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2020年の夏はポーランドのアウシュヴィッツに行く予定だった。しかし、コロナ禍のため旅行は延期になった。この間ナチスドイツやユダヤ人虐殺に関する本を色々読み、満を持して出かけてきた。<br />ナチスドイツの時代、ドレスデン近郊ピルナのゾンネンシュタインの精神科病院では精神障がい者や知的障碍者の安楽死が行われた。その病院跡が記念館になっている。

2023年 ポーランド・ドイツ ちょっとヘヴィーな旅 その9

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2023/06/20 - 2023/06/26

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ミータ

ミータさん

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この旅行記スケジュールを元に

2020年の夏はポーランドのアウシュヴィッツに行く予定だった。しかし、コロナ禍のため旅行は延期になった。この間ナチスドイツやユダヤ人虐殺に関する本を色々読み、満を持して出かけてきた。
ナチスドイツの時代、ドレスデン近郊ピルナのゾンネンシュタインの精神科病院では精神障がい者や知的障碍者の安楽死が行われた。その病院跡が記念館になっている。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
交通
4.0
同行者
一人旅
交通手段
鉄道 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 「ちょっとヘヴィーな旅」は続く。<br />ナチス・ドイツの犠牲者はユダヤ人だけではない。先天性疾患、障がい者(特に精神障がい者や知的障がい者)たちも「劣った遺伝子」を持つ者として、「安楽死」や「断種手術」の対象となった。「断種」に関しては、日本は戦後長く(1948年から1996年まで)、優生保護法で障がい者の不妊手術が合法化されていたので、他人事ではない。<br />精神障がい者や知的障がい者たちの「安楽死=大量虐殺」が行われた、ピルナのゾンネンシュタインを訪れた。

    「ちょっとヘヴィーな旅」は続く。
    ナチス・ドイツの犠牲者はユダヤ人だけではない。先天性疾患、障がい者(特に精神障がい者や知的障がい者)たちも「劣った遺伝子」を持つ者として、「安楽死」や「断種手術」の対象となった。「断種」に関しては、日本は戦後長く(1948年から1996年まで)、優生保護法で障がい者の不妊手術が合法化されていたので、他人事ではない。
    精神障がい者や知的障がい者たちの「安楽死=大量虐殺」が行われた、ピルナのゾンネンシュタインを訪れた。

  • ピルナ駅から街の中心部を抜け、お城のある高台に向かう。

    ピルナ駅から街の中心部を抜け、お城のある高台に向かう。

  • 坂の途中からの眺め。マリア教会が見える。

    坂の途中からの眺め。マリア教会が見える。

  • ゾンネンシュタイン城。

    ゾンネンシュタイン城。

  • お城から街の中心部を見下ろす。

    お城から街の中心部を見下ろす。

  • ゾンネンシュタイン城に隣接した公園の奥に、「ピルナ・ゾンネンシュタイン記念館」=”GEDENKSTAETTE PIRNA-SONNENSTEIN”<br />( https://www.stsg.de/cms/pirna/startseite )はある。

    ゾンネンシュタイン城に隣接した公園の奥に、「ピルナ・ゾンネンシュタイン記念館」=”GEDENKSTAETTE PIRNA-SONNENSTEIN”
    ( https://www.stsg.de/cms/pirna/startseite )はある。

  • 慰霊碑。

    慰霊碑。

  • 記念館の入り口。<br />”Gedenkstaette”とは、「追悼」とか「記念」「メモリアル」という意味だが、過去の加害的行為とその犠牲者を忘れないために、この様な記念館が各地にある。バウツェンの「シュタージ博物館」も正式名称は、”GEDENKSTAETTE BAUTZEN”である。ピルナの「ゾンネンシュタイン記念館」を調べていて、バウツェンにも記念館があることを知った。バウツェンの「シュタージ博物館」については「ちょっとヘヴィーなその7」(https://4travel.jp/travelogue/11844551)を参照。

    記念館の入り口。
    ”Gedenkstaette”とは、「追悼」とか「記念」「メモリアル」という意味だが、過去の加害的行為とその犠牲者を忘れないために、この様な記念館が各地にある。バウツェンの「シュタージ博物館」も正式名称は、”GEDENKSTAETTE BAUTZEN”である。ピルナの「ゾンネンシュタイン記念館」を調べていて、バウツェンにも記念館があることを知った。バウツェンの「シュタージ博物館」については「ちょっとヘヴィーなその7」(https://4travel.jp/travelogue/11844551)を参照。

  • 上階にゾンネンシュタインの歴史がパネルで展示されている。<br />ピルナのゾンネンシュタイン精神科病院は、ザクセン州で最初に設立(1811年7月8日)された精神病の治療施設である。

    上階にゾンネンシュタインの歴史がパネルで展示されている。
    ピルナのゾンネンシュタイン精神科病院は、ザクセン州で最初に設立(1811年7月8日)された精神病の治療施設である。

  • 1881年頃のゾンネンシュタインの様子や「お風呂療法」の図、病院の見取り図など。<br />

    1881年頃のゾンネンシュタインの様子や「お風呂療法」の図、病院の見取り図など。

  • グーグルレンズによる翻訳(ナチスが政権を取った1933年から1939年)<br />「ゾンネンシュタイン州立研究所 1933-1939<br />1928年以来、ランデザンシュタルト・ゾンネンシュタインはヘルマン・パウル・ニッチェ教授が所長を務めていたが、同教授はビンディングとホッヘの考えを熱烈に支持していると述べた。 1933 年 5 月初めに NSDAP に参加したニッチェは、国民(国家)社会主義の保健政策を支持しましたが、それは断種法の施行に反映されただけではありませんでした。 1934 年からの数年間、慢性疾患や病状の患者、いわゆる「不治の患者」に対しては、ケアと治療に厳しい制限が加えられるとともに、日常的な差別がもたらされました。雇用に関しては、もはや治療効果ではなく、治療に重点が置かれるようになりました。ゾネンシュタイン患者約 800 人のうち約 4 分の 1 に相当する働くことができない患者は、1936 年以降、ニッチェによって導入された肉を含まない低脂肪の「特別食」を受けていました。ザクセン州内務省の指示により、1935 年から 1939 年にかけて、州立施設のすべての患者の 1 日あたりの料金が数回引き下げられました。<br />1939 年 10 月 9 日、ザクセン州内務大臣はゾンネンシュタイン国立研究所の閉鎖を命令し、1939 年 12 月 31 日までに閉鎖が完了した。当初は施設全体を病院として利用する計画だった。」<br />つまり、最初は、「劣った遺伝子を排除する」ための断種(不妊手術)、「治る見込みのない患者」の食事の質を下げたのである。

    グーグルレンズによる翻訳(ナチスが政権を取った1933年から1939年)
    「ゾンネンシュタイン州立研究所 1933-1939
    1928年以来、ランデザンシュタルト・ゾンネンシュタインはヘルマン・パウル・ニッチェ教授が所長を務めていたが、同教授はビンディングとホッヘの考えを熱烈に支持していると述べた。 1933 年 5 月初めに NSDAP に参加したニッチェは、国民(国家)社会主義の保健政策を支持しましたが、それは断種法の施行に反映されただけではありませんでした。 1934 年からの数年間、慢性疾患や病状の患者、いわゆる「不治の患者」に対しては、ケアと治療に厳しい制限が加えられるとともに、日常的な差別がもたらされました。雇用に関しては、もはや治療効果ではなく、治療に重点が置かれるようになりました。ゾネンシュタイン患者約 800 人のうち約 4 分の 1 に相当する働くことができない患者は、1936 年以降、ニッチェによって導入された肉を含まない低脂肪の「特別食」を受けていました。ザクセン州内務省の指示により、1935 年から 1939 年にかけて、州立施設のすべての患者の 1 日あたりの料金が数回引き下げられました。
    1939 年 10 月 9 日、ザクセン州内務大臣はゾンネンシュタイン国立研究所の閉鎖を命令し、1939 年 12 月 31 日までに閉鎖が完了した。当初は施設全体を病院として利用する計画だった。」
    つまり、最初は、「劣った遺伝子を排除する」ための断種(不妊手術)、「治る見込みのない患者」の食事の質を下げたのである。

  • ナチス時代の医者や看護師たちの写真。<br />ちなみに、ゾンネンシュタインの精神科病院の歴史(ナチス・ドイツによる精神障がい者や知的障がい者の「安楽死」も含む)ついては、池内紀の『ドイツ 町から町へ』(中公新書)で知った。<br />また、北杜夫の芥川賞受賞作『夜と霧の隅で』は、精神障がい者や知的障碍者の「安楽死」命令に抗し、「治る見込み」に賭けて治療法を模索する精神科医たちの苦悩を描いた小説だ。

    ナチス時代の医者や看護師たちの写真。
    ちなみに、ゾンネンシュタインの精神科病院の歴史(ナチス・ドイツによる精神障がい者や知的障がい者の「安楽死」も含む)ついては、池内紀の『ドイツ 町から町へ』(中公新書)で知った。
    また、北杜夫の芥川賞受賞作『夜と霧の隅で』は、精神障がい者や知的障碍者の「安楽死」命令に抗し、「治る見込み」に賭けて治療法を模索する精神科医たちの苦悩を描いた小説だ。

  • グーグルレンズによる翻訳<br />「ゾンネンシュタイン殺害研究所の設立<br />組織「T4」は1940年から1941年にかけてドイツ帝国に6つの「安楽死」施設を設立した。ブランデンブルクでは、彼女はベルンブルク、グラフェネック、ハダマール、ハルトハイム、ピルナの古い刑務所を使用していました。すべての「安楽死」施設では、殺害に一酸化炭素が使用されていました。<br />清算されたゾンネンシュタイン州立施設の一部を絶滅収容所として使用する決定は、1940 年の春に行われました。4 軒の住宅からなる複合施設は、エルベ川と公園側が壁で囲まれ、他の部分は木製のフェンスで囲まれていました。 C16号棟の地下にはガス室と火葬場が設置されていた。<br />1940 年 6 月 28 日、ヴァルトハイム州立施設から 10 人の男性を乗せた最初の移送隊が絶滅収容所に到着しました。ガス室での彼女の死は、ゾンネンシュタインでの工業的に行われた大量殺人の前兆でした。」<br /><br />ゾンネンシュタインでの精神障がい者や知的障碍者の「安楽死」は1940年6月から始まった。「T4」とは、「安楽死(実際には毒ガスによる殺害)」のための組織がベルリンのティーアガルテン通り4番地(Tiergartenstrasse4)に在ったことから、付けられた名称である。

    グーグルレンズによる翻訳
    「ゾンネンシュタイン殺害研究所の設立
    組織「T4」は1940年から1941年にかけてドイツ帝国に6つの「安楽死」施設を設立した。ブランデンブルクでは、彼女はベルンブルク、グラフェネック、ハダマール、ハルトハイム、ピルナの古い刑務所を使用していました。すべての「安楽死」施設では、殺害に一酸化炭素が使用されていました。
    清算されたゾンネンシュタイン州立施設の一部を絶滅収容所として使用する決定は、1940 年の春に行われました。4 軒の住宅からなる複合施設は、エルベ川と公園側が壁で囲まれ、他の部分は木製のフェンスで囲まれていました。 C16号棟の地下にはガス室と火葬場が設置されていた。
    1940 年 6 月 28 日、ヴァルトハイム州立施設から 10 人の男性を乗せた最初の移送隊が絶滅収容所に到着しました。ガス室での彼女の死は、ゾンネンシュタインでの工業的に行われた大量殺人の前兆でした。」

    ゾンネンシュタインでの精神障がい者や知的障碍者の「安楽死」は1940年6月から始まった。「T4」とは、「安楽死(実際には毒ガスによる殺害)」のための組織がベルリンのティーアガルテン通り4番地(Tiergartenstrasse4)に在ったことから、付けられた名称である。

  • GRAFENECK BRANDENBURG/BERNBURG HARTHEIM SONNENSTEINの各収容所の月毎の「安楽死」の人数。ゾンネンシュタインは右端。<br />1940年は6月から12月までの間に計5943人がゾンネンシュタインで殺されている。<br />

    GRAFENECK BRANDENBURG/BERNBURG HARTHEIM SONNENSTEINの各収容所の月毎の「安楽死」の人数。ゾンネンシュタインは右端。
    1940年は6月から12月までの間に計5943人がゾンネンシュタインで殺されている。

  • 1941年は1月から8月までで計7777人がゾンネンシュタインで殺されている。1年3カ月の期間でゾンネンシュタインだけで13,720人の犠牲者がいる。

    1941年は1月から8月までで計7777人がゾンネンシュタインで殺されている。1年3カ月の期間でゾンネンシュタインだけで13,720人の犠牲者がいる。

  • ゾンネンシュタインでT4(「安楽死」)作戦に関わった者たち。

    ゾンネンシュタインでT4(「安楽死」)作戦に関わった者たち。

  • 地階に下りると、その殺害現場が残されている。<br />3つの大きめの部屋は右端から煙突室(遺体を焼却した時の煙を排出する煙突のある部屋)、遺体焼却炉、遺体安置所である。遺体安置所の左隣の狭い部屋がガス室。

    地階に下りると、その殺害現場が残されている。
    3つの大きめの部屋は右端から煙突室(遺体を焼却した時の煙を排出する煙突のある部屋)、遺体焼却炉、遺体安置所である。遺体安置所の左隣の狭い部屋がガス室。

  • 遺体焼却炉の復元図。

    遺体焼却炉の復元図。

  • 遺体安置所だったと思う。

    遺体安置所だったと思う。

  • 「焼却炉の煙突(排煙管」があった部屋。

    「焼却炉の煙突(排煙管」があった部屋。

  • 上の写真の柱にあったパネル。<br />グーグルレンズによる翻訳<br />「かつての暖炉(注:焼却炉からの煙突のこと)の部屋<br />幅1.60×2メートルの火葬場の煙突がこの部屋から伸びていました。隣の部屋の火葬炉とは煙管でつながっていた。オーブンが稼働しているときに立ち上る刺激的な煙は遠くからでも見えました。このことは、ここで行われた殺人に関する憶測と噂がすぐにピルナの住民の間に広まったという事実に貢献しました。<br />煙突は、絶滅収容所の構造上の痕跡を除去するために、1942 年にオーブンとともに取り壊されました。部屋の床と天井の充填物が今でもその存在を証明しています。煙突の輪郭は、象徴的な鉄の支柱によってマークされています。」

    上の写真の柱にあったパネル。
    グーグルレンズによる翻訳
    「かつての暖炉(注:焼却炉からの煙突のこと)の部屋
    幅1.60×2メートルの火葬場の煙突がこの部屋から伸びていました。隣の部屋の火葬炉とは煙管でつながっていた。オーブンが稼働しているときに立ち上る刺激的な煙は遠くからでも見えました。このことは、ここで行われた殺人に関する憶測と噂がすぐにピルナの住民の間に広まったという事実に貢献しました。
    煙突は、絶滅収容所の構造上の痕跡を除去するために、1942 年にオーブンとともに取り壊されました。部屋の床と天井の充填物が今でもその存在を証明しています。煙突の輪郭は、象徴的な鉄の支柱によってマークされています。」

  • 地階の展示室には犠牲者たちのパネルがある。<br />顔写真の裏に経歴が書かれている。

    地階の展示室には犠牲者たちのパネルがある。
    顔写真の裏に経歴が書かれている。

  • 少年の犠牲者もいる。<br />

    少年の犠牲者もいる。

  • グーグルレンズによる翻訳<br />「メモリ<br />ポーランド人とポーランド系ユダヤ人も含まれる 1941年夏にアウシュヴィッツから強制送還されたドイツ強制収容所の病人575名がナチスの安楽死センター・ピルナ・ゾンネンシュタインで遺体安置された<br />占領下のポーランドの病院から搬送される病人と精神障害者<br />1940年から1941年にかけて<br />2005年<br />ポーランド共和国政府」<br />アウシュヴィッツに収容されていたポーランド人とポーランドのユダヤ人の内、精神疾患などのある者は、ゾンネンシュタインに移送され、殺されたのだ。

    グーグルレンズによる翻訳
    「メモリ
    ポーランド人とポーランド系ユダヤ人も含まれる 1941年夏にアウシュヴィッツから強制送還されたドイツ強制収容所の病人575名がナチスの安楽死センター・ピルナ・ゾンネンシュタインで遺体安置された
    占領下のポーランドの病院から搬送される病人と精神障害者
    1940年から1941年にかけて
    2005年
    ポーランド共和国政府」
    アウシュヴィッツに収容されていたポーランド人とポーランドのユダヤ人の内、精神疾患などのある者は、ゾンネンシュタインに移送され、殺されたのだ。

  • 犠牲者たちの名前が書かれている。

    犠牲者たちの名前が書かれている。

  • 13,720人という数字ではなく、一人ひとりの人間だった。<br />そして、精神障がい者や知的障がい者を毒ガスによって「安楽死」させた方法を応用し、アウシュヴィッツなどでユダヤ人の大量虐殺が実行された。<br />また、日本は精神障がい者や知的障がい者を積極的に殺害はしなかったかもしれないが、精神科病院の食料配給は他の病院の入院患者よりも少なく、餓死者がたくさん出たという(精神科医秋元波留夫による日中戦争中の1935年から敗戦後の1956年までの松沢病院の死者数の変化の記録-『精神医学講義』日本文化科学社に収録参照)。<br />そして、障がい者などの不妊手術(断種)は、上述したように、1996年まで「優生保護法」で合法であったため、「意にそわない不妊手術を受けた」と、最近でも訴訟が行われている。<br />「障がい者は生きるに値しない」という、優生思想は過去のものだろうか。「(病気や障害のため)何もできず、役に立たない。むしろみんなのお荷物になるから、生きていても仕方がない」と、今でもそう訴える人たちがいる。2016年7月の「相模原障害者施設殺傷事件=津久井やまゆり園事件」での障がい者の施設入所者を19人を殺害、26人に重軽傷を負わせた事件も記憶に新しい。

    13,720人という数字ではなく、一人ひとりの人間だった。
    そして、精神障がい者や知的障がい者を毒ガスによって「安楽死」させた方法を応用し、アウシュヴィッツなどでユダヤ人の大量虐殺が実行された。
    また、日本は精神障がい者や知的障がい者を積極的に殺害はしなかったかもしれないが、精神科病院の食料配給は他の病院の入院患者よりも少なく、餓死者がたくさん出たという(精神科医秋元波留夫による日中戦争中の1935年から敗戦後の1956年までの松沢病院の死者数の変化の記録-『精神医学講義』日本文化科学社に収録参照)。
    そして、障がい者などの不妊手術(断種)は、上述したように、1996年まで「優生保護法」で合法であったため、「意にそわない不妊手術を受けた」と、最近でも訴訟が行われている。
    「障がい者は生きるに値しない」という、優生思想は過去のものだろうか。「(病気や障害のため)何もできず、役に立たない。むしろみんなのお荷物になるから、生きていても仕方がない」と、今でもそう訴える人たちがいる。2016年7月の「相模原障害者施設殺傷事件=津久井やまゆり園事件」での障がい者の施設入所者を19人を殺害、26人に重軽傷を負わせた事件も記憶に新しい。

  • 「ゾンネンシュタイン記念館」でテキストも購入。ドイツ語だけど、グーグルレンズの翻訳機能で何とか読めるのよ(多少おかしな文章だけど)。<br />テキストは7ユーロだったが、10-ロ札しかなかった。スタッフが「お釣りがない」と言うので、3ユーロは寄付とした。「記念館」は無料なので、そのくらいの寄付した方が良いだろう。

    「ゾンネンシュタイン記念館」でテキストも購入。ドイツ語だけど、グーグルレンズの翻訳機能で何とか読めるのよ(多少おかしな文章だけど)。
    テキストは7ユーロだったが、10-ロ札しかなかった。スタッフが「お釣りがない」と言うので、3ユーロは寄付とした。「記念館」は無料なので、そのくらいの寄付した方が良いだろう。

  • 「ゾンネンシュタイン記念館」を後にする。

    「ゾンネンシュタイン記念館」を後にする。

  • ピルナの中心部。ゾンネンシュタインでの大量虐殺の歴史があるが、ピルナの町は散策するのに良い雰囲気なのだ。

    ピルナの中心部。ゾンネンシュタインでの大量虐殺の歴史があるが、ピルナの町は散策するのに良い雰囲気なのだ。

  • しかし、予約している特急列車の時間があるので、ゆっくり観光している暇はない。

    しかし、予約している特急列車の時間があるので、ゆっくり観光している暇はない。

  • 高台にゾンネンシュタイン城が見える。「ゾンネンシュタイン記念館」はその奥になるので、ここからは見えない。

    高台にゾンネンシュタイン城が見える。「ゾンネンシュタイン記念館」はその奥になるので、ここからは見えない。

  • 一等車両でドレスデンに向かう。予定の一本前の列車が遅れていたので、乗れてしまった。

    一等車両でドレスデンに向かう。予定の一本前の列車が遅れていたので、乗れてしまった。

  • 少し時間に余裕ができたので、ドレスデン中央駅のラウンジに再び立ち寄る。高いお金を出して1等車両を予約しているのだから、何度でも利用しなくちゃね。

    少し時間に余裕ができたので、ドレスデン中央駅のラウンジに再び立ち寄る。高いお金を出して1等車両を予約しているのだから、何度でも利用しなくちゃね。

    ドレスデン中央駅

  • 冷たい飲み物。

    冷たい飲み物。

  • ティーバッグ。

    ティーバッグ。

  • ココアとミントティーだったかな。

    ココアとミントティーだったかな。

  • 15時頃発のEC特急でベルリンに向かう。昼食を食べる暇がなかったので、駅の売店でクラッカーと清涼飲料水を購入。<br /><br />

    15時頃発のEC特急でベルリンに向かう。昼食を食べる暇がなかったので、駅の売店でクラッカーと清涼飲料水を購入。

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この旅行記へのコメント (6)

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  • shinkaiさん 2023/08/27 18:37:23
    漸くに!
    こんにちは! 旅行から戻って以来、ずっとミ~タさんのその後の旅行の様子、
    見学場所について拝見したく、ご連絡しようと思いつつ、ついついそのままに。

    漸くに絵の詰めがひと段落し、自分のブログもやっと再開し、こちらにお邪魔し、
    n.1のご出発から、このn.9迄拝見し、ええと事後承諾になりますが、
    記事のコピーもさせて頂きました。御許可下さいね!

    で、ちゃんと整理しつつ、再読させて頂き、私めにも資料とさせて頂く心算なので、
    宜しくお願い致します。

    クラコフ以降も、あれこれありながらご予定通り旅程をこなされ、あと残っているのは
    ベルリンに出られて、まだ訪問先がありましたよね? そして帰国編でしょうか?

    クラコフの時も、グーグル・レンズの事を教えて頂きましたら、これは私も使いたい
    ソフトで!! どこかでしっかり説明を探そうと思ってます。

    撮った写真の中に写っていた姿がありましたので、また送らせて頂きますね。

    ミータ

    ミータさん からの返信 2023/08/27 21:33:51
    Re: 漸くに!
    Shinkaiさん
    個展の準備、お疲れ様です。
    10月8日の日曜日に会場に行く予定です。
    記事のコピーについては大丈夫です。どうぞご利用ください。

    はい、残りはベルリンとポツダムとなります。
    「ユダヤ人問題の最終解決(ユダヤ人の絶滅)」が決定されたヴァンゼー会議場にも行ってきました。

    グーグルレンズは、多分グーグル検索の標準ソフトです。
    パソコンでの使い方を説明します。
    1.まずグーグル検索のページを開きます。
    2.検索部分にカメラのマーク(四角の中に点、カーソルを合わせると「画像で検索」の文字が出る)をクリック。
    3.「ここに画像をドラッグするか、ファイルをアップロードしてください」の画面が出ます。
    4.「ファイルをアップロード」をクリックし、パソコン内に保存された画像を選択します。
    5.選択した画像の下に「検索」「テキスト」「翻訳」とあり、翻訳をクリックすると画像内の文字を認識し、自動で翻訳し、翻訳された文章がパソコン画面の右半分に表示されます。それをコピー&ペーストするだけです。
    6.さらに別の写真内の文章を翻訳したい場合、パソコン画面の右上に「アップロード」とあるのをクリックし、後は同じ手順です。
    どうぞ、お試しください。

    shinkai

    shinkaiさん からの返信 2023/08/28 04:03:04
    RE: Re: 漸くに!
    こんばんは! 再度です。

    あっ、広島にお出で頂けるのですか?! それは嬉しいです、有難うございます!
    既に予定があると仰っておられたので、その心算でおりましたが、あと1か月かそこらでまたお会い出来ますね。きゃは。

    グーグル・レンズの事、詳細に有難うございます! その前にスマホでの使い方は調べて分かったものの、今回ミ〜タさんが利用されている様に、現場で見て撮った写真の説明の翻訳に利用したかったので、
    私のスマホでは翻訳した後のスクリーン・ショットが出来ず、コピーも出来ず、これはどうすべぇ、と悩んでいた所、
    偶然にいつも使っているグーグルのPCでの翻訳サイトが、写真をドラッグするか、クリックで入れると、翻訳してくれ、そのままダウンロード出来るのが分かり、
    今日午後しっかり使った所でした。
    たくさんの数があるので、コピペだと面倒ですし、写真の中のこんな所迄、と思う程を訳して貰えるので、グーグル様様になりそうです! 

    でも、ミ〜タさんが教えてくれた、グーグルの検索ワードの枠の端にある、あの四角な小さなのがカメラだと分かる迄かなりの時間が掛った事を白状いたしますです、ははは。


    皆さんのコメントも下迄拝見し、クリスさんとあのサンタ・マリーア聖堂の木彫の祭壇画の作者名を、ファイト・シュートスと話されているのを拝見し、
    これも今迄まるで気に掛けた事もなく過ぎておりまして・・、まさにキンキラキンで
    しっくり来ず、顔の表情や手の動きのみを見て撮っておりましたのも白状です、へへ。

    クリスさんのご旅行の様子も、まだ全然お邪魔しておらずで・・! 困ったものです!!



     

    ミータ

    ミータさん からの返信 2023/08/28 07:26:15
    Re: 漸くに!
    Shinkaiさんの旅行記も楽しみにしています。
    それでは、広島でお会いしましょう。
  • くろねこだりゅんさん 2023/08/23 17:23:24
    知らなかった…
    今回のミータ様の旅、題にもあるようにとてもヘヴィーで中々コメントを入れられなかったのですが今回は入れさせていただきました。

    まずはこちらの施設のご紹介ありがとうございます。
    長い間生きていてお恥ずかしい限りですが、負の遺産に対して目を背けていた自分にはかなりのインパクトがありました。
    アウシュヴィッツの悲劇もこの流れから…
    ご職業柄色々な思いでご覧になったかと存じますが、少しでも日本の方々にこのような施設があった事・残されている事を知ってほしいと思いました。

    引き続き読ませていただきますね。

    ミータ

    ミータさん からの返信 2023/08/23 21:08:20
    Re: 知らなかった…
    かねてより、アウシュヴィッツとピルナのゾンネンシュタインは一緒に訪問しようと計画していました。2005年にドレスデンに滞在した時、「ザクセンのスイス」という観光地からの帰りに、車窓から見えた高台にお城のある可愛らしい町が気になり、ピルナにも立ち寄ったことがあるのです。ただ、当時は精神障がい者の虐殺がこの地で行われたことを知りませんでした。本文に書いたように池内紀さんのエッセイでゾンネンシュタインのことを知り、いつか行こうと心に決めたのです。こういう「負(加害)の歴史」をなかったことにしないで後世に伝えようとする姿勢は、日本も見習った方が良いと思います。もっとも、私自身が日本軍が中国や東南アジアなどで行った加害(731部隊の人体実験など)の現場を訪れようとは考えていないのですよね。

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