2021/10/25 - 2021/10/25
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岡山県南部と小豆島の旅の最終日は、岡山市の東側、瀬戸内市や岡山県の東端である備前市を中心に回ります。ただ、ここで瀬戸内市や備前市と言ってもなんでしょうね。なんのイメージも湧いてこない。広域合併の弊害なんでしょうが、こんななんのひっかかりもないような名前を付けてしまうと街の歴史まで消えてしまうのではないかと心配になってしまいますね。
そういう流れでいうと、前回は大和朝廷の関係で吉備国を考えてみたのですが、今回はもう一度視点を変えて岡山県や備前国がどんな印象なのかちょっと整理してみたいと思います。
まず、岡山県は、旧国名でいうと備前国、備中国にこれも吉備国から分かれた美作国の3つの国から成り立ちます。江戸時代で言えば、それぞれ池田家の岡山藩、幕府の直轄地の倉敷、越前松平家の津山藩が象徴的なイメージですね。で、今日の旅はその備前国のうちの瀬戸内市や備前市。備前国には赤磐市、和気郡なんかもあるのですが、どっちにしても全国的な目線からすると岡山市以外はほとんどイメージが湧かないのが実際のところ。そこに”瀬戸内市”や”備前市”みたいな平面的なワードを聞かされても、ますますなにがなんやら。県外者なら、それが普通の感覚だと思います。
まあ、私もそれに毛が生えたくらいの認識レベルから始まった旅でしたが、それでも、あちこち回る中でもう少し具体的なアウトラインが見えてくる。つまり、瀬戸内市なら”瀬戸内市”ではなくて、せめて、瀬戸内海の交通の要所だった牛窓、刀剣の歴史を持つ長船、市で賑わった福岡だし、備前市なら”備前市”ではなくて備前焼の伊部やカキオコの日生。個性のある街がそこそこ存在していて、備前国は岡山市だけではないんだぞという感じ。こうした地域は、備前国とか瀬戸内市とか備前市とか妙な括りで理解しようとするのはちょっと無理がある。そうしたアプローチはもともと適切ではなかったのではないかと感じました。まあ、備前国ではなんといっても備前一国を治める岡山藩のおひざ元だった岡山市が圧倒的な存在ですから、その他はその他大勢。その域からはなかなか抜け出せない面もなくはないでしょう。目を転じて、備中国であれば倉敷は別格にしても、笠岡や総社に新見、備中高梁、といった街はもっとちゃんとそれぞれの個性を発信しているし、倉敷がそれを霞ませたりはしていませんからね。
ただ、程度を別にすれば、岡山市以外の備前国も小さな地元の文化や歴史がモザイクのように寄せ集まったエリアであることは間違いない。そんな特性を持った地域であることを理解し深めていくことが正しいアプローチの仕方なのでしょう。もともと私としてはバラバラのように見えていてもなにか備前国に共通するアイデンティティが見えてこないかなというのを期待していたのですが、それに反して多様性をそのまま素直に受け入れられたことは意外な収穫。やっぱり、旅の楽しさはそこに行ってみないと分からないサプライズ。そういう意味では、今回の旅もなんとかそこにたどり着いて、なんとかいつものたびたびの旅になったように思います。
なお、コースは、岡山市の北側近郊をちょこっと回った後、長躯、閑谷学校へ。お昼に、有名なタマちゃんのカキオコをいただいて、岡山市に戻りながら主要な観光スポットを巡るという順序。少し雨が降ったりして、天候には恵まれませんでしたが、それくらいの方が妙な無理をしたりせず雨宿りがてらも兼ねて落ち着いて回れたような気もします。
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ホテルを出発して、レンタカーの旅は今日で二日目。一番遠いのは閑谷学校なんですが、まあ、慌てることはないでしょう。まずは岡山市の北側、郊外をチェックします。
これは、岡山県総合グラウンド。 -
広い敷地内はジョギングコースのような遊歩道があちこちに伸びていて、公園のような雰囲気もありますね。
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それにその遊歩道を通勤・通学の自転車がたくさん行き交っていて、それも印象的。
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競技の時だけではなく、普段から町に馴染んだ施設だということがよく分かりました。
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で、その岡山県総合グラウンドの一角にあるのが津島遺跡。岡山は至る所に遺跡があってすごいですよね。
広い平地に復元された竪穴式住居や高床式の倉庫が並んで。その光景は珍しいものではないのですが、調べるとなんでも昭和43年、全国で初めて弥生時代前期の集落と水田が隣接して発見されたという貴重な遺跡だとか。しかし、登呂遺跡や吉野ケ里遺跡はどうなんでしょうか。イマイチ納得できませんが、国の史跡にも指定されています。 -
少し移動して。続いての神宮寺山古墳は、古墳時代前期後半-中期初頭。4世紀後半から5世紀初頭に造られたとされる墳丘長150mの大型前方後円墳。岡山の市街地の中にあって、すぐ隣まで家が建っています。
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頂上に神社があって一直線に石段が。
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それを上るのですが、小山だけの円墳のような感じでした。
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これは半田山植物園。
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すり鉢のような丘陵地を利用した野外植物園。
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順路を行くとけっこう急な坂道を上る必要があります。
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そこから段々に降りてくるのですが、
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途中には睡蓮の池があったり、
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バラ園があったり。
ただ、季節が悪くて花はほとんどなし。やっぱり季節を選んでいかないと寂しいです。 -
これもすぐ近くの法界院。
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天平元年(729年)頃、備前四十八ヶ寺の一つとして開創された真言宗の寺。国の重要文化財に指定された木造聖観世音菩薩立像がありますが、これは秘仏。限られた時期に開帳されるので、普段は見ることはできません。
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本堂は一段高い場所。大師堂や鐘楼が並んで建っていて、それなりに雰囲気があると思います。
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で、なにやら賞田廃寺跡というのもあるようで。
訪ねると遠く岡山市街を望む丘陵一帯の草原。意外なほど広い場所に、ポツンポツンと建物跡の遺構が残っています。 -
説明によれば、寺は古代吉備の豪族であった上道氏の氏寺の一つ。
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7世紀前半に小堂が建造された後、
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イチオシ
飛鳥時代には本格的な寺院が営まれ、奈良時代に全盛期を迎える。
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このエリアには、備前国庁跡ではないかという国長宮や幡多廃寺跡もあって、古代吉備の中心地の一つだったと考えるとやっぱり素晴らしい遺構。
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視界が広く開けているのもあって、古代の大寺の姿を思う存分想像して楽しめます。
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備前国分寺跡は赤磐市にあるのですが、それとの関係はどうなんでしょうね。まだまだよく分かっていないようです。
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備前国総社宮も近くにあって、古代備前国に設けられていた総社にあたる神社。
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社殿や本殿はまだ新しい感じで、
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随身門だけがちょっと古いと言えば古いかな。
全体として少し荒地のような場所だし、アクセスも奥まったどん詰りのような先。歴史はあるのでしょうが、あんまり気分は出ないかもしれません。 -
備前国総社宮の門前に、ふとあった暮らしと珈琲という雰囲気のあるお店。店内に入るとカフェの雰囲気もおしゃれですね。
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バナナとハチミツの飲み物をいただいて、
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奥の備前焼のコーナーも拝見しました。
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何気なく見始めると
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けっこうセンスがいいような。
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イチオシ
ちょうど手ごろなごはん茶碗があったので、それもついでに買いました。そこまで期待はしていなかったのに、気分がほっこり満たされたような気がしました。
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さて、ここから閑谷学校へ。30キロちょいを走ります。
駐車場に車を停めて、しばらく歩いた先なんですね。お堀を越えていくのは独特の雰囲気です。 -
この特別史跡旧閑谷学校は、岡山藩主池田光政によって開設された日本最古の庶民学校。先ほど触れた岡山城下にあった藩校と別に作られたというのは特筆に値することでしょう。
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ただ、それにしてもなんでこんな遠い場所に作ったのか。そこはちょっと違和感がなくはないですけどね~
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これは正面の門。中国風の儒教式の門ですよね。
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ここからが有料エリア。
広い敷地の奥に見えるのが講堂です。あれはどこかの学生さんの団体でしょうか。雨の中、何やら熱心に説明を受けています。 -
で、こちらの一段高い場所には、孔子を祀る聖廟とちょっと一段低くなった場所に閑谷神社。
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創設者、池田光政を祀る神社です。
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赤い備前焼の瓦が美しくて、よく見ると軒丸瓦の先端には池田家の家紋「丸に揚羽蝶」がデザインされています。
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そして、講堂の方に進みます。
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イチオシ
ぐるりを囲む縁と柱。
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板戸には大きな漆塗りの花頭窓というダイナミックなデザインです。
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玄関を上がって、
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奥に進むと中では論語か何かの講義が行われていました。
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ちょっと背筋がピンと伸びる感じ。
簡単な内容だと思いますが、こうして閑谷学校の伝統の精神が今でもそれなりに守りつがれていることはとても素晴らしいことだと感じました。 -
儒教の精神なんて、武士でもなければ庶民には縁遠いと思っている人も多いと思いますが、まあ、そうでもないですね。
例えば、曽根崎心中とか近松門左衛門の世界。義理と人情の板挟みとかが言われますけど、実際のところは「義理詰め」。あちらを立てればこちらが立たずみたいな、いろんな義理のぶつかり合いで切羽詰まるのが基本的な筋書き。義理は儒教の世界だし、俗世間を生きるための規範なんですね。心中に至るまでに追いつめられながらも最後まで義理を守ろうとする姿が共感を呼んだのは、それだけ庶民にも儒教の精神が浸透していたからでしょう。心即理とか、性即理とか。幕末の尊王攘夷とかの特別な話ではないように思います。
ただ、私は、一方で、儒教の教育は為政者の方針として社会秩序を守らせる人作りという観点だけではなくて、もっと単純に読み書きを学ぶため、その材料として論語とかが手ごろだった。その延長として、論語の中身についても学んでいたというような側面もあったのではないかと思います。「子曰わく。。」と音読みして儒教の考え方に触れないわけにはいかないですからね。
で、ちょっと横道にそれるかもしれませんが、そこらの寺子屋の教育も、江戸期には儒教の精神の浸透に意外に寄与していたのではないか。そして、他方そのことで現世主義的な考え方に慣れてしまい、仏教の思想的な発展がある意味止まってしまったのではないかというのが私の仮説です。 -
閑谷学校が終わると今日の目的の大半は終わったような気もします。そういう意味では、後はお気楽。楽しみにしていたカキオコをじっくり堪能しますよ~
このタマちゃんは、日生のカキオコではダントツの人気店。市街から少し離れていますが、車なら問題はないでしょう。 -
イチオシ
ほ~この大粒の牡蠣は見事じゃないですか。それもこんなにたっぷり。なかなかの迫力ですよね。
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牡蠣はお好み焼きの中に混ぜて焼くので、蒸し焼きみたいになるんでしょう。牡蠣の旨味が素直に現れていますね。そして、生地の方も入れ込んだ天かすがシャキシャキと食感がいいし、生地自体はフカフカでほんわかしたおいしさ。すべてのクオリティが高くて、他の店を寄せ付けないレベルかなと思います。
いずれにしても、広島のお好み焼では、こんなタイプはない。同じお好み焼きでも、これは似て非なるもの。カキオコ恐るべしですね。 -
ちょっと余韻が残る中で、これはみなとのみえる丘公園。国道からすぐに上り口があって、車で頂上付近まで上れます。
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駐車場から展望所に上がると眼下には日生港から日生湾、鹿久居島ほか日生諸島の瀬戸内海らしいのどかな景色が広がります。
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そして、静かな入り江には牡蠣いかだが点々と。豊かな海であることも分かります。
ちなみに、この日生諸島は、日生町沖の約14の島々。面積が一番大きいのは正面に見えている鹿久居島ですが、人口が一番多いのはその先の頭島。というのも、鹿久居島は今はみかんの島のようですが、江戸時代は岡山藩の禁漁区、御林とされていたのだそうです。本土からは備前(ハートマーク)日生大橋で鹿久居島が結ばれ、鹿久居島と頭島は頭島大橋で結ばれています。 -
振り返るとこれは日生の市街です。
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みなとのみえる丘公園を降りて、今度は加子浦歴史文化館。日生の出島の突端で、進入路が細くてちょっと冷や冷やしながら車を進めました。
敷地は石垣が組まれた上の平地。 -
変な感じであんまり期待していなかったのですが、内容はぴか一。
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蔵を利用した文芸館も地元出身の文学者が多士済々。
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小説家の里村欣三、児童文学者の牧野大誓、写真家の石井幸之助などなど。
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また、加子浦は海路を行く参勤交代の通船などへ、水や薪を供給したり、加子役を勤める役割があったということ。
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イチオシ
展示品の充実ぶりからは、
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人や物の動きが盛んだった日生の歴史が背景にあることを十分に想像できるのではないかと思います。
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同じ敷地内には室津で本陣職を務めていた筑前屋の一族が日生に移り建築した江戸時代末期の民家を移築したという母屋も。
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なかなか立派で、
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こちらも日生の往時の隆盛を偲ばせるもの。
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イチオシ
さっきの展示内容も思い出しながら、しばし寛がせてもらいました。
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で、こちらのBIZEN中南米美術館も、日生の名物施設。日本で唯一の中南米考古学美術館だそうです。
収蔵品は、メキシコからペルーにかけての中南米の考古学美術品や民族学的資料など。この日は休館日でしたが、たまたま係の人がいらっしゃって少し覗かせてもらいました。個人的なコレクターが収集したもののようですが、その熱意は素晴らしい。なお、近くのお好み屋さんで中南米の変わった飲み物をいただきました。こうしたことも含めて、地域への貢献もそれなりのものだというのが分かります。 -
タマちゃんのカキオコがあんまりよかったので、もう一軒ということでこちらお好み焼 もりしたへ。食べログ100名店にも選出のお店なのでかなり期待しての訪問です。
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牡蠣をお好み焼きに混ぜる前に鉄板で塩こしょうして十分に焼いておくやり方。
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イチオシ
この方が牡蠣の旨味を閉じ込める意味があるのかなあと思いましたが、
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しかし、お好み焼きに混ぜてしまうと逆に牡蠣の味が消えてしまった感じ。
ちょっとこれはどうでしょう。意外な結果となってしまいました。
つまり、カキオコがおいしいのか。タマちゃんがおいしいのか。結局、よく分からなくなってしまいました。 -
まあ、それはそれとして。ここから岡山市へ戻って行きます。
このFAN美術館は、備前焼の人間国宝、藤原啓の記念館の敷地内に設けられた美術館。藤原啓の作品ほか、現代アートなどの芸術作品もあるようです。この日は閉館日で入れなかったのですが、国道から急な坂道を上がった先にある施設の外観だけでも確認しようと思い立ち寄りました。国道から駐車場まではすぐなのですが、この急な坂はなかなかきついですよね。しかし、それだからこそかな。敷地からは海がいい感じで見えていて、美術館にふさわしい環境であることはよく分かりました。 -
今度は、旧山陽道の伊部、宇佐八幡の前で、旧片上宿の標識を見つけました。
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ちなみに、旧山陽道は西宮から赤間関まで。全長約550㎞の街道には46の宿場町があったそうです。片上宿からは藤井宿を経て、岡山へ。板倉、河辺、矢掛へと続きます。
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通りは少し蛇行していてそれが独特の雰囲気となっているので、旧街道だと分かります。
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続いての真光寺ば、天平11年(739年)、行基により創建されたという真言宗の寺。孝謙天皇の勅命により備前四十八箇寺の一つとも。今朝の法界院と同じです。
限られた境内ですが、寺伝によると応永年間(1394年~1428年)に再建されたという本堂は鬼瓦までの曲線が独特の迫力。 -
室町時代中期の作という三重塔も高さ18.2mの方三間本瓦葺。ともに国の重要文化財となっていて、存在感が抜群です。
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と、伊部駅の備前焼伝統産業会館の前に出ました。
やっぱり、これは寄ってみるしかないかなあ。天気も良くないし、そういう意味でもここで時間を使うのは悪くないでしょう。 -
はい、はい。
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イチオシ
火だすきも、サンギリも。
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やっぱり、かなり美しい。
それに、今朝買ったお茶碗と比較して、その選択が間違いなかったことも確認できたように思います。 -
さて、ここからもう一つ。気になっていた福岡地区へ向かいます。
妙興寺は、1403年(応永10年)、播磨の国主、赤松則興の追善供養のために創建された寺。 -
名刹が故ということだと思いますが、
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岡山城主、宇喜多直家の父、興家や
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黒田官兵衛の曽祖父、高政と祖父、重隆の墓があったりして、まさにこれは宇喜多家、黒田家のルーツ。
長船町福岡は、福岡県、福岡市の名前のルーツだし、いろんなルーツがてんこ盛りです。 -
備前福岡郷土館は、大正3年築の旧平井医院の建物を利用した資料館。
かつて山陽道で随一の繁栄を誇った備前福岡の歴史を紹介するもの。ただ、この日はコロナ禍かな。開いていないので外観を確認しておしまい。後で調べると一遍上人絵伝の関係もあるのだとか。 -
ところで、福岡の市は、鎌倉時代の福岡庄で開かれていた定期市のひとつ。なにげない場所に立派な石柱と案内板がありました。
説明によれば、今でも一日市や八日市などの地名が残っていて、日によって定期的に市が開かれていたとか。一遍上人絵伝でも当時の様子が描かれているようで、案内板の絵からも何か雰囲気が伝わってきます。今の岡山城ができる以前、この辺りが備前国の賑わいの中心だった時期もあるようです。 -
少し日が暮れてきましたが、ほとんど岡山市に戻ってきて。
上寺山餘慶寺は、天平勝宝元年(749年)に報恩大師により開かれたという天台宗の寺。またまたですが、報恩大師建立の備前四十八ヶ寺の一つであり、後に、円仁(慈覚大師)が再興、近衛天皇の勅願所とも。 -
本堂と三重塔とのコラボは見ごたえあり。特に本堂は国の重要文化財であり、力強い屋根の曲線に迫力を感じます。
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吉井川を渡りますが、この川は、旭川、高梁川と並ぶ岡山三大河川の一つ。もお児島湾に注ぐ寸前の河口に近い西大寺辺り。観音院の方から永安橋の方を眺めたものです。
穏やかな流れですが、岡山市は意外に水害も多かった街。恵みだけでなく、マイナスのこともあった川なのかなと思いながら眺めました。 -
さて、ここから西大寺の境内へ。
西大寺観音院の始まりは、天平勝宝3年(751年)。真言宗別格本山。中国三十三観音霊場の第一番札所であり、日本三大奇祭のひとつ、裸祭りでも有名です。 -
仁王門、本堂、三重塔などがちょっとただっ広いくらいの境内にボンボンボンと建っていて、
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大寺の風格がすごいですね。
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こうして吉井川のほとりに建っているのですが、それでも山岳仏教的な雰囲気も少しあって、やはりこの豪快な伽藍配置も関係しているのかなと思います。
以上で、最終日も無事終了。お疲れ様でした。
これで長年の宿題だったスポットも回れたし、一応一区切りとはなりましたが、新たなテーマが浮かんでこなくもない。また次回の計画も考えようかな。少し心残りのたびたびです。
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この旅行記へのコメント (1)
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- Antonioさん 2024/07/15 15:07:26
- 日生
- こんにちわ。岡山に行ったついでに日生まで行ってきました。あらたでカキオコを食べましたが、シーズン中にように生のものを使用しないため、通常よりも味が落ちていたかもしれません。大阪風のお好み焼きの生地がおいしかったので、モダンにしたのは失敗でした。ただし、言葉に訛りがあるおばさんがつくるお好み焼きは、昭和レトロな町の雰囲気と合致していてよかったです。
中南米美術館に行ってきましたが、カカオに関する展示をやっていて、館長の説明がよかったですよ。日本中で古代中南米に関する美術品に関しては、ここが一番充実していると説明がありました。
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