2022/12/14 - 2022/12/17
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まつじゅんさん
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この旅行記のスケジュール
2022/12/16
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『名探偵コナン 関門海峡ミステリーツアー』と言いながら、初日はレンタカーを借りてカモンワーフから角島大橋と灯台を廻ってきました。
2日目からの関門海峡を、どのように纏めようかと、半年ばかり頭を捻りながら考えていました。(嘘です。単に在庫過多でアップが遅れていただけです。。。)
結局は、日程順に場所毎という基本に忠実に門司と下関編で纏め、徒歩・船での海峡移動を、別構成といたしました。
狭い場所では約650mという関門海峡を挟んで、向かい合った門司・下関をバス、船で行ったり来たのとめどない徘徊旅の始まりです。
近年話題の門司港エリアの、歴史とレトロな建造物をゆっくりと散策できました。
2日目行程:
小倉・・JR・・門司港駅→関門海峡ミュージアム→プレミアホテル門司港(ランチ)→門司港レトロ(跳ね橋)→門司港レトロ展望室→関門汽船→海峡ゆめタワー→赤間神社→壇ノ浦古戦場→関門人道トンネル→下関・・JR・・小倉
Ver.3は2日目の前半、門司港駅舎から門司港側のレトロ地区散策と北九州割でのプレミアホテル門司港のランチ迄です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス レンタカー 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
JRで小倉から門司港駅に向かいます。
門司港は鹿児島本線の始発駅で、1988年に現役の駅舎で重要文化財指定を受けています。
なお、現役駅舎で重要文化財指定を受けているのは、東京駅丸の内駅舎と門司港駅のみです。
1914年の開業当時は門司駅と言う名で、現在の駅から約200m離れた場所に建てられていましたが、門司港地区の発展に伴って、1914年に2代目の門司駅が現在の場所に新築移転されています。
門司港レトロ地区の中心駅に相応しい佇まいの駅舎で、九州の鉄道の起点を表す「0哩標」があります。
2019年には6年の工事期間を経て、1914年の建設当時の駅舎に修復する工事が完成しました。門司港駅 駅
-
1942年に門司港駅と改称されています。
関門海峡には、外国船がもたらした舶来文化が根付き、狭い海峡を行き交う景観の中に、日本が近代国家建設へ向け躍動した時代の、レトロな建造物群が残されています。
これらの建物等と共に、門司港駅は2017年4月に、「関門ノスタルジック海峡-時の停車場、近代化の記憶-」として、日本遺産に認定されました。
認定されたストーリーの構成文化財は42件で、日本が近代国家建設へと躍動した時代の素晴らしい建物群が多く含まれています。 -
大空間のコンコースを持つため、一部に鉄骨を用いていて、大正時代のハイブリッド構造と言えます。
大正時代の駅舎は、1等から5等までの等級があり、門司港駅は1等駅舎で本来、石造りであるべだったのですが、建設時、すでにトンネル計画が持ち上がっていたから、工期もコストも削減できる木造になったようです。 -
復元の際、外観は写真や絵葉書等があったようですが、内部の写真で見付かったのはたった1枚で、2階で営業していた「みかど食堂」の絵葉書に写っていた、シャンデリア等を忠実に再現したという事です。
左下の旧貴賓室は、大正天皇も訪れたという部屋で、壁紙のデザインは古い部材に残されたわずかな破片しかなかったたが、北九州市在住の方が「当時の壁紙を持っている」との一報を受け、分析し復原に漕ぎ着けたようです。
他にも、古い絵葉書に写っていた、トーネット社の曲げ木椅子等が再現されています。 -
旧洗面所は、1929年の門司港繁栄期に、洗面専用として新設された女性用を広くした設計となっています。
大理石の洗面台、古めかしい蛇口等、レトロ感満載ですね。 -
これは「帰り水」と呼ばれる水飲み場です。
駅舎が完成した際に設置され、現在も当時のまま残されていて100年以上現役で稼働しています。
支柱に 真鍮製の蛇口が二つ取り付けられ、蒸気機関車の煙による顔や手の汚れを落とす洗い場としても活用されていたようです。
終戦後に、門司港に降り立った引き揚げ者らが、この水を飲んで 安堵したという事から、帰り水と呼ばれるようになったらしいです。帰り水 (JR門司港駅) 名所・史跡
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帰り水の近くには、戦時中の金属供出を免れたことから「幸運の手水鉢 」と呼ばれる青銅製の設備も残っています。
帰り水と共に、駅構内にひっそりと置かれていますが、歴史を感じさせる見所が満載の駅ですね。幸運の手水鉢 名所・史跡
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大正時代の建設当時の姿に復元された駅舎は、ネオルネサンス様式で左右対称の造りが「門」を表現しているとも言われる、特徴的な建物です。
1891年の開業時の初代駅舎は、木造平屋建切妻造、瓦葺だったようですが、現在の2代目駅舎は、石盤葺で鉄道院九州鉄道管理局工務課の設計で、岡山市の菱川組の施工です。
外観は当時の状況により近づけるため、石貼り風に仕上げ、モルタルに目地を入れることで、石造り風に仕上げていいます。
屋根の天然石盤葺には、屋根廻りの飾りも復元されています。 -
先ずは、ぐるりんパスで入場できる、関門海峡ミュージアムに向かいます。
福岡県と北九州市により開設された施設で、コンセプトは「関門海峡をまるごと楽しむ体験型博物館」という事で、2019年9月21日にリニューアルオープンしたようです。
HPでは門司港観光の最初に訪れるのがお勧め、とあり、関門海峡にまつわる歴史、文化、自然等について展示物や映像で知ることができます。
2~4階吹き抜けの海峡アトリウムでは、日本最大級のスクリーン(縦9m×横18m)で、海峡ドラマを体験できます。関門海峡ミュージアム 美術館・博物館
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「海峡歴史回廊」です。
関門海峡の歴史は、陸続きだった本州と九州が引き分かれたという伝説にはじまります。
非常に狭く流れも速い航海の難所でありながら、古来より有数な交通の要衝である関門海峡は、その潮流で人々を翻弄し、地勢的に大きな役割を果たすとともに、時代の転換をうながす数々の重要な出来事の舞台となってきました。
海峡歴史回廊では、日本やチェコなどの著名人形作家10名が、海峡を舞台とした歴史を再現しています。
上段は、巌流島の決闘で、巌流島で対決する武蔵と小次郎を、内海清美氏の和紙彫塑で表現されていました。
1612年、関門海峡に浮かぶ巌流島で、小倉藩の剣術指南役巌流佐々木小次郎と、吉岡一門との戦いで名をはせた宮本武蔵が対決し、武蔵が舟の櫂を削って作った木刀の一撃で、小次郎を打ち破ったお話ですね。 -
5階かららせん状に降りる通路沿いには、ゲーム形式で参加できる、自分が歴史の主人公になった嵌め込み写真を、AIで作成しスマホにダウンロードできる仕掛けがありました。
今時ですねぇ。
気持ちの悪い顔が並びますがご容赦を・・・・。 -
こちらは、ぐるりんパスで入場できるだけあって、ミステリーツァーの謎解きヒントがありました。
手旗信号で表現された言葉は「シオメ」でした。
昔々、私ボーイスカウトでしたので、今でも少し覚えていましたが、自分で発信は出来ますが、読み取るのは難しいですね。
カタカナを分解して、表現したのが手旗信号ですが、一瞬で読み取るのは熟練の技術だと改めて思いました。 -
「門司港バナナ資料室」は、門司港発祥と言われている、バナナの叩き売りのルーツや、懐かしの郷土資料が展示されています。
門司港とバナナの関りを、解りやすく解説した資料室です。
無形文化財の「バナナの叩き売り」も、日本遺産の構成文化財となっています。 -
1階・2階部分にある「海峡レトロ通り」という、大正ロマン漂う街並みを再現したものです。
路面電車がシンボルのような感じです。
大正・昭和期の、国際貿易港として栄えた門司港に、タイムスリップした街並みと活気を再現しています。
路面電車が停まり、再現された建築を通り抜けるとバナナの叩き売りの調子が聞こえてきます。
天井の色が変化して、夕闇、夜空等に変化し深い陰影に街が臨場感たっぷりに再現されています。 -
日本遺産「関門ノスタルジック海峡-時の停車場、近代化の記憶-」の、関連構成文化財の一部です。
上段が、八角形の塔屋が目印の、1917年に建てられた大阪商船門司支店を修復したものです。
左下が、大連友好記念館で、大連と門司は友好都市を締結しており、友好都市締結15周年を記念し、ロシア帝国が1902年大連市に建築した東清鉄道汽船事務所を、複製し建築されたものです。 -
こちらは旧門司税関で、1912年建設の税関庁舎です。
初代は完成後直ぐに焼失したため、この建物は2代目になります。
幕末に幕府旗本の息子として生まれ、後に明治建築界の三大巨匠の一人に数えられた建築家 妻木頼黄氏の指導の元、咲寿栄一氏によって設計されたものですが、妻木氏が関与した、現存する数少ない建築物の一つとして貴重なものです。 -
今日のランチは、北九州歓迎割のクーポンを利用して、プレミアホテル門司港の、イタリアンレストラン「ポルトーネ」で頂きます。
このホテルは、イタリア建築界の巨匠、アルド・ロッシ氏設計の、二十世紀を代表するデザイナーズホテルと言われています。
門司港レトロのランドマークホテルで、芸術作品とまで評されるその造形美は、
関門海峽の風景に溶け込み、周囲の歴史的建築物と同様に、昔から存在しているかのような強い存在感があります。プレミアホテル 門司港 宿・ホテル
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北九州歓迎割クーポンは、使える場所が宿泊施設と限られているので、昨夜夕食を頂いた後、残っているクーポンの使える場所を検索し、予約しておきました。
コースは3種類、カジュアルメインランチコースと、季節のパスタコースを頂きます。 -
こちらは共通の品々で、シェフお勧め旬の一皿、スープ、ドルチェ(白ワインのジュレとレモンのシャーベット)&珈琲です。
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私のセレクトしたパスタは、シェフ特製ラザニア トマトとクリームの二色ソースです。
私、トマトソース系が好きなので、どうしてもこの系統が多くなってしまいます。 -
奥様の、カジュアルメインランチコースのメインは、豚肉のポルケッタ。。。
とても美味しい料理を、ゆったりとした空間で頂きました。 -
ホテル横にある、ブルーウィングもじです。
全国でも最大級の歩行者専用のはね橋で、関門海峡、関門大橋を見渡せる場所に架かり、恋人達の架け橋として人気のようです。
「恋人の聖地」に認定されいるようで、カップルで渡ると幸せになれると言われています。
私達夫婦も、結婚40年を前に幸せを願い渡ってみました。ブルーウィングもじ 名所・史跡
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1993年10月完成の、全長108m、日本唯一の歩行者専用の跳ね橋で、船の航行に併せ午前2回、午後4回の合計6回、音楽に合わせて跳ね上がるようです。
左右の上がり方は別々の方式を使用しているそうで、左側の親橋がワイヤーロープウィンチ式、右手の子橋油圧シリンダー押し上げ式との事です。
跳ね橋が閉じたあと、「最初に渡ったカップルは一生結ばれる」と言われているようです。 -
門司港レトロ地区の第一船だまり横にある、お土産や地元の海産物、雑貨、レストラン等のお店が立ち並ぶ、複合商業施設「海峡プラザ」です。
お土産店には、バナナのたたき売り発祥の地という事から、バナナに関する商品が多く並んでいました。
バナナが台湾から、大量輸入されるようになったのは、1908年以降のようです。
当時、台湾は日本の統治下であり、門司港と台湾が地理的に近かった事から、門司港でバナナが大量荷揚げされる市場が設けられていて、輸送中に蒸れたバナナや、加工中に生じた一部不良品等を、早く換金するために始まったのがババナのたたき売りろ言われているようです。
「ババナのたたき売り発祥の地」の記念碑もありました。海峡プラザ ショッピングモール
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屋上にヘリパッドがある建物の31階に、門司港レトロ展望室があります。
この建物は、建築家 黒川紀章氏設計の高層マンションで、高さ103mから関門海峡や門司港レトロの街並みを見渡せる絶景ポイントとなっています。
この建物は、景観を巡り裁判で争われ、最終的に市が最上階の31階を買い取り、「門司港レトロ展望室」として観光用に開放する事で決着したようです。
当初は、15階建てのマンション計画を、規模や形態が景観保全をめざす地区にそぐわないとして、都市景観条例に基づいて計画を見直すよう行政指導が行われ、外観をレトロ調に改めたようですが、基本的な形態は変わらなかった為、市は建築確認を行わなかった事で、不服とした建築主が提訴し「マンションの幅を狭くして高さを倍にする」という形で法廷では決着したようです。
市が問題としたのは、約50mという高さにより、景観上重要な和布刈山が船だまりから見えなくなる事で、横幅を狭くすることで山を見えるようにし、高さを高くしてマンションの容積を確保したという妥協の産物のようです。
景観と言うなら、門司港レトロにはそぐわない景観かなと思いますが、京都タワーを比喩した、「京都で一番景色が良いのは、京都タワーの展望台。だって京都タワーが見えないから。」と一緒かなと思います。門司港レトロ展望室 名所・史跡
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確かに景色は良いです。
展望台からは、関門海峡の180度パノラマが楽しめ、門司港や対岸の下関を始め、関門橋まで綺麗に見渡せます。
景色に癒され、そろそろ対岸 下関に渡ってみましょうか。。。
2日目前半の部、これまで。
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