健在
大正村資料館 美術館・博物館
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歌舞伎の錦絵や、
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雑誌類も売れた時代です。
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次の展示室は生活に関するもの。お馴染み越中富山の薬売り
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看板類
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当時のファッション。右側の山高帽と二重の黒マントはモダン大正の象徴。
大正村資料館 美術館・博物館
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パナマ帽にカンカン帽。履物は寅さん愛用の雪駄。
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大正時代にはモガ・モボ(モダンガール・モダンボーイ)と呼ばれる人達が銀座を闊歩しました。第一次世界大戦の特需に沸き、世界的な軍縮で文化面におカネを回せる良い時代でした。
この時の世相は万歩計の愛読書の一つ、浅田次郎作の「天切り松 闇かたり」シリーズに生き生きと描かれています。 -
次の展示室は新聞で見る大正時代。明治の44年、昭和の63年に挟まれた大正は僅か14年。
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大正については歴史でも余り習いません。万歩計が知ってるのも「大正デモクラシー」という言葉と関東大震災くらいで、大正天皇、皇后の写真をじっくり見るのは初めてです。
大正村資料館 美術館・博物館
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当時の新聞の広告欄。今のような新聞に挟まれたチラシはありませんでした。
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グラビアの切り抜き。当時は第一次世界大戦の教訓で、世界的に軍縮が進んだ時代でした。
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大正12年(1923年)に起きた関東大震災を伝える新聞記事。これ以降世相は暗くなり、日本は軍国主義の時代に進みました。
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大正天皇崩御の記事
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次は銀行蔵の奥にある「大正の館」へ。
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明治末期に建てられた建物は土地の名門橋本家の住居。最初は米穀商でしたが、後に医院を開業しました。
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当時の姿でそのまま保存されています。
大正村資料館 美術館・博物館
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電話室があるのは病院の待合室か。
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往診に使ったであろう人力車。
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大正村資料館を出て大正時代館へ、
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途中にはレトロな建物や、
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意匠を凝らした橋が。
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雰囲気ある街並みは博物館同様に魅力的。
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「うかれ横丁」。気になる。
うかれ横丁 名所・史跡
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入ってみると万歩計好みの路地が。
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製糸業で栄えた頃、この辺りは飲食店が並ぶ繁華街でした。
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「うかれ横丁」の名前もそこから。
うかれ横丁 名所・史跡
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今は新しい住宅も建っています。
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うかれ横丁
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一周してきました。
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次は大正時代館
大正時代館 名所・史跡
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隣接する「カフェー天久」は、大正末期から昭和初期に多くの文化人を常連とした当時そのままに、今も喫茶店として現役です。
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2階の展示室には大正天皇を中心にした資料。
大正時代館 名所・史跡
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他に明智町の歴史や、
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町の人々の暮らしぶり。展示内容は大正村資料館と重複するのでサラッと。
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旧街道を越えて町の東側へ。
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大正村役場。明治39年の建築で有形文化財。
日本大正村役場 (旧明智町役場) 美術館・博物館
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大正村役場
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大正村役場
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明治10年竣工の小学校は現在絵画館。
絵画館 美術館・博物館
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イチオシ
玄関前から見下ろす石畳とその先の家並が美しい。
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令和3年オープンしたばかりのイギリス風の建物は司葉子記念館。女優司葉子は2代目大正村村長だそうです。
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彼女が使った鏡台や、
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衣装類
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彼女が出演した映画
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隣の大正モダンな洋風建築は平成6年オープンの「大正浪漫館」。
大正ロマン館 美術館・博物館
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高い位置にあるので、ここから山に囲まれた明智の町を一望できます。
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ここでは年に数回企画展が開かれるそうです。
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こちらの展示室には高峰三枝子。津村謙とのフルムーンポスターは旧国鉄の「ディスカバー・ジャパン」キャンペーンに使われ、山口百恵の「いい日旅立ち」の歌に乗って全国に広まりました。
大正ロマン館 美術館・博物館
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高峰三枝子は初代村長。
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その横に横綱栃錦の肖像画と綱。栃錦は村議会議長だそうです。
大正ロマン館 美術館・博物館
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鏡里、栃錦、吉葉山、千代の山。さすがに彼らが活躍した姿までは記憶にありません
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10:45 見学を終え駐車場に戻ります。いやー、いい寄り道でした。
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