2012/04/04 - 2012/04/16
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kiju-jiさん
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第11日目(4月14日・土)
今日は延泊3日目(ナポリ滞在最後の日)、本当はもう1日延泊をしたかったが、奥さんのママさんコーラスの練習日が3日潰れるので奥さんが猛反対・・・。
小雨の中(明くる日の帰国日は快晴だった)、先ずバスでガリバルディ広場に行ってスパッカ・ナポリの散策。そして、ケーブルカー(モンテサント線)で高台に、そしてケーブルカー(チェントラーレ線)でウンベルト1世のガッレリアに。そしてカフェ・ガンブリヌスで軽食を、そして、王宮の見学。海岸通りを歩いて一旦ホテルに戻り、荷物を置いて、
マルティーリ広場のブランド街に。キアイア通りからプレビシート広場に。
サンタ・ルチア通りからホテルに・・・。
このブログはコロナ禍真っ最中の2021年5月に執筆。9年前の旅行なので変わった面は悪しからず・・・。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
-
6:00 起床。7:30 朝食。8:50 ホテルを出発。
ホテル・ロイヤル・コンチネンタルから頂いた地図に建物名などを貼り付けてトリミングした地図。地図を参考にして歩く。 -
8:58 バス151番線で、ナポリ中央駅の近くのガリバルディ広場に。
ジュゼッペ・ガリバルディの大きい銅像が建っている。
ジュゼッペ・ガリバルディ(イタリア語: Giuseppe Garibaldi, 1807年7月4日 - 1882年6月2日)は、イタリア統一運動を推進し、イタリア王国成立に貢献した軍事家で、イタリア統一を進めるため、多くの軍事行動を個人的に率いた。カヴール、マッツィーニと並ぶ「イタリア統一の三傑」の一人とされる。
1860年、千人隊(赤シャツ隊)を組織してシチリアの反乱を援助し両シチリア王国を滅ぼした。その後、征服地をサルデーニャ王エマヌエーレ・ヴィットーリオ2世に献上してイタリア統一に大きく貢献した。
中学校の世界歴史の時間に習った、ガリバルディの名前は忘れても赤シャツ隊とフランスのジャコバン党は60年以上経っても覚えている。特に赤シャツは夏目漱石の小説(坊っちゃん)を読んで記憶が深まった!?・・・。
また、ローマのテヴェレ川の西のトラステヴェレ地区の西のジャニコロの丘の中心には、ジュゼッペ・ガリバルディ騎馬像と、「イタリアのアマゾネス」とも呼ばれたジュゼッペ・ガリバルディの妻アニータ(南米出身)の騎馬像がある・・・。 -
ガリバルディ広場から西に A.Poerio通りを歩くと右にサンタ・カテリーナ・ア・フォルミエッロ教会・・・。
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そして、左手のカプアーノ城。城と云うより館・・・。
ナポリにはカプアーノ城とデッローヴォ(通称、卵城)は昔からあったらしい。しかし、カプアーノ城はナポリの奥深く、卵城はナポリ湾の内にあり敵の攻撃を受けやすい欠点がある。そこで、フランスのアンジュー家のナポリ王カルロ1世の命で王宮の北東に建設されたのがヌオーヴォ城である。
イタリアの歴史は複雑。歴史を読んでも爺にはチンプンカンプン・・・。シチリア島とサルディーニャ島を含め、色んな国に支配された・・・。 -
カプアーノ城の正面?。カプアーノ城を廻りこんでトリブナーリ通りを・・・。
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トリブナーリ通りを大聖堂を目指して・・・右手に折れるとドゥオーモ通り。
大聖堂の東端?にあるのがジェンナーロの塔。クゥーポラも。 -
角度を変えて・・・。上手いアングルが見つからない・・・。
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トリブナーリ通りを右折れするとドゥオーモ通り。ナポリの大聖堂(ドゥオーモ)。
前のドゥオーモ通りの道幅が狭く、大聖堂のファザード全体が撮れない・・・。
大聖堂は、中央身廊の主祭壇に、被昇天の聖母マリアの絵があることから聖マリア・アッスンタ教会とかナポリ司教座教会(英文表記:The Cathedral of Naples)とか呼ばれる、イタリア南部のナポリにある主要な教会。
教会内の小聖堂(礼拝堂)はナポリの守護聖人、聖ヤヌアリウス(聖ジェンナーロ)に捧げて建てられたものである。大聖堂には原則5月の第1土曜日と9月19日の年2回だけ持ち出される、ヤヌアリウスの血液が入った小瓶を収蔵されており、それら年2回の祝祭日には乾ききっているはずのヤヌアリウスの血液が、瓶の中で液状化する。伝承によればこの血液が祝祭日に液体化しなかった場合、ナポリに何か悪いことが起きると考えられているらしい・・・。
聖ヤヌアリウス(聖ジェンナーロ)は、309年5月19日に斬首されたペネヴェント(ナポリの北東50kmの町)の司祭。色々な奇跡を・・・。1389年8月17日に最初の奇跡が・・・。ガラス瓶に入った聖人の固まった血液が溶け出したと・・・。 -
角度も悪い写真。ファザードは19世紀後期にエンリコ・アルヴィーノによって手を加えられたものであるが、ティーノ・ディ・カマイーノ作の彫刻をいくつか含んだ、15世紀作の入り口はそのまま保持された。
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ファザードの右側・・・。
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ファザードの左側・・・。
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正面を見上げて・・・。
大聖堂はナポリがフランスのアンジュー家に支配されていた時代のシチリア王シャルル1世により、建設するよう命じられたものである。建設工事は彼の後継者であるナポリ王シャルル2世(在位1285年-1309年)の統治下においても継続され、ナポリ王ロベルトの統治下にあった14世紀初期に完成した。
建物は古いキリスト教のバシリカ建築の基礎上に建設され、それらの跡は未だにはっきりと見られると。教会の下にあった遺跡からは、ギリシャやローマの人工物が発掘されるらしい・・・。 -
大聖堂の俯瞰した構造図?・・・。
講談社発行・世界遺産・ナポリの歴史地区から拝借・・・。 -
大聖堂の平面図。大聖堂はギリシャ十字架のように縦と横の長さが同じ。
写真はネットから拝借。有難う。 -
正面入口から入ると中央身廊の主祭壇。大聖堂は上から見ると十字架のような形になっている。中央身廊は3廊式。
入り口から主祭壇まで約100m、身廊の高さ35m。 -
中央の主祭壇にはピエトロ・ブラッチ作の「被昇天の聖母」が祀られている。
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主パイプオルガン。
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主祭壇(アプス)の後ろは半ドーム?・・・。
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入口側を振り返って・・・。
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写真は撮ったが詳細不明。何しろ9年前の旅行を執筆なので・・・。
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詳細不明。身廊(翼廊)には、多くの礼拝堂が・・・。ジェンナーロの礼拝堂の左横の礼拝堂・・・。
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詳細不明。ジェンナーロの礼拝堂の右横の礼拝堂(写真左のパイプオルガンから察して・・・。)
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聖ジェンナーロの礼拝堂の前のクゥーポラ?。
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ナポリの守護神の聖ジェンナーロの礼拝堂・・・。
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聖ジェンナーロの礼拝堂の左右には小型のパイプオルガンがある。
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聖ジェンナーロの礼拝堂の左右にはパイプオルガンがある。
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詳細不明。
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聖ジェンナーロの礼拝堂と対をなす十字になった左翼のサンタ・レスティトゥータ礼拝堂(聖堂?)・・・。サンタ・レスティトゥータは女性の聖人。
この礼拝堂の右後ろに洗礼堂があるらしいが行かなかった。 -
サンタ・レスティトゥータ聖堂の床の墓石?・・・。
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詳細不明。ひょっとしたら聖ジェンナーロの血液のガラス瓶が保管されている処かな・・・。
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大聖堂を出て、トリブナーリ通りを歩くと左手にジロナミーニ教会。
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更に、トリブナーリ通りを進むと右角にサン・パオロ・マッジョーレ教会。
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そして、左手前の角にサン・ロレンツォ・マッジョーレ教会。
この教会の脇の道(路地?)を進むと通称スパッカ・ナポリに出る。 -
路地の左手の土産物店。
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スパッカ・ナポリに出て・・・。
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路地の左手のサン・グレオリオ・アルメーノ教会?。
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ニーロ像。古代ギリシャ・ローマ時代の像で東方文化と融合したヘレニズムの象徴ナイル川(イタリア語でニーロ)を擬人化して表現している。現在では(ナポリの化身 IL Corpo di Napoli)と呼ばれると、・・・の歩き方にある。
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左手は、サンタンジェロ・ア・ニーロ教会?・・・。
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そして、右手にサン・ドメニコ広場とサン・ドメニコ・マッジョーレ教会。
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サン・ドメニコ広場を角度を変えて。
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左手に、ショップ・シャルクテリエ・・・。ここは冷やかしたが目ぼしいものがなかった。
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通りの奥に邸宅らしい中庭が・・・。
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サンタ・キアラ教会。
ナポリがフランスのアンジュー家に支配されていた時代の1328年に3代目のロベルト王と后の命で建てられた。 -
鐘楼はサンタ・キアラ教会から離れている。あまり鐘楼には見えない。爺の感想。
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サンタ・キアラ教会の身廊。
ロベルト王の墓が安置されている身廊は、清貧を尊ぶフランチェスコ会の規律に準じ簡素な作り・・・・。床の模様が素晴らしい・・・。 -
サンタ・キアラ教会の身廊。
ロベルト王の墓が安置されて身廊は清貧を尊ぶフランチェスコ会の規律に準じ簡素な作り・・・・。
18世紀に華麗なバロック装飾に一新されたが、第2次世界大戦中の1943年に爆撃を受けて炎上し、天井は全て焼け落ち、バラ窓と扉口の僅かに残ったが多くの美術品など失われたが、復旧工事の際に創建当時の現在の姿に・・・。 -
身廊の左奥・・・。
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身廊の右奥・・・。
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質素な主祭壇?・・・。上部のステンドグラスは質素ながら美しい・・・。
写真には、両端にわずかに見えるがロベルト王の墓碑の両側には息子のカルロ・ディ・カラブリアの墓碑・・・。 -
前の写真の主祭壇の上のステンドグラス。トリミングしてみたが・・・。ステンドグラスの写真を撮るのは難しい。光が射しこむタイミングが・・・。
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前の写真の主祭壇の上のステンドグラス。ステンドグラスの写真を撮るのは難しい。光が射しこむタイミングが・・・。
ネットにあったので拝借・・・。ありがとう。 -
入口側を振返って・・・。身廊の両側は簡素な翼廊。写真では分からないが翼廊の上は通路?になっていて、その上に縦長の複数のステンドグラスが並ぶ・・・。
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ステンドグラス・・・。高い位置にあるので写真が上手く撮れない・・・。
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クラリッセのキオストロは、教会を一旦出て教会と鐘楼の間を左手に廻った、サンタ・キアラ教会の後ろにある。
ここは、カンパニア州のアルテ・カードが仕えない。4.5ユーロ。 -
クラリッセのキオストロの平面図。右下が入り口。
写真はネットから拝借。有難う。
クラリッセのキオストロは、サンタ・クララ会女子修道院の跡・・・。 -
クラリッセのキオストロは、一辺が82mの回廊とギリシャ十字架の形の小径で仕切られた中庭になっている。入口を入り、時計回りに・・・。
まず最初の十字の小径と回廊との接点で記念に・・・。 -
クラリッセのキオストロは、一辺が82mの回廊と十字に仕切られた小径の中庭になっている。回廊は列柱が並び、列柱の下の腰板?の部分もマヨルカ焼きのタイル絵で装飾されている。18世紀の頃の・・・。
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右手に折れて、中庭には十字に小径があり、その両脇にはマヨルカ焼きで装飾された8角形の列柱が並んでいる。ここはサンタ・キアラ教会の真後ろ・・・。
記念にもう一枚 -
爺も・・・。今日はシチリア・マフィアの象徴ハンチング(コッポラ)を被っている・・・。
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イチオシ
回廊の壁には、ジョットの弟子たちによるフレスコ画が残る。
壁のフレスコ画と天井にもフレスコ画。天井の梁の形を眺めると首の体操になります・・・。後ろにひっくり返らないように注意しよう・・・。
フレスコ画を一枚、一枚の写真を撮るにはカメラのメモリーが足りない・・・。 -
中庭とサンタ・キアラ教会。
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回廊を2つ歩くと角に付属の美術館があり、教会の歴史を語る展示品がある。
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回廊を2つ歩くと角に付属の美術館がある。教会の歴史を語る展示品がある。
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回廊を2つ歩くと角に付属の美術館がある。教会の歴史を語る展示品がある。
他にローマ時代の浴場跡の遺跡が床下にあったような気がしたが写真は撮らなかったような・・・。 -
また、回廊に出て次の曲がり角で振り返る。さっきの美術館の入り口が小さく見える。何しろ、回廊は1っ辺が82mもあるのだ・・・。
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角を曲がって奥さんはさっさと・・・。
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イチオシ
爺は中庭側の腰板部分のマヨルカ焼きのタイル絵などを楽しみ写真撮りに忙しいのだ。アングルを変えたり、爺は立体視が悪いので水平に撮れるようにと・・・。
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写真に、回廊の列柱と中庭のマヨルカ焼きの列柱とサンタ・キアラ教会を入れたりと忙しい・・・・。
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イチオシ
これは良いアングルで・・・。中央にドームの形をした所が十字の小径のクロス点。小雨が降ってなければ中庭にも入ったのだが・・・。小径にあるベンチの背もたれのタイル絵も素晴らしい・・・。
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そして、また回廊・・・。奥さんは50m先に・・・。
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早足で・・・。奥さんはフレスコ画を見ている・・・。
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そして、爺得意の振り返り、終活の真っ最中の爺は振り返りが好きなのだ・・・。
当然、初恋のKさんの顔も・・・。 -
中庭を・・・。中央にドームの形をした所が十字の小径のクロス点。約40m先に。
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角の先の回廊。その先が出口。この辺りは壁のフレスコ画が無い。
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振返って回廊。やっと出口です。回廊だけで何歩歩いたやら・・・。
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クラッセのキオストロの入り口と、サンタ・キアラ教会の左横・・・。
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サンタ・キアラ教会を出ると、ジェズ・ヌオーヴォ広場・・・。
インマコーラの尖塔が・・・。 -
ジェズ・ヌオーヴォ教会。
ジェズ・ヌオーヴォ教会は15世紀に建てられた貴族の館を、16世紀後半に教会に改装したらしい。写真では分かりにくいがファザードの角錐状の平面の石積はそのままに。 -
入ると、監視員らしき男性が帽子は脱げとか、写真は駄目とか五月蠅い。喜捨の気持ちもわかない。
しゃくに触ったので隠し撮り2枚。ジェズ教会と云えば何だっけ・・・・。思い出さない。物忘れがひどくなって。執筆中は79歳。あくる日想い出したイエズス会の教会。IHSのマーク?どこかにあるはずだが・・・。
パレルモのジェズ教会は良かったが・・・。
爺が好きな小さなパイプオルガンもファインダーを覗かずの1ショット。 -
多分、主祭壇・・・。早々に出る。この写真の何処かにIHSのマーク?があるはずだけど、小さくて分からないが主祭壇の上の日輪のように見える中心に・・・。
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名残惜しいが奥さんが・・・。
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ジェズ・ヌオーヴォ広場を振返って・・・。
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インマコラータの塔も・・・。
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スパッカ・ナポリを横切るトレド通りに出る一つ前の路地?。
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スパッカ・ナポリを横切るトレド通り・・・。先はダンテ広場、更にはナポリ国立考古学博物館に・・・。左に行けばウンベルト1世のガッレリアの入り口に出る。
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スパッカ・ナポリの外れをスイスイと奥さん・・・。スパッカ・ナポリには多くのピザ屋さんがある。覗くと料金も4ユーロぐらいと安い。女性でも30cm大のマルゲリータをペロリと食べている!・・・。奥さんに食べていくかと聞くとアマルフィで食傷したから結構だと・・・。
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スパッカ・ナポリの魚屋さん。新鮮なように見えるが買わないので指で触らない。
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右に折れて、ケーブルカーのモンテサント線の乗場に。
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こちらは、フェレグレア周遊鉄道のホーム。ナポリの西側をトンネルで走っている・・・。
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モンテサント線のケーブルカー。
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がら空きだー・・・。雨の中、高台に行ってナポリを眺望したい人は爺たちだけ!?・・・。
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終点で・・・。
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ナポリが一望できるかと高台(ヴォメロの丘)の見晴らしが出来そうな一寸した広場(テラス)?に行ったが強い雨で5m先も見えない。
写真は、ツア仲間のSさんにいただいたもの。サン・マルティーノ美術館のテラスから撮られたとのこと。Sさんご夫妻は7日目(4/10)の午後のポンペイの遺跡は一度行ったからと同行されずにナポリを散策された・・・。
晴れていたら爺たちも同じようような景色が観られたのに残念!・・・。 -
ナポリが一望できるかと高台(ヴォメロの丘)の見晴らしが出来そうな一寸した広場?に行ったが強い雨で5m先も見えない。
写真は、ツア仲間のSさんにいただいたもの。サン・マルティーノ美術館のテラスから撮られたとのこと。Sさんご夫妻は7日目(4/7)の午後のポンペイの遺跡は一度行ったからと同行されずにナポリを散策された・・・。
晴れていたら爺たちも同じようような景色が観られたのに残念!・・・。 -
ナポリが一望できるかと高台(ヴォメロの丘)の見晴らしが出来そうな一寸した広場(テラス)?に行ったが強い雨で5m先も見えない。
あきらめてもう一つのケーブルカーのチェントラーレ線の乗場に急ぐ・・・。 -
チェントラーレ線の乗場がある建物。
ナポリにはケーブルカーが3線ある。もう一つは一番短いキアイア線。 -
丁度ケーブルカーが上ってきた。
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直ぐに乗り込む。
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先頭車両に乗って・・・。
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終点(始発)の乗場はウンベルト1世のガッレリアの左。トレド通りに面している。
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早速、奥さんはブランド店を物色・・・。高くて、甲斐性なしの駄目な夫には無心できない・・・と淋しげに。
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ガッレリアの中心部(中央)で新婚のカップル?が気取って写真を撮っている。
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ガッレリアのドームを見上げて。昔々、ミラノのヴィットリオ・エマニュエル2世のガッレリアでも同じような写真を撮った覚えがある・・・。
ドームの高さは58m。1884年コレラが流行。衛生状態の悪いスラム街を無くし、その跡地に1890年に造られたのがウンベルト1世のガッレリア。
我が故郷の佐世保市の4か町にも、多分日本一長いアーケードがある。
上京し横浜市に住んだが、繁華街の伊勢佐木町に行ってもアーケードがない。
只、人口が多いだけの田舎と思った・・・。今は横浜・高島屋の横に本の少しだが昭和50年頃に造られたアーケードがあるが・・・。 -
サン・カルロ劇場側・・・。
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反対側・・・。カメラマンがさっきのカップルに指示を出している。
グラビアか何かの撮影か・・・。 -
カメラマンの指示に応えるカップル・・・。
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さっき入ってきた方向・・・。
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サン・カルロ劇場側で記念に・・・。奥さんは、さっき買ってあげなかったので仏頂面?・・・。
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爺も記念に・・・。マフィアスタイル(ハンティングを被って)で。
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記念にモザイク画の横で。ここで踵を付けて3回廻るともう一度ナポリに来られるかしら・・・。
西洋の諺に、ナポリを見てから死ね!とあるが。ナポリを見ても死ねません。
日光を見ずして結構と云うなかれ・・・(日光を見ても結構と云うなかれ)。の類・・・・。 -
スペイン地区の通り・・・。スペイン地区は治安が悪いたと・・・。9年経った現在はどうかな?・・・。
この後は、ナポリ篇2に続く・・・。
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