1987/11/04 - 1987/12/08
3位(同エリア97件中)
ほいみさん
写真も内容もヨレヨレ。「他人の不幸は密の味」的、大昔ネパールトレッキングの話は面白いかも。
1987年秋、なんでここで敗退?
私は自惚れていたのかもしれない・・・旅は人生に通じる?
写真は、ちょっと大げさに写ってしまったマナスル
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
-
往きがカトマンズ、帰りがカルカッタオープンというチケットを持ってネパールに向かった。レアなイラク航空だぜ!
驚いたのは、成田でチェックイン、バスで飛行機へ。でね、全員の荷物がジャンボ機の翼の下に置かれていて、そこで各人が自分の荷物の前に立つ。スタッフが確認してOKが出るとタラップで乗り込むのだが、その際の手荷物検査が厳しい。2-3年前に当時としては画期的だった「ミノルタαシリーズ」が大ヒットしていて、他メーカーも自動巻取り?カメラが主流になっていたので「カメラなのに大きな電池」が入ってた。それをみんな抜かれちゃったんだよ。
私は10年越しに使っていた「オリンパスOM2」だったので、小さなボタン電池は抜かれることはなかった。でもこの間、写真を撮っていい雰囲気じゃなかったので写真は無い。 -
アンナプルナトレッキングはこの時がが3回目。
アンナプルナ山群をぐるっと巡るオレンジルートが「アンナプルナサーキット」。78年に来たときには、ムクチナートより奥のルートは外国人には解放されなくて、左側半分の「ポカラームクチナート往復」に終わった。1982年には「その気が無かったのに」アンナプルナBCを往復した。
その時に、アンナプルナの東側「マーシャンディールートが解禁になった」という話を聞いて、アンナプルナBCへの道を歩きながらも気持ちは「アンナプルナ一周!」・・・「アラウンド・アンナプルナ」「アンナプルナ・サーキット」とかもてはやされててたさ。
まじめに歩けば「300㎞ 3週間以上」 途中には標高5400mの「トロンパス」が待ち構える。 -
さて、バンコックで1泊して翌日のロイヤルネパールでカトマンズに着いた。
写真は何処から撮ったのか「スワヤンブナート」 -
そのスワヤンブナートからのカトマンズ市内の写真・・・まだ緑が豊かだった。
この頃からカトマンズは「ヒマラヤの古都」から「ヒマラヤの公害都市」に変貌しつつあった。
日本からの中古車とインド製のトゥクトゥクが溢れ、排気ガスを撒き散らす。それでも市内や郊外を散歩するのは楽しかった。 -
70年代、カトマンズは世界3大ヒッピー聖地(含むマリファナ)として栄えていた。他の2都市はアムステルダムとカブール。
その時代に旅した連中が子連れで再訪していた…私の勝手なイメージです。 -
カトマンズはまだ静かな町だった。
さて、バンコックで1泊して翌日のロイヤルネパールでカトマンズに着いた。日記には「インドネシアのカップルと4$eachで泊まった」とある・・・全然記憶にないが翌日は他のホテルに移っている。 -
新しいホテルが次々に出来ていたが、安ホテルは何処も水回りに問題が・・
-
食べ物は相変わらず安くて美味しかったけど・・・お腹壊す?
-
この頃からカトマンズは「ヒマラヤの古都」から「ヒマラヤの公害都市」に変貌しつつあった。日本からの中古車とインド製のトゥクトゥクが溢れ、排気ガスを撒き散らす。それでも市内や郊外を散歩するのは楽しかった。
何となく5泊もしてしまったのだが、ここで風邪を引いてしまったことが「この旅の失敗」の引き金になってしまった。 -
中心地から5分も歩けば・・・
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農村の雰囲気。
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人々はひたすら素朴で・・・
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フレンドリー
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散歩してれば・・
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一日があっという間に過ぎてしまう。
ここで「あれ・・・喉が変?」って感じたさ。
これって風邪の予兆じゃんね。 -
「世界遺産になる前の」静かな王宮広場。
-
隣町のキルティプル。
私はこの街が好きで、ネパールに行く度に訪れるのだが、今は酷いことになっている。 -
キルティプルから見たカトマンズ。
現在では、見えている畑が全て住宅地になっている。 -
2年前のキルティプル。
これほど醜くなってしまった町を他に知らない。 -
まずはトレッキングパーミッションを取らなきゃならない。イミグレーションで2時間近く待たされて申請した。
4週間で350ルピー・・・約2000円。 -
これまでにネパールのトレッキングは、エベレストコースを含め、3回で50日間以上歩いていた。しかも「若かった」のでポーターやガイドを雇わず、ひとりで地図を片手に、荷物も全部自分で担いでだ。
最近、軟弱旅しかしてない「私の4トラ日記」からは想像出来ないだろう! -
この時も、ひとりで歩くつもりでいたのだが、イミグレの帰りに「ガイド雇わないか?」と声を掛けられた。まぁ、この手のセールスマン?(自称エージェント)には、カトマンズを歩けば10分に1度は遭遇する。
-
でね・・・なぜか雇ってしまった!
1日5USドルで30kgまで担いでくれる。ただのポーターなら更に安いが「英語を解し、ガイドの仕事も出来る」ヤツだとこれが相場だという。
まぁ、ここで1日3$のヤツを捜す意味もない。
ヤツの自宅に案内され怪しげな契約を済ませる。
ポカラ往復の交通費は私持ち。
1日5ドルで3週間、ただし現地で延長可とする。 -
11月9日、私のガイドを紹介された。
え~・・子供じゃないの?って程の童顔の少年。
聞けば14歳だという。
当時のネパールでは「児童労働」という概念は無かったが、いざという時、あまりに頼りないだろ!
とりあえずは顔合わせということで、郊外の「シバプリ」に一緒に行ってみた。 -
一生懸命なのは分かるが「空回り」も多い。
口減らし(出稼ぎ)で田舎からカトマンズに追い出されていることはよく分かる。数年前に「おしん」に感動したことだし、雇ってみることにした。 -
ラマ(中学生ガイド)が、非常食を準備しておこうという。
たぶん私の方がトレッキング経験が豊富。
途中の村で最低限のものは買えるぜ・・・と思ったが、ここは「中学生ガイド」の顔を立ててやることにした。
どうせ、ヤツが担ぐんだし。 -
当時、カトマンズを訪れる東洋人?と言えば、圧倒的に日本人が多かったので「なんちゃって和食」のお店は4-5軒あったように思う。
11月10日、ポカラ行きのバスに乗る。
っていうか、喉が本格的に痛いんだけど・・・ -
このバスに乗ったことがある方なら「ランチタイム」でひと休みする「ドゥムレ」はご存知だろう。ここで降りて、ベシサハール往きのトラクター(写真)に乗り替えるものの、半分以上のツーリストは置いて行かれる。
ここでの欧米人との戦いは見苦しいものがある。 -
マイガイドの「ラマ」の突撃によって、際どく乗れた。
ところが日中は暑かったので、Tシャツ1枚のまま乗り込んだ。ここから4時間、気温が下がって来たものの、リュックは「もう何処にあるのか分からない」状態。上着を着ることも出来ないまま、宿泊すべきバシサハルに着いた時には、寒さで震えていた。
風邪は極度に悪化してしまった・・・みたいだ。 -
バシサハールはこの辺りの中心地で、現在では「ちゃんとした」道路も開通してバスも走っている。
-
ここでガイドのラマが「私が持っていた地図」を広げて、原住民にルートを確かめているが、みんな地図なんて見たことないし、ガイドのラマだって地図の見方なんて知らないことを「私は知っている」
-
この日は6時間ほど歩いて、ブルブレに到着。
私はこの時点でも、既にいろんなところを旅行してたので、電気や水道が来てない田舎や非衛生的なところは全然OK なのだが、この村の汚さには驚いた。
僅か数十軒が街道沿いに建つ、小さな村なのだが、全ての生活排水&汚物!を中央の溝?に捨てているのだ。
ネパールの集落が「尾根沿いに発展」してるのは、この生活排水システムの行方に従っている…と聞いたことがあったが、なるほど…と思ったさ。雨が降れば、汚いものは自然に下界に流れていく。 -
そんな理由で、この村はとっても居心地が悪かったのだが、十数年後に再訪したときには、全てが一掃されて、街道随一の「小綺麗な村」になっていたことを、名誉のために付け加えておきます。
って、再訪したってことが凄いでしょ! -
アンナプルナでも一般的なカリガンダキルートは表舞台。
このマルシャンディルートは、本当に貧しくて、しかも日当たりも悪い。 -
11月12日。
ジャガットの集落が見えた。 -
このロッジの台所は立派だった。
-
中学生ガイドのラマ
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ダラパニだったかなぁ・・
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この辺りはすっごく貧しくて、トレッカーに提供される食べ物にも限りがある。
私がネパール定食(野菜カレー?)以外に栄養補給のために「目玉焼き」を頼んだら、ロッジの子供が「凄い、凄い…たまご2個も食べちゃうの」って感じでテーブルにしがみつく。 -
その呪いってわけでもないんだろうけど、体調は最悪。
標高はまだ2500mくらいだから、高山病は有り得ないから「ただの風邪か食当たり」じゃんね。
食べたものを戻すと、いきなり犬が飛ん来て食っちゃうし、残りはニワトリが奇麗に平らげる。ヒマラヤにいることを実感する。
ここから先は標高が上がっていくから、どうなっちゃうんだ…自分??
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この旅行記へのコメント (26)
-
- Tom Sawyerさん 2021/05/23 07:13:36
- とても懐かしく
- ほいみさん
私も1986年秋ころにネパールアンナプルナを旅しました。
ただし、体調を崩し何日も食事を取れず、別人のような顔して帰国。
最近、若かりし頃の旅の写真、何十冊ものアルバムを綺麗サッパリ捨てたので、美しい山々の写真や豪流の川の音が聞こえてくるような写真を懐かしく拝見させていただきました。
もう一度ネパール、チベットも行きたいな、歩けるうちに行くことできるか…
Tom Sawyer
- ほいみさん からの返信 2021/05/23 08:08:02
- RE: とても懐かしく
- お早うございます。
そうなんですか、それは大変なトレッキングでした。当時のネパールはまだまだ衛生的な意味でも厳しかったですね。
この時代だと、たぶん「表アンナプルナ」だったと思いますが、ヒマラヤは見られましたか? 私はこの頃、ネパールのトレッキングが好きで、この後も家族で行ったりしました。
私も過去の写真の整理には困っていて、10年位前に自分でスキャンしてデジタル化したものの、ネガを捨ててしまったのは大きな間違いでした。実は先日、スキャンしてないフィルムを30本くらい発見したので、2万円ほどのフィルム専用の読み取り機?を購入したら、これが調子がいいこと!
で、フィルムを捨ててしまったことを後悔してます。
私もネパールに行きたいです。昨年の3月上旬に予約してあった飛行機が、出発8時間前にコロナの影響で欠航になり行けませんでした。
- Tom Sawyerさん からの返信 2021/05/25 09:54:58
- Re: とても懐かしく
- ほいみさん
ネパールの旅は忘れることできません。
子どもたちが、シャツ1枚で下着を履いていないこと、全裸の若い女性の物乞いも見かけました。
髪の毛がガビガビに固まっている人たち、山道を裸足で歩く人たち、道は水牛のもの、車が走っている様子はなく、家に屋根がない壁がないって色々衝撃でした。
私たちは、少しだけトレッキング。
ポカラでドライバーさんが迎えに来ないので、白タクをつかまえることに。
どうやってガイドさんが車をひろってきたのか謎のまま、今思えば奇跡のようなこと。
現地のガイドさんと、私達3人、地元の子どもたち。
何度も滑って転びながら、マチャプチャレを眺めながら歩きました。
幸い、山賊や虎に出会うことなく無事でしたが、友人の脚にヒルが。
ガイドさんにライターの火で剥がしてもらったことまで思い出されます。
ホテル以外、トイレが無い世界ってのも、ほんと困りました。
山田昇さんとバンコクからカトマンズまでの飛行機で一緒だったので、エベレストが見える、あれだよって教えてもらいましたが、高い山がずらり。
エベレストをこの目で見たことは確かなのですが、どの山を指していたのか分からずじまい。
山田昇さんとはこの後もヨーロッパやアラスカから絵葉書をいただき、宝物に。
気持ちだけは若いまま。
地の果てに行ってみたい、冒険の旅に出るって夢を諦めてはいません。
Tom Sawyer
- ほいみさん からの返信 2021/05/25 17:13:59
- RE: Re: とても懐かしく
当時のネパール初めて行くと衝撃的だったでしょうね。私が初めてネパールに行ったのは1978年でしたが、「あのインド」を半周した後にネパールに入ったので天国のように感じられました。
最後に行ったのは2018年ですが、人々の生活は「それなりに」裕福になり飢えた民を見かけることは無く、物貰いも減りました。逆に人口爆発?で旅人にとっては面白くなくなってしまいました。でもヒマラヤは変わらないし、トレッキングルートは快適に整備されてて4000mを超えてもホテルが当たり前の様にあります。
ぜひ、再訪してみて下さい…って、コロナで無理でした。ヘリコプターを使て短縮プランでのトレッキングも盛んです。
山田さんは平成元年に遭難死してますから、その直前にお会いしたということですね。
日本のトップクライマーというより、世界のトップクライマーでした。
ほいみ
- Tom Sawyerさん からの返信 2021/05/26 08:18:58
- Re: とても懐かしく
- その頃、加藤保男さんや長谷川恒男さん、今井通子さんんなど、有名な登山家のことは本など読んで知っていましたが、山田昇さんと出会った時に、たしか、私のこと知ってるって聞かれて(・・?
きっと、いきなりヒマラヤに、へ~ってな感じだったのでしょう。
山田さんは、インド隊に招待されてネパールに来たって、すごい荷物。
ネパール語も堪能なようでした。
「植村直己物語」西田敏行さんのスタントでエベレストに登ったと、マッキンリーから帰らぬ人となってから知りました。
そのころはウィキペディアなんてなかった時代。
色々なことが懐かしい。
4000mにもホテルがあるなら安心して行くことできますね。
Tom Sawyer
- ほいみさん からの返信 2021/05/26 16:29:43
- RE: Re: とても懐かしく
- 私も若いころは登山家なんて全く知識がなく、知ってたのは名前がカッコいい
「ラインホルトメスナー」くらいでした。1982年にエベレストBCを目指してひとりで歩いてた時に「今からエベレストに登るんです」という方にお話を聞きました。エベレスト冬季単独無酸素登頂・・という記録に挑戦ってことでした。
私が帰国後、TVで彼の遭難死を知りました。山頂からの「やった〜!」っていう声を最後に行方不明になりました。登山家って死ぬまで登り続けちゃうんだなぁ・・・ってことは植村直己や長谷川恒夫の死を見て分かりました。
特にエベレスト街道は下界と同じ設備を誇るとされるホテルがいくつも在ります。ヘリコプターで直接行くことも出来るようですが高山病が問題みたいです。ヒマラヤトレッキングはその景色もですが、フレンドリーなネパール人と山を歩けることが楽しいです。
ほいみ@仙台
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- jamokaさん 2021/05/09 15:15:03
- やっぱり山の上
- こんにちは(^^)
王宮広場、こざっぱり閑散としてますね~鳩もいなさそうです
この時代のネパールなら体が受け付けていなかったと思います。
トラクターに乗れなかったらラッキーと思うに違いないです。。
そう言えば山ホテル(小屋)のキッチンを恐る恐る覗いて見ましたが意外にもキレイでホッとしたのを思い出しました!そう言う訳だったんですね! 山に登ってしまえば日本もヒマラヤも殆ど変わらないレベル♪ポカラ直行便出来たらいいですよね~
- ほいみさん からの返信 2021/05/09 22:39:15
- RE: やっぱり山の上
- こんばんは。
昔の王宮広場はネパール人の憩いの場で、ほのぼのとしてたんですよ。ニューロードだって牛が歩いてたし。
この当時のマルシャンディルートは本当に暗かったです。カリガンダキルート(ジョムソムコース)は、まだバスは走ってませんでしたが、トレッカーも多く、ロッジも食事も充実していました。
当時のネパールは衛生上の問題は多かったですが、それはあくまで、水の確保が大変なのと、冷蔵庫が無い・・・などインフラの問題で、ネパール人、特に台所を任せられる女性は非常に奇麗好きでした。
昔、山小屋を手伝ったことがありますが、台所用洗剤が無いので灰で洗ってました。もちろん今は洗剤がありますが、環境的にはどうなんでしょう? まぁみんなインドに流れちゃうからいいのかな?
そういえば、グーグルアースでポカラ周辺を見ると、大きな飛行場が出来ていますね。日本からの直行便は無理だろうけど、バンコック辺りからは飛ぶんじゃないかな?
ほいみ
- jamokaさん からの返信 2021/05/10 02:31:54
- Re: やっぱり山の上
- わぁ~本当だ!長い滑走路出来てますね~!!計測してみたら現在の国内線よりも1km長かったです。一番行きたいのはナムチェバザールなのでルクラにも安全な滑走路できればよいのに、、こちらは無理な話ですね。その前に高山病でNGでしょうが(>▂<) ポカラは街からヒマラヤが見えない季節に行ったのでいつか見える日に行ってみたいです。当分はほいみさんのレポでバーチャルを楽しませてもらいます♪
- ほいみさん からの返信 2021/05/10 10:00:19
- RE: Re: やっぱり山の上
- 将来楽しみだ〜・・・ですね。
ナムチェは地理的に拡大は難しいかな。もっと上のタンボチェ(だったかな?)には昔飛行場があったと思います。見て来たけど、ルクラよりは条件が良さそうなのに閉鎖されてる…ってことは標高が高過ぎる(3800m)こともあるかもしれませんが、トレッカーがここまで飛行機で来てしまうと、今まで栄えて来たトレッキングルートが寂れてしまう・・・という大人の事情もあるのかもしれません。
ルクラへのフライトは、数年に1度しか落ちないので大丈夫ですよ! 私は3往復したんで、もう乗らないけど。
ほいみ
-
- gontaraさん 2021/05/09 08:14:02
- ヒッピーの聖地
- おはようございます。
この時代から放浪されてたんですね(笑)
にわかに信じられなかったのですが、イラク航空って、そうかこの時代は平穏な国だったのかな?
中学生ガイドより「俺の方がトレッキングの経験豊富」って行が何とも・・いつかの日記には俺の庭みたいなもんだと書かれていたのを思い出しました。
アンナプルナの絶景を再び観れる日は、いつの事やら。
GONTARA
- ほいみさん からの返信 2021/05/09 14:21:10
- RE: ヒッピーの聖地
- こんにちは。
今日は今まで長女に付き合われた上に、回転寿司を奢らされました。
イラク、当時はちょっとヤバくない?みたいな雰囲気でしたね。確かまだイライラ戦争が終結してなかった様な。
こういう時代になってみると「何処でもいいから行きたいよ〜」
贅沢は言いません、日本以外を旅してみたい・・・パックツアーでもいいよ!
中学生ガイドを雇って一番困ったのは、トレッキング中に「英語を教えて・・」って言われることでした。こっちが教わりたい!
ほいみ
-
- らびたんさん 2021/05/09 07:48:26
- 裏舞台
- ほいみさん、おはようございます。
これまた楽しい旅行記が出てきちゃいましたねー。
イラク航空なんて成田に来てたんですか?
ん?でもバンコクで1泊してロイヤルネパールでカトマンズということは、
イラク航空はバンコクを経由して日本に来ていて、その一部区間にほいみさんが乗られたということですね。
いつものようにトレッキングの前にもツッコミたいところがたくさんですが、
スワヤンブナートからの景色に驚きです。
私が行ったのは2011年で、緑どころか視界が狭くて茶色か灰色しか見えなかったです。
公害化という変貌もものすごいスピードですね。
あれから10年経ってどうなってることやらです。
お隣インドに続いてCovid-19感染拡大が止まらないようですが、24時間のうち20時間くらい停電してるんじゃあワクチンなんて保存できませんよね。
まさかガイドなしで歩き回っていたとは・・・さすがほいみさんです。
トレッキングパーミッションもポカラの宿にお願いしてとってきてもらい、ガイドもポーターももちろん雇って楽々トレッキングしてた私、あのとき退職して時間があったのでトロンパスを越えておけばよかったなあと思っています。
もっともほいみさん同様?体調に異変があり、ひどい風邪かと思ったのですが、それが数か月後に花粉症だということに気付きます。
人生初の花粉症はヒマラヤスギで発症したので、それが花粉症の症状だということを知らなかったのです。
カトマンズ→ポカラの移動は帰りにバスで、たぶんドゥムレで休憩したんじゃないのかなと思うのですが、半分以上置いてかれるんですか?!
ツーリストバスじゃなくて500円くらいのめっちゃ安いバスで、地元民しかいなかったのでそもそも欧米人もゼロだったんです。
見苦しい戦い、大変興味がありますw
ネパールはたぶんアジア最貧国ですよね。
ラマくん(ラマって顔してる!)との裏街道レポ引き続き楽しみにしております。
ほいみさんの体調はどうなっていくのか?
らびたん
- ほいみさん からの返信 2021/05/09 14:10:17
- RE: 裏舞台
- こんにちは。
引き籠りGWも終了して、明日から正しい「サンデー毎日」なほいみです。
当時、バンコック往復はエジプト航空・イラク航空が安かった様な思い出があります。旅行会社に電話して確かめる・・・くらいしか選択肢が無かったのですが。
この時が4回目のネパールだったのですが息が出来る限界でしたね・・・カトマンズ。1978年のネパールの様子は何時かアップしたいところです。なんてったって、タメルからスワヤンブナートの間には畑が広がり、途中、危なっかしい吊り橋を渡って行くんですよ。
空気汚染に関しては90年代後半が一番ヤバかったと思います。一昨年行ったときは普通に息が出来ました。それでもマスクをしてる方が多かったので、それが頃の感染に効果があったのかなぁ…と思ってたら、ここで酷いことになってるみたいですね。
82年にはアンナプルナBCとエベレストコースの「3大ピーク」を一度にひとりで歩きました。しかも当時は日本で山をやってなかったので、リュック・寝袋・防寒服をレンタルして凄い勢いで回ったんですよ。で、ヒマラヤトレッキングなんて軽いもんさ・・・と油断して、このザマです。トロンパスへの挑戦する雄姿をお楽しみに!
私は花粉症はほとんど無いのですが、なぜかオカバンゴで凄いことになりました。くしゃみが止まらずに、ウォーキングサファリでは「ほいみさん、静かにして下さい」と何度も言われる始末。多分ススキ系だと思うんだけど「オカバンゴのススキアレルギー」ってカッコ良過ぎるので黙っています。
中学生だったラマ君、もう中年だよね・・・今頃、何してるのかな?
ほいみ
-
- チーママ散歩さん 2021/05/08 07:00:18
- Crazyさがまた素敵かも(^^)
- おはようございます。大先生。
まだぜんぜん...ほいみさんのことをよく知らないでおりました。
シフォンちゃんが大好きで、歩く事と人間観察が趣味。
ちょっとした山は朝飯前。夜はビールと焼き肉。
改造車を乗り回し...(暴走族ではなく焼crazyき肉カー)
写真はプロ並み 口は悪いがとっても人情に厚いおじさま。
・・・がイメージでした。
「職業:旅人・登山家」としても凄い所へ「お一人」で乗り込まれて
いるのですね。
テレビのドキュメンタリー番組の内容ですよね これ。
4トラでは見かけない深い内容で、記録写真ですね。
あどけないラマ君を連れて?(逆ですね)彼に連れられ・・・・
体調悪いのに山へ行くなんて、普通では考えられないcrazyさ。
いい意味も含めて全てが 普通と違っていて...。
凄いわ~ ますます目が離せなくなります(^^)
- ほいみさん からの返信 2021/05/08 10:10:48
- RE: Crazyさがまた素敵かも(^^)
- おはようございます。
こういう旅で知り合う連中と比べたら、私なんてありきたりの日本人です。私もこの頃は既に家庭を持っていたので「それまでの旅」と比べたら「もう〜意気地がない旅」なんです。
歩き旅って困難なイメージですが、交通機関の心配が無いので本当は気楽なんですよ。よく書いてますが、何かにつけ予約っていうものが苦手で今でも「予約が要らない旅」が最優先になってしまっています。国内でも四国遍路やシフォンとの車中泊旅は最高だったし、「予約の仕方を知らない」同級生との山旅も楽しいです。
予約が苦手なので、コロナワクチンもまだ予約してません。
ネパールは何処に行っても安ホテルやロッジがあるし、いざとなれば民家にも泊まれるので、世界中で一番気楽に旅が出来る地域ですね。今回もニワトリと一緒に民家に泊まりますよ。
表題にもある様に、この旅は敗退に向かって歩いてます。諦めもいいんです!
ほいみ
-
- olive kenjiさん 2021/05/08 05:38:02
- ネパール秘蔵写真集
- ほいみさん 蔵からお宝写真を取り出して来ましたね。
凄いな~と言うのが、総括です。
アンナプルは登山隊じゃなく一人で歩いていたのですか。それもガイド無しで。
イラン航空のチケットから始まってすべての写真が珍し過ぎます。
ヒッピー親子に素朴な人々、今は酷い街になったらしいキルティプル町。
汚い池の中、チューブみたいな上に仏さまが寝ている様なのは祭壇なのか、よく分からない写真あれって何ですか。日除けみたいなテントも張っているし。
ガイドやとったら、少年がやって来たには笑っちゃいました。
まるでほいみさんが先生で、少年がガイド研修生みたいにです。
でも、少年のおかげで、欧米人との闘いに打ち勝ってトラクターに乗れたのですから、お役に立ちましたね。立派立派。
また汚ねえ村にやって来ましたね。貧困な生活ぶりが、鼻たれ小僧(男か女)の写真でよく分かります。この写真秀作ですよ。表紙写真でもいいかも。
でもロッジの食器の整理整頓は素晴らしいです。同じ村かと疑います。
ほいみさんの太腿が流石、強じん登山家であることを証明しています。
吐いたものを犬が飛んできて食べちゃうという記述は凄いですね。
これだから、ほいみさんの旅行記は読むの止められないです。
その1が有るという事は、その続きが有るのですね。楽しみにしています。
追記
ほいみさんから、どこかで紹介して下さった唐辛子婆さんと親しくなって旅行記読んでいます。面白いマダムですね。ご主人の事も書いてとお願いしたら、アップして下さいました。ほいみさんも憧れるような旅行記でした。一読して下さいませ。
いい人をご紹介して下さったこと、ここに御礼申し上げます。
- ほいみさん からの返信 2021/05/08 09:53:56
- RE: ネパール秘蔵写真集
- この手の秘蔵写真は、まだまだたくさんあります。
「ジジィの昔話」は迷惑かな〜…とか思ったりしたけど、TVでも昔の映画やってるし・・・みたいな。
ひとりで気ままに歩くトレッキングが好きだったのですが、ひとりで・・・っいうのには限界があり、毎回同じ様なトレッキングになっちゃうんです。この後も暫くそれに気が付かないでいたのですが、2005年に初めて「トレッキングツアー」でカラコルムに行って、その威力を知ってしまいました。
中学生ガイドとはトレッキング終了後もお付き合いがありました。後半ではそんな話もアップします。ネパールあるある的な話で笑えますよ。
ネパールでは台所に(も)神様がいるので、どんな貧乏をしていても台所や食器は磨き込まれてます。もちろん写真の台所はロッジのものなので、物量も必要以上に多いですね。磨き込まれた食器に乗る「野菜だけのカレー」よりも、汚いプラスティック皿に乗った肉の方が有難いのですが。
この頃のトレッキングって、提供される食べ物が悪かったのか、欧米人もやたらゲロゲロしてました。場所によってはブタが食べに来てたりして。ちなみに人間のウンチは豚も犬も食べます。この旅日記は3冊で終了予定。40日間近い旅なので、超短縮バージョンです。
唐辛子婆さんの最新作、拝見して来ます。
なんか凄い人生を歩んでますよね。
ほいみ
-
- アルカロイド ダリルさん 2021/05/07 23:42:35
- 地図の読めないガイド?
地図が読めない?
あ、この感覚、タイでもあったな? 空港のタクシーのドライバーでも、コレがありましたよ~! シェラトンやヒルトンは知っているのだろうけど、ダリルがそげな所に行くわけがないので、地下鉄の駅を指定したら、、、マジに困ってるンだもの?
スマホのGoogleマップを見せても、わからないって、、、? どうするコトもCan not!で、ホテルに電話して、フロントにタイ語でドライバーに説明させて無事に到着! タイの人は地図が読めないのだぁ~! どうやって地理を覚えているんだぁ? ってなワケで中華系のドライバーを愛用するようになりました! 地図が読めるから、、、
排水溝を裏でなく道の中央で、しかもわずかな段差のドブって、、? 公衆衛生に気を配らないと、フツーに生存すら危ないのでは? 風に菌が飛びそうな、、? 3類伝染病(コレラ、赤痢、腸チフス)クラスがいそうです?
しかも卵2個をガン見の兄弟は、タンパク質の摂取が極端に足りないのでしょうね? そういうお宿は、暖房とかはどうなんですか?
連休が終わってグレているダリル
- ほいみさん からの返信 2021/05/08 09:34:28
- RE: 地図の読めないガイド?
- おはようございます。
今でこそ、ネットでも地図情報が溢れていますが、かつての途上国では政府の事情もあって詳しい地図の入手は困難でした。今でも国によっては、地図ってなかなか入手が面倒臭かったりして、事前に日本で(ネットで)購入しておいた方が良いみたいです。
この頃は多少なりとも改善されていましたが、カトマンズで手軽に入手出来る「ヒマラヤトレッキングの地図」は、いい加減な手書き地図を「青色コピー」?したもので、間違いが多い上に、英語表記なのは良いのですが、現地人が読めない・・・とか。みんなでこのいい加減な地図を持って歩いてるので、みんなで同じところで迷っちゃう・・・とか。
当時のネパールの病気事情?は最悪でした。インドの水に耐性があっても「ネパールは危険」と言われていて、何時か書きますが「私も肝炎で入院」しました。一緒にいたヤツは腸チフスで入院だし。
アンナプルナでも人気の「ジョムソムコース」の村々は、気候も良く農作も盛ん、トレッカーも昔から入っていた来ていたので、ネパールでも一番快適なトレッキングが出来てました・・・表アンナプルナ! 今回は「裏アンナプルナ」だったので、信じられない貧しさの中を歩くことになりました。
ほいみ
- アルカロイド ダリルさん からの返信 2021/05/08 12:51:01
- RE: RE: 地図の読めないガイド?
おはーでございます!
けさから、ネット授業が始まり、筆記の多さで半分も行かないうちに、次の授業の出席が始まり、すでにゲッソリしています
> みんなで同じところで迷っちゃう・・・とか。
対策地図を書けば大儲けデキたかも? (ほいみ印のネパールトレッキング地図)を帰りの空港で売り、帰りはファーストクラスにグレードアップできたかもですね?
> 当時のネパールの病気事情?は最悪でした。インドの水に耐性があっても「ネパールは危険」
すごーい! ガンジス川でバタフライはOKだけど、ネパールは井戸水も汚染かも? ってコトですよね? 腸チフスなんて、、、教科書の中の遺物だと思っていた! あるんだぁ〜フツーに、、、
チフスの特徴
バラ診(梅毒とチフス)ロゼオラというヤツ
肝脾腫(肝臓と脾臓が腫れる)
徐脈(高熱なのに脈が遅い)
無欲様顔貌(ウツ病みたいな顔)
下痢でなく便秘するバヤイもあるそうで、消化器系の病気にしては珍しいかな? 3週目になると腸に穴が開くとか? (怖い)けど、4週間も掛かるわりには、予後がいいとな? とはいえ10キロは痩せそうですね?
コレらがとりあえず暗記したチフスの症状ですが、とんな感じでしたか? 今の日本では、医者も一生会わない病気だと思います? 肝炎はA型ですか? アレはカンタンに治っちゃます! でも日赤の献血は以後は、お断りされちゃいます
今回は「裏アンナプルナ」だったので、信じられない貧しさの中を歩くことになりました。
寒さと耕作地の少なさ、土地の痩せているコトがそもそもの原因なのでしょうか? 日陰の地区はサバイバルがたいへんなのですね? お金出しても、、、食べられない宿って、風邪が悪化しそうです
コレ書いてたら、授業終わりの出席に遅刻したダリル
- ほいみさん からの返信 2021/05/08 14:39:37
- Re: 地図の読めないガイド?
- 対策地図は良いアイディアです・・・アップデートってやつですね。
カトマンズって盆地で一番低くなったところが栄えてます。市内にはたくさんの浅井戸があって、水自体は豊富なんですが環境意識が低かったせいか、かなり汚染が進んでいるようです。ネパールのトイレって郊外や田舎だと「浸透式」が主流だったので、人口が増えたら危険です。
腸チフスになったのは「一緒にトレッキングに行こうか」と声を掛けていた若い旅人だったのですが、当日約束の場所に現れないのでひとりで行きました。5-6日して戻って来たら入院中でした。医者に「ネパールでは他人のウンコは食うな」って言われたそうです。
肝炎はA 型だったのですが、ネパールで感染エジプトで発病というグローバル振りで、人生においてベスト3に入る危機でした。
ほいみ
- アルカロイド ダリルさん からの返信 2021/05/08 16:29:22
- Re: 地図の読めないガイド?
他人のウンコって!!!絶句!
んなもん食うかっ!
犬が食べちゃった!に島の御大が食いつき、やっぱりと思って4限目もサボっているダリル
- ほいみさん からの返信 2021/05/08 21:08:01
- Re: 地図の読めないガイド?
- 腸チフスは患者の糞便からしか感染しないから、ということだと思います。つまり患者がが触ったものに注意ってことかな。腸チフスは細菌性だけど、なんだかノロウィルスと似てますね。
ダリルさんが好きなタイでも田舎にはあるかもしれませんが、インドやネパールの田舎では、下で豚が待ってる「豚洗便所」は普通です。子供は外でウンチをするので犬が待ってます。人間はそれをマネるなって言われたんじゃないかな。もちろんジョークでしょうけど。
ほいみ
-
- ノーーウォリーズさん 2021/05/07 22:20:21
- ヒッピーの聖地やヒマラヤの自然が残る最後の時期だったのでしょうね
- 30年以上前のカトマンズの様子、今となってはもう見れない貴重な光景ですね。
私も2006年にカトマンズを訪れましたが、想像していたヒッピーの聖地やヒマラヤの自然の面影は全く残っておらず、バックパッカーが集まるただの汚れた都市でした。王宮周辺も1987年の方が綺麗に整備されている様に見えます。数年前の地震後は更にひどい状況かなと想像します。早く復興すれば良いのですが。
ヒッピーの聖地の写真があれば見てみたいです。次も期待しています。
- ほいみさん からの返信 2021/05/07 22:57:27
- Re: ヒッピーの聖地やヒマラヤの自然が残る最後の時期だったのでしょうね
- コメントをありがとうございます。
私が初めてカトマンズを訪れたのは、この旅の更に10年前の1978年でした。その時は早朝、カトマンズ盆地が海に見える様な霧に覆われ、いくつかの仏塔だけが霧の上に頭を出してる神秘的な街でした。
ヒッピーの聖地と呼ばれた70年前後は、まさしく「ヒマラヤの古都」だったんだと思います。残念ながら私が最初に訪れたときでさえ「過去の栄光はマリファナだけ」みたいな街に堕落してました。
その頃の写真も少しは残ってるかもしれないので、コロナ暇のうちにアップしちゃおうかな…とも思ってます。
ほいみ
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旅行記グループ ネパール・ヒマラヤトレッキング
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