2008/08/13 - 2008/08/13
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MIUMIUさん
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このブログは、私たち熟年夫婦が撮りためた写真を、
旅の備忘録として整理し、アップしたものです。
コロナ禍で海外に行けない状況が続く中、
昔の旅行の写真を眺めながら過去の記憶を辿り、
その記憶を整理をしていく事は、
脳みその活性化を図る事にもなるかもしれません。(;^^
少しずつでも頑張ってアップしていければいいな、と思っていますが、
10年以上前の旅行なので記録が散逸し思い出せないことも多く、
つくづく、熟年夫婦が老年夫婦になりつつあるのか…と痛感させられます。
2007年の初夏に、偶々旅行社の前を通った時に目に留まったポスタ-
★★チャ-タ-直行便で行く中欧9日間★★
に魅せられて、ヨ-ロッパ旅行に初めてツア-で参加した。
勝手知らない中欧の国々を、いきなり個人旅行をするのは腰が引けて、
まずは予行演習のつもりでの参加だった。
この辺りは若い方と違い、分別ある(?)中年夫婦の行動と思われる。
ところが、このツア-が予想をはるかに超える楽しさだった為、
翌年も同じチャ-タ-直行便のツア-をやるという事を知ってすぐに
もう一回予行演習をやろうということになった。
普通なら翌年は別の国へ… となりそうなのに、
もう一度中欧へ行きたい! とは、どんだけ感動したんや!?
と我ながら呆れると言いますか・・・
少し違うのは
前回はブダペスト入り、プラハ出だったが、
今回はその逆ル-トで、プラハ入り、ブダベスト出。
つまり、チェコ→オーストリア→ハンガリ-というルートになった事。
また、前回と同じツアーグループでの観光をパスし
自由行動にさせてもらったり
オ―ストリアでは、前回行けなかったザルツブルグを回るコースにした。
=== 全日程 ===
2008年
◆8/8(金)11:05 関空発
15:40 チェコ プラハ空港着
ホテル到着後フリータイム ヴァーツラフ広場周辺へ
【1】 https://4travel.jp/travelogue/11757416
◇8/9(土)午前=プラハ市内観光ツアー
午後=フリータイム 旧市街を散策
【2】 https://4travel.jp/travelogue/11758242
【3】 https://4travel.jp/travelogue/11758332
◇8/10(日)午前=チェスキークルムロフへ 旧市街観光ツアー
午後=オーストリア ザルツブルクへ
【4】 https://4travel.jp/travelogue/11758598
◇8/11(月)午前=ザルツブルク市内観光ツアー
午後=ザルツカンマーグート地方へ
ハルシュタットでフリータイム
【5】 https://4travel.jp/travelogue/11759393
【6】 https://4travel.jp/travelogue/11759394
◇8/12(火) 午前=メルク修道院へ
午後=バッハウ渓谷クルーズ
ウィーンへ
【7】 https://4travel.jp/travelogue/11760214
◇8/13(水) ウィーン市内観光(フリー)
【8】 https://4travel.jp/travelogue/11760219
【9】 https://4travel.jp/travelogue/11760221 ←今ここ
◇8/14(木) ハンガリーへ
ドナウベント地方を巡り ブダベストへ
【10】 https://4travel.jp/travelogue/11760224
【11】 https://4travel.jp/travelogue/11760225
【12】 https://4travel.jp/travelogue/11765096
◇8/15(金) 午前=フリータイム ブダベスト旧市街を散策
午後=旧市街観光ツアー
20:30 ブダベスト空港発
◇8/16(土) 14:35 関空着
2022.07.12 Release
2023.09.03 EDIT
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
-
【8/13(水)】午後 フリータイム
午前中、シェーンブルン宮殿の庭園にあるグロリエッテや動物園などを巡ったので
午後はメトロ4号線でウィーン中心部にやってきた。
カールスプラッツ駅で下車。 -
「カールス教会」
1713年 ウィーン史上17回目(!?)のペストの脅威が去った後
マリアテレジアの父カール6世の勅令で造られた、
バロック建築の大傑作と言われる教会。
なので、ペスト撃退の守護聖人に捧げられている。 -
カールス教会の前にある「カールス広場」
写真ではわからないが、大きな花壇が美しい広場だった。 -
広場の北側には「カールスプラッツ旧駅舎」
去年は前をサッサと通過しただけだったので、今回はじっくりと見る。 -
19世紀末、当時流行のウィーン分離派に属するアールヌーボー様式の建築。
ウィーンアールヌーボー様式の代表例として世界的に有名になってる。
この駅舎は、かつてはシュタットバーンという路線で使用されていたが、
メトロ4号線ができた為、不要となり使用されなくなった。
しかし、貴重な建築物として、撤去せずに大切に保存されている。 -
カールスプラッツ駅からリング通りへ。
-
一般的に「オペラ座」と呼ばれているウィーン国立歌劇場。
初期オペラ座は、フランツ・ヨーゼフが行ったウィーン大改造計画の一環として、
1863年から1869年にかけて建てられた。
1869年 宮廷歌劇場としてオープンし、
1918年 オペラ座と改名。
第二次世界大戦での爆撃により8割ほど破壊され、
1955年 改築された。
ドイツオペラとイタリアオペラの中心的存在として、今もなお重要な位置にある。 -
去年はここがツアーグループの集合場所にもなったり、この周辺を歩き回ったりもしたが、今日は内部の見学が目的。
-
一応、前以てガイドツアーについては調べておいたが
時間帯をチェック。(ケルントナー通り側に掲示されていた)
6ヶ国の言語でのグループ見学ツアーが行われており
日本語でのツアーは13時と15時から。
日本語ガイドは不定期なのでラッキーだった。
13時に参加することにしてチケット購入。 -
オペラ座の左脇でしばらく時間待ち。ここで待つ人多いみたい。
-
時間となり、オペラ座に向かって左側にあるガイドツアー専用入口から入場。
ここ玄関ロビーで各国の言語グループが集合。私達のグループは10人弱だったかな。
やはりEnglishとGermanyが一番多かったようだ。 -
こんな顔出し衣装パネルがあり、顔を出そうとしたが高すぎて届かない…f(^^;
-
始まるまでヒマだったので、こっちもやってみたが思い切り背伸びしてもこんな感じ。
海外アルアル。 -
日本語を話すオーストリア人らしき男性ガイドと共に、ガイドツアーがスタート。
言語グループによってルートが異なる。
ここは、正面ロビー。 -
先ずは客席へ。 これはボックス席っていうやつですね!
この時初めてこのようなオペラ座の客席を見たので、いきなり感動! -
次は、舞台裏。
右側が幕の裏側になる。つまり下手側から見ているところ。
舞台転換の仕組みやトリックのような技を色々教えてくれました。 -
舞台の奥。
客席よりも奥行きがあるとか言われてたような? -
舞台の天井。驚くほど高い!
場面転換で何枚もの幕が昇降する。 -
舞台の奥側は天井が低くなっている。
舞台の天井は上部に幕を収納するスペースが必要だから、高いんですね。 -
ここは下手側の舞台袖。
今はオフシーズン(7月8月)なので、メンテナンスをしているようで殺風景。 -
舞台のサイド。
様々な照明器具や音響設備などが詰まっている。 -
大理石の正面階段のあるホール。
なるほど、オペラ座に足を踏み入れた途端に別世界へ誘う・・・
という設計と装飾なんでしょうね。 -
第二次世界大戦の爆撃を免れた貴重な場所だそうです。
息をのむ豪華さ。 -
正面階段を上がったところにあるこの立派な部屋は、
現在は記者会見やインタビューに使用される部屋。
元々は、フランツ・ヨーゼフとエリザベートが休憩する為に造られたという。 -
この廊下から客席へ入る。
-
めちゃ高い天井。
-
真正面の像はモーツァルトでしょうか。
-
正面の上部。
-
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大理石の間。
観客が幕間に談笑したり休憩するスペース。 -
大理石の間の壁画。
-
ホワイエと呼ばれる客席までの広い通路。
-
ホワイエの壁の上部には有名な作曲家の胸像が並んでいる。
-
-
カラヤンさん!
カラヤンは総監督を長年務めていた。他には、マーラーも。 -
模型。
これを見ると、客席側より舞台側バックステ-ジの方が広いのがわかる。 -
最後に、ボックス席から客席全体を見ることができた。
緞帳の重厚感がスゴイ!
(緞帳って防火の役目もあるというけど、それは最近のことなのかな) -
ここが、舞台真向かいのVIP専用のボックス席。
元々はハプスブルク家の専用だったことでしょう。 -
40分のガイドツアーはとても楽しかった!
欲を言えばもっと裏のほうまで見たかったが、2年越しの夢が叶って満足でした。
最後はこのオペラ座グッズの店へ。
ここには外からも自由に入れる。 -
続きましては、ハイリゲンシュタットへ。
市電で30分弱くらいだったと思う。
ハイリゲンシュタットは、ウィーンの森の北西部にある丘陵地帯の村。
ウィーンの森とは、広さ縦45キロ、横30キロの山地で、
アルプス山系の最北部から、東端はウィーン市内の森林公園となっている。 -
ハイリゲンシュタット近くのカーレンベルグの丘の上にある教会。
-
カーレンベルクの丘からウィーンが一望できる。
-
見晴らしの良さそうなカフェがあったので入った。
-
ガラス張りで明るくていい感じ!
-
遅いランチをとった。
-
カフェの外に望遠鏡があったので覗いてみる。
-
ウィーンが傾いてます・・・
-
その後、ハイリゲンシュタットに向けて徒歩で移動。
ハイリゲンシュタットは古くから葡萄の産地として有名で
次第に工場や住宅地が増えているが、今も「ホイリゲ」というワイン酒場がたくさんある。 -
また、ベートーヴェンゆかりの地としても知られており
難聴に苦しんでいたベートーヴェンは温泉療養のためにハイリゲンシュタットに住んでいた。
そのベートーヴェンゆかりの場所に行ってみたいというのが、ここに来た目的だ。 -
多分迷いながら歩いてます…
当時はスマホがなかったからなぁ・・・ -
聖ミハエル教会を見ながら通過。
-
こんなところにHONDA ST1100。パンヨ-ロピアン。
ボディカラ-は異なるが、以前の夫の愛車でもあった。
早く、安全に、しかも静かに長距離を移動できた。
BMWより運転はしやすかった。 -
いわゆる「ベートーヴェンの小径」を探しながらウロウロ・・・
この左側には大きな家が並んでいて、郊外の住宅地となっている。
ベビーカーを押している若い女性と庭仕事をされてる中年夫婦に尋ねて
やっとこの辺まで辿りついた。 -
あった!!!
やっと見つけた!!!
「ベートーヴェンガング」と書いてある。 -
うー---ん… これ?
これがベートーヴェンがいつも歩いていた小径?
舗装されてるし、結構道幅もあるし、小川もないし
なんか、思てたんと違う・・・ -
よーく見たら、道の脇には水の少ない小川があったが
かなり深くて、小川という感じではなかった。 ちょっとがっかり…
難聴と失恋で失意の中のベートーヴェンは、毎日この小径を散歩しながら
あの『交響曲第6番 田園』の曲想を得たと言われている。
どこにでもあるような静かな森の中の道。小鳥のさえずりと風の音しか聞こえない。
ベートーヴェンは、聞こえにくい耳で必死でこれらの自然の音を感じようとしていたのだろうと思った。
当時は小川ももっと水量があり、せせらぎも聞いていたに違いない。
なので、ここを歩きながらずっと田園のメロディーが頭の中に響いていました。 -
里親募集のチラシではないか。
チラシの下の連絡先電話番号が書かれた部分が、切込みが入れられており、
ちぎって持ち帰るようになっている。
のちに、小猫を4匹保護したとき、里親探しのため、これに真似てチラシを作って、知り合いの店などに貼らせてもらった。 -
閑静な住宅街の一角に「ベートーヴェン記念館(博物館)」がある。
「ベートーヴェンの遺書の家」とも呼ばれている。 -
ベートーヴェンは、難聴の症状を相談した医者からハイリゲンシュタットでの療養を勧められて、1802年の4月から10月にかけてこの地で過ごしている。
-
中庭から中に入る階段がある。
-
32才のベートーヴェンは、完全な聴覚喪失への恐れに駆り立てられて、
ここで有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いた。
ふたりの弟たちに宛てて書かれたこの遺書は、読まれることはなかったらしい。
その直筆の遺書が展示されている。 -
この家で完成させたのは、交響曲第3番「エロイカ」。
-
ベートーヴェンの生涯をざっくりと。
1770年 ドイツのボンで生まれる。
父は宮廷歌手、祖父が宮廷楽団の楽長という音楽に才能のある家系だった。
父は幼いベートーヴェンの音楽的才能を見抜き、苛烈なスパルタ教育をした。
(アル中だった父は将来の息子の稼ぎをあてにしていた可能性が高いとか。
その辺は、モーツァルトの父親と違うんですね)
1787年 17才の時ウィーンへ行き、憧れていたモーツァルトに会う。
その後もヨーロッパを巡りながら様々な音楽家と交流したり、指示を仰いだり
支援も受けながら、また挫折もしながら作曲家としての地位を築いていった。
が、20代後半からの難聴の症状が次第に悪化。(鉛中毒説が有力らしい)
1802年 殆ど聞こえなくなった32才の時に自殺を決意し、
ここハイリゲンシュタットで遺書を書いたが、思い直す。
1804年から10年ほどの間に多くの作品を作曲したが
1810年 40歳ごろには全く聞こえなくなり、更に持病の症状も酷くなっていった。以降、ピアニストとしての活動はやめ、作曲活動に精を出す。
1827年 56才で死没。約2万人が葬儀に参列した。(人気者!?) -
生涯に60回以上も引越しをした、ベートーヴェン。
このハイリゲンシュタットの中でも、あちこちに住んでいたらしい。
これから向かったホイリゲもそのひとつ。
ここを出て、歩いてホイリゲに行き少し休憩したと思うが、
何故かホイリゲの写真がない。 -
再びウィーン市内へ戻って、セセッション前にやってきた。
去年入れなかったから入りたかったが、もう閉まっていた。
時間確認を怠ってはダメですな。 -
世紀末芸術の発信の象徴、セセッション(分離派会館)は
ウィーン分離派のかつての活動拠点だった施設。
ウィーン分離派とは、
1897年に画家クリムトを中心に結成された新進芸術家、建築家、音楽家のグループ。
「自由な芸術を!」というスローガンのもと、
19世紀の歴史的芸術からの分離を目標とし、新しい芸術表現を追求し続けた。
現在は、新進アーティストの為のギャラリーとなっている。
地下のクリムトの大壁画は有名。 -
月桂樹がモチーフの金色のドームは、黄金のキャベツ、とも呼ばれている。
とてもユニークでとても目立つ。 -
裏側から見たところ。
-
裏には小さな公園のような緑地があり、芝生で寛いでいる人が結構いた。
私達もしばし休憩しつつ、次はどこへ行こうかと相談。 -
ガラス張りのエレベ-タ-。
公共施設でよく見かけた。
当時、日本では珍しかったように思う。 -
世界的に有名らしい老舗カフェへ。
-
カフェ・ツェントラルに到着。
この立派な建物は、元々フェルステル宮殿だった。 -
中に入ると、宮殿らしさが溢れている。
フランツヨーゼフとエリザベートの大きな絵が存在感あり。 -
高く美しい天井。
-
Germany語のnewspaperを読む(フリをする)日本から来たおじさん。
-
迷惑がってるおじさんと強引に腕組みする、日本から来たおばさん。
-
20世紀初頭には著名な作家や知識層・文化人が利用したらしい。
この方は、オーストリアを代表する作家である「ペーター・アルテンベルク」さん。
その人形がカフェの入り口近くに置かれ、まるで在りし日の様子が再現されているかのようです。
入口にいつも陣取っている常連さんだったらしい。 -
この時はメランジェにせず、モカかな?これは。
アインシュペナーは夫。 -
あまりにも居心地がいいので、ここで夕食にしよう!
-
サンドイッチ、多分おいしかった。
すっかり長居をしてしまったカフェツェントラル、本当にリラックスできた。
通常は長い列ができているというけど、すんなり入れて席も混んでなかったのはナゼなんだろう? -
アム・ホーフあたりにあるオスカー・ラスケ氏の手による「エンゲル薬局」
入口の両脇にある、翼を広げた天使が有名な建築物。
ゴールドのモザイクが美しい。
アップで撮ればよかったのにな… -
すっかり暗くなってきた。
-
『セント・ペーター教会』
9世紀初頭のカール大帝の時代に創設された、ウィーンでは2番目に古い教会。
この建物はバロック様式で、1708年に建て替えられたもの。
今回は入ってみたかったのになぁ… -
グラーベン通りを更に進むと、通りの中央にペスト柱がある。
バロック時代の代表的彫刻のひとつだそうだ。
ペストはヨーロッパでは14世紀頃から100年に1度程度は流行していたという。
このペスト柱は、1679年に10万人の犠牲者を出したペストの終息を神に感謝し、
マリアテレジアの父レオポルド1世が建てた記念塔。
最初は木製の簡素なものだったらしいが、1693年に現在の姿に建て直された。 -
去年は昼間に見たけど、夜はライトアップされて更に不気味に見える。
-
夜なのに、こんな大道芸人によく遭遇する。
-
シュテファン大寺院。
ライトアップされていると、雰囲気が神秘的になる。 -
夜のウィーン街歩きもいいものです。
-
ケルントナ-通りも見納め。。。
-
水が入っているグラスを指でこすって音楽を奏でる(なんていうんだっけ)
この人の演奏はほんとに素晴らしかった。
見物客も多い。 -
-
主にエリザベートグッズを扱う店。
閉店していてもウィンドーは明るい。 -
これはライトアップされたホテル・ザッハ。
結局、ここでザッハ・トルテは食べられなかったけれど、ザルツブルグで試食できたので、ま、いいか。 -
中世の歴史的建築物のある通りに、現代の電飾看板で飾られている。なんだか不思議な光景。
正直ライトアップだけでいいように思うが、ウィ-ンを代表する商業地なのでそうもいかないのだろう。 -
再びオペラ座前に戻ってきた。
ライトアップが美しい。 -
オペラ座近くのこの駅からメトロでホテルに戻ります。
-
夜遅くまで目いっぱいウィーンを楽しんで、しぶしぶ?帰る中年夫婦。
もっともっと行きたかったところはあるが、充実した一日だった。
やっぱりウィーンは奥深いし、興味深いなぁ! 見どころ多すぎて困る!
明日は、3ヶ国目のハンガリーへ向かいます。
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