2005/11/08 - 2005/11/24
50位(同エリア296件中)
ほいみさん
今回の目的は「エベレストから昇る満月を見る!」だ。写真は11月13日、明日が満月。この山は7000mにも満たない「タウツェ」だ。エベレストと満月・・・想像しただけでも凄い! このまま行けば予定通り、満月の夕方に5350mのゴーキョ・リに到着する・・・と同時に大きな間違いに気が付くのだ。
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4150mのモンラには12時20分に着いてしまった。
もっと先まで行けるが、この先は谷間に入り景色が今イチなことは知っているので、今日はここで泊まる。 -
昼ごはん。
往きは体調を崩さない様に、ネパール定食「ダルバート」しか食べない。
で、夕飯もダルバートを食べる。
ロッジのおばちゃんが、帰りも泊まってってよと言う。
私以外には、欧米人のカップルが泊まっているだけだからね。
ここは景色もいいので帰りも泊まりたいが、そうなるとゴーキョから1日で歩いて来なくっちゃ。 -
私の「ビオレU」に興味を持った子供。
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モンラで泊まるトレッカーが少ないのは、前日のナムチェバザールからだと近過ぎるので、更に数時間歩いた先の「ドーレ」に泊まるのが一般的だからだろう。しかも、ここは尾根なので風が強く寒い。
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モンラの「ラ」は峠の意味。
だから正確には「モン・ラ」となる。
詳しくは知らないが、ヒマラヤやカラコルム周辺ではこの「ラ」表記が多い。
私が向かっている「ゴーキョリ」も正確には「ゴーキョ・リ」であって、「リ」は山の頂を表す様だ。かつては「モンパス」とか「ゴーキョピーク」とか呼ばれていたが、何時の頃からか現地の表記を大切にすることになったらしい。
エベレストはサガルマータとかチョモランマ。 -
宿泊客は少ないが「モン・ラ」は、ビューポイントとしても一級だと思う。
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部屋のドアーからの眺め。
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アマダブラムは、どこから見ても尖ってる。
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残照。
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翌日も快調に歩く。
寒さは感じなかったが、滝が凍ってる。 -
モンラからちょっと下ると、立派なロッジがある「ドーレ」4080m
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画面中央、谷の反対側を行く道が見える。
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進行方向、左にチョーオユー8201m・右にはギャチュンカン7952mが見えて、いよいよゴーキョに近付いた感がある。
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今日の宿泊は、マッチェルモ4410m
夕方にはチョラツェ・・タウツェかも?から月が出た。 -
歩いて来た方向を見ると、谷間は雲に覆われ始めていた。
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夜の写真を撮ったが、10数年前のコンデジってこんなもの。
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マッチェルモを出発、いよいよ今日はゴーキョ4750m に着く。
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1時間も歩くと「パンガ」という場所に着く。
1995年11月、ここで雪崩が発生してロッジを襲い、13人の日本人と、12人のネパール人が亡くなった。
私はこの年の10月にアンナプルナに来ていたのだが、毎日天気が悪く、恐ろしいほどの雷雨もあった。この年はネパール各地で60人以上のトレッカーやネパール人が雪崩のために亡くなったと聞く。 -
この辺りは「パーンチポカリ」・・・「5つの湖」と呼ばれる。
富士五湖みたいなものか?
規模は小さく、写真がひとつ目のポカリ。 -
これがふたつ目のポカリ。
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そしてこれが、3つ目のポカリで、俗に?ゴーキョと呼ばれている場所だ。
湖畔には数軒ロッジが並んでいる。 -
そのロッジからの眺め。
私はゴーキョが好きだ。
1982年に来た時には、小さなロッジが2軒だけあった。
季節がもっと遅かったこともあって、トレッカーは私とイスラエル人の二人だけだった。
その時には、雪もあって、必死の思いでゴーキョピークに登って、夕日に染まるエベレストを写真に収めた・・・つもりだった。なんとフィルムが空回りしていた。で、翌日もう一度登った!
そんなこともあって、ゴーキョは思い出の場所なのだ。
で、今回は「ゴーキョに3連泊」のつもりで登って来た。 -
この写真は、その1982年のゴーキョ。
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訪れるトレッカーも少なく、食事も「今日あるもの」しか食べられなかった。
この日はジャガイモしかなくて、ひたすらジャガイモを食べた。
そんな時でも、ナムチェバザールまで下るとヤクの肉とか食べられたので、ナムチェがいかに都会だったかが分かる。ゴーキョピークに2回登ったあと、1日でナムチェバザールまで駆け下り、ヤギやヤクの肉をたくさん食べたのを覚えている。 -
当時、富士山に1回登ったことがあっただけで、あとは遠足で近くの山を歩いたくらいの経験しかなかった。ところが1978年に初めて来たネパールでトレッキングというものを知った。
その後、アンナプルナやエベレストコースをガイドを付けずに、自分で荷物を担いで歩き回った。しかも日本じゃ山歩きしないから、ダウンジャケット、リュックはカトマンズでレンタル。靴はスニーカーに近い。
若いって凄いことだよね~・・・って今になって思う。
髪の毛も豊富だったから、帽子も被ってないし。
でも、もっと凄いのは、最近の私の様に「自分で荷物担ぐのはやだ~」とか、「大部屋で雑魚寝はやだ~」とか、「美味しいご飯食べたい、ビール飲みたい~」なんていう勝手を叶えてくれるネパールだ。
何を言おうとしたのか分からなくなてしまったが、要はネパールの山歩きは「楽しくて楽」。そう「楽」×2なのだ。ポカラやルクラまで日本から直行便を欲しいね!
話をもとに戻そう・・・↑3枚の写真は大昔のだからお間違えの無い様に。 -
話は2005年に戻った・
12時にはゴーキョに着いたので、例によてダルバートを食べ、14時半頃から、いよいよゴーキョリに登る。「ゴーキョ・リ」は5360m、ゴーキョが4750mとされているので、標高差は610m。
写真の「軟な山」がそうなのだが、5000mのところでこれを登るのは、けっこうきついで~。 -
大気中の酸素濃度は、5500mで平地の50%と聞く。
じゃぁ2倍呼吸をすればいいのか・・・っていうものでもないらしい。 -
ここで無理をすると高山病に陥りやすい。
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月の出に間に合えばいいや・・・っていう気持ちでのんびり登ろう。
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5000mを越えたかな?
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2時間20分で頂上。
素晴らしい天気。 -
エベレストがひときは高くそびえてる・・・って、あれ、月がもう昇ってるじゃん? 少し欠けてるし??
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??とか思いながらも、他の山の写真を撮る。
ギャチュンカン7952m 8000mに届かない山の中では一番高い・・・らしい。
2002年、山野井夫妻の壮絶な生還で有名になった。 -
陽が落ちたら、少しでも足元が見える内に600mを「一気下り」?するので、膝にサポーターを装着しておく。
この頃、仕事の関係で膝を痛めてしまい(腰はもっと前から)下りが辛かった。
この後も、年々膝の調子が悪くなっていったのだが、2011年にリタイアしたら、1年後には膝も腰も、すっかり治ってしまった。
今では富士山一気下りも、サポーター無しで大丈夫!
いや~・・仕事って本当に体に悪いですね!!
血圧も下がったし。 -
ゴジュンバ氷河とヒマラヤの山々。
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エベレストが赤く染まる頃には、月は遥か上空に。
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も、もしかして満月って・・・明日??
実はこの計画、ガイドのギャルツェンには話してなかったので、完全に下調べ不十分な私の責任である。
まぁ、とりあえずはロッジに戻ってダルバートを食べよう。 -
翌朝。
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今日も天気がいい。
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ゴーキョ・リは当然の様に存在。
満月は今晩だぞ~・・って言ってるような気が。 -
昨晩「一日間違えて」登ったゴーキョリから降りて来て、ロッジで夕飯を食べてたら、若いふたりの日本女性と遭遇。
で、そんな話をしたら
「もう一回登ればいいじゃん」
確かにそうなんだけどね。 -
ふたりは帰って行った、
私は、ここでまだ2泊する。
ゴーキョを起点にまだ行きたいところもあるのだが、さてどうしたものか。
次回に続く。 -
そうそう、前回紹介したルクラ空港の写真を発見。
操縦席越しに滑走路が見えるかな。 -
1982年当時のルクラ飛行場。
谷沿いに飛んできた飛行機が、手前で旋回しながら未舗装の滑走路に下りて来る。
滑走路は突き当りの山に向かって上り坂になっているので、ブレーキ効果?があるらしい。
離陸の時は、その坂道(滑走路)を勢いよく降りながら加速、谷に向かって飛び出す。空母の着艦発艦訓練ってこんな感じかなぁ。
1999年に行った時には既に舗装されてました。
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この旅行記へのコメント (4)
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- gontaraさん 2017/03/24 17:30:58
- リもラも凄い!
- >若いって凄いことだよね〜・・・って今になって思う。
>髪の毛も豊富だったから、帽子も被ってないし
そうなんだよね、僕も若い頃は帽子が嫌いでスキーでも被ることが無かったけど、今じゃレストランでも、僕の頭だよと言いながら脱がずにいる。
ホントに富士山登頂1回だけで、こんな所に?
それって無謀じゃないんですか?
- ほいみさん からの返信 2017/03/24 20:07:07
- RE: リもラも凄い!
- 頭を洗うのが簡単になったのはいいですけどね。
富士山に登って大丈夫なら、4000mまではOK ってこと。
4000mまで大丈夫なら、結構いろんなんところに行けます。
で、4000mで順応しちゃえば、5000mも平気。
高山病に関しては、低酸素に弱いっていうよりも、私の様に「低酸素に順応するのが遅い」ってことが多いのかも。
だとしたら「ゆったりプラン」で登れば大丈夫。
でもgontaさんは、高所に強そうじゃないですか!
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- ロータスさん 2017/03/22 16:57:58
- 今日は
- ほいみさん、
私も二回ほどポーター、ガイドなしで行きましたが、
一回目は日が暮れてしまい、
ゴーキョ手前で道が分からなくなり焦りました。
道を探すのが大変でした。
日が暮れる前までに宿に到着しないと。
当たり前の基本ですよね。
若いと何処までも歩いてしまいます。
もちろん今は違いますよ〜
二回目は旦那さんが高山病にかかりました。
ゴーキョに登らなくてもいいのでは?
と言って私が一人で登っていたら、
後ろからゾンビの様に付いて来てびっくり。
降りてから荷物をまとめられなくなり、眠い眠いと言うので、
頑張って私が荷造りして、何とか下山しました。
何とも危なっかしい〜
でもいいところですよね。
モンラでは姉妹がお昼を作ってくれて、
三姉妹の長女はトレッキングで日本人に見染められて、
札幌に住んでいると聞きました。
風が吹きすさぶ寒いところでした。
この景色と大都会の札幌〜?
色々な記憶の断片がよみがえります。
- ほいみさん からの返信 2017/03/22 21:41:13
- RE: 今日は
- ネパールのトレッキングはいいですよね〜・・・とか言いながら、2012年に息子とアンナプルナを少し歩いたのが最後です。リタイアして、これからはネパールの山をのんびり歩くんだ・・・と思ったのですが、全く実行出来てません。
ロータスさんもゴーキョへ2回行かれたんですか。ってことはカラパタールやチュクンも?
ガイド付きのトレッキングをしちゃうと、なかなか昔には戻れません。今更がんばったって、残りは少ないので、これからも「楽しくて楽な山旅」を目指します。日本でもそういうの無いかなぁ。
ネパールのトレッキングは道がハッキリしてる様なんだけど、ひとりで歩いてるとけっこう迷います。会った村人に訪ねると、余計に分からなくなってしまうとか。地元民は地図を見たことないから、こちらが地図を見せると余計に混乱しちゃったりね。
ネパールの娘さんが日本に嫁ぐのは珍しいですね。逆は多いけど。
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