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名所・史跡
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平成27年再建50周年を迎える鶴ヶ城は全国でも稀な赤瓦の天守閣として有名です。葦名氏七代直盛が至徳元年(1384)黒川城を築いたのが発祥。天正17年(1589)伊達政宗が葦名義広を追って会津を領するが、翌年豊臣秀吉に召し上げられ蒲生氏郷が入封、黒川城を大改修して鶴ヶ城と改称、城下を若松と名づける。その後、上杉、ふたたび蒲生、加藤氏と代わり寛永20年(1643)保科正之が入城、三代正容のとき松平氏を称し、子孫相ついで九代容保のとき戊辰戦争を迎える。現在の天守閣は昭和40年の再建。平成16年3月には天守閣内部がリニューアルされ、会津のシンボルとしての鶴ヶ城で会津の歴史を「学び、遊び、体験」できる「お城ミュージアム」として好評を博している。最上階は展望台になっている。◎葦名盛氏(1521-80)会津生れ。戦国大名。鎌倉幕府の名族三浦氏の裔。黒川城(若松)に拠り、畠山・田村・二階堂ら仙道諸家を攻略、葦名氏の全盛を現出。◎蒲生氏郷(1556-95)近江日野城主蒲生氏の出身。織田信長に仕え、功により伊勢松ケ島十二万石。松坂城を築き、城下町を営む。のち会津転封。◎上杉景勝(1555-1623)越後生れ。戦国大名。謙信の養嗣子。豊臣政権の五大老に列し、会津に転封。関ケ原の戦いに西軍に呼応、家康の打倒を図ったが敗戦して米沢へ移封。◎保科正之(1611-72)江戸生れ。江戸前期の大名。徳川家光の異母弟。初め信州高遠藩保科家の養子。のち会津藩祖となり四代将軍を補佐。その「家訓」は藩風形成の基となる。◎松平容保(1835-93)江戸生れ。幕末の会津藩主、京都守護職に任ぜられ公武合体を推進。意に反して鳥羽伏見の戦いで朝敵とされ、会津戦争に突入。ろう城1カ月、開城後降伏。
4.0
福島県の会津若松市を象徴する様な建物である鶴ヶ城を観光しました。 白い巨大な天守閣を抱え、二の丸 三の丸など堀の内外を含... 続きを読む
by アラビアンナイトさん(非公開)
会津若松 クチコミ:1件
鶴ヶ城元旦登閣(日中)に行こうかと考えています。
駅前のホテルに宿泊して、午前中に車で行こうと思っているのですが、駐車場...
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