2023/01/06 - 2023/01/06
301位(同エリア2201件中)
杏仁豆腐さん
小江戸川越七福神めぐり。年明けは、10年目となる七福神巡りです。
妙善寺からスタートし、あちこち寄りながら成田山川越別院まで巡りました。後半の旅行記は蓮馨寺からです。
2014年は深川七福神巡り
前半 http://4travel.jp/travelogue/10849167
後半 http://4travel.jp/travelogue/10849210
2015年は日本橋七福神巡り
http://4travel.jp/travelogue/10968967
2016年は山手七福神巡り
前半http://4travel.jp/travelogue/11091848
後半http://4travel.jp/travelogue/11092422
2017年は千寿七福神巡り
https://4travel.jp/travelogue/11204484
2018年は東海七福神巡り
前半https://4travel.jp/travelogue/11322500
後半https://4travel.jp/travelogue/11322570
2019年は新宿山ノ手七福神巡り
https://4travel.jp/travelogue/11446974
2020年は隅田川七福神巡り
前半https://4travel.jp/travelogue/11585262
後半https://4travel.jp/travelogue/11585709
2021年下谷七福神巡り
前半https://4travel.jp/travelogue/11672917
後半https://4travel.jp/travelogue/11673442
2022年浅草名所七福神巡り
前半https://4travel.jp/travelogue/11734622
後半https://4travel.jp/travelogue/11735039
2023年は小江戸川越七福神巡り
前半https://4travel.jp/travelogue/11802441
後半https://4travel.jp/travelogue/11803259
2023年は小江戸川越七福神巡り
前半https://4travel.jp/travelogue/11802441
後半https://4travel.jp/travelogue/11803259
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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蓮馨寺(れんけいじ)に来ました。
将監地蔵尊 -
本堂です。
蓮馨寺は、天文18年(1549/室町時代)川越城主「大道寺駿河守政繁」の母「連馨大姉」が、平方村(現在の上尾市平方)に建立し、その甥である感誉存貞上人を招き創建しました。 -
福祿寿神
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おびんずる様
釈迦の弟子であるおびんずる様を、直接その身体を触ると病気が治り、また頭に触ると頭が良くなると云われています。
触りまくりました。 -
手水舎
明治26年に起きた、計17町を焼失させたの川越大火で、蓮馨寺は山門や諸堂を失いましたが、この手水舎と鐘つき堂のみ火災を免れました。 -
名代焼だんご 松山商店
大正創業です。
お団子を求めて、列が出来ていました。 -
お団子を一本いただきました。
お団子で休憩です。 -
昭和33年創業の肉の十一屋
揚げたてのメンチやコロッケが有名です。 -
注文してから、揚げ始めます。
熱々のコロッケを店の前でいただきました。
やはり、揚げたては格別です。 -
熊野神社に来ました。
天正十八年(1590年)に蓮馨寺の二世然誉文応僧正が紀州熊野より勧請したことが始まりといわれており、開運・縁結び・厄除けの神として親しまれています。 -
手水舎
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運試し輪投げ
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宝池(弁天池)
銭洗弁財天 -
元杢網(もとのもくあみ)の歌碑
徳川時代天明から寛政の頃、江戸に落栗庵元杢網という狂歌師がいた。杢網は比企郡杉山村(現嵐山町)の出身で、本名は金子喜三郎と言った。若き頃より文才に恵まれた彼は、壮年になってから家督を弟に譲って江戸に出、和歌を学び、狂歌の道へと入って行った。天明から文化にかけて、彼は狂歌界の中心的存在となり、江戸中の半分は杢網の弟子とまで謳われた。晩年は仏門に帰依して各地を旅行、この川越にも来遊し、一時蓮馨寺門前の松郷の窪に住み、笹の庵と称していた。その間、
蓮馨寺境内にあった地蔵堂の天井に雲竜を描いたと伝える。この歌碑は文化年中、地蔵堂の傍らに門人たちの手によって建てられたものと言われ、今は場所を移して当境内にある。
山さくら咲けば白雲散れば雪花見てくらす春ぞすくなき 落栗庵元杢網
蓮馨寺の境内の桜を望見した歌であろう。杢網の妻はすめ(狂名知恵内子)と言い、市内小ヶ谷の内田氏の出と言われるが、詳しいことは不明。
埼玉大学名誉教授 山野清二郎 -
拝殿
参拝する人の列ができていました。 -
八咫烏様
熊野大神様のお使いである三本の足を持つ「八咫烏(やたがらす)」。夜明けを呼ぶ鳥・太陽を招く鳥ともいわれ、希望の世界に導く霊鳥として広く信仰されています。 -
足踏み健康ロード
裸足で歩くことで足裏のつぼを刺激して健康へのご利益を願います。 -
シマノコーヒー大正館と味の店いせや
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うなぎ林屋
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旧山崎家別邸に来ました。
人もいなく、とても静かです。 -
山崎家別邸は、川越の老舗菓子屋「亀屋」の五代目「山崎嘉七氏」の隠居所として大正14年に建てられました。設計は保岡勝也です。
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階段踊り場のステンドグラスは、アールヌーボーの雰囲気を残しています。
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和洋折衷するデザインがすてきです。主屋・茶室・腰掛待合が川越市の有形文化財に指定されています。
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客室(応接室)
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建物の模型が食堂に置いてあります。
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客間
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床の間
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日当たりの良い庭に面しています。
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庭園も保岡勝也が設計しました。2011年には国の登録記念物(名勝地)にも指定されています。
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広縁(たたみ廊下)
暖かな日差しが注いでいます。 -
居間
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ベランダ(サンルーム)
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保岡勝也は、明治・大正・昭和と活躍した建築家で、丸の内の赤煉瓦オフィス街を初め多くの住宅建築を手がけています。
川越では4つの作品を設計。川越4部作とも呼ばれる「旧国立八十五銀行本店」「旧山崎邸」「山吉デパート」「川越貯蓄銀行」です。川越貯蓄銀行以外が現存しています。 -
見学する人は、私だけでした。
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山崎家は、信州高井郡下笠原村(現在の長野県中野市)出身の初代嘉七氏が安永元年(1772年)ごろに川越に来て上菓子製造業の亀屋清右衛門のもとで修行し、天明3年(1783年)に「亀屋」の暖簾を許され創業したと伝わっています。
四代目嘉七氏は、明治11年(1878年)第八十五国立銀行の創立に関わり、当時の川越経済界を主導する存在でした。 -
庭に回りました。
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枯山水庭園および茶庭を見ることができます。
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茶室は国宝の「如庵」を模したものだそうです。
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充実した見学となりました。
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中成堂歯科
?正2年に建てられました。
当時の川越でも珍しい洋?建築で、2002年に建築の?台をそのままに、外装、内装ともにリニューアルしました。 -
川越城 中ノ門堀跡
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江戸時代、川越城は、江戸の北の守りとして重要視され、寛永16年(1639)に藩主となった松平信綱は、城の大改修を行いました。この際に、中ノ門堀が造られたと考えられています。堀は、現在の市役所付近に当たる西大手門側から本丸方向への敵の進入を阻むために巧みに配された堀のひとつであり、堀と堀の間に中ノ門がかつて存在していました。
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川越城本丸門跡
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川越城本丸御殿
中に入ります。 -
使番詰所
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川越城は、長禄元年(1457年)に、上杉持朝の命により、家臣の太田道真・道灌親子が築いたといわれています。
江戸時代には江戸の北の守りとして重要視され、代々幕府の重臣が城主となっていました。現存する建物は嘉永元年(1848年)に建てられたもので、本丸御殿の一部として玄関・大広間・家老詰所が残っています。 -
家老詰所が見えます。
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中庭の松の木
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隣が川越高校で、部活動の練習の声が響きます。
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家老詰所では、家老たちが藩政を論じる場面を再現。
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広間の松を描いた杉戸絵は、幕末期に活躍した川越藩の御用絵師・舩津蘭山(ふなつらんざん)によるものです。
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杵黒熊毛槍鞘
熊の毛約30頭ほどの黒毛を植え付けた槍鞘だとか。 -
紫裾濃大鎧(むらさきすそごのおおよろい)
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小江戸の洋食 コエド ボナペティで、遅いランチです。
本日の魚料理をいただきます。 -
ハーフサラダ、スープ、パンのセットメニューで。
温かなスープ。 -
窓越しの風景を眺めながらいただきました。
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サラダ。なかなかのボリュームです。
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シーフードのドリア。なかなか豪華なドリアです。
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パンは、トーストでした。
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珈琲
お腹もいっぱいになりました。 -
高沢橋から見た新河岸川。
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見立寺(けんりゅうじ)に来ました。
可愛らしいお出迎えです。 -
見立寺の建立は、室町時代後期(永禄元年/1558)です。
後北条氏の重臣で、川越城の城将「大道寺政繁(まさしげ)」が建てたお寺です。蓮馨寺の末寺です。
旅立ちの法然さま。 -
満面の笑の布袋尊像
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浄土宗念仏行者 徳本上人名号碑
江戸時代、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」とただひたすらに念仏を唱えることで、衆生を救った徳本上人(とくほんしょうにん)の名号碑です。徳本は、念仏を説いて江戸から全国各地を行脚し、人々に生きる喜びを与えました。 -
本堂
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六地蔵
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水琴窟
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菓子屋横丁は人も多く、賑わっていました。
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川越ベーカリー楽楽で、パンを購入。
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お味噌のパン
北海道産小麦と餅粉をブレンドし、埼玉産の材料にこだわった秩父味噌を練りこんであります。上にかかっているクッキー生地も味噌風味です。
人気のパンのようです。 -
さつまいものパン
川越ベーカリー楽楽では、すべてのパンを北海道産小麦でつくっているそうです。 -
川越市指定文化財「時の鐘」
寛永4年(1627)から同11年(1634)の間に川越城主酒井忠勝が、多賀町(いまの幸町)の現在の場所に建てたものが最初といわれています。
現在の鐘楼は、明治26年(1893)に起きた川越大火の翌年に再建されたものです。
3層構造で、高さ約16メートル。 -
陶舗やまわと宮岡刃物店(まちかん)
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妙昌寺に来ました。
室町時代(永和元年/1375)、日蓮宗大本山池上本門寺の末寺として、現在の川越市幸町に創建されました。
その後、江戸時代(寛保元年/1741)に、松平伊豆守信綱による川越城大改修の際、現在の地(旧浅場孫兵衛侍屋敷跡地)に移築しました。 -
小江戸川越七福神の第七番「弁財天」のお堂です。
これで、小江戸川越七福神の終了です。 -
小さいながら、きれいな庭園もあります。
歩いて川越駅に向かいます。 -
小江戸蔵里に寄りました。
明治8年(1875年)に創業した旧鏡山酒造の建築物を、当時の面影を残しつつ改修した施設です。
おみやげ処(明治蔵)、まかない処(大正蔵)、ききざけ処(昭和蔵)の3つの蔵と、つどい処(展示蔵)があります。 -
購入した、川越芋カステラ
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こだわり味噌
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いもせんべい
よく歩いて回った小江戸川越七福神めぐりでした。2万5千歩ほど歩きました。
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