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2023年5月下旬の週末に、新潟県魚沼市と福島県奥会津そして会津若松へ一泊二日の一人旅に行って来ました。<br /><br />週末限定の旅と言いながら、最近は遠隔地に足を運ぶ機会が多くなりましたが、今回は距離はそれ程遠くなくても、秘境感が感じられる福島県奥会津方面を旅の目的地に選びました。<br /><br />いつも通りの新幹線とJR在来線をメインにした公共交通機関による移動の旅ですが、晩春から初夏に移ろう時期のJR只見線の列車の車窓から見た風景は忘れられないものでした。<br /><br />本編は2日目後半の福島県会津若松市の旅行記です。

2023年5月春の週末一泊一人旅~福島県奥会津⑤:鶴ヶ城~

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2023/05/28 - 2023/05/28

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この旅行記のスケジュール

2023/05/28

この旅行記スケジュールを元に

2023年5月下旬の週末に、新潟県魚沼市と福島県奥会津そして会津若松へ一泊二日の一人旅に行って来ました。

週末限定の旅と言いながら、最近は遠隔地に足を運ぶ機会が多くなりましたが、今回は距離はそれ程遠くなくても、秘境感が感じられる福島県奥会津方面を旅の目的地に選びました。

いつも通りの新幹線とJR在来線をメインにした公共交通機関による移動の旅ですが、晩春から初夏に移ろう時期のJR只見線の列車の車窓から見た風景は忘れられないものでした。

本編は2日目後半の福島県会津若松市の旅行記です。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
グルメ
3.5
交通
3.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
高速・路線バス 新幹線 JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • この前編は『2023年5月春の週末一泊一人旅~福島県奥会津④:JR只見線(会津川口→会津柳津)・柳津町~』です。<br />https://4travel.jp/travelogue/11834243<br /><br />5月28日(日)の午前中に柳津町を散策した後、会津柳津駅から13時21分発の会津若松行きJR只見線の普通列車に乗車しました。<br /><br />列車はいつしか只見川と別れ、会津坂下(ばんげ)駅を出た頃は田んぼの中を走行していました。

    この前編は『2023年5月春の週末一泊一人旅~福島県奥会津④:JR只見線(会津川口→会津柳津)・柳津町~』です。
    https://4travel.jp/travelogue/11834243

    5月28日(日)の午前中に柳津町を散策した後、会津柳津駅から13時21分発の会津若松行きJR只見線の普通列車に乗車しました。

    列車はいつしか只見川と別れ、会津坂下(ばんげ)駅を出た頃は田んぼの中を走行していました。

  • 途中西若松駅で会津鉄道線と合流し、14時16分頃に終点の会津若松駅に到着しました。<br /><br />2日かけて只見線完乗です。

    途中西若松駅で会津鉄道線と合流し、14時16分頃に終点の会津若松駅に到着しました。

    2日かけて只見線完乗です。

    会津若松駅

  • 改札を出て、駅舎を撮影しました。

    改札を出て、駅舎を撮影しました。

    会津若松駅

  • 駅前にある白虎隊士像と『あいづっこ宣言』の掲示板です。<br /><br />『ならぬことはならぬものです』<br /><br />あいづっこ宣言の文末は、かつて会津藩士の6~9歳位の男の子供たちが所属していた『什(じゅう)』の掟をそのまま踏襲したものです。<br /><br />さて会津若松にやって来ましたが、この時点で14時を過ぎていました。<br /><br />会津若松は見どころの多い観光地ですが、当日中に東京方面に帰らないといけないため、訪問できる場所は1ヶ所だけです。<br /><br />もし、会津若松観光で1ヶ所に絞るとすれば『あそこ』でしょうね。

    駅前にある白虎隊士像と『あいづっこ宣言』の掲示板です。

    『ならぬことはならぬものです』

    あいづっこ宣言の文末は、かつて会津藩士の6~9歳位の男の子供たちが所属していた『什(じゅう)』の掟をそのまま踏襲したものです。

    さて会津若松にやって来ましたが、この時点で14時を過ぎていました。

    会津若松は見どころの多い観光地ですが、当日中に東京方面に帰らないといけないため、訪問できる場所は1ヶ所だけです。

    もし、会津若松観光で1ヶ所に絞るとすれば『あそこ』でしょうね。

    会津若松駅

  • 会津若松駅から会津バスが運行する『まちなか周遊バス』の『ハイカラさん』号に乗車して、鶴ヶ城入口バス停で下車しました。<br /><br />運賃は大人210円均一です。

    会津若松駅から会津バスが運行する『まちなか周遊バス』の『ハイカラさん』号に乗車して、鶴ヶ城入口バス停で下車しました。

    運賃は大人210円均一です。

  • 旅の2日目の午後は、鶴ヶ城(会津若松城)を見学しました。<br /><br />『北出丸』を囲む濠です。

    旅の2日目の午後は、鶴ヶ城(会津若松城)を見学しました。

    『北出丸』を囲む濠です。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 土産物店やレストラン、カフェを備えた観光客向けのレストハウス『鶴ヶ城会館』です。<br /><br />和服の着付け、レンタルショップもあるそうです。<br /><br />江戸時代はここに軍馬の調練を行っていた『桜ヶ馬場』がありました。

    土産物店やレストラン、カフェを備えた観光客向けのレストハウス『鶴ヶ城会館』です。

    和服の着付け、レンタルショップもあるそうです。

    江戸時代はここに軍馬の調練を行っていた『桜ヶ馬場』がありました。

    鶴ヶ城会館 グルメ・レストラン

  • 北出丸『大手門』跡手前から見た濠です。<br /><br />鶴ヶ城は旧城下町(駅)に近い北側が正面になります。

    北出丸『大手門』跡手前から見た濠です。

    鶴ヶ城は旧城下町(駅)に近い北側が正面になります。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 北出丸大手門跡の石垣です。<br /><br />門の手前に押し寄せた敵兵を周囲から攻撃できる『枡形』構造になっています。

    北出丸大手門跡の石垣です。

    門の手前に押し寄せた敵兵を周囲から攻撃できる『枡形』構造になっています。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 北出丸の中に1934(昭和9)年に建てられた武道練習場『武徳殿』があります。<br /><br />こちらでほぼ毎日、地元の方達による剣道や空手、なぎなたの稽古が行われているそうです。

    北出丸の中に1934(昭和9)年に建てられた武道練習場『武徳殿』があります。

    こちらでほぼ毎日、地元の方達による剣道や空手、なぎなたの稽古が行われているそうです。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 北出丸から本丸方面に向かう『椿坂』の入口です。

    北出丸から本丸方面に向かう『椿坂』の入口です。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 入口付近に設置されている城内図です。

    入口付近に設置されている城内図です。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 椿坂を通り『太鼓門』跡を過ぎると、本丸の手前の『帯廓(おびぐるわ)』跡に入ります。<br /><br />正面に鶴ヶ城天守閣が堂々と聳えています。<br /><br />幕末から明治初期にかけて起きた戊辰戦争で、会津若松は会津藩軍と薩長率いる新政府軍との『会津戦争』の最後の戦場になりました。<br /><br />1868(明治元)年11月6日に会津藩が新政府軍に降伏した時は、天守閣をはじめ城郭建築物は敵軍の砲撃でかなりのダメージを受けていました。<br /><br />その後、1874(明治7)年に城郭建築物は全て解体・撤去されましたが、戦後1965(昭和40)年に現在の天守閣が鉄筋コンクリート造りで再建されました。

    イチオシ

    椿坂を通り『太鼓門』跡を過ぎると、本丸の手前の『帯廓(おびぐるわ)』跡に入ります。

    正面に鶴ヶ城天守閣が堂々と聳えています。

    幕末から明治初期にかけて起きた戊辰戦争で、会津若松は会津藩軍と薩長率いる新政府軍との『会津戦争』の最後の戦場になりました。

    1868(明治元)年11月6日に会津藩が新政府軍に降伏した時は、天守閣をはじめ城郭建築物は敵軍の砲撃でかなりのダメージを受けていました。

    その後、1874(明治7)年に城郭建築物は全て解体・撤去されましたが、戦後1965(昭和40)年に現在の天守閣が鉄筋コンクリート造りで再建されました。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 城内側の石垣にV字型の階段状のものがありますよ。

    城内側の石垣にV字型の階段状のものがありますよ。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 石垣の階段は、城壁や大手門2階の渡櫓に行くための通路『武者走り』です。

    石垣の階段は、城壁や大手門2階の渡櫓に行くための通路『武者走り』です。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 帯廓と本丸の間に建つ、表門『鉄(くろがね)門』です。

    帯廓と本丸の間に建つ、表門『鉄(くろがね)門』です。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 鉄門を潜って、本丸に入りました。

    鉄門を潜って、本丸に入りました。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 鉄門近くから『南走長屋』と『干飯櫓(ほしいやぐら)』を撮影。<br /><br />干飯櫓は食糧備蓄庫だったそうです。

    イチオシ

    鉄門近くから『南走長屋』と『干飯櫓(ほしいやぐら)』を撮影。

    干飯櫓は食糧備蓄庫だったそうです。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 鉄門の先には広大な本丸跡の敷地が広がります。<br /><br />江戸時代はここに藩主とその家族の居住する御殿や藩の政庁がありました。

    鉄門の先には広大な本丸跡の敷地が広がります。

    江戸時代はここに藩主とその家族の居住する御殿や藩の政庁がありました。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 天守閣の入口近くの券売場で、入場券大人410円を支払いました。<br /><br />時間に余裕があれば、本丸跡の一角にある『茶室麟閣』との共通券大人510円を払うところですが、時間の都合で天守閣1ヶ所に絞りました。

    天守閣の入口近くの券売場で、入場券大人410円を支払いました。

    時間に余裕があれば、本丸跡の一角にある『茶室麟閣』との共通券大人510円を払うところですが、時間の都合で天守閣1ヶ所に絞りました。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 天守閣の真下にある石垣の中の入口から中に入りました。

    天守閣の真下にある石垣の中の入口から中に入りました。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 天守閣の地下層は、かつての『塩蔵』です。<br /><br />石垣の積み直しはされていますが、当時の遺構です。

    天守閣の地下層は、かつての『塩蔵』です。

    石垣の積み直しはされていますが、当時の遺構です。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 天守閣の内部は鶴ヶ城と会津の歴史を紹介するミュージアムとなっています。<br /><br />今年2023年4月に改装が終了し、リニューアルオープンしたそうです。<br /><br />第1層には城址の整備の時の発掘で、出土した瓦が展示されています。

    天守閣の内部は鶴ヶ城と会津の歴史を紹介するミュージアムとなっています。

    今年2023年4月に改装が終了し、リニューアルオープンしたそうです。

    第1層には城址の整備の時の発掘で、出土した瓦が展示されています。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 第1層のフロアのテーマは『鶴ヶ城の歴史と会津の遺産』です。<br /><br />フロアの一角に刀剣や鎧などの展示コーナーがありますが、この区画は撮影禁止です。<br /><br />刀剣は銃刀法規制対象で高額な美術品でもあるため、防犯上の理由からでしょう。

    第1層のフロアのテーマは『鶴ヶ城の歴史と会津の遺産』です。

    フロアの一角に刀剣や鎧などの展示コーナーがありますが、この区画は撮影禁止です。

    刀剣は銃刀法規制対象で高額な美術品でもあるため、防犯上の理由からでしょう。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 第2層のフロアのテーマは『領主の変遷と国づくり』<br /><br />会津地方を統治した歴代の大名を紹介しています。

    第2層のフロアのテーマは『領主の変遷と国づくり』

    会津地方を統治した歴代の大名を紹介しています。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 戦国時代に鎌倉期から会津を治めていた葦名(蘆名)氏を破り、この地を手中にしたのが『奥州の風雲児』伊達政宗です。

    戦国時代に鎌倉期から会津を治めていた葦名(蘆名)氏を破り、この地を手中にしたのが『奥州の風雲児』伊達政宗です。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 豊臣秀吉の天下統一と奥州仕置で会津は伊達氏から没収され、代わって蒲生氏郷が統治しました。

    豊臣秀吉の天下統一と奥州仕置で会津は伊達氏から没収され、代わって蒲生氏郷が統治しました。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 蒲生氏郷の没後、越後(新潟県)から国替えした上杉景勝が領主になりました。<br /><br />上杉氏は関ヶ原の戦いで西軍に付き徳川家康と敵対したため、戦後会津は上杉氏から没収されました。

    蒲生氏郷の没後、越後(新潟県)から国替えした上杉景勝が領主になりました。

    上杉氏は関ヶ原の戦いで西軍に付き徳川家康と敵対したため、戦後会津は上杉氏から没収されました。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • その後は一時期加藤氏の統治を経て、徳川2代将軍秀忠の息子で3代将軍家光の異母弟にあたる『名君』保科正之が領主になり、幕末に続く会津松平家が統治しました。

    その後は一時期加藤氏の統治を経て、徳川2代将軍秀忠の息子で3代将軍家光の異母弟にあたる『名君』保科正之が領主になり、幕末に続く会津松平家が統治しました。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 幕末期の会津藩は佐幕派の急先鋒として倒幕派の長州藩と激しく敵対したため、大政奉還後の戊辰戦争では新政府軍の攻撃の標的にされてしまったのですね。<br /><br />兵力だけでなく徳川家に対する忠誠心が他の藩よりも高かった故、自然の成り行きだったとは思いますが、結果として損な役回りを背負わされた感があります。

    幕末期の会津藩は佐幕派の急先鋒として倒幕派の長州藩と激しく敵対したため、大政奉還後の戊辰戦争では新政府軍の攻撃の標的にされてしまったのですね。

    兵力だけでなく徳川家に対する忠誠心が他の藩よりも高かった故、自然の成り行きだったとは思いますが、結果として損な役回りを背負わされた感があります。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 会津藩は藩士の子弟教育に力を入れ、江戸後期に藩校『日新館』を設立しました。<br /><br />ここで学んだ藩士達は戊辰戦争で臆することなく新政府軍との熾烈な戦いに臨んだだけでなく、戦後の明治期は優れた教育者を輩出することになったのですね。

    会津藩は藩士の子弟教育に力を入れ、江戸後期に藩校『日新館』を設立しました。

    ここで学んだ藩士達は戊辰戦争で臆することなく新政府軍との熾烈な戦いに臨んだだけでなく、戦後の明治期は優れた教育者を輩出することになったのですね。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 第3層のフロアのテーマは『幕末の動乱と会津』です。<br /><br />幕末期の黒船来航から戊辰戦争までの歴史上の出来事を時系列に説明するパネルが展示されています。

    第3層のフロアのテーマは『幕末の動乱と会津』です。

    幕末期の黒船来航から戊辰戦争までの歴史上の出来事を時系列に説明するパネルが展示されています。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 1867(慶応3)年11月9日の大政奉還から戊辰戦争の勃発、会津戦争の前半辺りまではざっくりとした説明です。<br /><br />1868(慶応4~明治元)年10月8日から11月6日までの約1ヶ月間の鶴ヶ城を巡る攻防戦から、日毎の戦局を細かく説明しています。

    1867(慶応3)年11月9日の大政奉還から戊辰戦争の勃発、会津戦争の前半辺りまではざっくりとした説明です。

    1868(慶応4~明治元)年10月8日から11月6日までの約1ヶ月間の鶴ヶ城を巡る攻防戦から、日毎の戦局を細かく説明しています。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 旧暦9月14日(新暦10月29日)、新政府軍は鶴ヶ城に総攻撃を開始。

    旧暦9月14日(新暦10月29日)、新政府軍は鶴ヶ城に総攻撃を開始。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 旧暦9月22日(新暦11月6日)、ついに会津藩は降伏しました。

    旧暦9月22日(新暦11月6日)、ついに会津藩は降伏しました。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 鶴ヶ城のジオラマです。

    鶴ヶ城のジオラマです。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 会津と言えば『白虎隊』<br /><br />平均年齢16~17歳のまだ元服して間もない頃の少年隊士達は、本来なら予備隊の扱いである筈が最終決戦を間近に前線に赴いて戦うことになりました。<br /><br />郊外の『戸ノ口原の戦い』で死傷者を出して敗走した後、旧暦8月23日(新暦10月8日)に市街近郊の飯盛山で城下に上がった砲煙を見て、集団自決を選択してしまいます。

    会津と言えば『白虎隊』

    平均年齢16~17歳のまだ元服して間もない頃の少年隊士達は、本来なら予備隊の扱いである筈が最終決戦を間近に前線に赴いて戦うことになりました。

    郊外の『戸ノ口原の戦い』で死傷者を出して敗走した後、旧暦8月23日(新暦10月8日)に市街近郊の飯盛山で城下に上がった砲煙を見て、集団自決を選択してしまいます。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 新政府軍に降伏した後会津藩は存続を許されますが、陸奥国斗南藩(青森県南東部と下北半島)に国替えになりました。<br /><br />藩士達は過酷な自然環境の中で悲惨な状況に直面しました。

    新政府軍に降伏した後会津藩は存続を許されますが、陸奥国斗南藩(青森県南東部と下北半島)に国替えになりました。

    藩士達は過酷な自然環境の中で悲惨な状況に直面しました。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 第4層のフロアのテーマは『会津ゆかりの先人』です。<br /><br />会津の幕末~明治期の人物として、最近真っ先に思い浮かべるのは2013年放映のNHK大河ドラマのヒロイン『新島八重』ですね。<br /><br />会津戦争では会津藩内では最新のスペンサー銃を操って男装して籠城戦を戦い、戦後は同志社大学の創設者、新島襄と結婚するという、当時の女性としては異色の経歴の持ち主です。<br /><br />大河ドラマでは綾瀬はるかさんが演じていましたが、どうもドラマのイメージが強すぎて、実際の人物写真を見るとギャップを感じます。

    第4層のフロアのテーマは『会津ゆかりの先人』です。

    会津の幕末~明治期の人物として、最近真っ先に思い浮かべるのは2013年放映のNHK大河ドラマのヒロイン『新島八重』ですね。

    会津戦争では会津藩内では最新のスペンサー銃を操って男装して籠城戦を戦い、戦後は同志社大学の創設者、新島襄と結婚するという、当時の女性としては異色の経歴の持ち主です。

    大河ドラマでは綾瀬はるかさんが演じていましたが、どうもドラマのイメージが強すぎて、実際の人物写真を見るとギャップを感じます。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 新島八重の兄として知られる『山本覚馬』です。<br /><br />会津藩の軍備の近代化を志した砲術家でもあり、幕末は主に京都で活動していましたが、不幸にも失明してしまいました。<br /><br />戊辰戦争後は京都府知事の顧問として京都の近代化に貢献し、また妹婿の同志社大学の設立活動を支援しました。<br /><br />10年前の大河では、西島秀俊氏が演じていました。

    新島八重の兄として知られる『山本覚馬』です。

    会津藩の軍備の近代化を志した砲術家でもあり、幕末は主に京都で活動していましたが、不幸にも失明してしまいました。

    戊辰戦争後は京都府知事の顧問として京都の近代化に貢献し、また妹婿の同志社大学の設立活動を支援しました。

    10年前の大河では、西島秀俊氏が演じていました。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 『山川浩』(左)と『山川健次郎』兄弟の紹介パネルです。<br /><br />兄の浩は幕末期に藩主松平容保の側近として京都警備に赴いたり、幕府の遣欧使節に一員として参加。<br /><br />会津戦争では家老と最高司令官、戦後は斗南藩家老を歴任し、その後陸軍に入隊して歩兵中佐として西南戦争に参加しています。<br /><br />弟の健次郎は後に物理学者になり、東京帝大の総長に選ばれた教育者です。<br /><br />大河では山川浩を玉山鉄二君が熱演していました。

    『山川浩』(左)と『山川健次郎』兄弟の紹介パネルです。

    兄の浩は幕末期に藩主松平容保の側近として京都警備に赴いたり、幕府の遣欧使節に一員として参加。

    会津戦争では家老と最高司令官、戦後は斗南藩家老を歴任し、その後陸軍に入隊して歩兵中佐として西南戦争に参加しています。

    弟の健次郎は後に物理学者になり、東京帝大の総長に選ばれた教育者です。

    大河では山川浩を玉山鉄二君が熱演していました。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • そして、山川兄弟の妹の『大山捨松』です。<br /><br />大河では水原希子さんが演じていましたね。<br /><br />日本初の女子留学生として渡米、帰国後は仇敵である薩摩藩出身の陸軍卿、大山巌に嫁いで鹿鳴館外交の『華』と例えられました。<br /><br />また、一緒に渡米留学した『同志』津田梅子を支援して、現在の津田塾大学の前身の『女子英学塾』設立に貢献しました。

    そして、山川兄弟の妹の『大山捨松』です。

    大河では水原希子さんが演じていましたね。

    日本初の女子留学生として渡米、帰国後は仇敵である薩摩藩出身の陸軍卿、大山巌に嫁いで鹿鳴館外交の『華』と例えられました。

    また、一緒に渡米留学した『同志』津田梅子を支援して、現在の津田塾大学の前身の『女子英学塾』設立に貢献しました。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 天守閣最上階の第5層まで上がって来ました。<br /><br />城の北東方向の眺めです。<br /><br />左側の鉄塔の先の小山が、白虎隊士の墓や通称『さざえ堂』こと『円通三匝堂(えんつうさんそうどう)』のある飯盛山です。

    天守閣最上階の第5層まで上がって来ました。

    城の北東方向の眺めです。

    左側の鉄塔の先の小山が、白虎隊士の墓や通称『さざえ堂』こと『円通三匝堂(えんつうさんそうどう)』のある飯盛山です。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 東方向に視線を移すと、眼下に本丸跡の広大な緑が広がります。

    東方向に視線を移すと、眼下に本丸跡の広大な緑が広がります。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 本丸跡の一角に建つ茶室麟閣です。<br /><br />建物自体は元々鶴ヶ城内に建っていたものですが、会津戦争後に城郭建築物が全て取り壊される際に別の場所に移築されていたそうです。<br /><br />1990年に現在の場所に移築されました。

    本丸跡の一角に建つ茶室麟閣です。

    建物自体は元々鶴ヶ城内に建っていたものですが、会津戦争後に城郭建築物が全て取り壊される際に別の場所に移築されていたそうです。

    1990年に現在の場所に移築されました。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 南方向を眺めると走長屋と鉄門、その先に南走長屋と干飯櫓が見えます。<br /><br />天守閣をはじめ鶴ヶ城の城郭建築物の屋根は、再建当初は黒瓦葺きだったのですが、2011年に江戸時代当時の頃の赤瓦に葺き替えられました。

    イチオシ

    南方向を眺めると走長屋と鉄門、その先に南走長屋と干飯櫓が見えます。

    天守閣をはじめ鶴ヶ城の城郭建築物の屋根は、再建当初は黒瓦葺きだったのですが、2011年に江戸時代当時の頃の赤瓦に葺き替えられました。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 天守閣を一通り見学してから第1層まで下りて、棟続きの走長屋部分にある売店を通り抜け…

    天守閣を一通り見学してから第1層まで下りて、棟続きの走長屋部分にある売店を通り抜け…

    鶴ヶ城天守閣売店 お土産屋・直売所・特産品

  • 売店の突き当たり付近にある『南走長屋・干飯櫓』の入口にやって来ました。<br /><br />入口の係員の方に天守閣入場券を提示すれば、無料でこの先を見学できます。

    売店の突き当たり付近にある『南走長屋・干飯櫓』の入口にやって来ました。

    入口の係員の方に天守閣入場券を提示すれば、無料でこの先を見学できます。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 10年前の大河ドラマで出演者が着用した衣装が展示されています。

    10年前の大河ドラマで出演者が着用した衣装が展示されています。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 南走長屋と干飯櫓は、2001年に江戸時代と同じ木造建築工法で再建されました。<br /><br />ちなみに、手前の走長屋と鉄門は同時期に再建された天守閣と同じ鉄筋コンクリート造りです。

    南走長屋と干飯櫓は、2001年に江戸時代と同じ木造建築工法で再建されました。

    ちなみに、手前の走長屋と鉄門は同時期に再建された天守閣と同じ鉄筋コンクリート造りです。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 南走長屋は帯廓側に廊下、本丸側に小部屋が連なる構造です。<br /><br />小部屋の一室は、武器庫を再現したスペースであったり…

    南走長屋は帯廓側に廊下、本丸側に小部屋が連なる構造です。

    小部屋の一室は、武器庫を再現したスペースであったり…

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 壁のスクリーンに映像を映している部屋もあります。

    壁のスクリーンに映像を映している部屋もあります。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 廊下の一角には『狭間(さま)』から火縄銃を撃つ様子を再現したコーナーもありますよ。<br /><br />会津戦争当時、会津藩の主力銃は戦国期の頃の火縄銃か命中精度の低い旧式の洋式銃であったのに対して、新政府軍はイギリスから調達した最新式の銃で戦っていました。<br /><br />会津藩はめっちゃ不利やわ…

    イチオシ

    廊下の一角には『狭間(さま)』から火縄銃を撃つ様子を再現したコーナーもありますよ。

    会津戦争当時、会津藩の主力銃は戦国期の頃の火縄銃か命中精度の低い旧式の洋式銃であったのに対して、新政府軍はイギリスから調達した最新式の銃で戦っていました。

    会津藩はめっちゃ不利やわ…

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 南走長屋の突き当たりに、干飯櫓に繋がる階段があります。

    南走長屋の突き当たりに、干飯櫓に繋がる階段があります。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 干飯櫓の中ではプロジェクションマッピングが実演されていました。<br /><br />これは綺麗ですね。

    イチオシ

    干飯櫓の中ではプロジェクションマッピングが実演されていました。

    これは綺麗ですね。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 櫓の1階から2階に行く階段がありますが、こちらは立入禁止です。<br /><br />それにしても、太い梁ですね。

    櫓の1階から2階に行く階段がありますが、こちらは立入禁止です。

    それにしても、太い梁ですね。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 櫓の片隅には、石落とし攻撃の様子を再現したコーナーがあります。<br /><br />鶴ヶ城は戦国期の城攻めを想定して造られた『難攻不落』の城だったそうですが、幕末の頃は銃撃と砲撃主体に変わり、戦いの様相も大きく様変わりをしていたことでしょう。

    櫓の片隅には、石落とし攻撃の様子を再現したコーナーがあります。

    鶴ヶ城は戦国期の城攻めを想定して造られた『難攻不落』の城だったそうですが、幕末の頃は銃撃と砲撃主体に変わり、戦いの様相も大きく様変わりをしていたことでしょう。

    鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園) 名所・史跡

  • 天守閣を出た後は、本丸跡にある売店『鶴ヶ城喫茶』さんに立ち寄り…

    天守閣を出た後は、本丸跡にある売店『鶴ヶ城喫茶』さんに立ち寄り…

    鶴ヶ城喫茶 グルメ・レストラン

  • 『粗挽きフランク』税込360円を注文して頂きました。<br /><br />小腹がすいた時は、こういうのが美味しいんですよね。

    『粗挽きフランク』税込360円を注文して頂きました。

    小腹がすいた時は、こういうのが美味しいんですよね。

    鶴ヶ城喫茶 グルメ・レストラン

  • 帰りは鶴ヶ城入口バス停からまちなか周遊バスの『あかべえ』号に乗車して会津若松駅に戻りました。<br /><br />17時30分発の郡山行きのJR磐越西線の快速『あいづ6号』と、郡山駅19時発の東京行き東北新幹線『やまびこ218号』を乗り継いで無事帰宅しました。<br /><br />これにて今回の旅の旅行記はおしまいです。<br /><br />本編旅行記を最後までご覧いただき、ありがとうございます。<br /><br />また、初編の旅行記からご覧いただいている方には、最後までお付き合いいただき、篤く御礼申し上げます。

    帰りは鶴ヶ城入口バス停からまちなか周遊バスの『あかべえ』号に乗車して会津若松駅に戻りました。

    17時30分発の郡山行きのJR磐越西線の快速『あいづ6号』と、郡山駅19時発の東京行き東北新幹線『やまびこ218号』を乗り継いで無事帰宅しました。

    これにて今回の旅の旅行記はおしまいです。

    本編旅行記を最後までご覧いただき、ありがとうございます。

    また、初編の旅行記からご覧いただいている方には、最後までお付き合いいただき、篤く御礼申し上げます。

    会津若松駅

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